ミーアにとって
幼い頃から人間という種族は、『欲深く醜く脆い』-そう教えられてきた。独占欲や支配欲、他者よりも上でありたいと願い、優れていたいと願う。自分と他者を比べては嫉み妬む。良くいえば欲に素直で、悪くいえば強欲。
生命が、生物が生きる世界では当たり前な事なのかもしれない。弱肉強食、優勝劣敗······。強いものが弱いものの犠牲の上に生き、勝者こそが正しいという。これは自然の摂理であり、遥か昔から生物が生きる為に持ち合わせているもので、同時に毒でもある。私の父が、そう言っていた。
私達吸血鬼という種族は、昔から『人間のなり損ない』、『悪魔の使い』、『悪しき魂のなれの果て』などと呼ばれ続けていたらしい。今では姫様、吸血鬼の真祖であるティア・バートリー・エリザベート様のおかげで、一種族として他種族からも認められている。姫様は本当に美しく綺麗で格好良くて、たまに見せる表情が愛らしく可愛い、とても魅力的なお方だ。
そんな偉大な存在である姫様の御友人、エト・リエル様に出会ったのは、ほんの少し前の事だった。
元々、世界を知りたい、見てみたいと姫様にお願いをして私は旅を始めた。しかし自国を出て数日後、私は休息中に盗賊に攫われ、奴隷売買の商品として売り飛ばされた。本当に短い旅だった······。
人間達は、私の美貌···ゴホン。吸血鬼の魅力にあてられたのか、好き放題に弄び、使って飽きては売り飛ばす-を繰り返した。とはいえ、私だって女の子だ。どこの馬の骨ともしれない輩に全てを捧げるつもりは毛頭ない。ちゃんと生娘としての意地は守り抜きった。
そういう事は、心の底から好きになった存在としたいですっ!
なんて思いながら退屈な日々を過ごす事、数年。私はエト様に出会った。吸血鬼は種族柄、生物の魔力を何となくで感じる事が出来る。本当に何となくだが、これは『成熟の儀』に必要な事らしく、スキルでもなければ能力でもない。生まれながらの体質的なものらしい。
その結果、エト様を見た瞬間、私は直感的に強大な何かを感じた。底の見えない闇に放り込まれたような感覚。圧倒されていた私は意識とは別に体が反応し、必死にエト様とコンタクトを取ろうとしていた。気づいて欲しい、見て欲しい、触れて欲しい。まるで人間のように何かを必死に求めている。そんな不思議な感覚······。
今思えば運命だったんですよね、きっと。
それからというもの、エト様は私にとってかけがえのない存在になった。大切な血を分けてくれて、支えてくれて、助けてくれて、守ってくれて······。この人に私の全てを捧げたい-そう思った。
とはいえ、軽い女の子だと思われたくないので、アプローチは程々に-なんて思っていたら、アヤさんが現れた。
やばいです! 凄く綺麗ですっ! そしてめちゃくちゃ積極的ですっっ!
