消灯前
夜――消灯十分前。
病室をそっと出た香葉は、静かな病棟のロビーにいた。
大きな窓の向こうには、街の灯りが小さく瞬いている。
ロビーのソファに腰を下ろし、膝の上にスケッチブックを広げた。
描かれているのは、ここ数日考えていた服のデザイン。
レースを重ねたスカート。
柔らかい色合いのブラウス。
ページをめくるたび、自分の”好き”が詰まっていた。
「……大学に行って、ちゃんと勉強したいな。」
ぽつりと呟く。
高校を卒業したら、デザインを本格的に学びたい。
自分のブランドを作るという夢も、まだ諦めたくない。
でも――。
「……ちゃんとできるのかな。」
その言葉は、静かなロビーに吸い込まれていく。
検査はまだ続く。
退院の予定も決まっていない。
もし夏休み中に退院できなかったら。
文化祭の準備も参加できないかもしれない。
大学受験の準備だって遅れてしまう。
それに……
「お父さんにも……会えないかも。」
中国へ赴任している父は、夏休みに合わせて一時帰国する予定だ。
会えるのを楽しみにしていた。
きっと、「また背が伸びたな」なんて笑いながら頭を撫でてくれると思っていた。
でも、その約束さえ守れるか分からない。
スケッチブックのページを見つめたまま、小さく息を吐く。
古畑から届いたメッセージがふと思い浮かぶ。
「でもちゃんと退院したら行こ。」
未来を当たり前のように話してくれた、その一文。
香葉はページの端に、小さくボールペンを走らせた。
『退院したら タピオカ』
誰に見せるわけでもない、小さなメモ。
それを見て、少しだけ口元が緩む。
「……退院、しなきゃ。」
不安は消えない。
それでも、ほんの少しだけ。
明日も頑張ろうと思えた。




