69ページ目 菫さんとチャラ男V.S.メンヘラ女 前編
只今の時刻は午前1時過ぎ。一人の女性が既に閉店したスナックのドアから姿を現し、鍵をかけて店を後にする。少し濃いめのメイクに豹柄のワンピースと、派手な雰囲気のこの女性はきっとこの店のママなのだろう。
このスナック周辺には他の夜の店もあり、すっかり深夜だというのに辺りはそこまで暗くない。尤も、菫が前に働いていたキャバクラのある繁華街ほどではないが。そんな夜道を歩きながら、この女性が考えていることは一つだけ。
(あの子……今日は連れ込んでないわよね?)
自宅に辿り着くまで、女性は戦々恐々としながら歩を進めていた。そして自宅マンションの部屋のドアを静かに開けたと同時に……
「………………」
女性の嫌な予感は思いっきり的中してしまった。ドアを開けてすぐ彼女の耳に飛び込んできたのは……明らかに女のものと思われる甘い喘ぎ声だ。それに混じって女性の息子のものと思われる荒い息遣いまで聞こえてくる。というより、それ以前に玄関には自分のものでない女物の靴もある。
頭を抱えて大きなため息をついてから、女性は中に上がってズンズンと奥へ進んでいく。部屋の中で息子と知らない女が何をしているかなど、知ったこっちゃない。
女性がバン!とリビングのドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは……ソファの上で絡み合っている息子と、彼と同じぐらいの年齢の女だ。しかも、二人とも一糸纏わぬ姿で。
一方、物音に気付いたのか二人はほぼ同時にこちらへと振り向く。身体を繋げたまま。息子の方が愕然とし冷や汗を垂らし出したタイミングで、女性は息子を一喝した。
「か……母さん!! ど、どうして……!?」
「どうしてじゃないわよ! 母さんの留守中に女連れ込むなって何十回も言ったのに……何なのよこのザマは!? 貴大!!」
次の日の朝、貴大は早速昨日のことを仲間内に愚痴っていた。最寄り駅から公ヶ谷高校まで向かっている途中で。
「てなことがあってさ〜。ビックリしたよ、母さんが早く帰ってきちゃうんだから。いつも帰ってくんの2時前ぐらいだから大丈夫だって思ってたのに〜」
貴大は苦笑いしながら話を続ける。この話を聞かされている龍星と和馬がどんどん呆れた顔になっていることには気付かずに。
「せっかく彼女とイチャイチャしてたのに母さんったら邪魔するんだから〜。もう少しでイクとこだったのにすっかり萎えちゃったよ〜。いい加減ほっといてくれたらいいのに。また連れ込んでる〜って感じでさ」
貴大が自宅に女子を連れ込んだことは昨日が初めてではなく、最早常習犯と言ってもいいほどだ。スナックのママである母の真亜子は夜は家を空けているし、他の兄弟はおろか父親もいない貴大は完全に一人になる。それをいいことに、貴大は度々真亜子に無断で女子を家に呼んで共に過ごしていたのである。
ちなみに昨日は、真亜子の乱入によって行為はあえなく中断となり、一緒にいた女子も真亜子にすぐ追い出されたのであった。それから貴大がこっ酷く怒られたのは言うまでもない。
「母さんが「アンタは本当別れた旦那に顔も女癖もそっくりね……」って言ったんだけど、俺父さんの顔なんか知らないし〜」
それでも尚も母への愚痴をこぼしている貴大に、それまで黙っていた龍星がここで口を開く。ドン引きした表情で。
「いや〜……それはお前が悪いだろ……」
「俺もそう思うぜ」
龍星に続き、和馬も俯いてため息をついてから苦言を呈する。これに対し、貴大は心外そうな顔をして反論する。
「えっ!? でも母さんいつももっと遅く帰ってくるし……」
「そーゆー問題じゃねーんだよ! そりゃリビングでシてたら怒られるだろ」
「てか百歩譲って自分の部屋でヤれよ。よくリビングでできるな……」
更に龍星と和馬が咎めても貴大はどこ吹く風で、自室ではなくリビングでいちゃついていた理由をあっさりと述べる。
