兄さま以外のものになりたくない
「にいさまにはまた、みっともないところをお見せしましたわね」
見舞うために寝室を訪れたパウロを出迎えるために、ネグリジェに着替えたクリスティーナはゆっくりと体を起こす。立とうとしたが、お茶の準備をしていたヨハンネに止められてベッドの上に腰掛けるだけにとどめた。
気を利かせたのか、お茶を淹れた後ヨハンネはいつの間にか寝室から姿を消している。
「にいさまがわたくしの寝室を訪ねるなど、とうさまとかあさまが亡くなって以来ですわね」
クリスティーナの両親、前女王とその夫は十年前突然の病に倒れ、あっけなく他界した。
両親のあまりにも早い、あまりにも唐突な死。十歳に満たなかったクリスティーナには、どれほどの痛みだっただろうか。
だが暗い部屋に閉じこもってしまったクリスティーナを、再び青空の下へ導いたのがパウロだった。
彼女の部屋を訪ねては思い出を語り、自分の親から聞いたクリスティーナの知らない両親の話をし、彼女が泣けば頭を撫でながらあやして、笑ったときは一緒になって笑った。
クリスティーナの弓の稽古にパウロが付き合えば、パウロの剣の稽古にクリスティーナもおもちゃの剣を持って飛び入り参加する。
泥だらけになるまで遊んで、痛い思いもして。遊び疲れて眠ってしまえばおぶって宮殿にまで帰って。
気が付けば、いとこ以上の感情をお互いに抱くようになっていた。
「にいさま……」
クリスティーナはパウロの身体を強く抱きしめる。
パウロも優しく、クリスティーナの背中に手を回した。
目があっただけで、はかったかのようにお互いの顔が近づいて。距離がゼロになった時、軽くクリスティーナの頬に唇が触れる。
「嫌です」
顔のすぐそばでクリスティーナが漏らした呟きが、薄暗い寝室に溶けて消えた。
「嫌です……にいさま以外の男性のものになるなど」
パウロがクリスティーナを抱き締めた腕に力がこもる。
「でも、トルティーアの王のものになるよりましだよ」
トルティーアの王はハレムという妻と愛人を囲む別荘を持つ。数百人が暮らせるその別荘に入った女性は、自分の産んだ子が新たな王にならなければ子ともども殺される。
後継者問題を無くすためのトルティーアの伝統だ。
「カルロスは……」
パウロは血を吐くような思いでその後を口にした。
「少なくとも自分の愛する女には寛大だよ。きっと、クリスティーナも長生きできるから」
「パウロの隣に立てないのに、」
「それ以上、言わないで」
パウロはクリスティーナを力の限り抱きしめて言葉をさえぎった。
愛する女性の感触で痺れていく頭の隅で、思う。
自分が、イタリアーナがもっと強ければ。彼女と一生を過ごせたのだろうか。
その翌日。トルティーアが正式にイタリアーナに宣戦布告を行った。




