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進藤熱4


時刻は昼。

 部室に行くと、長峰、菊池、千代田がそろっていた。

ああ、そういえば今日はクリスマスイブだったなと、長峰を見ていて思い出した。

「ああああー、リア充爆発しろぉおお」

 文芸部の部長がぐるぐる回りすぎて残像しかない。

「長峰先輩自重して下さい」

 長峰は回転椅子にのって、一人でぐるぐる回りながら奇声を上げて、菊池が本を読みながら、横目でその長峰を見て言った。

 全然関係ないが、千代田があの有名なクリスマスソングを口ずさんでいた。何気に上手いかったので若干引いた。

「あー、進藤先輩こんにちは。桜田先輩は」

 まどろんだ目を俺に向ける。話したくない方の後輩が話しかけてきた。

 千代田は人と話すとき、人との距離を一旦目で測るくせがある。いや、それ自体は普通だ。桜田みたいに考えなしに動いているのは稀だからな。

 問題はそれが無自覚でないということだ。毎回潔癖症の女子みたいに念入りに確認している。

 それを俺が個人的に嫌がっているだけだ。後輩、粘着質なのは嫌われるぞ。  

「美術室に行くとか言ってたな」

「おいおいおーーーー、またあの子はどこでも行っちゃうんだからー体休めろっていったじゃんがああああ、全世界のカップル別れろ」

 ろれつが回っていなかった。居酒屋にいる酔っ払いのおじさんだな。完全にクリスマスイブに病んでいた。

「長峰、お前こそ休め。おい、菊池はどうかしたか」

 菊池がうずくまって、なにやら泣いているように言う。

「サクッ……、うう、頭痛い」

 なってない子供みたいな口調だった。菊池は頭をさする。どこも怪我はしてそうにないが……何があった?

「昨日、桜田は何をしでかしたんだ」

 絶対にとんでもないことをしたことは分かったが。

 まあ、桜田だからな。それで納得する自分がいた。

 

 しばらくすると、長峰が徐に立ち上がり宣言した。

「今日はなんとしても勝ってタローさんにカップル殲滅令を出して……そうだそうだ砕け散れよリア充共。じゃあ、始めましょう」

 枕詞が陰湿だった。それはなんとしても回避しなければならなそうだ。

 長峰は天に手をかざし「出でよ。タローさん」と叫ぶと。

 部室のドアがすっと開いた。ファンタジーの欠片もない登場の仕方だった。

 ぬすっとした独特の足音らしきものが響くと、怪物はどことなく上機嫌に言った。

「今日は可愛くなってみたんのー」

 今夜の名物的ご老人をを彷彿とさせるような真っ赤な塊が現れた。



「――では、始めんのー」

 タローは菊池の頭に大ジャンプで乗り菊池の髪の毛を引っ張る。それに応じて菊池が駆け出す。菊池は馬かよ。

 菊池の後を三人で追いかける。俺と長峰は走って、千代田はスケートボードで。

「にしても、菊池の足って速くなったんすよねー、昨日の短距離とか追い抜かされたんですよーあのひょろひょろに」

「タロー探しの成果だろうな」

 この戦いで一番の鍵は菊池だ。

あいつが最後まで粘らないとタロー探しという物語は筋書きを失くすからな。

「というか先輩ギターはどうしたんですか」

「失くした」軽音部の部室に。

「忘れたの間違いっすよね、それ」

 そういいたいときもあるんだよ。察しろ。

「分かりました」

 察された。まだ何も言ってないのに。超能力者か。

「じゃあ、先輩の武器はその紙ってわけっすよね。でも、それは」

 今日の俺の武器は紙だった。ギターが無いからだ。仕方が無い。

「元々、志乃美に紙を使うのを提案したのは居鳥のほうだよ」

 長峰が横入りしてきた。ねえ? 居鳥と問いかけてくる。

「ああ」

 去年そんなことをしたような気はする。忘れたが。

 俺は手の中の紙束に目を向ける。代用品だが、確かな力にはなるはずだ。

「じゃあ、それなら」千代田が言う。


「手抜きしなくてもよさそうだ」

「手抜きしなくてもいいわよ」  

 二人同時に言い放った。

 先に長峰が仕掛けた。拳銃を突き出して、菊池の方に炎の銃弾を連続発射しながら突撃していった。

 千代田の方は耳を押さえていた。そんなに音がうるさいか? 

