第79話:最大の敵、あるいは宿題
カレンダーはいつの間にか8月の後半を指していた。
世界情勢の悪化に怯えていた数日前の自分が嘘のようだ。
今の私には、テロリストより遥かに恐ろしく、
抗いようのない「敵」が目の前に立ち塞がっている。
「……終わらない。この白紙のプリントの束、呪われてるわ……」
机に積み上げられた数学の課題、読める気のしない英語の長文。
そして白紙のままの自由研究。私はペンを握ったまま、
魂が抜けたような顔でリビングの天井を仰いだ。
『レイ様。バイタル低下を確認。提出期限まで
残り百二十時間を切ったことをお知らせします』
「言わないでバロ! わかってる! もう、これこそ
私にとっての歴史的な国家的危機なのよ!」
私が絶叫すると、バロの本体が机の上で淡い光を放ちながら、
誘惑するように囁いてきた。
『レイ様。あまりに無残な状況です。私を学校のサーバーへ
接続すれば、模範解答を閲覧することなど、わずか
0.5秒で可能ですが? 実行いたしましょうか?』
……また始まった。バロは頑なに正体を認めないままで
いるけれど、こういうところがおじいちゃんそのものなのだ。
「……ちょっと。中身がおじいちゃんなのに、孫に平気で
カンニングを勧めるなんて、教育上最悪よ!」
おじいちゃんの甘すぎる誘惑を振り払うように叫んだ、その時。
机の上に置いていたスマホから、聞き慣れない音が鳴り響いた。
――ギュイッ、ギュイッ、ギュイッ!
空気を切り裂くような、本能的な不安を掻き立てる不気味な音。
Jアラート。画面を埋め尽くす緊急警報の文字に、私は凍りついた。




