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夕飯

夕飯時。


一階から母の声が聞こえてきた。


「香葉ー、ご飯よー。」


「はーい。」


重い身体を起こして部屋を出る。


階段を降りると、食卓にはすでに料理が並んでいた。


生姜焼き。


味噌汁。


サラダ。


いつもの見慣れた夕食。


香葉は椅子に座る。


「いただきます。」


「いただきます。」


母も向かいに腰を下ろした。



しばらくは何気ない会話だった。


学校のこと。


ニュースのこと。


近所のスーパーの話。



そして。


母がふと思い出したように口を開く。


「そうだ。」


「ん?」


「お父さんね。」


香葉の箸が少し止まる。


父の話だった。



「夏には一回帰って来られるって」


「へぇ。」


「香葉は久しぶりよね。」


「そうだね。」



父は今、中国にいる。


毛糸工場の責任者として赴任中だ。


小さい頃から仕事が忙しく、


一緒に過ごす時間は多くなかった。


だからと言って父との再会をドラマみたいに楽しみにする性格でもない。


でも。


やっぱり少し嬉しい。



「良かったじゃない。」


母が笑う。


「まぁ。」


香葉も少しだけ笑った。



ところが。


次の言葉で空気が少し変わる。



「でも、香葉は病院ね……」



香葉の箸が止まる。


母も苦笑いを浮かべた。



「検査入院と被らないといいわねぇ……」



しばらく沈黙。


味噌汁の湯気だけが揺れる。



香葉は慣れていた。


年に一度。


夏前後の定期検査。


もう何年も続いている。


だから特別怖い訳じゃない。



だけど。


好きにはなれない。



病院独特の匂い。


白い天井。


採血。


検査結果を待つ時間。


全部嫌いだ。



「まだ日程決まってないんでしょ?」


香葉が言う。


「うん。」


「じゃあ大丈夫じゃない?」


「そうだけどねぇ。」



母は心配性だった。


昔から。


香葉以上に。



「せっかくお父さん帰って来るんだから。」


「会えるよ。」


「だといいけど。」



香葉は笑う。


「そんな顔しないで。」


「してる?」


「してる。」



母もつられて笑った。



その時だった。


スマホが震える。


テーブルの端に置いていた画面が光る。


クラスのグループLINE。


文化祭の話らしい。


未読30件。



「見ないの?」


母が聞く。


「あとで。」


「珍しい。」



香葉は肩をすくめる。


今はそんな気分じゃなかった。



窓の外では夜風が木を揺らしていた。


もうすぐ六月。


そして夏。


父が帰って来る夏。


病院へ行く夏。


高校生活最後の夏。



どんな夏になるんだろう。



ふと。


昼間読んだブログを思い出す。



『必ず嵐のあとは美しい景色が見れる。』



香葉は思わず小さく笑った。



「どうしたの?」


母が不思議そうに聞く。


「別に。」


「怪しい。」


「怪しくない。」



だけど。


少しだけ思った。



もし本当に絶景なんてものがあるなら。


今年の夏は、


ほんの少しくらい期待してみてもいいのかもしれない。


そんなことを考えながら、


香葉は味噌汁をひと口飲んだ。

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