コンスタンティノーポリ3
その日の晩のコンスタンティノーポリ。タンジュ教の聖堂、モスクの一室にて。
トルティーアの将軍、コンスタンティノーポリ一番乗りの武勲を手にしたイザク・パシャが宴を行っていた。
繊細な意匠が施されたガラスの深皿にはコンスタンティノーポリ近くの村落から徴発した果物が並べられている。
部下の将たちが彼らの信ずる神、タンジュに祈りを捧げた後でうやうやしく食べた。
元から彼らの所有する奴隷は宴会の席を慣れた様子でねり歩いている。杯が空になれば言われる前に飲み物を注ぎ、皿が空になればタンジュ教徒の好物である羊の肉料理を取り分けた。
求められれば抵抗するそぶりもなく体を差し出し、脳天をかける甘い疼きと共に官能の技を尽くす。
十を超えたころから奴隷として働いている彼らにとって、この程度は手慣れたものだった。
だがコンスタンティノーポリ陥落のさいに新しく手に入れた奴隷は震えながら宴席の隅に縮こまっている。
モスクに持ち込んだ寝台の上には、いくつもの血の筋がシーツの上に赤い線を引いていた。
事後特有の生臭さと少女たちのすすり泣き。
そして床に転がる数人の十歳にも満たない女児の遺体。それをイザク・パシャに古くから仕える奴隷たちが黙々と片付けていく。
「まったく、ディオス教の女とは貧弱なものだ」
局部も露わな衣装をまとった別の女児の奴隷。彼女が震える手で注ぐ果実の搾り汁を、イザク・パシャは乱暴に飲み干した。
「預言者タンジュが五十三歳の時に迎えた七歳の乙女のような者はおらんのか」
大声に女児は体を震わせ、あまつさえ床に黄金色の液体をぶちまける。
だがイザク・パシャは不快な顔をすることもなく、床に両手をついて小便を最後の一滴まですする。
「ふむ。少女の小水は黄金に似た味がするな」
それが終わると今度は女児を抱き寄せた。
「いや、やめて、やめてください……」
「お前は気に入ったぞ。壊すことなく楽しむとしよう」
翌日、コンスタンティノーポリの宮殿にトルティーアの重臣が集められた。
一年前はディオス教の聖人を描いたイコンが飾られていたが、今はそのことごとくが撤去されている。聖地の方角に向かいタンジュ教式の両膝をついて床に頭をこすりつける礼拝をおこなった後、御前会議がはじめられた。
机はなく、王を含めて大臣にいたるまで、蔓状の模様が描かれた絨毯の上に腰を下ろしている。机を用いないトルティーア風の会議だ。
議題が戦争についてと言うこともあり、会議の初めから議論は白熱した。
「おとなしくキプロス島を差し出さぬ者たちに遠慮など必要ありますまい」
「一年の休養を兵に取らせた。物資の補充も問題ない」
「兵の調練も滞りない」
「キプロス島を攻めますかの。今の我らであればひと月もあれば攻め落とせるでありましょう」
「いや、キプロス島は我らトルティーアからは近いもののイタリアーナからは遠い。ここはイタリアーナ本土の目と鼻の先にあるマルタ島を落とし、そこを橋頭保に一気に攻めるべきかと」
武官の一人が述べた発言に対し、次々に賛同の意が上がる。だが議論の流れが傾き始めた時、一人の男が手を挙げた。
「お待ちを」
「発言を許す」
王の許可とともに口を開いたのは、低い鼻に細い目、広い額という平たい顔の男。
年は若く二十を少し過ぎたばかりか。
名はウルバン。コンスタンティノーポリの城壁を破壊する大砲を開発した男だった。
『なんだ、あの怪しい男は』
まだウルバンをよく知らない文官の一人がいぶかしげに声を上げる。
ウルバンがトルティーアの王を訪ねた時の反応はおおむねこのようなものだ。
この世界にはありえないような起伏に乏しい顔。鼻は低く目は細く、醜くはないが美男でもない。
『貴様一体どこの生まれだ』
奴隷商人に聞いていても、あのような顔の持ち主は見たことがないということだった。
だが見たことのない珍しい品を多く宮廷に献上し。
さらに、コンスタンティノーポリの城壁を破る大砲を創れると豪語した。
場に居合わせた者たちは一笑に付したが、王だけは違った。
ウルバンの言うことに唯一熱心に耳を傾け、技術をどん欲に取り入れ、ついには『カステッロ』の秘蹟で守られたコンスタンティノーポリを攻略する。
「慌てないほうが良いかと。まずは一つ一つ島を落としてイタリアーナまで近づくのが鉄則です」
「我らがトルティーアは大軍ゆえ、補給線の長さは致命傷になりかねません」
「トルティーア本国からひと月近い船旅は、船に慣れない将兵の士気を著しく下げます」
「それに……」
ウルバンは指を一つ一つ折りながら、不利な要素を上げていく。
理路整然とした物言いに王はじめ何人かは感心したようにうなずく。
だが、場の空気を味方につけるには至らなかった。
「お前は実戦に立ったことがどれだけあるのか?」
半月刀を腰に差した将軍、イザク・パシャが荒々しい声でウルバンに問う。それだけで身をすくませたウルバンに対し畳みかけるように告げた。
「戦争とはこざかしい策ではなく、兵の勢いで決まるものだ。一年前コンスタンティノーポリを攻略し、味方の勢いはとどまることを知らず。休養も十分に撮らせ、植民地からの供給で武器や兵糧の備蓄も整った」
結局通ったのは勇敢にして危険なマルタ島攻略作戦だった。
王と言えども、重臣の意見を完全に無視することはできない。
会議はマルタ島を落とす具体的な方法を詰める段階に入っていく。
「いつもそうだ…… 僕の意見は聞き入れられない。頭の悪いやつらだ」




