進藤熱7
「――軽音部は毎年ろくに引継ぎも出来ていないダメな部活だ」
「今年は特にあの馬鹿に変わって散々だった」
「それでも、あの馬鹿部長にも見る目は合った――居鳥を副部長にしたところ、とかね」
「ねえ、どうして私が進藤居鳥を副部長にしたと思う? 生気の無いような、気の抜けた男をなぜ責任職にしたか」
「――居鳥にはリーダーの才能があるから」
「いつもは冷静な態度で。しかし、いざと言う時、自分の思いをそのままぶつけることの出来る人間はそうそういない。そういう熱い男なのですよ……分かりました?」
「――そんなこと、んのに言っても意味んの、人間」
「そうでしたね……ふふ、ごめんなさい。でも、部員は皆出払っているので、寂しいんですよ、私も」
「んのは人間のオモチャじゃないんの。お前らが、んののオモチャんの……それはそうとお前の願いは何んの? それを聞かないと、んのは帰れないんの」
「そうですね、では。おほん」
「――ある本を寄越せ。それが欲しいんだよ、私は」
「……お前……んののこと、覚えておったな」
「そうなんです。というか、私が忘れるわけ無いじゃない。忘れたくても覚えているんですし」
「そうか……人間は大変んの。では、その本を持ってくるんの」
「よろしく、タローさん」
――俺が部室のドアを開くと、そこには長峰しかいなかった。
「やあ、おかえり居鳥」
微笑がわざとらしい。
「今、誰かと話していなかったか?」
話し声が聞こえたんだが。
「ううん? 何も」
長峰はとぼけた。
絶対、誰かいたと思うが。気のせいじゃないはずだ。
「で、どう? 軽音部は安泰そう?」
「おかげさまで」
嫌味ったらしく言ってやった。
「そう、居鳥が元気そうでよかった」
冗談にもきこえるが、顔色を見る限りどうやら本心らしかった。
「俺のためにお前が何かするなんて思ってなかったがな」
長峰はええっと驚く。そして、そんなことは無いよといい。こう続けた。
「私は仲間のためになら、どんな手を使っても戦うよ」
犯罪じゃない限りね。そう付け加えて。
「馬鹿らしいなお前は」
「馬鹿やってみてもいいじゃない。私はまだ子供だから。大人ぶる必要はまだ無いって思えるのよ」
長峰は時々遠い目をする。どこを見ているのかわからない目が燻ぶる。
「そういえば、他のやつらはどうした」
「後輩は先生を呼びに」
今日は印刷所に行くんだったな。先生の車で。
「私も同行する。居鳥と志乃美は待機」
「了解」
分かりましたよ、部長様。長峰の方があの馬鹿よりは頼りがいがある。後、野朗より女子の方が何かとしっかりしているんだよな、うちの高校の場合は。
ふと長峰を見つめていると、長峰の方からこっちを凝視してきた。何だ。
「でもねー、まさかあの居鳥がねー」
語尾を伸ばすな。でれでれした顔をするな。どうしたんだよお前は。
「いやね、町で噂を聞いてね。どこぞのバカ部長が、副部長にね言ったんですってー。『お前、文芸部の会計と出来て……」
「そんなんじゃねえ」
全力で遮った。本人に聞かれたらどうする。
「それで、副部長は部長相手にロメオスペシャル食らわしたって」
「いや、それはやってないぞ」
それはガセだ。なんでそんな高度なプロレス技をしかけるんだよ。部長の腰が変な方向に折れたらどうする。
「あ、やっぱり? さすがにロメオはないって思ってた」
長峰は腑に落ちたようだ。ふわーっと息を吐いて、回転椅子をくるくる回しだした。
部室のドアを叩く音がした。
「あっちゃーん元気ー。って居鳥どうしたの。顔赤いよ」
「この部屋が寒いんだよ」
隣で長峰が大爆笑した。
「へえーって。何笑ってるの。あっちゃん」
「いやなんでも」
長峰は笑いを抑えるのに必死だった。
そこに後輩二人が呼びにきたので、長峰はじゃねーといいながらこっちにウインクを投げてきた。捨てた。しょげられた。ドアが閉まる。
一体、何がやりたいんだお前は。
「え、私達が待機なの」桜田が聞いてきた。
「らしいぞ」
何の思惑か。
「そっかー。私冷え性だからな……ここ寒いね。暖房つけていい?」
そういうので、俺はガスストーブのスイッチを押した。あ、ありがとう。桜田が答える。わざわざ述べなくていいんだぞ。
にしても、桜田って冷え性なのか。
冷え性って何だ。なったことが無いから分からない。
「冷え性って体が冷えてるってことか」
訊いてみた。
「うん、そういうことかな」
カイロは無いから、上着でも掛けてやるか。
俺は後ろから自分の上着を掛けた。
「ありがとう居鳥」
桜田は素直にありがとうとか言うタチで。俺や長峰にはない純粋さだ。うーん、まばゆい。
見ると、桜田の肩が未だに震えていた。
俺は桜田の肩を掴む。抱きしめてみた。
「――ん?」胸の中で桜田が何かを言った。
桜田の頭が俺の顔に当たる。冷気みたいなのが下から上がってくる。どうやらほんとうに冷え切っていたらしい。桜田には熱を逃がさない構造は取り込まれていないみたいだ。
「冷え性って怖いな。女子はみんなこんなんか」
「あがががががが」
腕の中で桜田が壊れかけのロボットみたいな声を出している。どうした?