初めは敵だったアヤさんも、今ではエト様に惹かれている様子。まぁエト様だから仕方がないのですけど······。
「ちょっとミーアちゃん? 聞いてるの?」
「え? あ、はいです。いいと思いますよ、その服」
なんだか物思いにふけっていたようで。アヤさんの言葉に反応が遅れてしまった。アヤさんは「大丈夫?」-と私の顔を覗き込みながら心配してくれているようだ。
「大丈夫ですっ」
「そう? ならいいけど」
今私達は、エト様のご提案でお洋服を買いに来ている。エト様からお金を預かり、必要な服を調達している訳だ。というのも、この北方大陸は一年を通して気温が低く、年中雪が降り積もっている。まぁとにかく寒いのだ。
「お二人方、無駄遣いはダメですよ。しっかりと計画的に-」
「わかってるわ。心配しないで?」
「むっ。······そ、そうですか。ならよろしいのですが」
なんだか、今では神獣であるルカ様よりもアヤさんの方が立場が上になっているような······。確かに姉御肌というか、面倒みはいいし、女性として頼れる所もあるかもだけど。
うっ······。百歳としては複雑です···。
というか、今更だが、私はお買い物というものが初めてなのだ。こう見えて箱入り娘なので、国でも必要な物はお手伝いさんが用意してくれていた。まして誰かにお遣いを頼まれるなんて当然初めてである。
「えっと、服はこれくらいでいいとして」
「全部で銀貨十枚くらいですね!」
「あら、ミーアちゃん。計算早いわね」
「えへへっ」
そう言いながら頭を撫でてくれるアヤさん。不意打ちだったので、不覚にも私は情けない声でデレてしまった。······屈辱的だっ。なんたって、アヤさんはエト様を私から奪おうとしているに違いないのだ! そんなアヤさんに尻尾を振ってしまうだなんて···。
いや、もちろん嫌いじゃないんですよ? むしろ好きな方で······って違うっ! いや、違わな······うっ。
「······はぁ」
「ねえミーアちゃん。本当に大丈夫? さっきからどこか上の空よ?」
「え? あ、はい。大丈夫ですっ! 本当に気にしないで下さい!」
「···そう? ならもう気にしないけど。何かあるならちゃんと言ってね?」
「はいです!」
はぁ。また心配させてしまった。うん、アヤさんはとてもいい人のようだ。嘘を言っているようには見えない。本心で心配してくれているらしい。父に言われていた言葉も全て正しい-という訳では無いようだ。エト様もアヤさんも、誰かの為に行動出来る人で、優しくて温かい。人間の中にも、こんなに素敵な人達がいるのだ。
やっぱり、国を出てみて······よかったです。
そう思えた。そして改めてアヤさんに視線を向けると、アヤさんはいつもの優しい表情で微笑んでくれた。その笑顔を見た途端、私の胸の辺りがポカポカと温かくなるような感覚を覚えた。たまらず私は、アヤさんの手をキュッと握りしめていた。
「ん? どうしたの? 手なんか繋いじゃって」
「は、はぐれると困るからですっ!」
「はぐれるって···。二十七歳にもなって、はぐれたりなんてしないわよ?」
「〝私がですっ〟!」
「え? あ、そ···そう」
ん?·········あれ? 今、恥ずかしかったから誤魔化そうとしたつもりだったけど、なんだか凄く間抜けなセリフを言ってしまった気がする。いや、きっと気のせいだ。アヤさんも納得した様子で握り返してくれているし。
···えへへっ。あったかいです。
なんだか私の中で少しだが、アヤさんに対しての気持ちに変化があったみたいだ。こういうのも悪くない-そう思った。
「ところで、エト君は無事に『異界門』を使えたのかしら」
「あぁ、それでしたら、無事に使えたようですよ。先程念話で報告をして頂きましたから」
「そう。それはよかったわね」
ルカ様は心底嬉しそうに語っている。エト様は無事に東方大陸へ渡れたようだ。それを聞いて、私もホッと胸を撫で下ろした。
そして-。
買い物は大体二時間くらいで終えた。以外にもあっという間だった。アヤさんが先導してくれたおかげと言える。途中、ナンパのような事をされたものの、ルカ様がしっかりと守ってくれた。
気づけば時刻はもうお昼だ。エト様はいつ戻ってくるのだろうか。ルカ様が言うには、『異界門』が使えれば、エト様は、エト様の師匠であるイルミンスールという人に近況報告をしに行くと言っていた。という事は、今はそのイルミンスールさんに会いに行っているのだろうか。
