1人
玄関のドアが閉まる。
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カチャ。
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静かな音。
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亮の足音が遠ざかっていく。
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香葉はそのまま数秒立ち尽くしていた。
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「……。」
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静かだ。
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さっきまで誰かがいたのに。
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笑い声があったのに。
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急に家が広く感じる。
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「何これ。」
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思わず呟く。
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別に。
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寂しい訳じゃない。
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ただ。
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少し変な感じがした。
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香葉はリビングへ戻る。
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テーブルの上。
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空になったお弁当箱。
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麦茶のグラス。
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古幡が座っていたソファ。
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「ちゃんと全部食べたし。」
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思わず笑ってしまう。
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本当に美味しそうに食べていた。
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『うま。』
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『麦茶うま。』
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『小学生?』
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思い出してまた笑う。
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「変な人。」
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そう言いながら、
少しだけ嬉しい。
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その時。
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スマホが震えた。
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母だった。
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母
今日は少し早く帰れそう
体調どう?
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香葉はソファへ座る。
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少し考える。
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いつもなら。
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『大丈夫。』
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それだけ送る。
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でも今日は違った。
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香葉
ちょっと疲れてるかも
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送信。
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自分でも驚いた。
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「……。」
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弱音というほどじゃない。
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でも。
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最近の自分なら絶対に送らなかった言葉。
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数秒後。
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母
そう
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母
それが聞きたかった
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香葉は画面を見つめる。
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そして。
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小さく息を吐いた。
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なんだろう。
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少しだけ肩の力が抜ける。
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無理して大丈夫と言わなくても、
怒られる訳じゃないんだ。
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当たり前のことなのに。
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忘れていた気がする。
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ふと視線を上げる。
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二階の自室。
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編みかけのレース。
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スケッチブック。
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『これ完成したら見せて。』
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亮の言葉を思い出す。
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「別に見せなくてもいいけど。」
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誰もいないリビングで呟く。
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そして。
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少しだけ笑った。
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本当に少しだけ。
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完成させたいな。
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そう思った。
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六月の夜。
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窓の外では街の灯りが輝いている。
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検査入院まであと少し。
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不安は消えていない。
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体調だって万全じゃない。
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それでも。
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今日の香葉は、
昨日の香葉より少しだけ前を向いていた。