「どうした?」
「居鳥……熱、ある?」
ないが? というか、この夢いいなあって。
――あ、これ現実か。
「しし、死ぬ」
「あ、苦しかったのか。ごめん」
手を放した。
妄想だと思って強く絞めてたのか。すまない。
「い、居鳥さんは」
桜田が顔を真っ赤にしていった。
「どの子がスキですか」
どんなギャルゲーだ。
「攻略ルートか?」
桜田はこくんとうなづく。
「桜田志乃美ルートは搭載してるか?」
「らい!」
噛んだらしい。桜田が答えた。
ふーん。
「――ま、今度でいいか」
シリアスは後回し。
「え? 何それ……変なの」
桜田が笑った。笑い転げて、部室の長机にぶつかる。
机の上の物が揺れて、長峰のモデルガンだけが飛び上がって、軌道をずらして、机の無い部分に落ちていく。
モデルガンって高かったよな。俺はとっさの判断でモデルガンを宙で掴んだ。
掴んだ途端、意識が引っ張られた。
――わたしたちはともだちでした。なかよしでした。
でも、それはうそでした。しっていましたそいつはにせものでした。だましたやつはあくでした。
だから、そのこはいきたまま、ごめんなさいをいえなくなりました。
「エミング。音楽みたいでしょ」
「ヒドリって呼んでね。本当の名前は嫌いだから」
「悲しいよ。恵まれてるのにかわいそうなことばっかりだもん」
少女は絵本を閉じてそういった。
「私はこの子みたいにならないもん」
子供の声が聞こえた。笑い声と泣いた声が混じる。
「裏切ったつもりは無かったんだ」
「私には守れなかったの」
少女の声が響き、まわりだす。「――裏切り者」
水浸しになった少年はこっちを向いてそう言った。
黒いランドセルを抱えて、こっちを睨みつけていた。
「――菊池?」
気が付くと目の先に天井があった。ふらついたらしい。よろけたって感じではないよな。タイムスリップが近いな。意識が別の所に飛んでいた。
「居鳥。今、何かあった?」
「長峰の記憶が見えた。モデルガン持ったら」
桜田は「んなわけないよ。ほら、私が持っても何にもないよ」といい、ぺたぺた触りまくった。
幻覚にしてはリアルすぎた。どう考えても他人の記憶を覗き込んだような感覚だった。後、知り合いがいた。
小さな少年は、どうみたって菊池恵美でしかなかった。
そして、不穏な音がした。
背後で何かが落ちた。
本だった。にしては、表紙がでかくて、厚さはあまりなさそうだった。
「絵本なんかあったっけ」
そうだ、これは絵本だ。
記憶の中に一瞬だけ見えた絵本だった。
その本の名前はこう書かれていた。
――『恵まれた神様』と。
表紙には、『茶色のかたまり』が描かれていた。
「――菊池ー。車の中で寝るなよ。部長も顧問ももう行ったぞ」
「うっせー」
「寝言で怒っても意味なんかねーよ。ほら」
「だからーそのこはなんにもなれずにうまったからいいんだよー」
「寝ぼけて何いってんだこの男の娘がー」
「だから、そのこはかみさまだったからー」
「いや、全然理由になってねーから。起きろよ菊池。おい、きいてんのかって……ダメだマジで寝てる。おいおーい、ほっぺたーつねるぞー……マジで起きねえ……」




