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イタリアファンタジー戦史   作者:


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37/42

好機

 言い返せない。

 苦戦していることも、攻撃が何一つ当たらないのも。揺れる船上で思い通りに槍が振れないのもことごとく事実。

 カルロスは十を超えたころから戦場に出て、盗賊の鎮圧からトルティーア相手の大会戦まで多くの戦に参加してきた。だがそのすべてが陸上での戦で、馬を駆って敵に突撃するのは慣れていても不安定な船上での戦の経験はない。

「次はこちらの番だな」

 イザク・パシャが胸当ての上に羽織ったマントをひるがえしながら、半月刀を横なぎにふって甲冑の隙間に突き立てようとしてくる。

 カルロスは槍でその一撃を止めるが半月刀は反りが大きい。体の横で止めたにもかかわらず、大きく弧を描く刀身の切っ先は甲冑を掠めていた。

「ふん、その程度か」

 続く半月刀の連続攻撃が次々にカルロスを襲う。カルロスは槍で受け流し、巻き落とし、あるいはすり上げてさばくが防戦一方の展開となった。

 陸の上で戦うならばカルロスは負ける気はしなかった。槍で強引に打ち払い、または馬で突撃して半月刀ごと踏みつぶせばいい。

 だが船上では帆柱や船べりが邪魔になって槍を大きく振り回すことができず、戦場を共に駆けた愛馬もそばにはいない。

 この距離では「ランチャ」を使うのに必要なタメをつくる時間が足りない。それ以前に、部下の将兵を巻き込んでしまう。

「これならどうだ」

 帆柱を陰にしたり船べりを足台にするなど、イザク・パシャは山中の猿のように様々な方向から襲い掛かる。

 帆を張る綱に片手でぶら下がり、半月刀を頭上から振り下ろす。

 甲冑の隙間から目をめがけて切っ先が迫ってくるのがカルロスに見えた。

 回避が間に合わずとっさに甲冑の手甲で受け止めたが胴体ががら空きになる。

 その隙に、全身を大きく回転させてイザク・パシャは甲冑の上から体重の乗った回し蹴りを叩きこんできた。

「がはっ……」

 鉄板が仕込まれた靴による一撃は甲冑がへこむほどの威力があった。腹部を襲う激痛と衝撃に耐えきれず、カルロスは甲板上を大きく転がる。

「カルロス陛下!」

 周囲で戦っていたシュパーニエン兵が救援に回ろうとするが、トルティーアの兵はつばぜり合いに持ち込んでそれをさせない。

 イザク・パシャが率いた兵はマルタ島でも活躍した精鋭部隊であり、カルロスを護る近衛兵に劣らない力量を誇っていた。

 イザク・パシャが舌なめずりをしながら咳き込むカルロスにゆっくりと近づいてくる。ひげに覆われた口元にピンク色の舌が鮮やかに光った。

「終わりだ。シュパーニエンの女も、一人残らずトルティーアのもの」

 イザク・パシャの半月刀がカルロスの頭に振り下ろされる。

 視界を確保するために開けられた、ヘルムの側面。イザク・パシャの膂力で振り下ろされた半月刀はたやすく頭蓋に穴をあけ、脳漿を飛び散らせただろう。

 だが切っ先がヘルムに触れたとき、返り血を浴びた甲冑を身にまとった者の剣がそれを防いだ。

「僕が相手だ」

 イタリアーナ将軍にして現女王の従兄弟、パウロだった。金色のくせっ毛にまで血しぶきが飛び、赤黒く染まった瞳から切れ長の瞳が爛々と輝いている。

 カルロス危うしと見て、紅の旗艦から船をこぐための櫂を伝って飛び乗ってきたのだ。

 手にした剣は刀身が広い直剣、カットラス。刀身は騎士が陸上で用いるツヴァイハンターやブロードソードに比べやや短く、船上での取り回しが便利になっている。

 片刃の刀身には軽量化と血抜きのための溝。

 鞘にはイタリアーナ王室の獅子の紋章が彫られていた。

「こしゃくな若造め……」

