開放終了
「開放終了だぞー!」
⸻
屋上の扉が開く。
⸻
先生が鍵を片手に声を張り上げた。
⸻
「下校時間もあるからなー!」
⸻
フェンスにもたれていた生徒達が動き出す。
⸻
参考書を片付ける生徒。
イヤホンを外す生徒。
⸻
それぞれ帰る準備を始める。
⸻
香葉もベンチから立ち上がった。
⸻
その瞬間だった。
⸻
ふわっ――
⸻
視界が揺れた。
⸻
「あ……。」
⸻
身体が一瞬軽くなる。
⸻
足元の感覚が遠くなる。
⸻
立ちくらみ。
⸻
貧血に似た感覚。
⸻
ほんの数秒。
⸻
だけど。
⸻
身体が前へ傾く。
⸻
「っ……。」
⸻
香葉は咄嗟にベンチへ手をついた。
⸻
風の音が少し遠く聞こえる。
⸻
鼓動だけが妙に大きい。
⸻
「浜中?」
⸻
亮の声。
⸻
香葉は顔を上げる。
⸻
いつの間にか亮がこちらを見ていた。
⸻
「何。」
⸻
反射的にそう返す。
⸻
「いや。」
⸻
亮は眉をひそめる。
⸻
「今ふらついたろ。」
⸻
見られていた。
⸻
最悪だ。
⸻
「別に。」
⸻
またその言葉。
⸻
香葉自身も分かっていた。
⸻
「別に」は便利だ。
⸻
大抵のことを誤魔化せる。
⸻
でも。
⸻
亮は納得していない顔だった。
⸻
「別にじゃないだろ。」
⸻
「立ちくらみ。」
⸻
香葉はため息をつく。
⸻
「急に立ったから。」
⸻
嘘ではない。
⸻
完全な本当でもない。
⸻
亮は数秒黙る。
⸻
「……大丈夫?」
⸻
今度は少し真面目な声だった。
⸻
香葉は視線を逸らす。
⸻
「大丈夫。」
⸻
言いながら。
⸻
自分でも少し嫌になる。
⸻
母にも。
友達にも。
⸻
いつも同じ返事。
⸻
大丈夫。
⸻
本当に大丈夫なら、
何度も言う必要なんてないのに。
⸻
「ふーん。」
⸻
亮はそれ以上言わなかった。
⸻
ただ。
⸻
屋上の出口へ向かう時。
⸻
何気ない感じで歩幅を合わせてくる。
⸻
香葉は気付く。
⸻
気付いたけれど。
⸻
何も言わなかった。
⸻
先生の声が聞こえる。
⸻
「早く降りろよー。」
⸻
「はーい。」
⸻
亮が返事をする。
⸻
階段へ向かう。
⸻
夕方の校舎。
⸻
窓から差し込むオレンジ色の光。
⸻
香葉は手すりを軽く握った。
⸻
まだ少しだけ身体が重い。
⸻
来月の検査。
⸻
その言葉が頭をよぎる。
⸻
でも。
⸻
今は考えたくなかった。
⸻
隣では亮が何事もなかったように歩いている。
⸻
その姿を見ていると。
⸻
少しだけ。
⸻
本当に少しだけ。
⸻
「大丈夫かもしれない。」
⸻
そんな気がした。