「だって俺のベッド、シングルだし狭いから〜。リビングの方が広いし開放感があるんだよ。あと背徳感も……」
「…………」
「…………」
こんな調子の貴大に、龍星と和馬は心底呆れ返ったようで、再び大きなため息をついた。
その一方で……それまで黙っていた知輝がここで口を開く。知輝も二人と同じくドン引きしているかと思いきや……
「……あー! いいなぁ! 俺もターちんみてーに女連れ込みてぇよぉ〜!」
「羨ましがるな!」
どういう訳か唯一貴大を羨望の眼差しで見ている知輝に、和馬はツッコミを入れた。
★
「てか朝からなんちゅー話してんだよ俺ら……。ところでターちん、昨日連れ込んでた彼女って公ヶ谷祭で出会った子か?」
「おう! そうだよ」
知輝にツッコんでから我に返った和馬は、ここで話題を変えた。貴大が首を縦に振ると、愚痴話にいい加減嫌気が差したのか龍星も食いついてくる。
「なぁ、その彼女ってどんな娘なんだよ? お前が本気で付き合ってるって言うんだから気になるぜ」
「確かにな〜」
残る知輝も少し納得いかなさそうな顔で、一応興味を示す。なぜ自分は女子から全く相手にされないのに、貴大は何人もの女子から言い寄られ付き合えるのだろうか……と。尤も、顔面偏差値は貴大とは雲泥の差なのだが。そもそも貴大は彼女について詳しいことはまだ仲間内にも話していないので、気になるっちゃ気になる……とは知輝も思っている。
そんな知輝達に、貴大はスマホで写真を探しながら惚気出す。
「ミミちゃんっていって女子校に通ってる子なんだけど、凄い甘えたさんでさ。電話もLINEも頻繁にしてくれるんだよ〜。俺を必要としてくれてるって感じじゃん?」
「はいはいごちそーさま」
「ミミちゃん? なんか犬とか猫みてーな名前だな」
和馬が適当にあしらい、龍星が名前について言ったところで、貴大はスマホから「ミミちゃん」が写っている写真を見つけた。
「美未子っていう名前だからね。ほら、これが写真だよ!」
そう言いながら、貴大はスマホの画面を他の三人に見せた。どれどれ……と言わんばかりに三人とも覗いてみる。
写真を見せられた皆の反応はというと……。
「おおーー! 可愛いじゃねーか」
美未子を見て素直に可愛いと言ったのは……知輝だけだ。その一方で、龍星と和馬はそのツーショット写真を見て黙り込んだ。その反応が予想外だったのか、貴大は怪訝そうな顔をする。
「ど、どうしたんだよ……カネリュウもよっしーも」
「あ……なんつーか……今までターちんと遊……いや、付き合ってきた女の子とちょっと違う感じがしてさ」
「お、俺もそう思ったんだよ」
貴大のすぐ横に写っている美未子は……黒髪にピンクメッシュの入ったロングヘアをツーサイドアップにン結えた髪型と、胸元に大きなリボンのついたピンクと黒のワンピースを着ている。メイクも涙袋がぷっくり描かれたうえ、つけまつ毛に赤リップとかなり派手で、カラコンもつけているようだ。いわゆる「地雷系」と言われるファッションとメイクだろう。
二人の率直な意見に、貴大は素直に納得する。
「あー、確かにミミちゃんみたいなのは初めてだな。まぁ俺は来るもの拒まずだけど、あんな感じの子にアタックされるのはなかなかないな〜」
「で、昨日はターちんのお母さんにイチャコラしてるの見られて、この子はどうしてたんだ? キャーとか叫んで恥ずかしそうにしてたんじゃねーの?」
知輝がそう訊くと、貴大は笑いながら答えた。
「いや〜、それがそうでもねぇんだよな。「あっ、お邪魔してます〜」って言っただけで。しかも俺と繋がったまま」
まさかの反応に……貴大以外の三人は度肝を抜かれてしまった。
「……彼女さんもなかなかすげぇな……」
「なぁ。それだけメンタル強えー子の方がターちんには似合ってるんじゃね?」
「いや〜……羨まけしからん!」
