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進藤熱3

 

終業式の後、教室の大掃除が始まった。

 出席番号順に決められた役割。俺は窓拭きだった。

「『さ』と『し』で近いもんねー」

 桜田と。

「この前も一緒だったな」

 こういう作業は一人の方が意識しない分楽だ。まあ、知らないヤツよりは楽でいいけど。

「はいはーい」

 桜田は企み顔で笑いながら、何故か熱い視線を送る。なんだ。

「うふふー。昨日あんなにわんわん泣いてたのにー。今日は平気なんだ」

 桜田は口角をぴっとあげる。幼子をあやす時の作り笑顔みたいな表情だ。

 あ、泣いてたか俺? 一昨日のことがさっぱり記憶から飛んでいる。

軽音部であの後何をしでかしたのかも全部分からない。

 後で軽音部のやつらに聞いておこう。もちろん部長以外に。


「え、もしかして覚えてないの? 恥ずかしさで赤面とかしないのー? ねえ」

 鬱陶しいくらい腕を引っ張ってくる。重い、腕が折れる気がする。

「やめろ、制服が伸びる」

 桜田は口をすぼめて「ちぇー」と言った。

 俺の照れた顔にどのような需要があるんだ。また男同士のなんたらの参考にとか言わないよな。こいつは。

「大体、お前に泣き顔見られても俺はなんとも無いが」

「え、そんなのも気にしないの? さすが居鳥。なんか動揺することとかないの?」

 そういわれたら今は一つだ。

「さすがに軽音部がなくなると、困るな」

 居場所が一つなくなるからな。存在意義が大幅に削減されそうで怖い。

「あーあ、そりゃそうですもんね」

 桜田はばつの悪そうな顔をした。

 そして、心配をしているんだろうな。

 弱った声でいう。

「――予算の話だよね」

「ああ」

「良かったら、見てあげようか」

「窓ガラスの磨き具合を」

 今、掃除の真っ最中だからな。仕事熱心な。

「ち、違うにゃーって、噛んがー」

 桜田が盛大に噛んでまた噛んだ。

 そして、恥ずかしそうに上目遣いで、って、俺のほうが身長が高いからそう見えるだけか。あービックリした。

 桜田は普通に、こっちを見ていただけだ。そして、気を取り直してこう言い返してきた。 

「私、一応会計だからさ。軽音の予算の表を私に見せてみなよ。私に出来ることならやってあげる」

 頼もしいことを言ってくれた。

 軽音部の会計表なんか何の役にも立たないが。でも、桜田に任せてみよう。

 普段はへらっとしてるが、なんだかんだで頼りがいがあるんだよな。

 今日はその言葉に甘えてみてもいいよな。  


「――破産するね」

 ほら、だから言わんこったない。

 ホームルームの後、桜田はどこからか電卓を出してきて俺の席で表を広げて言った。

「どうにもならないんだろ」

 俺にだってわかっている。かといってどうすることも出来ないくらいにかつかつだ。

「だって、これお金かかりすぎだし」

 軽音部ではそれは最低限かかるんだよ。にらめっこしてもどうしようもない。

 桜田はそれでも、表を手放していない。

「何も変わらないだろ。それは」

 しかし、桜田は表を見続けたままで、その後けろりとしていった。


「いや、変わるかな」

 え、今なんて。

「だって、今言ったのは小中規模部活での試算だから。大規模クラブだったら、予算の配当のパーセントが増えるから大丈夫」

 桜田はこっち向いてにこっと笑ってピースを決めてきた。

 変なヤツ……ってああそうか。

 これは励ましているのか。って、桜田に慰められてどうするんだ俺。

「頑張りなさいな。軽音部副部長」

 桜田に肩を叩かれる。

「あー、はいはい」

 分かってます。でも、ありがとうな。桜田。

 何で俺が副部長なのか? 知らない。窓口に聞け。

 俺よりもふさわしい人はたくさんいるはずだった。押し付けられたんだろうな、責任を、罪を、罰を擦り付けられただけだ。意味は無い。


 桜田は床に座り込んで、退屈といった。

 そして、ろくでもない話題をふってきた。

「ねえ、居鳥。『タローさん』って何者なんだろうね」

 それは日本妖怪の専門家に聞けよ。または文化継承の分析家な。

「そりゃー私にもタローさんは見た目からして何かの妖怪だって分かるーけど」

 森の中に昔から住んでそうなやつの小さい版みたいな風貌だからな。

「でも、正体不明。人の言葉を喋るし、後、菊池君のことを気に入ってるみたい」

 そうか? 長峰のことも好きそうだぞあいつ、ただの女子高生ずき……これは菊池に失礼だった。ごめん。

「後、なんかあっちゃんと菊池くんのことは知ってる。何故知っているかは分からないけれど」

 それは新情報だ。

「それはどこがネタ元だ」

「私の感」信憑性低いな。

 桜田の感ほど頼りにくいものは無いが。まあ、いいとする。

 桜田は何やらメモ用紙に書き出していく。『去年』と書いて『先輩』に→して表す。

 これはどういう意味だ。

「去年の12月を思い出して。先輩たちは『タロー探し』を宣言した。けど、去年のタローさんはずっと雪だるまみたいな格好だった。もちろん喋らなかった。んのーとしか言わなかったでしょ」

「なのに、今年は茶色とか虹色とか毎日違う。人の言葉もしゃべってる。つまり、進化してるってこと」

「俺は茶色のしか見てないけどな」

 昨日は行かなかったからな。そっか虹色だったのか、きっと気色の悪いものだろうから、見なくて良かった。

「後一つだけ先輩たちが言ってたんだけど。絵本が欲しいって。でも、結局見つからなかったのね」

 去年幽霊先輩三人が年度末に大掃除がてらに何かを探していたような気がする。絵本だったのか。馬鹿らしい。

「それにつき合わされてたって話だな」

「うん。それは最大のヒントだって言ってたけど……ああ、先輩たちと連絡がつけばいいんだけど。先輩たち、携帯見ないから」

「そうそう、文化祭の役割表送ったら見てなかったって事件もあったな」

「あっちゃんがぶちぎれたよね」

「漫画研究部の時は普通だったくせに、ああいうときに言う女だよ。長峰は」

「いや、漫研のときは変だったよあっちゃん。あ、私今日は美術部寄るって言っといて」

 あれ、今重要なこと言わなかったか桜田! 

 桜田はコートを羽織って、荷物を持っていく。なんで美術部と聞こうとしたら有無を言わさず。「後、この表もらっていい? 確認したいことがあるから」といい、風と共に去っていった。

 

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