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進藤熱5


――桜田は何を言っているんだろうか?


「だから、あっちゃんは全然何も悪くなかったの! 漫研のときのこと」

「漫画研究会のことがどうしてここで出てくるんだ?」

 今、タロー探し中なんだが。

「いいから!」

 いいからっておいおい。


「――今さっき美術室に行ってきたら、見覚えのある子がいてね。話かけたら元漫研の子だったの」

 漫画研究部の残党が美術部に移籍していてもおかしくはないだろ。

 一体何が言いたいんだ桜田は。

「その子があっちゃんに頼んだんだって。漫画研究部を潰してって」


 ――漫画研究部には部員Aがいた。

 部員Aは部内でいじめを受けていた。

 シカト、活動の強制、暴言等々の行為を受けていた。

 もちろん部員Aには部を退部する自由があったが、部員Aはそれをしなかった。

 なぜなら今部活を辞めれば、部活内に留まっていたいじめがクラスにまで拡大するだけだとわかっていたからだ。


 ――苦しんだ末に部員Aが頼ったのは、文芸部副部長長峰だった。


「漫画研究部は文芸部とのパイプを頼りにしていた節があったから。文芸部との関係が崩れたら、漫研は潰れるって分かっていたの。だからあっちゃんにお願いしたんだって」

 桜田は悲しそうな目をして。

「ねえ、一番苦しかったのは誰だと思う?」

 疑問を呈す。

「その子はね、ただただ罪悪感しかなかったの。あっちゃんだけにじゃなくて。漫画研究部を引き継いでくれた先代に」

 漫画研究部の歴史は文芸部に劣らず長くあった。

 それの最後があんなにあっけないものだった。

「きっと謝りたくてしょうがなかったの。だから、泣いちゃったんだって」

 漫画研究部の人間として、合同するようにお願いした時に。と桜田は付け加えた。

 部員Aは人前では『一部員として、文芸部に協力を要請する役』だったわけだ。

 記憶の端に残っていた映像がよみがえる。あの時、泣いていた女生徒が部員Aか。

「あっちゃんが本当は自分のために断っていることを分かっているのに、頭では分かっていてもどうしようもなかったらしくて」

 

 ――ああ、そうか。

 長峰がだんまりをきめこんだ理由がようやく分かった。

 副部長として私情で動いていたわけだからな。部員Aのことは出来るだけ秘密にしておきたかった。そして、自分だけが責任を負うってことか。

 桜田は、尋ねる。

「あっちゃんは居鳥にとって悪ですか?」

 悪の定義が良く分からないが。

 なあ、俺ならどうした。


「――でも、それはそいつのためだけだろ」


 俺の回答はこう切り出すことにした。個人的考察をしてみる。

「漫画研究部はその部員だけのものではなかったはずだ。一人の都合で振り回していいものじゃない」

 そういうと桜田は固まった。

 俺らしくない回答、とでも思ったのだろうか。

 これは至極一般論だ。極論ではない。

「それに漫画研究部には今までどれほどの人間が尽力してきたか、お前は知っているか? 築かれたものの高さを知っているか? そいつが壊したものは人一人では抱えきれないほどの多くのものだったんだよ。伝統や遺産の価値をそいつ一人が決めていいものか? お前はどう思う?」

 さあ答えろ。桜田。

 お前の返答で何が変わるわけでもない。

 俺が長峰を許すだけでもない。

 だけど、答えはどっかにあって、それを探せそうなんだ。

 

 俺の中のそれを桜田はみつけてくれそうな。そんな気がした。

 

 ――桜田は黙った。

 すっと息を吸って、吐いて。笑った。

 ただ声をだして、何かに呼応するようにわらった。


「あははー」

 

 伸ばし棒。いつもどおりの桜田らしい語尾が響く。

 桜田はふりかぶってこういった。

「あのさー居鳥ー。ちょっとツラ貸してー?」

 

 桜田の拳が近づくのだけは目で追えた。それ以降は視界がブラックアウト。頬に痛みが発生して思わず目から水が出そうだった。

 殴られた。女子相手に威力最大のパンチを打たれた。

 

 桜田が張り裂けるような声で言った。


「――誰かを傷つけるものはぶっ壊したいじゃん!」

 桜田の心の一声。

 まっすぐで濁りの無い思いだった。

「誰かを傷つける伝統なんかなくなればいいって私は思ってるーしさ。それじゃダメ?」

 どことなく気の抜けた。桜田らしい回答だった。

 

 けれども、確かにそこには何かがあった。

 俺なんかには、熱くて触りがたいものが、そこにはあった。


「――それに、人は笑っている方が可愛いでしょ」

 ふっと力を抜いて、桜田が俺のほうを覗き込む。

「無表情よりは笑ってる居鳥のほうが可愛い」

 可愛いか。俺がね……。

「そっか」

 桜田が言っているんだから、そうに違いない。


 ――前言撤回。桜田の返答は俺の世界を変えた。

 

 世界は変化してもいい。無くなったっていい。生まれてきてもいい。

 不条理も、自分にあわない事だってやってもいいはずで。

 それが誰かの笑顔に置換されるのなら、何でもよかったんだ。

 何でも良かった。方法を選ばないとすれば。

 

