第68話:沈黙の箱、あるいは開かぬ扉
「……ごめんなさい。私、おじいちゃんの難しい研究のことは全然……」
私は絞り出すような声でそう答えた。九条さんの問いかけが、あまりに
現実離れしていて、脳が理解を拒んでいた。
「あら、困らせてしまったわね。ごめんなさい、忘れてちょうだい」
九条さんは慈愛に満ちた笑みに戻り、私の肩を優しく叩いた。
「さあ、もう夜も更けたわ。明日も早いし、ゆっくりおやすみなさい」
私は逃げるように客室へ戻り、寝息を立てる友人たちの横に潜り込んだ。
枕元に置いたあのメタリックなバッグ。その中にある、バロの本体。
「……ねえ、バロ。起きてるんでしょ? さっきの話、本当なの?」
私は声を殺して、バッグの暗闇に向かって問いかけた。
いつもなら、こちらが閉口するほど饒舌な答えが返ってくるはずだ。
「レイ様、妄想が過ぎます」とか、「効率的な睡眠を」とか。
だが、バロは依然として一点の光も漏らさず、冷たい沈黙を貫いている。
「バロ? お願い、何か言ってよ。無視しないで……」
指先で本体に触れてみるが、かすかな駆動音も、電子的な熱も感じない。
おじいちゃんの同僚だった九条さん。そして、人格のデジタル化。
バロは本当に、おじいちゃんが作っただけの「道具」なのだろうか。
私は、暗闇の中で眠れないまま、かつてないほど遠く感じられる
パートナーの気配に、ただ言いようのない孤独感と恐怖を覚えた。