 本物の銃と違って、銃撃音が鳴らず、炎がボッと燃える音しかしてないが。


「――千代田、いけるか」

 呼びかけをすると無視された。反応がおかしい。故障か?

 千代田がこちらに気が付いて、自らの耳を指し示す。

 千代田の耳には緑色のスポンジがはまっていた。耳栓か。千代田が言葉を放つ。

「――すみません。伸びろ」

 伸びろって何だ。

「――あっ?」

 千代田のポケットから出てきた何かから糸が流れ出して、俺の脚と手に巻きついた。ヨーヨーだ。

「なるほど。足止めか」と言いながら崩れ落ちる進藤城。千代田が優勢にまわる。さらにルービックキューブを出して「追跡」させる。いつの間にか後輩の手際が良くなっていた。

 先ほどの手抜きしないと言うのはこういうことか。先輩が後輩に越される。自然の哲理と悟った方がいいらしい。

 俺はその場に倒れこむしかない。千代田は俺には目もくれず、先へ急いだ。


 置いてけぼりってこういうことを言うのか。

 廊下に静けさが返って来た。床の冷たさが体の熱とぶつかって、水蒸気を作り出す。って。

 余韻に浸っている場合ではないし、まだ終わってもいなかった。


 俺の手首に巻きついた糸は中々頑丈で引っ張っても切れようが無い。

 指先はかろうじて動くので、本来はギターの弦を弾いて、音の波で糸を切るんだが。

「生憎、そのギターが無い」

 準備不足だ。俺は廊下に倒れこんだ体を起こして、あぐらをかこう……にも足首がくくられているのでできない。 

 ばたんきゅー。活動停止。目を閉じた。ふと昨日の俺を思い出す。軽音部でかっとなった俺を止めたやつは大勢いた。

 けれども、俺は部長を、部長を……何をしたんだ? 大の男相手に殴ったのか? つかみ合いになったところまでは覚えているんだが。

 

 去年、幽霊先輩共が言った言葉をふと思い出す。

 ――タロー探しは過去の記憶と想像力が鍵を握ると。

 

 ――本を読んだり、音楽を聴いたり。

 ――最悪目をつぶってでもいい。とにかく想像すれば勝つんだ。


 先輩が言っていた『最悪目をつぶる』は、言葉通りの『目をつぶる』だったんじゃないのか?

 慣用句のとがめない、ではなくて。

 

 俺は目を閉じる。

 まぶたの裏を見るような気持ちで糸がほどけていくような想像をした。

 絡んだ糸が切れるような。

 思った瞬間、手首が熱くなった。熱源がそこにあるかのような感覚だった。

 

 目を開ける。

 ほどけていた。糸だけを頼りに宙に浮いていたヨーヨーが落ちる。

「あ、そういうことか」

 俺は悟った。いつも目ばっかり開けているせいで、今日の俺は想像力が欠けていたらしい。文芸部ならではの想像力が。

 文芸部は文を書いて芸を成すからな。

 部員全員が特化した知識と思考力や独特の入り組み方がある。タローはそれが目当てでこんなイベントを開催しているのではなかろうか。

 

 もう一度目をつぶる。

 静けさの中に意識を集中させる。

 左隣の教室から音がする。

 卵の殻が割れるような音が、次第に、大きくなり。岩を岩で砕くような音が重力と共に押し寄せてきた。

 目を開ける。

 壁にひびが入り、壁の一部が教室内から破壊されて、出来た穴の中から人がでてきた。

 知り合いが中から現れた。


「――あ、いた! 居鳥!」

 桜田だった。

 タロー探し欠席中でこいつが何故ここにいるのか。

「そんな所から入場できるのか」

 異空間にそんな落とし穴があった覚えはなかったが。

「うん、美術室の帰りになんかー、壁にくもの巣みたいな赤いしみがあったから、好奇心で掘ったら壁が割れてね」

 クラスメイトに『割れてね』と可愛らしく言われた場合、人間はどう答えるべきなのだろうか。

 そのクラスメイトがよほどの怪力で無い限り、めったに無いことだと思うな。

 好奇心で壁を破壊する女子もさほどいない。

「そうそう私は居鳥に言いたいことがあるー」

 棒読みで言われた。とってつけた言い方の進化版みたいな伸ばし棒だった。もうちょっと柔和にしてくれ。

 桜田は感情が高まっているらしく、興奮気味に言った。


「――あっちゃんは悪くなかった!」

 大声で叫ばれた。

「――はい?」

 単刀直入すぎる。

 一瞬、何の話をしているのか分からなくなった。

 


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