部屋
二階。
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廊下の突き当たり。
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香葉の部屋の前。
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「ここ。」
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香葉が立ち止まる。
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亮は少し後ろで待っていた。
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なぜか。
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少し緊張している。
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「入っていいの?」
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「今さら。」
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香葉はドアノブに手をかける。
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そして。
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少しだけ躊躇した後、
ドアノブを回した。
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「どうぞ……。」
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ぶっきらぼうな言い方。
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でも。
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ほんの少しだけ照れているのが分かる。
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亮は思わず笑った。
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「何。」
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「いや。」
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「何。」
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「緊張してる?」
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「してない」
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即答。
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香葉は部屋へ入る。
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亮も続く。
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そして。
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「おぉ……。」
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思わず声が漏れた。
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香葉の部屋は、
亮が想像していたものとは全然違った。
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まず目に入るのは机。
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その上にはスケッチブック。
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色鉛筆。
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定規。
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裁縫道具。
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そして。
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壁際にはミシン。
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「ミシンある。」
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「ある。」
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「本当に作ってるんだ。」
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「だから言った。」
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香葉は少し得意そうだった。
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そして。
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ベッドの上。
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そこには編みかけのレース。
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昨日まで作業していたものだ。
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亮は自然と近付く。
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「これ。」
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指差す。
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「浜中が編んだの?」
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「うん。」
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「すご。」
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香葉は少し視線を逸らした。
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褒められるのは慣れていない。
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「普通。」
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「普通じゃない。」
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亮はレースを見る。
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細かい。
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綺麗だ。
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「これ何になるの。」
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香葉の顔が少し明るくなる。
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「スカート。」
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「え。」
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「レース重ねる。」
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「可愛いじゃん。」
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「でしょ。」
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その返事だけ妙に早かった。
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亮は笑う。
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今の「でしょ」は、
今日一番自信ありげだった。
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その時。
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ふと。
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部屋の隅が目に入る。
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大きなボストンバッグ。
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チャックは半分開いている。
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中には着替え。
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タオル。
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洗面用具。
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何日か泊まる時の荷物みたいだった。
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亮の眉が少しだけ動く。
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「旅行?」
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香葉の動きが止まる。
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ほんの一瞬だけ。
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「違う。」
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短い返事。
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亮はそれ以上聞かなかった。
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聞かなかったけれど。
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頭の片隅に残る。
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旅行じゃない。
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じゃあ何だろう。
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そんな小さな違和感。
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だけど今の亮の興味は、
それよりも目の前のレースだった。
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「浜中。」
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「何。」
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「これ完成したら見せて。」
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香葉は少し驚いた顔をする。
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そして。
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「別にいいけど。」
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そう答えた。
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窓から夕日が差し込む。
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静かな部屋。
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病院のことも。
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体調のことも。
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今だけは少し遠かった。
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ただ。
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好きなものを話す香葉は、
学校で見る浜中香葉とは少し違って見えた。




