近況報告と妹の行方
『異界門』を潜り抜け、魔邪の樹海へと五日ぶりに戻って来た。戻って来たのだが······。俺は、自分の目の前で起きている惨状に唖然としてしまった。なんと、樹海のあちこちで大きな爆発音が鳴り響いているのだ。盛大に土埃を巻き上げている。
·········どういう事!?
「おいおい······。まさか、またどっかの馬鹿が興味本位に暴れてんじゃないだろうな!?」
というのも、過去にも興味本位で魔邪の樹海に攻め入った人間が居たのだ。この魔邪の樹海という場所は、周知の通り魔素の量が異常な程に多い。その為、勘違いの馬鹿が、ここに来れば強くなれる!-なんて考える訳だ。
「はぁ······。また死体が増えるのね」
そう。どんな理由で、どんな強者がここに攻めいろうが、ここにはイルミがいる。何度も言うが、イルミは最強なのだ。ただの人間が勝てる訳が無い。またイルミがやり過ぎていないことを願いながら俺は『纏雷』を発動させてイルミの元へと向かった。
-一方。
「エト〜···。エト〜」
そう言いながら、辺りを破壊しまくる。先程から魔獣達が、私の前でビクビクと震えながら土下座をしているが、お構い無しだ。ごめんね、みんな。でも、退屈で仕方がないのだ。エトが恋しいのだ。
「はぁ···。こんなことをしたって······ッ!?」
こんなことをしたって無駄-なんて思っていると、異常な程の魔力体が、尋常ではない速さでこちらに向かっているのを『魔力感知』で感じ取った。
半端なく強い。間違いなく、今までで一番強いだろう。これ程までに鳥肌が立つのは、初めてだ。これは本気で相手をしなければならないかもしれない。
幸か不幸か、今この場にエトが居なくてよかった。何故ならエトよりも異常な程の魔力体だからだ。ともあれ、今の私には問題はないだろう。何せ加護の影響で、魔力値が【1,440,000】なのだ。まぁ、この樹海内でのみだが、自分程の魔力値を持つ化物は、多分居ないだろう。
「·········来るっ!」
速すぎて視界に捉える事は、出来なかったが、一撃を防ぐ事は出来っ-
「うっ···嘘ッ!?」
ありえない。そう思った。完璧に防いだつもりだったのに、私は魔邪の樹海外へと蹴り飛ばされてしまった。どうやら敵は、雷属性の魔法を使ったらしい。未だに体が痺れている。『状態異常無効化』があるから『麻痺』にはなっていない筈。それでも尚、体が痺れている。
「い、一体······何者なのよ!?」
その瞬間、私の脳裏に十年前、唯一敗北を期した金髪赤眼青年の姿が過ぎった。多分、彼では無いだろう。しかし、当時の事を思い出すという事は、それ程の〝危機感〟を私が抱いた······という事なのだ。勘弁して欲しい。私はエトの為に絶対強者でないといけない。それは文字通り〝絶対〟だ。
「······ぶっ殺してやる」
十年前の自分に戻ったようだった。いや、それ以上の······そんな感覚だ。体から力が溢れ出してくる。これがきっと、〝自分の為に振るう力と誰かの為に振るう力の差〟なのかもしれない。
「全身『魔装』発動···。エト······安心してて。私、〝絶対に負けない〟からっ!」
-その頃···。
「っ······あれ?」
つい勢い余ってヤバそうな奴をぶっ飛ばしてしまった。やっぱりまだまだ『纏雷』の速さは慣れない。相手を見る事が出来なかった。というか、防がれた気がしたのだが······。
「結構、吹っ飛んで行ったな。つーか、イルミさんは何をしてんだよっ!」
こんなヤバそうな気配をイルミが、感知出来ない筈がない。俺よりも遥かに強い気配。そんな存在をイルミが自由に暴れさせていたなんて。
「···············ん? いや、ちょっと待て」
そうだ。よくよく考えれば分かる事だった。あれだけボコスカと暴れていたのに、魔邪の樹海の女王であるイルミが、その存在に気がつかない筈がない。······つまり-
「······え。も、もしかして······俺がぶっ飛ばしたのって······」
俺が答えを導き出そうとした刹那-
「ぶっ殺してやらぁぁぁぁッ!」
もの凄いスピードで蹴り飛ばした存在が、俺に向かって来ていた。全身に『魔装』を施し、まるで閃光の如く突進してくる。
·········うん。やっぱりね。
「ちょちょちょっ! ストォーップ! イルミッ! 俺だから。エトだか-らバァッ!?」
そう。敵だと思って蹴り飛ばしてしまったのは、俺の師匠であるイルミンスールだったのだ。
「あれ? えぇ!? エトッ!?」
イルミから光速で繰り出された正拳突きで、上半身を吹き飛ばされながら俺は苦笑いを浮かべた。殴った本人は「やっちゃったぁ〜」-みたいな顔をしている。いや、イルミに罪は無い。早とちった俺が悪いのだ。
「っぷふ。えっと······ただいま」
「ご、ごめんね? 新手かと思っちゃった。おかえりっ」
