車内
電車のドアが閉まる。
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ガタン。
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ゆっくりと車両が動き出した。
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昼間の車内。
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通勤ラッシュほどではない。
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座席にも空きがある。
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冷房だってちゃんと効いている。
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それなのに。
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「……暑い。」
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香葉は小さく呟いた。
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首元に手を当てる。
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少し汗ばんでいる。
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おかしい。
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駅まで歩いたから?
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六月だから?
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そうかもしれない。
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でも。
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何だろう。
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蒸し暑い。
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息苦しい訳じゃない。
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けれど。
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妙に身体が熱を持っている感じがする。
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香葉は窓へ視線を向けた。
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流れていく景色。
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住宅街。
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信号。
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青空。
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気を紛らわせようとする。
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その時。
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「浜中。」
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まただ。
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「……何。」
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隣に立っている亮がこちらを見る。
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「顔赤い。」
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香葉は眉をひそめた。
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「暑いから。」
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即答。
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亮は少し首を傾げる。
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「冷房効いてるけど。」
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「私が暑いの。」
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「そういうもん?」
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「そういうもん。」
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亮は納得したような、
していないような顔をした。
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香葉はスマホを取り出す。
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母から返信が来ていた。
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母
本当に大丈夫?
無理しないでね。
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香葉
大丈夫
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送信。
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数秒後。
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既読。
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また早い。
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「お母さん?」
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亮が聞く。
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「うん。」
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「まだ心配してる?」
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「してる。」
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「優しいじゃん。」
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香葉は苦笑する。
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優しい。
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それは分かっている。
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分かっているから困るのだ。
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大丈夫だと言っているのに。
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みんな心配する。
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母も。
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先生も。
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そして。
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古畑も。
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その時だった。
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ふわっ。
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また一瞬。
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視界が遠くなる。
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ほんの一秒。
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誰にも気付かれない程度。
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香葉は咄嗟に吊り革を握る。
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「……。」
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大丈夫。
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大丈夫。
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まだ大丈夫。
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そう思う。
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思うのに。
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身体は少しずつ違うことを教えてくる。
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電車は次の駅へ向かって走っていた。
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窓の外では、
夏を迎えようとしている街並みが流れていく。
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そして香葉はまだ知らない。
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この日、
本当は病院へ行っていた方が良かったのかもしれないと、
後になって思うことになるのを。




