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主治医が病室を出る。


ドアが静かに閉まる音がして、病室には再び静けさが戻った。


香葉はベッドの上で、しばらく動けなかった。


「来週の半ば頃を目安に退院。」


その言葉を何度も心の中で繰り返す。


嬉しい。


もちろん嬉しい。


でも、まだ油断はできない。


「このまま今の状態を維持できれば」という条件付きだ。


それでも、入院してから初めて”退院”という言葉を先生の口から聞けた。


香葉は枕元に置いてあったスマホへ手を伸ばす。


――お母さん。


いや、お母さんには先生から説明がある。


――お父さん。


中国にいる父の驚く顔も浮かぶ。


でも……


香葉の指は、無意識に別の名前のところで止まっていた。


古畑亮


「……。」


思わず自分で苦笑する。


「何で一番最初に思い浮かぶかな。」


入院してから何度もLINEをくれた。


無理に励ますこともなく、いつも通りの調子で話しかけてくれた。


『退院したらタピオカ。』


『でもちゃんと退院したら行こ。』


あの何気ない約束が、どれだけ支えになっていたか。


香葉は画面を見つめながら、小さく息を吐く。


「……まだ早いよね。」


退院が決まったわけではない。


“このまま順調なら”という話だ。


フライングして伝えて、もし延びたら――。


少し考えたあと、香葉はスマホをそっと置いた。


「ちゃんと退院が決まってからにしよう。」


そう呟いたものの、口元は自然と緩んでいる。


その時だった。


ブルルッ。


スマホが震える。


画面には、まるでタイミングを見計らったかのように一件の通知。


古畑亮


『今日もちゃんと飯食ったか?』


香葉は思わず吹き出した。


「……何なの、この人。」


さっきまで静かだった病室に、小さな笑い声がこぼれた。

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