第89話:三〇万トンの慣性、あるいは絶望の壁
スクリューは砕いた。けれど、巨大な鉄の島は
不気味なほど静かに、まだ前へと進み続けている。
『麗、油断するな! 船というものは、動力を
失っても巨大な慣性(惰性)で進み続けるんじゃ!』
モニターには、タンカーと陸地の距離が
刻一刻と縮まっていく様子が赤く表示される。
『水の抵抗で自然に止まるには、あと数キロはかかる。
だが、見てみろ。陸地まではもう、その半分も残っとらん!』
「……そんな。じゃあ、今のままじゃ間に合わないの!?」
『ああ。このままでは港の岸壁に激突し、爆発は避けられん。
もはや方法は一つ。正面に回り、腕力で止めるしか道はない!』
私は操縦桿を強く引き、機体を急加速させた。
荒れ狂う波を飛び越え、タンカーの真正面へと陣取る。
見上げるような船首が、壁となって迫り来る。
三〇万トンの質量。それは、神様にでもならない限り
動かせるはずのない、絶望的な破壊の重みだ。
「……やるしかないんでしょ、おじいちゃん!」
私は足を踏ん張り、ガソタムの両腕を前へ突き出した。
背中のブースターが火を吹き、海面を真っ白に蒸発させる。
――ガツンッ!!
鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合い、凄まじい衝撃が私を襲う。
私は歯を食いしばり、全出力を腕へと注ぎ込んだ。




