第73話:沈黙の夜明け、あるいは不器用な愛
昨夜の「失言」の後、バロは一切の反応を消し、冷たい 鉄の塊となった。
私は居間のソファで、バロの本体を抱きかかえるように して朝を迎えた。
差し込む朝日に目を細めながら、私は静かに、その金属 体に語りかける。
「……おじいちゃん、おはよう」
…………。
バロは答えない。レンズは眠ったように暗く、
ファンの 音さえしない。
けれど、私はもう、昨夜の声が幻聴ではなかったことを 知っている。
「意地っ張りなところも、エッチなのも、全部おじいちゃ んそのものだよ。
……でも、いいよ。認めたくないなら、ずっとバロのま までいい」
私はバロの冷たい表面に頬を寄せ、
誰にも聞こえない声 で続けた。
「この家を相続して一人暮らしを始めた時、本当はすごく 不安だったの。
だから……どんな形でも、こうして私を守ってくれて、 ありがとう」
私がそう呟いた瞬間、バロの本体が、微かに熱を帯びた 気がした。
それは心臓の鼓動のように、優しく、確かに私の手の平 に伝わってくる。
『……おはようございます、レイ様。定刻より十五分経過 しています。
感傷に浸る時間は終了です。速やかに朝食を摂取し、
地下へ……』
不意に灯ったレンズが、いつもの事務的な、慇懃無礼な 光を放つ。
でも、その声はどこか、照れ隠しをするように震えてい る気がした。
「……。はいはい、わかりましたよ。性悪な
AI執事さん!」
私は涙を拭い、満面の笑顔で立ち上がった。
正体を明かさないのは、おじいちゃんなりの
「最後の優しさ」なのだ。
私はその「不器用な愛」と共に、新しい夏の一日を歩き 出した。