 イザク・パシャは他の将兵に比べ若いパウロに一瞬怪訝な顔をしたが、下あごから首筋にかけ刻まれた傷痕を見て目を細める。

「その若さに傷…… さんざんトルティーアの船を荒らした、パウロ・ファルネーゼか」

「荒らしたとは人聞きが悪いな。海賊退治だよ。というか商船を襲う海賊が将軍になるなんて、トルティーアも見る目がないね」

「戯れ言を! タンジュの神の慈悲深さゆえよ」

 イザク・パシャの半月刀が目標を切り替え、パウロに襲い掛かる。こめかみを狙った容赦のない一撃だったが、パウロは難なく受け止めた。

 イザク・パシャの顔が驚愕に歪むが、パウロを見てすぐに獰猛な笑みを浮かべる。

「少しはできるか。その身なりからして高位の異教徒。獲物が二匹もやってくるとは」

 カルロスは槍を握って足に力を込めるが、黄金の甲冑からのぞく顔が苦痛に歪んだ。

「後は僕がやります。兄さまは義理の従弟の活躍をご覧になってください」

 腰を入れた一撃で半月刀をはじき返し、パウロが反撃に移った。

 絶え間なく揺れる船上で、パウロは重心を巧みに動かして体のバランスを崩さない。

 海運国家であるイタリアーナではほぼすべての成人男性は船旅を経験している。

 十を超えたころから度々商船の護衛で海賊討伐に加わっていた彼にとって、船上など庭と変わらなかった。

 右へ左へと、カットラスの一撃一撃がうなりを上げてイザク・パシャを襲う。

 カルロスの槍に比べリーチは短いものの小回りが利き、縦横無尽な攻撃が可能となる。

 加えてある時は船のマストに飛び移り、ある時は垂れ下がった帆の陰から攻撃を繰り出す。

 手にしたカットラスは刀身が広く重量があるため、腰を使って回転力を活かした胴薙ぎの威力が高い。また重力を活かして振り下ろす面打ちの攻撃も十二分な衝撃力があった。

 カットラスと半月刀がぶつかり合い、戦場に火花が散る。

 筋骨隆々としたイザク・パシャと細身のパウロでは体格があまりにも違う。だが武器の特製を存分に活かし、不利を補っていた。

「ちっ……」

 少年だからくみしやすいとなめてかかっていたイザク・パシャの顔に焦りが浮かぶ。

 怒りの形相と共に半月刀で猛然と突きを放ってきた。

 本来、半円に沿うような形状の半月刀は斬撃を主体とした武器である。

 だが切っ先で浅い傷を負わせることはできる。

 パウロの目、首筋、カットラスを握る指先。

 わずかな傷で致命傷になる部位を狙い、蝶が舞い蜂が刺すように猛然と突きを放つ。切っ先がぶれ、残像で半月刀が増えたように見えるほど。

 だがパウロは焦る様子もなく、カットラスの幅広の刀身を盾にしたり、体を半身にして突きの的を小さくしたり、刀身を斜めに突き出して半月刀の軌道を反らすことで対応した。

 戦場には慣れている。シュパーニエンのプエルト宮殿を訪れた時にぐるぐると鳴っていた腹は、今完全に落ち着いていた。

「甘いね。ヴァレッタのシゴキに比べれば止まって見えるよ!」

 イザク・パシャとの死闘の真っ最中だというのに、パウロの脳裏には幼いころの思いがよみがえってくる。

 剣を振り始めた頃は構えるだけで手が震え、素振りをするだけで転び、家臣と打ち合うだけで怖くて仕方がなかった。

 剣の才能がないと視線でささやかれたことも一度や二度ではない。

 だが今ではこんな不安定な場所でも戦える。これほどの強敵とでも打ち合える。

 これも全てクリスティーナのため。

 クリスティーナを泣かせないために剣を稽古し、クリスティーナを守るために海賊やシュパーニエンの兵と戦って強くなった。

 クリスティーナの。

 クリスティーナのために……

 座り込んだままのカルロスとパウロの目が刹那の間、合う。

 クリスティーナはこの男のもとに嫁ぐ。

 クリスティーナが。

 クリスティーナが。

 クリスティーナが……

「隙あり!」


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