午前10時
浜中家。
午前十時過ぎ。
外では相変わらず雨が降っていた。
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香葉はリビングのソファに横になっていた。
テレビはついている。
でも内容は頭に入ってこない。
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ぼんやり天井を見る。
身体が重い。
眠いような。
だるいような。
何とも言えない感覚。
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キッチンから母がやってくる。
マグカップを二つ持っていた。
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「はい。」
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香葉の前のテーブルに温かいお茶を置く。
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「ありがとう。」
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母は隣に腰を下ろした。
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しばらく無言。
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雨音だけが聞こえる。
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やがて母が静かに口を開いた。
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「先生に診てもらう?」
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香葉は少し顔をしかめる。
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「大丈夫。」
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反射的だった。
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いつもの返事。
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しかし母は苦笑する。
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「またそれ。」
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香葉は黙る。
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「最近疲れてたんじゃないの。」
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母の声は優しい。
責めている訳じゃない。
心配しているだけだ。
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「学校も。」
「うん。」
「進路も。」
「うん。」
「検査も近いし。」
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香葉は視線を逸らした。
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母は続ける。
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「香葉って昔からそうなのよ。」
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「何が。」
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「いつも大丈夫って言う。」
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香葉は何も言わない。
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「痛くても。」
「不安でも。」
「怖くても。」
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母は少し笑った。
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「大丈夫って言うの。」
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ソファに沈むような沈黙。
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雨音が少し強くなる。
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「別に。」
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香葉が小さく言う。
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「本当に大丈夫だし。」
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母はすぐには答えなかった。
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そして。
ゆっくり香葉の頭を撫でる。
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「そうだったらいいんだけどね。」
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その一言が胸に刺さる。
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香葉は目を閉じた。
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本当に大丈夫なのか。
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そう聞かれると分からない。
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身体は重い。
疲れも抜けない。
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来月の検査も気になる。
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でも。
それを認めてしまうと。
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急に怖くなりそうだった。
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「今日は休みなさい。」
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母が立ち上がる。
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「課題もしなくていい。」
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「え。」
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「一日くらいサボっても世界は終わらない。」
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思わず香葉は笑った。
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「何それ。」
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「お母さん名言。」
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「絶対違う。」
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久しぶりに少しだけ笑う。
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母もつられて笑った。
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窓の外では雨が降り続いている。
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六月の雨。
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高校最後の夏を迎える前の、
少し長い雨の日だった。




