援軍
「~!」
「」
マルタ島の小高い崖の上に建てられた見張り所からの狼煙に、ヴァレッタ率いるイタリアーナの兵たちから歓声が上がった。
事前に極められていた通り、将兵は急ぎ船着き場に集合し整列する。
赤地に獅子の紋章が描かれたイタリアーナの旗。
黄地に王冠の紋章が描かれたシュパーニエンの旗。
旗手が掲げた二枚の旗が翻る中、赤い巻き毛の騎士を先頭としたシュパーニエンの兵たちが下船していく。
歩を踏み出すたびに鳴る甲冑の音すら揃っているその様は、練度の高い軍であることを雄弁に語っていた。
船と波止場の間に渡された板の上を最後の兵が渡り終えると、赤い巻き毛の騎士が口を開く。
「ドン・ガルシーア。シュパーニエン国王、カルロスの命を受け援軍に参った」
ドン・ガルシーア率いるシュパーニエンの援軍は、総勢三千。マルタ島の戦力は島民やイタリアーナ本土からの志願兵を咥えても一万足らず。
総勢十万を超えるトルティーア軍を迎え撃つには、わずかな数でも喉から手が出るほどに欲しい。はずだった。
だが歓声を上げたのは一部の兵のみで、お互いの将兵はにらみ合うような視線を崩さない。あからさまに舌打ちをするものまでおり、イタリアーナ側の将軍ヴァレッタの副官が押さえるのに一苦労だった。
「本土を奪われたシュパーニエンの弱兵共と戦わねえといけねえのか?」
「真っ先に講和を結んだ憶病者ぞろいのイタリアーナどもだ」
「下品な王様に従わねえといけねえ哀れな奴らだぜ」
「女を矢面に立たせるたあ、臆病を通り越してチ〇カスだな」
イタリアーナとシュパーニエンはもともと小競り合いを繰り返すほどに仲が悪い。
この島に派遣された騎士には、国境沿いの戦いで捕虜にされ多額の身代金と引き換えに故郷に帰った者さえいる。
普通ならばそういった将兵は援軍から外すのが定石だが、常に第一線で戦っていた部隊として彼らに白羽の矢が立ったのである。
彼らを率いるのがシュパーニエンでも名家の将軍、ドン・ガルーシアである。年齢は五十過ぎ、赤い巻き毛と均整のとれた体つきが印象的だ。
「しかしむさくるしい島だ。この島には女の一人もおらんのか」
「女だと?」
ヴァレッタは赤銅色の皮膚に青筋を立てると、大声で怒鳴った。
「最前線であるマルタ島には女はおらん! 清貧と服従と純潔こそが我らのモットー。現にこの島の将兵はすべて、独身か妻を離縁したものばかり」
だがガルーシアは臆した風もなく、赤い巻き毛を手元で弄びながらせせら笑う。
「女を守ってこそ男の本懐というもの。これだからイタリアーナ男はむさくるしくてかなわんのだ」
「女におぼれたシュパーニエンの男より百倍マシだ」
「はっはっは…… イタリアーナの男はユーモアの教養もあるようだな」
「シュパーニエンの男も。女遊びに関してはとても我々の及ぶところではない」
二人の手が腰に帯びた剣にかけられた。
「そこまでにしてよ」
音もなく抜かれたパウロの剣が、いまだ剣を抜いていない二人の手の甲を軽く叩いた。
「こうしている間にも、トルティーアの軍船が近づいているんだよ?」
「これは失礼した、パウロ様」
「……」
ただちに謝罪したヴァレッタに対し、渋々ながらも剣から手を離したガルーシアはパウロを忌々し気に睨みつける。
他のシュパーニエンの兵たちも同じだった。
二人は、かろうじて矛を収めたが、その日の会議で決められたことは。どさくさに紛れてお互いの兵が背後から襲わないよう、防衛箇所をイタリアーナとシュパーニエンで分けることだけだった。




