第44話:聖域の陥落、あるいはトイレの秘密
ポテチの事件はあったけれど、女子会の空気はすぐに温まった。
学校やアイドルの話で盛り上がり、居間は笑い声に包まれる。
「あ、ごめん麗。ちょっとトイレ貸して。どこだっけ?」
チカが立ち上がりながら尋ねる。私は「あ、そこだよ」と、
廊下の突き当たりにある、見慣れた木目のドアを指さした。
(……トイレなら絶対大丈夫。私も毎日使ってるんだから。
変なスイッチもないし、見た目もいたって普通のトイレ。
おじいちゃんも、ここだけは魔改造してないはず……)
私は完全に安心しきって、チカの背中を見送った。
ところが、数分後に戻ってきたチカの顔は、驚きに満ちていた。
「ねえ麗、あのトイレの芳香剤すごいね! めちゃくちゃ良い香り!
うちのもあれに変えたいんだけど、どこに置いてあったの?」
「え……芳香剤? そんなの……あ」
言われて初めて気が付いた。この家に引っ越してきてから一度も、
芳香剤なんて買ったことも置いたこともない。
それなのに、あのトイレはいつも、清潔で完璧な香りがしていた。
私は、あまりに自然すぎて今の今まで疑問にさえ思わなかったのだ。
『レイ様。ゲストの好みの香調を、脳波と心拍から瞬時に解析。
便器内のナノノズルから、最適化された芳香粒子を噴射しました』
脳内に響くバロの声に、私は喉の奥が引きつるのを感じた。
……ナノノズル!? そんなの、毎日使ってる私でも知らないわよ!
おじいちゃんの家は、芳香剤一つとっても「普通」ではなかった。
気づかないうちに、私は最新兵器に世話を焼かれていたのだ。




