主治医
夕方が近づき、病室の窓から差し込む日差しも少し柔らかくなっていた。
香葉はベッドの上で本を閉じる。
コンコン――。
軽いノックのあと、主治医がカルテを手に病室へ入ってきた。
「こんにちは、浜中さん。」
「こんにちは。」
「体調はどう?」
穏やかな笑顔でベッドの横に立つ。
「ちゃんと食事は食べられてる?」
「はい。全部は無理な日もありますけど、前よりは食べられるようになりました。」
「それなら良かった。」
主治医はカルテに目を通しながら頷く。
「採血の結果も毎回確認してるけど、数値は少しずつ落ち着いてきているよ。」
その言葉に、香葉の表情が少しだけ明るくなる。
主治医は一度カルテを閉じると、腰を下ろして目線を合わせた。
「実はね。」
少しだけ真面目な表情になる。
「今日は退院について話をしようと思って。」
香葉の背筋が自然と伸びる。
「……はい。」
「入院した頃と比べると、炎症の数値も安定してきたし、点滴も予定どおり終了できそうだ。」
香葉は黙って耳を傾ける。
「もちろん、まだ病気が治ったというわけではない。」
「退院してからも外来で診察を続けて、薬もきちんと飲んでいく必要がある。」
「でも——。」
主治医は優しく微笑んだ。
「このまま今の状態を維持できれば、来週の半ば頃を目安に退院できると考えている。」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「……本当ですか?」
思わず聞き返す。
「本当。」
主治医は笑顔で頷く。
「ただし条件が一つ。」
香葉は少し緊張した表情になる。
「退院したら終わり、じゃない。」
「無理をしないこと。」
「学校が始まっても、疲れたら休む。日差しの強い日は特に気を付ける。体調が少しでもおかしいと思ったら我慢しない。」
一つひとつ確認するように話す。
「それが守れそうなら、退院に向けて準備を進めよう。」
香葉はゆっくり頷いた。
「……はい。」
その返事は、入院した頃よりもずっと力強かった。
主治医は安心したように笑う。
「じゃあ、お母さんにもあとで説明しておくね。」
病室を出ていく主治医の背中を見送りながら、香葉は静かに息を吐いた。
「退院。」
その二文字が、ようやく現実のものとして胸に届いた。