和馬・龍星・知輝がそれぞれ感想を言い合う側から、貴大のスマホにはLINEの通知が届いた。差出人は……やはり美未子だ。LINEの画面を開くと、こう書かれている。
“おはよーターくん
今日も大好きだよ♡
放課後デートしようね”
愛情たっぷりのこのメッセージを見て、貴大は嬉しそうにニヤニヤ笑うのだった。
その日の放課後……菫はいつもと同じように下駄箱でスリッパからローファーに履き替え、校舎を後にしていた。めぐるや寛斗など親しくしている友達は皆部活に行っているので、今日は菫一人である。
(今日は帰りに晩ご飯の材料買わないとね。何作ろうかしら。今日は葵が早く帰ってくるから、葵の好きな肉野菜炒めにしようかしら……)
高校生らしからぬ……というよりも最早主婦じみたことを考えながら、菫はぼんやりと歩いていた。
すると……。
「あっ! すみません」
「あっ……ごめんなさい……」
学校から暫く歩いたところで、すれ違った人と肩がコツンとぶつかった。考え事をしながら歩いていたせいで、菫は周りが全く見えていなかった。なので先に菫が謝ると、相手の方も同じような感じだったのか、小さな声で謝ってから足早に去って行った。
(あー、不良とか怖そうな人じゃなくてよかったわ。あの人は……美浜女子の子かしら? あのセーラー服だし……)
菫とぶつかった相手は女子で、黒とピンク色の髪をツーサイドアップにし、襟だけ紺色の白い長袖セーラー服に赤いリボンをつけていた。足元はリボンのついた厚底のローファーである。菫はこの制服に見覚えがある。この県の高校ではセーラー服の制服は少数派で、ましてやあの大きな赤いリボンをつけているのは1校だけだ。しかも、この女子はどういう訳か公ヶ谷高校の方向へと向かっていく。菫は何となくくるりと振り向いて、先ほどぶつかった女子の背中を目で追う。
(もしかして……これからうちの高校の子と放課後デートかしら!? ……青春ね〜!)
ニヤニヤ笑いながら、菫は再び最寄り駅まで歩き出した。きっとこれからすぐに、愛する彼氏と会って制服デートを楽しむのだろうと思って。
……この女子の本性など、この時点では全く知る由もなく。
★
全ての授業が終わってから4時間程経ち、そろそろ運動部の部活が終わる時間だ。もう20時前なので、空はすっかり暗くなっている。
貴大の所属する男子バスケ部も例外ではなく、部活を終えた部員達は体育館を出て更衣室へと入っていく。貴大も練習着から制服に着替えるべく、ロッカーの戸を開ける。ちょうどその瞬間、貴大のスマホのバイブが鳴った。
(ん? もしかしてミミちゃんかな?)
そんなことを考えながら、着替えよりも先にスマホを取り出し、画面を見ると同時に……
(…………ぇえっ!?!? 着信40件!? LINEは63件!?)
貴大は愕然とした。画面には通知が出ているのだが、怒涛の着信とLINEの数に、目を疑わざるを得ない。しかも、それらの相手は全て同一人物で……貴大の予想通り美未子だ。ただ流石にこれほど大量に電話もLINEもくれるとまでは思わなかったが。
とりあえず着替えよりも先に美未子に返信するべく、貴大は一旦更衣室を出て彼女に電話をかける。
「……あ! もしもし、ミミちゃ……」
「ターくん遅ーい!! どうして電話に出なくてLINEも未読スルーなの!? ミミ、何時間も待ってたのにぃ〜!!」
電話に出るなり、美未子は怒気を含んだ声でいきなり貴大に不満をぶちまけた。貴大は圧倒されかけるも、美未子の怒りを少しでも鎮めるべくなだめにかかる。
「ご、ごめん……部活行ってたから(昨日言ってなかったっけ? 部活あるって……)」
「ミミと部活どっちが大事なの!?」
「どっちも大事だし俺には選べないよ。そ、そんなことより、もう終わったから早くミミちゃんに会いたいな〜。俺マッハで着替えてすぐ行くから!」
早口でそう言うと、美未子はあっという間に機嫌を直していつもの可愛らしい声に戻る。