「イルミンスールさんって、どんな人なんですかね」
広場のベンチに腰掛けるなり、不意にそんな事を呟いた。すると、私の声が聞こえたのか、ルカ様とアヤさんがそれぞれに反応を示した。ルカ様はなんだかビクビクと体を震わせているように見える。
「えっと······ルカ様?」
「は、はい?」
「あー······。ミーアちゃん、実はね?」
どうしたのか-と、ルカ様に問いかけようとすると、私の疑問を察したアヤさんが、代わりに答えてくれた。アヤさんが言うには、ルカ様はイルミンスールさんと初めて出会った時、イルミンスールさんに失礼を働いてしまったらしく、コテンパンにされてしまったみたいだ。それはもう、恐怖が体と頭に刻まれる程一方的に······。
「うっ······こ、怖いです」
「い、いえ。イルミ様は悪くないのです。吾輩が亡状であったが故でございます。あの時は······エト様にもご迷惑をかけてしまいました」
「ちなみに、どんな事をしちゃったんですか?」
「······〝下等で下劣〟···と」
「はぁー。呆れた。そんな事を言ったの? エト君が一度も勝てなかった師匠に?」
うん。アヤさんの言う通り、流石に言い過ぎだと思った。まぁ少し前の私なら分からなくもない。人間なんてそんなもの-という考えは、吸血鬼の間でも当然あったからだ。神獣であるルカ様なら、吸血鬼以上に人間を見下していても不思議じゃない。
とはいえ、エト様とアヤさんのおかげで、今ではその価値観も変わりつつある。ルカ様もきっと、イルミンスールさんのおかげで、今こうしてアヤさんや私と対等に接してくれているのだろうと、心の中で思っていた。
「本当にお恥ずかしい。若気の至り···なんて言葉では済ませられません」
そう言って、ルカ様は大きな溜め息を吐いた。空漠たる思いなのだろう。絶賛後悔中だ。
「ま、まぁまぁそんなに落ち込まないで下さい。これから気をつければいいじゃないですかっ!」
「そうね。今こうしてルカさんがエト君と旅に出れてるって事は、認めてもらえてるって事だろうし。そこまで気に病まなくてもいいんじゃない?」
「ミーア殿···アヤ殿······」
あっ。立ち直ったです。
「そうですね! 過ぎた事をいつまでも言っていてはいけません。後悔先に立たず。これからもより一層の忠義をエト様に捧げると致しましょう!」
おーっ!-と一人で盛り上がっているルカ様。······ちょっと可愛い。そんなルカ様を見て、私もアヤさんもクスッと微笑んでしまう。
エト様もアヤさんもルカ様も、この数日で私にとってかけがえのない存在になったと思う。もちろん、エト様が一番大切ではあるが、ルカ様やアヤさんの為に命をかける価値はあるんじゃないかと思う程だ。とはいえ、神獣様であるルカ様には必要のない事かもしれないが、それでも盾くらいにはなれる筈だ。
なんて、こんな事を言うと、エト様との約束に反してしまうが、それほどに大切だと感じている。この先、どんな事が起こるか分からないが、願わくば必ず四人で生き抜いて今後も一緒に居たいと、そう思った-。
-一方。
「さてと。······って、イルミも来るとは思わなかったよ」
「なに? 私がいたら不満?」
うっ······。別にそういう訳じゃないんだけど。
俺は『異界門』を使って北方大陸に戻って来た。戻る時、「私も行くわ」-とイルミが言い出したのは正直驚いたが、本当についてくるとは思わなかった。まぁイルミにも思うところがあるのだろう。ともあれ、ちゃんと服を着ている事には感心している。
「······ほら」
イルミは、俺の心を読んだのか、自分のスカートをたくし上げて下着を見せてきた。いやいや、心臓に悪いから、そういう事はしないで頂きたい。
というか、心を読むなってばっ!
「うん、分かったから。ちゃんと履いててくれてありがと」
「あら。それだけ? 紐パンよ? シマシマよ? キュッと引っ張ったらハラリよ? 周りに人は居ないから欲情して欲望のままに、私を押し倒してもいいのよ?」
「·········。んじゃ、みんなの所に行こっか」
「むむむ。やっぱり歳は取りたくないわね。おばさんの下着じゃ興奮しないか······。昔は〝いろいろと〟してきてくれたのに」
「ちょっと黙ってマジで」
「しゅん······」
自分で効果音を言うんじゃねえよっ! というか、昔の事を持ち出すなっ!