 俺の最良の判断は、いつだってそこにあった。

 

 ――長峰飛鳥へ。

 今まで、俺が避けていたことを、やってみよう。


 俺は覚悟を決める。

「――桜田。飛ぶぞ」

 俺は桜田の手を掴んだ。紙束を出す。準備しておいたのがやっと役に立ちそうだ。桜田の十八番の紙飛行機を手のひらにのせる。

 一瞬にして巨大化した紙飛行機に俺が乗る。桜田の手をひっぱって同席させる。

 桜田がしばらくぼっとしていたが、何かをひらめいた。

 目をキラキラ輝かせながら「ちょっと貸して」と手を出してきたので、紙を数枚渡す。体を丸めて、何かを折りだした。

「あ、もう行っていいよ」

 桜田がそういうので俺は紙飛行機を宙に飛ばす。そして、前進。

 紙飛行機が猛スピードで走る。星が流れるような速さで、体が吹き飛ばされそうになったので土台にしがみついた。桜田のほうはバランス感覚良好で何も掴まなくてもいいらしい。黙々と折り続ける。


「出来たよ」

 桜田の手の平に折鶴が数羽あった。折鶴は風で吹き飛ばされる。

「――巡回」

 折鶴が風の方向と逆らって飛行しだした。羽をばたつかせて、羽の端から糸が垂れており、もう片端は桜田の腕に巻きついていた。

「居鳥、あの鶴を追って」

「了解」

 鶴はまっすぐいった後、階段に差し掛かったとき、上で上った。

 飛行機が垂直に近い角度になる。俺は桜田の肩をつかんだ。

 というか俺のほうが飛行機から落ちそうだが。

 桜田は「これは慣れっこ」といって、紙飛行機に『旋回のち直撃』と言った。

「――おい、直撃ってなんだ」

 不穏な響きだな。それは。

「私が降りてって言ったら降りてね」

 その命令は、どうも不安しかないな、それ。

 階段を上りきった所で千代田の姿が見えた。前方に長峰とその向こうにタローを被った菊池がいた。


「――降りて」

 降りた、二人で廊下に受身の態勢に転がる。

 その声で千代田が気が付いて、背後からやって来た紙飛行機を紙一重で避けた。紙だけに。

 気が付くと、桜田の手首には折鶴がなくなっていた。

 そして、桜田が叫んだ。

「――爆破あああああ!」

 紙飛行機が吹っ飛んだ。

 その前を走っていた長峰と菊池を巻き込んで。

 

 バスガス爆発よりひどかった。

「紙飛行機に折鶴をくくりつけて爆発させてみたー」

 好奇心の塊みたいな笑顔でそういってみせた。

「桜田は敵に回すと怖いな」

 これは俺の本音だな。

「今ので菊池、絶対死にました」

 千代田がかたかた震えながら言った。

 いや、長峰も死んだと思うぞ千代田。


 俺と桜田と千代田の三人が爆破現場に駆け寄ると、そこには、焼けた紙飛行機が一つ。

 その場で箒とモデルガンでアクションモドキをしている後輩と部長がいた。不死身か。そういえば無傷になるんだったな。よかったな。

「後でフィードバックくるけどね」

 桜田がオチっぽいことを告示した。それは言ったらお終いだろ。

 

 長峰が炎を振りかざすが、菊池の避け方が上手過ぎて当たっていない。

 菊池の方は箒だから、長峰にダメージを与えられるような一撃を与えられないらしい。


「入れねえ」

「入れないねー」

「入れねえっす」

 三人とも戦意喪失にて降参。二人で頑張ってくれ。

 考えなしにズボンのポケットに手を突っ込むと手裏剣が出てきた、紙製の。

 さっき準備したはいいがちっとも役に立ちそうもないな。

 

 えい。その辺に放ってみた。

 手裏剣が前に風のように流れて、さくっと刺さる音がした。


 ――手裏剣が菊池の頭に刺さり、血しぶきが飛ぶ。

 頭の上のタローが「んのー」と泣き叫んで、長峰の頭に飛び乗った。と同時に菊池が倒れた。


「――あ……」

 そういうしかなかった。

 長峰は不満そうな顔をして、タローの首根っこをつかみ、つるし上げて、額に銃口を当てた。

 そして、こちらを向いてこういった。


「――居鳥、今のはお前のだよね。これいる?」

 タローを指差して言った。

「いらねーよ」

 ぶっきらぼうに俺が言う。もう今の俺には必要なかった。


「軽音部のこと、タローならどうにかしてくれるかもよ」

「そんな妖怪に頼むことは無い。お前にやるよ」

 妖怪なんかに頼む必要はなかったんだよ。

「ただな」

 俺は初めて部長を信じることが出来た。


「――長峰、お前に一つ頼みがある」

 

 長峰飛鳥に願いを言うなんて、俺がすることじゃない。

 でも、俺が言うべきだったんだ。考える前に、行動すればよかった。

 俺は、こうやって誰かに頼ってもよかったんだって。早く、思えればよかった。

 

 

 長峰はそれを聞いて、笑顔でこういった。

「ああ」

 そして彼女は引き金を引いた。


 

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