「いや、俺が考え無しに敵だと勘違いしたのが悪いんだ。イルミは悪くないよ」
お互いに苦笑いを浮かべている。ともあれ、暴れていたのがイルミでよかったというものだ。
「でも、驚いたわ。ステータス更新をしたとはいえ、ここまで強くなったとわね」
「そうかな? まぁおかげでいろいろと面倒事に巻き込まれちゃったけどね?」
「面倒事?」
近くの大岩に腰掛けながら、ようやく俺は近況報告を始めた。ウイングローラー王国でステータス更新をした後、シルフィーという少女の妹を助ける羽目になった事。そして、クリムゾンという闇組織を壊滅させた事。更に『アビス(奈落の峡谷)』で、とんでもない化物と戦った事。
「······なるほどね。ロア王国がつい最近まで奴隷売買を認めていたと」
「うん。俺も驚いたよ」
「それにしても、そのエトを追い込む程の化物······。相当危険ね」
イルミも奈落の峡谷で遭遇した存在の事は知らない様子だった。可能性の話だが、大陸を分かつ『アビス』は四つ存在し、その全て······今では残り三つの峡谷にも同様の存在がいる筈だ。誰がなんの為に用意したのか、いつの時代から存在するのか、それは全く分からないが、確実な事は、あんな代物が自然に生まれるとは考えられない。
「人為的······ね」
「だろうね。一番怪しいのは······」
ここで、イルミと俺は同じ考えを脳裏に浮かばせた。それは·········北方大陸だ。というのも、四つの大陸には、それぞれに特徴がある。
魔素や魔獣が多く存在する東方大陸。魔力開発や魔法学を推進している北方大陸。古代文明や古代遺産など、世界の歴史を重んじる南方大陸。聖女エイラや神を崇める西方大陸。
そして、大陸の輪の中心に存在している謎に包まれた孤島『リドル』。
その中で北方大陸の技術が、あの金属の塊を生み出した可能性が一番高い-というのが、俺達の見解なのだ。とはいえ、確証は全くないのだが···。
「何はともあれ、報告ご苦労さま。まさか直接会いに来てくれるとは思わなかったけどね」
「へへへっ。あ、そうだ。新しく仲間が出来たんだ」
「へぇー。どんな子なの?」
首を傾げるイルミに、俺はアヤとミーアとの出会いを語った。
「吸血鬼の女の子に『記憶操作』が出来る女性······ね。······二人とも女···なのね」
「心配しなくても、二人〝とは〟そんな関係にはなってないから!」
「······〝とは〟?」
あっ·········。
これは非常に不味い。この言い方なら、他の子とはそういう関係になった-と受け取られてしまう。いや、実際宿屋のアリサちゃんとはいろいろあった訳だが。
「ふーん。へぇー。そう。なるほどねー。ほぉー」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ふふっ。冗談冗談、大丈夫よ。ちゃんとユーリちゃんには言っておいてあげるから。お兄ちゃんは、妹を探しに行った先で〝現地妻を作ってた〟ってね」
「って、うぉい! 全然大丈夫じゃねえ!」
と、まぁ···当然の如くからかわれた訳だが、流石はイルミ。「まぁエトも男の子だしね」-と大人な対応を見せてくれた。
「それで? 今後の方針は? 今はクオリオーネ王国にいるんでしょ?」
「うん。とりあえず、西方大陸のイシュタル法国に向かうつもり。ロア王国で行われてた十年前の奴隷売買を知ってそうな奴が、そこにいるらしいから」
「イシュタル法国······ね。エト、気をつけなさい。あの国は、昔から悪い噂が絶えないから」
「そうなの?」
イルミ曰く、イシュタル法国という国は、昔から神や聖女エイラの信仰を利用し、よからぬ事を行っているらしい。まぁ、おおよそ予想はつく。
例えば、「これは神の御言葉だ」-と最後に付け加えるだけで、信者からすれば、どんな理不尽な要求でも正当化されてしまう。異なる主張を客観的に判断出来ない者達にとって、信仰対象の存在は絶対とも言える。中には犯罪すらも神の意志だと語り、正当化する者もいる。
「そりゃあ生きるのが楽そうだこと」
「まぁ、そういう見方も出来るわね。する事なす事の全責任は神様な訳だし」
「それより、一番最初に聞きたかったんだけど、なんであんなに暴れてたの? 運動にしては激し過ぎじゃない?」
俺がそう問いかけると、イルミはプイっと視線を逸らしながら、ヘッタクソな口笛を吹き出した。ちなみにイルミは音痴だ。だから、雑音でしかないのだが···。
「おーい。イルミさーん?」
「ちょ、ちょっといろいろとあったのよ! うるさいわねっ!」
「えぇー······」
どうやら、俺が居ない間に何かあったらしい。一切口を割ろうとしなかったので、それ以上詮索はしない事にした。にしても、心配したってのに酷い八つ当たりだ。
とはいえ、五日しか経っていないのにイルミとの時間がとても久しく感じる。それはきっと、今まで気を張り続けていたからだ。イルミとなら、なんの気兼ねもなく、正体を隠す必要もない。