確かに昔はイルミをそういう目で見ていた時期もあった。いろいろとした事も否定はしないが、今はもう子供じゃない。自分の行動にそれなりの責任を持たないといけない。まして、イルミはおばさんだのと自分を卑下しているが、俺からすれば全くの逆だ。
見た目もスタイルもびっくりする程に若くてピチピチしている。正直、凄く魅力的なのだ。しかし、自分を育ててくれた師匠であり、支えてくれた母親のようなイルミをそういう目で見たくはない。なんだか申し訳なく思ってしまう。自分の母親を邪な目で見る息子がいるだろうか? いや、居ない筈だ。
·········え? 居ないよな!?
「イルミは充分綺麗だよ。でもそれ以上に大切な人だから、欲情はしないし、襲ったりもしない」
「·········馬鹿エト」
「ん? 何か言った?」
「別に。それじゃあ案内してくれる? お仲間達の所に」
「うん!」
なんだか、失礼な事を言われた気がするが、怒らせると厄介なのでそっとしておく事にした。何はともあれ俺達は、ルカ達の待つクオリオーネ王国へと向かった。
ルカに念話を飛ばすと、クオリオーネ王国の中央広場で待っているとの事だった。にしても、昼間でも結構寒い。隣のイルミは意外にも平気そうだ。まぁ「師匠だから」-とか、「私だから」-とか言いそうだから、あえて触れる事はしないが。
「へぇー。クオリオーネ王国には初めて来たけど、みんないい表情をしているわね」
「うん、そうだね」
イルミは、街行く人の表情を観察しながら歩みを進めている。イルミの言う通り、この国の人間達は表情が明るい。幸せかどうかは分からないが、充実した生活を送れているのだろう。寒さを吹き飛ばすような笑顔が、至る所で咲いている。
「いらっしゃーい! あ、そこの可愛い姉妹さん。よかったら買っていかねーか?」
「え?」
中央広場に続く道を歩いていると、露店の主人に声をかけられた。というか、姉妹だと? 聞き捨てならない。何度言えば分かるのだ、俺は男だ。身長は低いし、顔立ちはめちゃくちゃ可愛い。体だって華奢である。しかし、これのどこに女の要素があるというのか。
「あら。それはなーに?」
「おっ。こりゃあ、すげえべっぴんさんだ!」
「うふふ。ありがと。えっと······〝ちょこばなな〟?」
「おうよ! クオリオーネ王国特産のばななと、最近話題のちょこを合わせた、お手軽スイーツさ!」
「ふーん。なんだか形が······」
「おーっと綺麗な姉ちゃん、レディがそれ以上言っちゃいけねーぞ。黙って頬張るのが、ここいらの淑女の風儀さ!」
おいおいおい! それはそれで、不味いんじゃね!? これを頬張るだって······!?
「そうなのね。それじゃあ、一つ頂こうかしら」
「おう、ありがとよ! 周りにコーティングしてあるちょこを舐めとってから、ばななを食べるのがミソだ!」
コラコラコラッ! なんて流暢で見事な誘導尋問だっ! 天才かこのオヤジッ!
「なるほどね······あ〜んっ···はぅ。ん···おっひい······じゅる。···あっ。······ん、たれひゃうわね······」
「「「おぉぉぉぉ······」」」
大きく反り勃ったソレを口一杯に頬張る。コーティングされたモノを舌で絡め取りながら、零れないように小刻みに前後に動かしていく。はぁ···はぁ···-と荒い息遣いで必死に頬張るイルミに、周囲の男性陣の視線は釘付けになっている。
-って! 悠長に解説してる場合かぁッ! アウトだよアウトォーッ! おいコラ、オヤジも顔真っ赤にしてんじゃねえよっ!
