屋上
放課後。
終礼が終わる。
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「じゃあねー。」
「また明日。」
「部活行ってくる!」
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クラスメイト達が次々と教室を出ていく。
香葉は席に座ったまま窓の外を見た。
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帰ろうと思えば帰れる。
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部活には入っていない。
用事もない。
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それなのに。
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今日は何となく真っ直ぐ帰る気になれなかった。
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気付けば屋上へ向かっていた。
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昼休みと放課後一時間だけ解放される屋上。
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重い扉を開ける。
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風が吹いた。
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「気持ちいい……。」
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思わず呟く。
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昼間ほどの日差しはない。
少しだけ柔らかくなった陽射し。
梅雨の合間の青空。
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数人の生徒が思い思いに過ごしていた。
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フェンスにもたれて話す二人組。
ベンチで参考書を開く生徒。
イヤホンをしながら空を見ている生徒。
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誰も誰かを気にしていない。
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香葉は空いているベンチに腰を下ろした。
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風が髪を揺らす。
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スマホを取り出す。
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LINE。
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草川さん。
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トーク画面を開く。
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最後のやり取りは数ヶ月前。
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草川さん
元気してるー?
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香葉
普通です。
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草川さん
普通が一番じゃん。
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そこで終わっている。
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香葉は少し笑った。
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「普通って何。」
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前にも思った。
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でも。
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草川さんらしい気もする。
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去年の夏。
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採血前に緊張していた香葉へ、
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『大丈夫大丈夫!』
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と言いながら。
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自分の方が緊張していた人。
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『宿題終わった?』
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とか。
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『退院したら何食べるの?』
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とか。
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看護師らしくないことばかり聞いてきた人。
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香葉は入力画面を開いた。
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『こんにちは。』
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打つ。
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消す。
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『今年も入院します。』
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打つ。
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また消す。
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「うーん……。」
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風が吹く。
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空を見上げる。
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草川さん。
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今年もいるのかな。
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まだ焦ってるかな。
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採血の時、
患者より緊張してたもんなぁ。
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思い出して少し笑ってしまう。
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その時だった。
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「何笑ってんの。」
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突然声がした。
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「うわっ!」
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香葉は飛び上がりそうになる。
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振り向く。
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古畑亮。
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「びっくりした!」
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「ごめんごめん。」
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全然悪いと思ってない顔だった。
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「何してんの。」
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「それこっちの台詞。」
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亮はそう言いながら隣のベンチに腰掛ける。
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「帰らないの?」
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「帰る。」
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「まだ帰ってない。」
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「古畑も。」
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「確かに。」
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少し沈黙。
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風が吹く。
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屋上らしい静かな時間。
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亮がふと香葉のスマホを見る。
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「LINE?」
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香葉は反射的に画面を伏せた。
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「覗かないで。」
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「覗いてない。」
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「見た。」
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「見てない。」
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子供みたいな言い合い。
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亮は笑う。
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香葉も少しだけ笑った。
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草川さんへのLINE。
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送るかどうかはまだ決まらない。
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でも。
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こうして屋上で風に吹かれていると。
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病院のことも。
検査のことも。
少しだけ遠くなる気がした。
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六月の夕方。
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夏はもうすぐそこまで来ていた。




