表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
114/234

草川さん

香葉は静かにスケッチブックを閉じた。


窓の外へ目を向ける。


ただ何となく、夜景を眺めていた。


「浜中さん?」


後ろから優しい声が聞こえた。


振り返ると、仕事を終えた草川が立っていた。


「何してるの?もうすぐ消灯だよ。病室戻らないと。」


「……ちょっと、色々不安で。」


香葉は少し照れくさそうに笑う。


「草川さんは……巡回ですか?」


「いやいや。」


草川は苦笑しながら首を振った。


「今仕事終わって、これから着替えるところ。」


そう言って肩をすくめる。


「今日は夜勤と交代する直前に入院の患者さんが来ちゃってさ。バタバタだったよ。引き継ぎやら何やら終わって、やっと一息。」


「看護師さんって……本当に大変なんですね。」


「大変だよ。」


草川は笑いながら答えた。


「でも、自分で選んだ仕事だからね。」


少しだけ視線を夜景へ向ける。


「実は僕も、小さい頃は患者だったんだ。」


香葉は思わず顔を上げた。


「え……。」


「自分じゃあんまり覚えてないんだけど、小さい頃は結構危なかったらしい。」


苦笑いを浮かべながら続ける。


「親も覚悟を決めてたって後から聞いた。」


香葉は何も言えず、ただ耳を傾ける。


「その後も、中学生くらいまでは体が弱くてね。入院したり退院したりの繰り返し。」


ロビーの静けさの中、草川の声だけが穏やかに響く。


「病院ってさ、外から見るよりずっと時間がゆっくり流れるんだよね。一日が長く感じるし、先が見えないと余計に不安になる。」


香葉は静かに頷いた。


まさに今、自分がそうだった。


「でも、その頃お世話になった看護師さんたちが、本当に優しくて。」


草川は少し懐かしそうに笑う。


「検査で泣いた時も、『よく頑張ったね』って声を掛けてくれたり、眠れない夜に少し話を聞いてくれたり。」


その笑顔には、今でも感謝している気持ちが滲んでいた。


「その時かな。」


「将来は看護師になりたいって思ったの。」


「僕も誰かの不安を少しでも軽くできる人になれたらいいなって。」


香葉は草川を見つめた。


昼間はいつも明るくて、冗談ばかり言っている人。


そんな草川にも、こんな過去があったなんて思ってもいなかった。


「だからね。」


草川は香葉の方を向く。


「不安になること自体は悪いことじゃないよ。」


「不安だから、前に進みたいって思えることもある。」


香葉は少し俯いた。


「私……大丈夫なふりばっかりしてました。」


「うん。」


草川は優しく笑う。


「何となく分かってた。」


「患者さんって、意外と笑顔の奥が見えたりするんだよ。」


香葉は思わず苦笑した。


「隠せてると思ってたのに。」


「全然。」


その即答に、二人とも思わず笑ってしまう。


草川は腕時計を見る。


「さて、本当に消灯時間だ。」


「今日はちゃんと眠ろう。」


「焦っても、答えは今日出ないから。」


香葉は小さく頷いた。


「……はい。」


草川は軽く手を振る。


「おやすみ、浜中さん。」


「おやすみなさい、草川さん。」


香葉はスケッチブックを胸に抱え、ゆっくりと病室へ向かった。


さっきまで胸いっぱいに広がっていた不安は消えてはいない。


それでも、一人ではないと思えるだけで、少しだけ心が軽くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