「わかってくれたんならいいよ〜。ミミ、授業終わってからターくんの学校の前でずっと待ってたの〜。4時間は待ったかな〜。じゃああとちょっと待ってるねぇ〜」
この後で貴大に会えるとわかるなり、美未子は上機嫌な様子で電話を切った。それと同時に貴大は安堵のため息をついた。
その後、貴大はすぐに着替えを済ませて美未子の待つ校門へと向かったが……
「ターくぅ〜ん!!」
貴大の姿が目に入るや否や、美未子の顔色はパッと明るくなり……一直線に彼氏の元へ駆け寄りギュッと抱きついた。こんな風に臆面もなく愛情表現をする美未子に、貴大は一瞬驚いたもののすぐに満更でもない表情に戻る。
「ミミちゃん……待たせてごめんな。これからは一緒にいれるよ」
「うん……ありがと……」
尚もギューっと抱きついてくる美未子を可愛いと思い、貴大も慣れた手つきで美未子の首周りに腕を回し、優しく抱きしめた。
だが、ここは公ヶ谷高校の校門前。しかも全ての部活が終わり、最終下校時刻が過ぎたところだ。従って……校門付近にいるのは貴大と美未子の二人だけではない。それどころか、部活終わりの生徒でごった返ししている。そんな状況にも構わず抱きしめ合っている二人だが、周囲からはやはりドン引き或いは軽蔑の視線で見られている。
「人前で抱き合ってんじゃねーよ……」
「アレ、2-3の福谷じゃね?」
「また女かよ節操ねぇな〜」
そんな声がヒソヒソ聞こえてくる中、そこには貴大と同じ2-3の彩矢音とめぐるもいて、彼女達も案の定引いている。
「あーあ……何やってんのよターちん」
「なぁ。……あの子が例の公ヶ谷祭で出会った彼女? なんかちょっと意外だな〜」
同じ女子バスケ部の子達と共にヒソヒソ話しながら、彩矢音とめぐるは貴大達を一瞥した後、他人のフリをして去って行った。
ちょうどその頃、校門の陰からある人物が一眼レフのレンズを貴大達の方向へ向け……シャッターを切った。ニヤリと微笑みながら。カシャッとシャッター音が鳴ったものの、貴大も美未子も気付いていないようだ。
ここまで大っぴらにラブラブな様子を周囲に見せつけていた貴大だったが……やはり長続きしなかった。貴大が再び別の女性に目移りしたのは、美未子と校門前で抱き合っていた日から僅か数日後のことだった。
「ねぇ~、タカ! 最近私のこと全然相手にしてくんないじゃん!」
「あっ……麗奈さん」
この日の昼休憩、男子トイレから出てきた貴大に絡んできたのは度々遊ぶ仲の女の先輩だ。美未子という彼女ができてから、貴大と会うのはもちろん連絡すらまともに取れず、麗奈は痺れを切らしてこのタイミングで声を掛けたらしい。麗奈は貴大を睨みつけながらも、少し寂しげな表情で貴大に詰め寄ってくる。そんな彼女の表情がどこか色っぽくて、貴大はつい引き付けられてしまう。
(久しぶりに見るといい顔してるなぁ麗奈さん…………やっぱり俺、一人だけ選ぶなんて無理だわ。ミミちゃんには悪いけど、たまには……)
そんなよからぬことを考えながら……貴大は麗奈の肩に腕を回す。これに対し、麗奈は計画通りとでも言いたげにニヤリと笑い、貴大に艶っぽい視線を投げかける。
「……今日、俺学校終わってから暇ですよ? 今日は部活もないですし」
「えっ、マジで~? てゆーかタカ彼女できたんでしょ? 怒られちゃうよ?」
麗奈は貴大にそう訊いているものの……その表情は全く心配そうでなく、むしろ嬉しそうにニヤニヤ笑っている。そんな麗奈に貴大は優男スマイルを見せ、彼女の身体を自分の方へと更に引き寄せる。これらは貴大にとって女性を落とすための武器なのだ。
「全然オッケーですよ。彼女には今日も部活あるから遅くなるって言うんで。で、麗奈さんと遊んだ後に彼女に会いますから」
「え~、ウソつくの? タカったらひど~い」
「大丈夫です。ギューッとしてチューすればきっと許してくれますよ」