「ちょ、なぁイル-」
俺がイルミを止めようと、声をかけた瞬間。イルミはちょこばななから口を離すと、手にするちょこばななをジーッと見つめ始めた。
-そして······。
「······食べづらいわね。······はーむっ」
ぐちゃっ-
「「「ギヤァァァァァッ!」」」
イルミは容赦なくちょこばななを噛みちぎった。イルミのまさかの行動に、イルミを見つめていた男性達は、その場に蹲ってしまった。分からなくもないが······うん、アホだなコイツら。
完全に意気消沈した男性陣を他所にイルミは満足気に歩き出した。何はともあれ味は好みだったようだ。
「みんな子供ね」
「······え、イルミ? もしかしてわざと?」
「当たり前じゃない。私があんな見え透いた誘導に引っかかる訳ないでしょ?」
さ、流石っす師匠。そして同情してあげるよ、哀れな男性達。
「それに、エトの方が······うへへっ」
「·········」
前言撤回。やっぱり最低だ、このド変態め······。
なんだか、いろいろとあったが、ようやく俺とイルミは中央広場に辿り着いた。それにしても、前のりんご飴といい、ちょこばななといい、知らない間にそんな代物が出回っていたとは。
「あっ、いたいた」
中央広場を見渡すと、ベンチに腰掛けているアヤとミーアの姿を見つけた。ルカはベンチの横で座ること無く辺りを警戒しているようだ。ちゃんと二人を守ってくれているようで、なんだか嬉しく思う。
「アヤ・ケイシスとミーア・ベル・フォーラ······ね。なるほど」
当然のようにステータスを『魔眼』で確認しているイルミ。······本当に丸見えなんだ。
「エト? あなたの師匠としての威厳の為に素の状態はここまでにするけど、いい?」
「うん、大丈夫だよ」
「ふふっ。ありがと。-ッ」
うぐっ······。
不意打ちにルミは俺の頬にキスをした。ったく、油断も隙もあったもんじゃない。
「あっ! エト様ぁ〜!」
「おっと。ただいまミーア。二人も」
「ええ。おかえりなさい」
「おかえりなさいませ。エトさ······ま!?」
勢いよく抱き着いてきたミーアの後ろで、ルカが物凄く驚いた表情を浮かべている。どうやらイルミの存在に気がついたようだ。
「これはこれは。遠路はるばる御足労を、イルミ様」
「ルカ···頭をあげなさい。あと、場所を弁えることね。こんな場所で貴方が膝をつくと、エトに注目が集まるでしょ。そんな事も分からないの?」
「た、大変申し訳ございませんっ! エト様、配慮の足りなかった吾輩をお許しくださいっ!」
「あー、うん。いいよいいよ」
もの凄い形相でルカを睨みつけるイルミ。ルカの後ろでアヤとミーアがブルブルと震えている。二人には相当おっかない姿に見えているのだろう。
多分イルミは、あえてキツく接する事で俺の代わりをしてくれているのだ。俺にはここまでルカを虐げる事は出来ない。全く、親馬鹿だよ。
「···それで? そこの二人は挨拶もろくに出来ないのかしら?」
イルミの視線がミーアとアヤに向けられた瞬間、二人はビクッと体を反応させた。背筋が凍るような圧力に冷や汗を流し始めている。
「え、えっと······。ミ、ミーア・ベル・フォーラですっ! エ、エト様のど、奴隷をさせて頂いてますですっ!」
「······奴隷?」
「ひぃっ!?」
ミーアの言葉にイルミの眉間がピクリと動いた。うん、すんごく機嫌が悪い証拠だ。建前上ミーアを奴隷として買ったが、奴隷として扱った覚えはない。イルミは多分、俺がそういう事をしたくないのを知っているから機嫌を損ねているのだろう。
「本当に奴隷なのね?」
「うぅ······」
そう言いながら詰め寄るイルミ。ミーアはイルミの視線に耐え切れず、半泣きになりながら俺の方を見つめている。「助けて下さい」-と思っているのだろう。が、案の定、イルミはそれを良しとはしなかった。
