下衆
帆柱までが深紅に塗られた旗艦の横に付いていた、帆柱も櫂も純白に塗られたシュパーニエンの旗艦。そこに立つのは黄金の甲冑を身にまとったカルロスだった。
船首に立ったカルロスは穂先と柄が十字の形になった愛用の槍を手にし、イザク・パシャの乗る船をにらみつけている。
「ディオスの神よ、今こそ裁きを」
カルロスが胸の前で十字を切り祈りを捧げると、槍が黄金色に輝きだす。ろうそくほどの明るさは見る間に眩しさを増し、目もくらむばかりの光となった。
次にその光は槍の切っ先へと集まり、見る間に太陽のごとき輝きとなる。
「『ランチャ』!」
カルロスは槍をイザク・パシャの乗る船へと向け、力ある言葉を紡いだ。
構えた槍から目もくらむような光が発せられ、戦場を包み込む。
ディオスの神はこの世界をお創りになった時に「光あれ」と言った。
その言葉を体現するかのようなシュパーニエンの秘蹟、ランチャ。
「取舵一杯!」
イザク・パシャの乗る船は光に包まれる直前に舵を切り、櫂を漕ぐ方向を片側だけ反対にして大きく右へと進行方向を曲げた。
船団を包んだ光が徐々に消え、将兵の目に視界が戻ってくる。
イザク・パシャの船は回避が間に合い間一髪で直撃を避けたが、槍の射線上にあった別の船は直撃を受けていた。
張られた帆が煤けたぼろ雑巾のように帆桁からぶら下がり。
帆柱はヒビの入った炭のように黒焦げのまま棒立ちになり。
甲板に立っていた兵士や奴隷は影だけを残して白い蒸気と化していた。
後に残ったのは、例えるならば黒焦げになった幽霊船。
これがシュパーニエンに伝わる秘蹟、『ランチャ』。槍から発せられた雷ですべてを薙ぎ払う神の秘蹟。
そのすさまじい光景に敵も味方も我を忘れて立ち尽くしていた。
「我が領土より異教徒どもを駆逐したこの聖なる力! 思い知るがいい」
カルロスの槍に新たな光が輝き始める。
クリスティーナの「フォーコ・フリーチャ」と共にさらに数隻の敵船を黒焦げにしたころ、純白の帆柱が大きく傾いた。同時に船体が斜めにかしぎ、槍を構えていたカルロスはじめ乗船していた近衛兵が大きくたたらを踏む。
「何事か!」
カルロスの怒声に続いたのは、味方の悲鳴。
純白に塗られた船体の横腹に、赤地に白い半月の旗をひるがえす船がその舳先をめり込ませていた。白いターバンを巻き半月刀を手にした兵たちが、舳先から次々に飛び乗ってくる。
「イタリアーナの船でなかったのは残念だが…… まあいい」
顔の下半分を濃いあごひげに覆われたイザク・パシャが、近衛兵を一刀の下に斬り捨てた。
「ここまで来るとはなかなかだな。半月刀にターバンを飾る宝石、マントの下からのぞく緑のチョッキ。トルティーアの将軍か」
斬り捨てられた兵に瞑目し、カルロスは鷲のように鋭い目をイザク・パシャに向けた。
「女性をかどわかすなど、男の風上にも置けんやつらだ。トルティーアの男どもは野蛮人ばかりか」
「すべての美女はハレムに献上するべき。それだけのこと。女どもも初めは嫌がってもじきに悦びに身を震わせる」
「下種が!」
カルロスはこの戦場で初めて激昂した。
黄金の甲冑に身を包んだカルロスは槍を構え悠然と立ちふさがる。
「ランチャ」の連発で息が上がっているものの、女の前で敵に後ろを見せるなどシュパーニエンの王族にはありえない。
「兵の仇だ。我が槍の錆となるがいい!」
切っ先を敵の喉元に向け、腰を落としたカルロス。鋭い踏み込みと共にイザク・パシャに向かい猛然と突きを放った。
わずかに遅れ、無数の剣戟に混じるひときわ甲高い音。今までに戦ってきたトルティーア兵ならばほとんどがこれで串刺しになっていた。
「異教徒の王とはいえ、多少はできるようだな」
だがイザク・パシャは、手にした半月刀で易々と槍を受け流す。
「ぬかせ。次に貴様の口が開くときは断末魔の声だ」
渾身の一撃を受けられたカルロスは不敵に笑い、二度三度と突きを繰り出していく。喉元に、胸に、二の腕に、足元に。
同じ構えから繰り出されるにもかかわらず同じ技は何一つとしてない。
だがそのいずれもがイザク・パシャの身体を捕らえるには至らなかった。サーベルよりもはるかに反りが深い、半円のふちをなぞるような形状をした半月刀を巧みに用いて受け流していく。
「くっ……」
カルロスの息が上がり、槍のキレが鈍くなり始める。一方イザク・パシャは息ひとつ切らしていない。
甲冑に身を包むディオス教の騎士と違い、砂漠を主な領土とするトルティーアの将兵は胸当て程度の装甲のみ。装備の差も大きかったが……
「これならどうだっ!」
カルロスが髪を振り乱し、突き技に徹していた槍を横一文字に薙ぎ払う。
「おっと」
だがイザク・パシャが船の揺れを利用して膝のタメも作らずに大きく跳ぶと、船べりに乗り移ってかわしてしまう。
「異教徒の王よ。船での戦いには不慣れなようだな」
イザク・パシャに見下される形となったカルロスは唇をかむ。