ルカとミーアとアヤ。彼らとの時間は苦ではない。むしろ楽しいと思う。それでも、何かあれば俺が〝守らなければならない〟。常に周りを警戒し、ルカの正体が公にならないようにしたり、ミーアとアヤの身の安全を確保し続けているというのは、自分の思っている以上に大変だと感じているらしい。
だからこそ、ホッとするのだろう。
いや、ホント。イルミが居てくれてよかったよ。
なんて-心の中で思っていると、何やら閃いた様子のイルミが俺の頬を人差し指でつついて来た。······くそっ。いい匂いがする。今は全く関係の無い余談だが、イルミはめちゃくちゃいい匂いがするのだ。もちろん、洗剤などの匂いでは無く、イルミ自身の匂いだ。
例えるなら······フローラル系? というのだろうか。しつこくない、優しく甘い香り。そう、なんか変なスイッチが入っちゃいそうな匂いなのだ!
「ねぇエト?」
「な、なに?」
「今は北方大陸って言ってたわよね?」
「そうだよ? それがどうかした?」
「確か北方大陸には、魔法学園があったわよね?」
突然どうしたのだろう。確かに魔法学を推進している北方大陸には、魔法学園と呼ばれる大きな育成機関がある。まぁ行ったことはないが。
「あったと思うけど」
「ロア王国の奴隷売買······。魔法学園···。えっと······なんだったかな。確か···〝聖騎士育成プログラム〟···だったっけ?」
「イルミ? どうしたの? 何、その育成プログラムって」
「いやね? 北方大陸って言うのと、ロア王国の奴隷売買でちょっと引っかかったことがあって。えっと、十年前に小耳に挟んだんだけど、ロア王国の聖騎士を育成するのに北方大陸の魔法学園が〝関わっている〟って話を聞いたのよ。······怪しいと思わない?」
「·········ちょ、え? それって···えぇ!?」
イルミの言葉。それを聞いた瞬間、俺の脳内でパズルが組み立てられるように一つの仮説が出来上がった。
つまり-
「それって······ロア王国が聖騎士を育てる為に〝奴隷を魔法学園に流してた〟って事!?」
そう。俺が立てた仮説。それは、ロア王国が奴隷売買で手に入れた人材を聖騎士にする為に北方大陸の魔法学園に横流ししていた-というものだ。イルミの反応を見る限り、イルミも同じ事を思っていたらしい。
という事はだ。これは、もの凄い進展と言ってもいい。もちろん可能性の話だが、妹が連れ去られたのは聖騎士候補としてで、その後〝魔法学園に入れられた〟かもしれないのだ。
「······じゃ、じゃあユーリが魔法学園に?」
「可能性があるってだけよ。当然分からないわ。でも調べてみる価値はあるんじゃない?」
そう言いながらイルミは俺に微笑みかけた。ヤバい······。泣きそうになってきた。当然だ。なんの情報も無く、ほんのひと握りの小さな希望を辿って行こうとしていた時に、こんなにも大きな道標が現れたのだ。俺は嬉しさの余り、イルミに抱きついてしまった。
「あっ。ちょっとエト?」
「イルミ······ごめん。ちょっとこのままでいさせて······」
「······はいはい」
イルミは俺の背中を優しくさすってくれた。久しぶりに俺はイルミの腕の中で涙を流してしまった-。
しばらくして、ようやく俺は落ち着きを取り戻した。
「でも、ユーリは当時七歳だよ? 七歳の子が魔法学園に通うとは思えないんだけど」
冷静になった俺は、当たり前の疑問をイルミに問いかけた。魔法学園の内情はよく知らないが、普通に考えて七歳の子供が魔法学園に通えるとは思えない。
「まぁ七歳じゃあね。魔法学園の入学基準年齢は十五歳。それまでは単純な戦闘訓練を課せられたのか······」
「奴隷として扱われた······か」
俺は、口篭ったイルミに付け足すようにそう呟いた。が、自分で言ったものの心底気分が悪い。そのため、そんな可能性は考えないようにした。
「よし! 魔法学園に乗り込むか!」
「こらこらエト? 魔法学園って所は、そう簡単に入れないの。徹底された身分確認、何重にも施された強固な結界。何せ北方大陸だからね、相当手強いわよ」
「手強いくせに奴隷は受け入れんのかよ」
「まぁ、そのせい···って部分もあるでしょうけどね」
「······いや、待てよ。そうだ! そうだよ、こっちには反則スキル持ちがいるじゃん!」
「あぁーっ! なるほどね? それならあっさり入れちゃうわね!」
二人して悪巧んだ不敵な笑みを浮かべる。何を隠そう、うちにはアヤという女神が居るのだ。ユニークスキル『記憶操作』を使えば、誰だろうがどこだろうが、一切関係ない。「なんだお前は!」-なんて言われたって、触れて記憶をいじれば無問題。······ほんと、アヤ様様だ。
いや、マジで出会ってて良かった。そして仲間になってくれてありがとうと心の底から言いたい!