貴大はそう言うと、周りに誰もいないのか確認した後、麗奈に軽くキスをした。それからすぐに二人は手を振り合って、足早にその場を立ち去った。龍星など友達のいる食堂に戻りながら、貴大はスマホでLINEを立ち上げ早速美未子にメッセージを送る。先ほど麗奈に話した通り、今日も部活で遅くなると。
(ミミちゃんごめん……今日だけはちょっと……。その代わり後でしっかり会って埋め合わせはするから……)
そう思いながら……貴大は美未子の通知をオフに設定した。実は少し前に麗奈とキスをした時、またもある人物から一眼レフでその様子を撮影されていたとはつゆ知らず……。
★
「すー様、よかったら今日またうちに来ない? また金バスしよーよ! 今日こそ絶対負けないんだから!」
「えっ、また来ていいの?(よっぽど最後にひっくり返されたのが悔しかったのね、めめちゃん……)」
「ぜーんぜんいいよ! 今日はお母さんいるけどすー様一人ぐらいなら大丈夫っしょ。それにキャンディとクッキーも喜ぶよ!」
この日の放課後、菫はめぐると一緒に帰っていた。たまたま女子バスケ部は部活が休みになったので、めぐるはまたも菫に「金太郎バス」をやらないかと誘っている。幸い菫はそのゲームを楽しめたし、めぐるの母とも顔見知りである。そして何よりせっかくまた誘ってくれたので、菫はお言葉に甘えさせてもらうことにした。
「じゃあまたお邪魔しちゃおうかしら」
「いらっしゃ〜い………………ん?」
こうして菫とめぐるの二度目の対戦が決定したところで……めぐるはある方向を見て、目を丸くした。と同時に彼女の表情がどんどん険しくなり、最終的には苦虫を噛み潰したような顔になる。この表情の変化に、菫は当然驚いてしまう。
「ど、どうしたのめめちゃん? すっごい険しい顔しちゃって……」
「………………」
思わず菫が訊くと、めぐるは黙ったままある方向を指差した。指を差されるがままその方向へ視線を移すと同時に、菫は納得し「あぁー……」とだけ呟いた。
めぐるの指の先にいたのは……貴大と、菫とめぐるにとっては全く知らない女子、もとい麗奈だ。二人とも笑顔で楽しそうなうえ、しっかり手を繋いでいる。この数日前に、貴大が別の女子と抱き合っていたのがまるで嘘のようだ。むしろ今はこちらの女子の方が彼女に見えてしまう。
だが、この展開に……菫は全く驚かなかった。何せ貴大の今までの行いが極めて悪いのだから。
「……やっぱりそんなこったろうと思ったわ」
「なぁ。にしても早すぎん? まだ付き合ってから1ヶ月も経ってなくね?」
「まぁ福谷君のことだしね〜。てゆーか福谷君ならまたああ言うんじゃない? 3人で付き合おうって」
「確かに〜。ターちん前にもそんなこと言ってたもんな……」
「まぁ福谷君はそういう人だから……もしかしたら例の彼女さんも浮気は公認してるんじゃない? だから許……」
ここまでめぐると話している途中で……菫は急に悪寒がした。それと同時に、後ろから何とも言えない負のオーラを感じ、恐る恐る振り向く。すると、菫は見覚えのある人物が自分達のすぐ後ろにいることと、例の負のオーラが彼女から出ていることに気付く。
「どうしたすー様…………あ!!」
めぐるも菫と同じく振り向いたところ……やはり真後ろにいる彼女の存在に気が付き、それと同時に血相を変える。それからすぐにめぐるは菫の手を引いて、道の端っこへと引き寄せて後ろにいる女子を先に通す。
このめぐるの反応に菫は困惑せざるを得ず、何があったのか小声で訊く。
「め、めめちゃんだってどうしたのよ……?」
「あ、あの子……例の……ターちんの彼女だよ!」
「ええ!? あの子? 確か3日ぐらい前にうちの学校まで来てるの見たけど……」
そう、菫とめぐるの後ろにいたのは……美未子だ。ただ、菫は美未子が貴大の彼女だということは知らず、その事実に驚きを隠せない。
「すー様も見たの!? 私もそれぐらいにあの子とターちんが抱き合ってんの見たんだよ。部活終わってから」