「今は私と話している筈だけど。人と目を合わせて話す事も出来ないの? ねえ」
「あっ···うぅ。わ、私は······」
ミーアの隣で必死に抵抗しようとしているアヤ。どうやらミーアに助け舟を出そうとしているようだが、それは叶わない。目の前のイルミが圧倒的な圧力をかけているからだ。
「どうなの? 本当にエトの奴隷というならそれで構わないけど。その代わり、一生〝奴隷としての立場で〟エトに接する事ね。奴隷の立場が分からないのなら教えてあげるわ。まず、主人の隣に立たない。一歩下がって付き従うこと。それと、主人と同じ事をしてはならない。エトが、食事をしていても同じ物を食べてはいけない。奴隷なんかに食費を浪費させられないもの。あとは同じ部屋に居座るなんて論外ね。奴隷は呼ばれた時に命じられた事をすればいいのよ」
淡々と無表情で話すイルミ。ミーアはどんどん表情を曇らせている。いやー、おっかない。鞭に毒針でもついているかのような追い込みだ。俺だったら我慢出来ない。だがまぁ、イルミは鞭ばかりでは無い。そろそろ飴を与える筈だ。
「聞いてるの? それとも無視しているのかしら?」
「わ、私は!·········私は、エト様の〝愛人〟ですっ!」
って、ちがぁーーーーーうっ! 思ってた台詞じゃなぁーい! ここは仲間だって言う場面だろっ!
「······愛人?」
「そ、そうですっ! 私は奴隷として助けて頂きました。でも、奴隷として今後一生過ごす気はありません!」
怖い筈なのに、ミーアは必死にイルミを睨みつけている。にしても、ミーアの奴。ちゃんと立場を理解してたんだ。そう、俺はミーアを奴隷として買ったが、奴隷としてではなく〝仲間〟として接して来た。ミーアも表面上はそうかもしれない。でも、ミーアが未だに心の何処かで自分は奴隷として助けて貰った立場だと感じているなら、それを消してやりたいと思っていた。
だから、イルミのこの問い詰めにも俺は何も言わなかった。いつかはハッキリとミーア自身が、本当の意味で自分の立場を決めなければならない事だからだ。
イルミの思惑通り、ミーアはちゃんと自らの意思を言うことが出来た。できたのだが、思ってたのと違った······。
「私はエト様が大好きですっ! だから、奴隷としてではなく、一人の女としてエト様に寄り添って行きたいんです! 私にとって、エト様は一番大切な人だから······ですっ!」
サラッと凄いことを言ったぞ、この子。
「·········そう」
イルミはゆっくりとミーアに手を伸ばした。
「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさ-···えっ」
イルミに何かされるのかと思ったようで、ミーアは全力で謝りまくっている。しかし、さっきも言った通り、イルミは鞭ばかりでは無い。
イルミはミーアを優しくギュッと抱き締めると、耳元でゆっくりと呟いた。
「エトから、貴方は〝仲間〟だと聞いていたわ。奴隷ではなく、対等な仲間だとね。私はね? エトがそう思っているのに、当の貴方自身が自分を奴隷だと思っているのが、嫌だったのよ」
「えっ······」
「エトの事を大切に思ってくれてありがとう。これからも仲間として支えてあげなさい」
「は···はいですっ!」
「あ、でも······愛人はダメよ。女なら〝本妻〟を目指すことね」
「わわわわ私が、ほほほ本妻!?」
ん? 何やら背筋に寒気を感じたんだが、気のせいだろうか。打ち解けたと思ったら、ミーアが顔を真っ赤にしてあたふたとし始めている。······なんだか、とても不安なんだけど。まぁ、兎にも角にもイルミとミーアの表情を見る限り、どうやら自己紹介は事なきを得たらしい。
さてさて。次はアヤの番だな-。