-という事で。
今後の方針は決まった。
「俺達は魔法学園に乗り込む」
「ええ。ただし、さっき言ったように乗り込むのはエトとアヤって子だけよ。魔法学園では流石にルカの正体を隠しきれない。ミーアって子も同様にね」
先程、方針が決まったと同時にイルミと軽い打ち合わせを済ませていた。魔法学園に乗り込むのは俺とアヤ。そして、ルカとミーアはその間、今後の為にイルミの元で修行を行わせる。ちなみにアヤは俺が鍛える事になった。
設定としては、最初にアヤがユニークスキルの『記憶操作』を使って単独で乗り込み、新人の教師として赴任。そして学園側に俺の記憶を植え付けさせる。俺は学園長の知り合いで、学園長の指示で編入して来た-という事にしてもらう。
「うん。···よし! イルミ、早速戻ってこの話をしてくるよ!」
「うん、分かったわ。あ、そうだ。······これ」
「ん?」
『異界門』を発動させて、急いでルカ達の元に戻ろうとした時、イルミは俺を引き止めた。と、同時に銀色の指輪を二つ手渡してきた。
「何これ?」
「それは『封魔の指輪』よ。いわゆるマジックアイテムね。装着者の魔力を【5,000(固定)】にしてくれるの。もちろん、外せば魔力は戻通りよ? 魔法学園では『魔力操作』での偽装は危険だからね。エト放つ魔力圧で正体が必ずバレる筈。それと、こっちは『断魔の指輪』。これはあらゆる〝魔眼スキル〟······まぁステータスなんかを覗くスキルね。それを完全に無効化してくれるわ」
「えっ···と。······え? めちゃくちゃ凄くない?」
「そうね。売れば小さな城が建てられるわ」
「えぇ!? い、いいの?」
「うん。いいわよ。さぁ、付けてみて?」
俺はイルミに言われた通りに、右手と左手の人差し指に指輪をはめた。
その瞬間-
「っうぉ!?」
膨大な魔力が一気に抑え込まれたせいなのだろう。体が一瞬にして脱力感に呑み込まれる。まるで貧血を起こしたように足元がふらつき、耐えきれずにその場に膝をついてしまった。
「······うん。大丈夫、ステータスは〝見えてない〟わ。魔力も一般人並ね」
「う、うん。そりゃあよかっ-···え? ちょっとイルミ? 今なんて? 見えてないって何!?」
「あれ? 言ってなかった? 私、『魔眼』持ちよ? エトが報告の時に言ってたシルフィーって子の『魔力視』じゃなくて、ステータスが全部見える『魔眼』ね」
「······は?」
なにぃぃぃっ!? なんだよそれっ!
「え? じゃあ、今まで全部丸見えだった······ってこと?」
「ふふふっ」
おいおいおい。なら至高の力も大量スキル付きの加護も全部って事かよっ!
「······はぁ。くはははっ! やっぱイルミは凄いや」
「当たり前じゃない。ちなみに、私の魔力値はエトの倍近くはあるわよ?」
「············そっすか」
流石は師匠。やっぱりこの人は〝最強〟だ。
「あ、あと。また偽のステータスプレートを用意して欲しいんだけど」
「そうね。魔法学園でステータスプレートを公にしなきゃいけない場面もあるでしょうしね。分かったわ。アヤとエトの二つでいい?」
「うん、よろしくね。それじゃあ行ってくる!」
こうして俺はルカ達の元に戻った-。




