死刑
数日後のこと。
うす暗い湿気の多い部屋。石で作られた壁に、わずかに香る潮の匂い。はめられた鉄格子。
陸上からの攻撃に対処するため、半島本土からやや離れた沖合に浮かぶ島に建設されたシッタ・デ・マーリには首都を置く本島のほかに無数に浮島がある。その一つに作られた牢獄の中で一人の青年が手足を鎖につながれていた、
「一等書記官アバンディオ。国家背任の罪で死罪とする」
ドレスをまとったクリスティーナの言葉に、気弱そうな青年はがっくりとうなだれる。
「ななななぜ…… ばれたんだ。連絡には何人も人間をはさんで、足が付かないはずだったのに」
「トルティーアの御前会議で、すでにイタリアーナの誰が主戦派で和平派か。誰がどれほどの兵を率いるのか。それがバレていました。限られたものしか知るはずのない情報ですから、後は数少ない容疑者に張り付くだけです」
「くくくくそ、味な真似を……」
「重要な情報を売る着眼点は悪くありません。ですが商売は情報が命。交易国家たるイタリアーナの情報網を甘く見たのが運の尽きですね」
「だだだだが、僕は悪いことは何もしてないぞ。人を殺したわけでも物を盗んだわけでもない。戦争を避けようとしただけだ」
「スパイが悪いことではないと? トルティーアに降伏しようと画策し、情報を売っていたのでしょう」
「いいいい、い、一年前は講和した! それと同じことをやろうとしただけじゃないか」
クリスティーナは底冷えのするほど冷たい目でアバンディオを見据えた。
「一年前講和したのはイタリアーナのため。あなたのやったことはトルティーアのため。そんなことすらわからないのですか?」
「屁理屈を言うな! せせ、戦争はすべて悪だ! 国を戦火に巻き込もうとする悪魔め!」
語調が激しくなるアバンディオに対し、クリスティーナはあくまで冷徹だった。
「あなたのお父様は宰相。あなたが一年前コンスタンティノーポリで奴隷となった時、宰相の息子ということで最も高値の身代金を、私財を売り払ってまで用意したのですよ。なのに国を売るような真似を…… 恥ずかしいと思わないのですか」
「だだだだからこそ、戦争を避けようとしたんだ!」
「私は一年前のあの日の後、すぐにコンスタンティノーポリに渡った。破壊された城壁を見た。ステンドグラスをはがして略奪品とするトルティーア兵を見た。いまだ城壁や市街地にこびりついた血の跡を見た」
「そそそ、それを見たのならわかるはずだ! 戦争は何が何でも避けなければならないと」
「でも、戦わなければ許してくれるなんて保証はあるのですか? 降伏したら乗り込んできた兵に根こそぎ略奪されるなんて、良くある話」
コンスタンティノーポリでは真っ先に教会が破壊され、数百年にわたり保管されてきた聖遺物や金銀の燭台、宝石の類はすべて持ち去られた。庶民の家からは家財道具から子供まですべて奪われた。
国土を長く占領されていたシュパーニエンでは、改宗しないディオス教信者は高い税金を取られ、罵られ、現地の子供に娯楽として石を投げつけられる屈辱に何百年と耐えてきた。
「たたた、たとえ奴隷となってでも生き延びられるならいい。命あっての物種だ」
「生き延びられるなら、ね」
クリスティーナは聞くだにおぞましい話を身震いしながら思い出す。聞かせてくれたのはわずか七歳の少女。
その子の姉である八歳の少女は奴隷となり四十歳の男性と結婚させられ、初夜で命を落としたという。
「私は女王として国民をそのような目に遭わせるわけにはいかない」
クリスティーナは鉄格子越しのアバンディオに背を向けた。
「首を絞めて、遺体は海に流しなさい」
牢獄の見張り番が鍵を開ける音と共に背後でアバンディオがバタバタともがき、苦しみ、怨嗟の声を上げるがすぐに聞こえなくなった。
「パウロやヴァレッタたちだけに辛い思いをさせるわけにはいかない。私は私の戦いをする。それが王族の義務」
クリスティーナはマルタ島でヴァレッタの手を取った自分の手をもう一度見つめた。
「戦地の将兵だけに、辛い思いを押し付けるわけにはいきませんから」




