第98話:九千万の署名、あるいは民衆の盾
狂乱のフラッシュを浴びながら、九条さんに
促されてようやく人混みの外へと逃れ出た。
歩きながら、彼女は静かに、けれど誇らしげに語った。
「あの日、あなたがタンカーを押し戻した動画が
SNSや動画サイトで信じられないほど拡散されたの」
九条さんが見せてくれたスマホには、虹色の光を
放ちながら巨艦に立ち向かう、私の姿があった。
「国民全体が動いたわ。あなたの釈放を求める
署名活動には、前代未聞の9000万もの賛同が
集まったのよ。……日本の人口のほとんどね」
「きゅう、せん、まん……!? そんなに……」
「ええ。警察署どころか、国会議事堂まで英雄を
釈放しろって叫ぶ人々で埋め尽くされてしまった。
国も、もうあなたを罪人として扱うことは無理よ」
涙が溢れて止まらなかった。独りで暗い檻の中に
いた間、外では顔も知らない何千万人もの人たちが、
私のために声を上げてくれていた。
「……。でも、ガソタムは没収されたままよね。
あんな危ないもの、やっぱり無くなった方がいい」
私はそう呟き、九条さんに自宅まで送ってもらった。
けれど、ようやく辿り着いた家の前で私は絶句した。
そこには警察署以上の、凄まじい数のメディアの
取材陣が、まるで私を待ち構えていたかのように
家を幾重にも取り囲んでいたのだ。
「古谷さん!」「中に入らせてください!」「独占を!」
再び浴びせられるフラッシュと、突きつけられるマイク。
守ったはずの我が家は、一瞬にして喧騒の
中心へと変貌していた。