「……部活終わってから? 私が見たのは授業が終わってからだけど。……ってことは、福谷君が部活終わるまでずっと待ってたってことよね?」
「ええ……私そんなに待つとか無理だわ」
菫とめぐるがヒソヒソ話している間にも、美未子はどす黒いオーラを出し続けている。それだけでなく、美未子は光のない死んだ目で力なくフラフラと歩いている。彼女の進む方向には……貴大と麗奈が仲睦まじげに歩いている。これでは……まるでストーカーの如くついて行っているように見えなくもない。
ここで菫は確信した。先ほど自分が推測した、貴大と美未子は浮気公認で付き合っているという説が、間違いであったことを。それに加え、このとてつもなく暗いオーラと、死んだような美未子の表情から……言いようのない嫌な予感がする。めぐるも同じことを考えているらしく、青い顔のまま呆然とその様子を眺めている。
「だ……大丈夫かしら……福谷君」
「さ、さぁ……まぁでも……ターちんが悪いんだから自業自得……じゃね?」
菫とめぐるがそう話している間に……いつの間にか美未子の姿は負のオーラと共にその場から消えていた。
★
貴大は麗奈と共に学校を後にしてから、すぐにホテルへと直行し……出てきたのは数時間後のこと。入った時と同様に貴大と麗奈は腕を組んでピッタリくっつき合いながら、ホテルから最寄り駅まで向かった。最寄り駅に着くと、またも二人は軽くキスをした後で別れた。
(さて……麗奈さんとのデートも終わったし、ミミちゃんに………………!!!)
事が終わったので美未子に連絡しようとスマホを見た瞬間……貴大の表情は凍りついた。画面を見た瞬間、目に飛び込んできたのは……「着信100件+」という文字だ。麗奈と会っている時にはバイブすら消していたので、全く気付かなかった。貴大は大急ぎで美未子に電話をかけようとLINEを立ち上げたところで……思わず声を上げた。
「うわッ!!」
美未子とのトーク画面には……夥しい数のメッセージが届いていた。しかも、その内容は……
“誰だよあの女”
“部活じゃなかったの?”
“どういうつもり?”
“早く電話に出ろ”
“ミミを捨てるつもり?”
というものだ。これには……貴大は恐れ慄き、その場に固まった。このメッセージからして……部活だと嘘をついて麗奈と遊んでいたことは、99%バレている。
(……う、嘘だろ? いや、冗談だよな? どうして……ミミちゃんが……)
スマホを見たまま激しく狼狽する貴大はその場に固まってしまい、美未子に電話しようとも手が震えて思うように動かない。その状態のまま、数十秒ほど経ったところで、スマホの画面が着信画面へと切り替わる。発信者は……案の定「みみこ」と書かれてあった。
(み、ミミちゃん……これは出ないと……)
かなり怯えながらも……貴大は震える指を何とか動かし、電話に出た。
「……もしもし」
「あっ、ターくぅ〜ん?」
電話口から聞こえる美未子の声は……正直普段とさほど変わらない。すぐ怒られると危惧していた貴大だったが、取り越し苦労に終わったと判断して安堵する。
「ご、ごめんね、今日は……遅くなって……」
貴大は怒られる前に……と真っ先に謝った。これに対し美未子はクスリと笑った後、こう言った。
「ターくん……ミミのこと騙してたんだね。部活なんて嘘で女の人と会ってたんでしょ? てゆーかラブホ行ってたんでしょ? ミミ知ってるんだから。だって……ミミ今日も学校まで行ったし、ターくんのことずっと後つけてたんだも〜ん」
「…………は!?」
「それに今だって……ターちんの後ろにいるよ?」
貴大はビクビク震え上がりながら、ゆっくりゆっくりと振り向いた。
「……ひぃッ! ミミちゃ……」
そこにはやはり……美未子がいた。いつも通りのツーサイドアップの髪型に美浜女子の制服を着ていて、厚底ローファーを履いている。しかし、笑顔こそ見せているものの……その笑顔はどこか不気味で怖い。そもそも目の奥が笑っておらず、完全に死んだ目になっている。
