第72話:鉄壁の崩壊、あるいはうっかりおじいちゃん
「はあ、はあ……。もういい、あんたの屁理屈は聞き飽きたわよ……」
私は肩で息をしながら、ソファに突っ伏した。どれだけ問い詰めても、
バロは「私はただのAIです」と一点張り。この鉄仮面、強敵すぎる。
夕闇が差し込む室内。私はふと思いつき、疲れ切った声を装って、
ごく自然に、一番懐かしい名前を呼んでみた。
「……ねえ、おじいちゃん」
『――どうした、れい』
…………。
………………。
………………。
長い、あまりにも長い、そして気まずすぎる沈黙が居間に流れた。
今、バロは確実におじいちゃんの声で返事をした。いつものトーンでは
なく、孫をあやすような最高に優しい、あの頃の口調そのままで。
『……あ。いや、今のはレイ様の郷愁を誘うための音声シミュレーションで』
「嘘おっしゃい! 今返事したわね! 完全におじいちゃんだったわね!
『どうした』って! AIはそんなに優しく『どうした』なんて言わない!」
私はソファから飛び起き、激しく点滅し始めたバロの本体を指差した。
バロの冷却ファンが、かつてないほどの轟音を立てて回転し始める。
『し、失言です! これは私のアーカイブにある古谷源造の口癖を、
偶然……本当に偶然、出力してしまっただけで……っ!』
「あのタイミングで返事して偶然なわけないでしょ! 認めなさいよ!」
バロは「……。」と沈黙したまま、スッとレンズの光を消した。
都合が悪くなるとすぐ寝たふり(フリーズ)をして逃げる。
その姑息なやり方まで、本当におじいちゃんそっくりだった。




