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イタリアファンタジー戦史   作者:


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39/40

最期の時

「フォーコ・フリーチャもそろそろ打ち止めですね」

 弓を放ち終わった後の残心の姿勢を崩さず、クリスティーナはつぶやく。

 弓を弾き続けた手を軽く曲げ伸ばしし、凝り固まった筋肉をほぐした。

 視線の先ではひときわ豪奢な船が、クリスティーナの放った深紅の矢羽の矢に貫かれて燃えていく。あれがトルティーアの王の乗る船だろうか?

 甲板に立っていたのは緑の宝玉がはめ込まれたターバンを巻いた、鷲鼻が特徴的な若い男性。想像していたよりもずいぶんと若く、美男子だ。

 美男子の首を矢で貫いたクリスティーナは流れるような動作で次の矢を弓に番え、別の船に向けた。

 そのそばでは戦場だというのにメイド服のままのヨハンネがそばに仕え、流れ矢を手にした二振りの短剣で次々に払い落としている。

 やらなければ、やられる。

 この戦場でどれだけの家臣を看取ったのだろう。どれだけの兵が傷ついたのだろう。そして。

 どれだけの敵を、殺したのだろう。

 思ったよりもずっと強かった罪悪感は、戦場での高揚感と緊張にまぎれていった。もう弓を構える動作にためらいが生まれることもない。

 だが船でなく人に狙いを定めるのは心が痛い。先ほどまで他者と言葉を交わし、喜んだり泣いたり怒ったりしていたのだろう。それをこの一撃で終わらせるのだ。

 旗艦から見下ろせる友軍と剣を交えるトルティーアの兵。血を流しても果敢に武器をふるい、必死にこちらの船に取りついてくる彼らの姿は、獅子と王冠の旗を戴く味方と何ら変わるところはない。敵に対する敬意すら芽生えてくる。

 彼らにも愛する家族がいて、守るために戦っているのだろう。

 矢を引き絞る右手の感触が、今日は一段と重い。

「でも……」

 トルティーア軍に落とされたコンスタンティノーポリの惨状が、泣きはらした年端もいかない少女の顔が、脳裏をよぎる。

「私には民を護る義務がある」



 肩口から切り裂かれたイザク・パシャの傷は、肺にまで達していた。彼が血の泡の混じった唾を吐くたびに、ひしゃげた肋骨があらぬ方向へと膨らむ。

 だが軍医たちによる速やかな処置のお陰か、別の船に運び込まれたイザク・パシャは辛うじて一命を取り留めたのだった。

 軍船だというのに豪奢な寝台に寝た彼は、天井を見ながら唇をかみしめていた。

「あと一息だったというのに……」

 シュパーニエンの王、カルロスの首が手に届くところまで迫った。本当なら今は奴の首を掲げ、勝利の凱歌を叫んでいるはずだ。

 それをあんな若造に邪魔され、あまつさえ負けた。

 肩の傷口が痛むたび、燃え上がるような怒りが襲ってくる。

「今回は疲労していたからだ。次は負けん」

 痛みの回復と共に闘志がよみがえってくる。

 となると、次は女だ。早速お気に入りの蒼い髪の女児を呼びつけた。

 グレイチャの首都コンスタンティノーポリを陥落させて以降のお気に入りで、ずっとそばに置いている女児。名前は聞いていないが奴隷に名前など必要ない。

 いろいろな服を着せて愛でてはいるが、体も小さいしまだ手は出していない。すぐに壊してはもったいない。

 合図とともに女児が寝台のある部屋へと入ってくる。

 出会った頃の怯えは消え、ただ人形のように従順に従う理想的な奴隷になった。泣き声以外に話すのを聞いたことがないがそれがまたいい。

 歩くたびに太ももどころか横尻がはみ出るほど深く切れ込みの入った白い衣をまとった女児は、慣れた手つきで寝台横の卓上に置かれた果物をナイフで剥き、差し出してくる。

 イザク・パシャは身を起こそうとしたが傷口の痛みがそれをさせなかった。

「おい、食べさせろ」 

 体を起こせなかった彼を見て女児の表情がわずかに変わったが、些細な変化だ。

 女児は寝たままのイザク・パシャに果物を差し出しそっと口元に押し込む。

 それだけなのに実に官能的かつ優美な仕草だ。出会った時は薄汚れた服を着ていたが、貴族の家の出なのかもしれない。

 抱けばどんな顔をしてあえぐのだろうか。

 このような女児を与えてくれたタンジュの神に感謝しながら、イザク・パシャはもう一切れの果実を口に運ぶ。

「くっ……」

 だが気分が高ぶったためか、少し体を起こしたためか肩の傷口がわずかに開いた。

 白い包帯にあっという間に血が滲み、イザク・パシャは歯を食いしばって痛みをこらえる。

「医者を呼んで来い!」

 イライラして女児を怒鳴りつけた。彼女を楽しむためにこの部屋からは人払いをしている。

 女児が無言でうなずいたのを確認すると、イザク・パシャは目を閉じた。

「……?」

 だが寝台のそばの女児の気配が一向に遠ざからない。霞む目を開くと、女児はナイフを逆手に持ち替えて振りかぶっていた。

「お父様の、お母様の、みんなの…… 仇」

 首筋に冷たい刃が入ってくる感触が、イザク・パシャの最期の時だった。




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