その怖い表情のまま、美未子はひとまずこれだけ言った。
「……ターくん。せっかくだし二人で話しましょ? 今ちょうどミミのパパとママ、仕事で家にいないから……」
美未子のマンションに辿り着くなり、貴大は土下座をした。
「本当にごめん!! あの人とはただの遊びで……」
今度こそ嘘をつかずに弁解し、平謝りする。しかし美未子の表情は一切変わらず、未だに光のない死んだ目をしている。貴大が女子相手に土下座したのはこれが初めてではないが、今までの相手は皆許してくれた。しかし、美未子はそうでなく……
「遊び? そんなことミミには関係ないよ?」
と一蹴する。
「ねぇ、ミミのこと嫌いになったの? 他の女とホテルに行くなんて……ミミと行けばいいじゃ〜ん?」
「っ……!! それは……」
美未子は貴大に詰め寄りながら、スマホの画面を見せた。それを見た貴大は更にギクッとし、更に顔色が悪くなってしまう。そこには……つい先程、貴大と麗奈がホテルから出てくるところがバッチリと撮られていた。これも美未子が自分達を追いながら、気付かぬうちに撮影したのだろう。
貴大が更に恐れ慄く中、美未子は更に責め立てる。
「ねぇなんでぇ!? ミミはターくんのためなら何でもするし、ホテル行こって言われたらいくらでも行くよ? なのにどうしてターくんは他の女とラブホ行っちゃうの? ねぇなんでぇ!?」
こうして責め立てながら、美未子はジリジリと貴大の眼前にまで迫ってくる。身の危険を感じた貴大は少しずつ後退りし、少しでも美未子と距離を取るようにする。貴大が考えることは……今この状況からどう逃げ出すか、ただそれだけだ。
(ど……どうしよう……。ミミちゃんめっちゃ怒ってる……。この状況を乗り切るには……こうするしかない!)
そう思いながら、貴大はおずおずと口を開く。
「み、ミミちゃん……俺はミミちゃんが一番好きだよ。でも、今日会ってた人のことも……要するに俺はミミちゃんもその人も二人とも好きなんだよ! ほら、いくらハンバーグが好きでも毎日食べてちゃ飽きるじゃないか! それと同じだよ……」
美未子は必死に言い訳する貴大に、しっかりと耳を傾けている。それをいいことに、貴大は話を続ける。
「で、俺思うんだ!……ミミちゃんとその人と二人同時に付き合えばいいんじゃないかって! ミミちゃんは今までと変わらず俺と付き合えるし、俺も飽きないし。それに……すっごく刺激的で楽しいよ? 3ピ……」
ドンッ!!
「……!!!」
そこまで言ったところで、貴大は衝撃を受け言葉を失った。何がが左耳を掠めたと同時に、ぶつかったような鋭い衝撃音が聞こえた。かなり不穏な気配を感じながら、貴大は恐る恐る左の方を向いてみる。
「……!?!?!?」
すると……とんでもないものを目の当たりにし、貴大は心臓が一瞬止まってしまう。
「み……ミミちゃん…………なんで……カッター……が……」
貴大がうわ言のように呟いた通り、貴大がいるすぐ左側の壁には……カッターナイフが刺さっている。恋人のこんな唐突な豹変に……貴大はもちろん命の危険を感じ、恐怖で震え上がる。
だが、当の美未子は相変わらず不気味な微笑みを見せている。
「ダメだよ〜、ターくん。ターくんはミミだけのターくんじゃないとダメなんだから。次に浮気したら……命がなくなるしれないよ〜? よかったぁ〜、ミミずっとポケットにカッター入れてて〜」
「………………」
頭の中が真っ白で全く理解できず、二の句が告げない貴大に……美未子はまたもポケットから何かを取り出し、見せつけた。
それを見た瞬間、貴大はまたも大きく目を見開く。
「それに……ターくん、ミミから逃げられないよ? てか逃げるなんて許さないから」
美未子が貴大に見せつけたのは……白黒のエコー写真だ。それと同時に美未子は自分の腹に手を当て、優しく撫でた。




