間章 トルティーアに占領されたコンスタンティノーポリにて
落城後の三日間の略奪が終わったコンスタンティノーポリは、再び秩序を取り戻しつつあった。崩された城壁の修理も進み、市場の賑わいもよみがえり、子の手を引いて買い物をする女たちや仕事帰りに露店で腹を満たす男たちの姿が絶えない。
兵たちが武器を取って殺し合う「戦闘」の前後には略奪がおこなわれるが、略奪がひと段落し兵たちの興奮もおさまると徐々に秩序が回復してくる。
それが「戦争」というものの姿だった。
ただし城壁内を警邏する兵たちが重々しい甲冑姿の騎士から白ターバンに胸当て、曲刀のタンジュ教の兵たちに変わっている。
林立するようにそびえていた十字架はそのほとんどが姿を消し、玉ねぎ型の屋根のモスクに取って代わられていた。
教会の鐘の音は遠慮がちに小さく鳴らされ、反対にトルティーア語での祈りの声は朝夕聞こえてくる。
住民が最後まで立てこもって救いを願った聖ソフィア大聖堂でさえ、破壊の運命からは逃れられなかった。
だが多くの人間が殺され、奴隷とされたにもかかわらずコンスタンティノーポリの街中にはいまだに胸から十字架を掲げたディオス教の信者たちが歩いていた。
トルティーアの王の命により、ディオス教の信者もコンスタンティノーポリに住むことを許されたからである。
これをタンジュ教の寛容さと捉える平和主義者もいるが……
「あ、ディオス教だー」
「ブタの子孫だー」
「いや、サルだって」
ディオス教の大人を見かけるトルティーアの少年たちは口々にからかいながら、手に持った石を投げつけていく。
子供たちに付き添うターバンを巻いた大人は愛おしそうに子供たちの頭をなでるだけ。暴力と暴言を止めることはない。
ディオス教信者たちはあくまで二等国民である。
人頭税として高い税金を払い、子供にさえ罵倒される日々を耐え忍ばなければならなかった。
痛みと恥辱に耐えながらも、いつかこの状況から抜け出せる日々を信じて、ディオス教信者たちは今日もひっそりと祈りを捧げる。
国土の半分を蹂躙されながらも奪還したシュパーニエンのように。
「ああいうのがいやならとっととタンジュ教に改宗すればいいだけなのに。なんでコンスタンティノーポリの人間はああもバカなのかね」
罵声と罵倒を見物していた細い目と低い鼻の男性がこれ見よがしにつぶやく。
だが人は宗教を簡単には捨てることはできない。
宗教は神だけで成り立つものではなく、生活様式すべてにかかわる。食卓を彩るベーコンやワイン、白を基調とした花嫁衣裳に教会の鐘の下で神父が祝福する結婚式。
これらすべてを捨てるなど、多くのディオス教信者にとって到底うけいれられるものではなかった。
信者たちを小声でバカ扱いした男性は、いまだ瓦礫が残るコンスタンティノーポリの街をひっそりと歩く。
薪にくべるためにへし折られた聖堂の十字架の破片。
衣服を引きちぎられた若い修道女たちの衣の切れ端。
彼の考案した大砲によって破壊された石組みの城壁からは、砕かれた破片が街のあちこちに飛び散っていた。
「くひ、くひひひ」
足元に散らばる破壊の残骸を踏みしめるたびに彼の心に愉悦が走る。
「さすがはマホメッド十七世。僕の価値を認めた男。そこらの石頭やぼんくらとはわけが違うね」
細い目と低い鼻の男。彼の名はウルバンといった。




