↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/70

70ページ目 菫さんとチャラ男V.S.メンヘラ女 後編


「ふーっ、やっと終わったわ!」


 すっかり夜も遅くなった22時過ぎ、菫は自室で一息ついた。難しい問題からやっと解放された菫は思いっきり伸びをし、つい声に出して独り言を言う。たった今までずっと数学の宿題を仕上げるべく机に向かっており、元々苦手な数学なので小一時間はかかっただろうか。尚も解放感に浸りながら、菫は伸びに続いて何度か首を回す。


(流石に今日の宿題はサボっちゃダメよね〜……明日当たってるんだから。まぁでもとりあえず終わったしお風呂でも…………ん?)


 そう思いながら机から立とうとしたところ……菫のスマホが鳴った。


(……こんな夜に誰かしら?)


 もう22時過ぎなので、菫は訝しく思いながらスマホの画面を見て……目を疑った。


(……け、剣さん!? 何なのよいきなり……)


 電話の相手は……菫とは夜職時代に知り合いだったホストの剣だ。とはいっても少し前、聡太郎の想い人のことで会ったり電話で話しているので、あまり久しぶりな気はしないが。まさかまたホスト絡みで何かあったのかしら……と嫌な予感がしながらも、菫はとりあえず電話に出ることにする。


「……もしもし」


「あ、桜子。お疲れ様、今電話大丈夫か?」


「大丈夫よ。今宿題終わったところだし」


「宿題ちゃんとやってんのか……偉いじゃん、俺なんかその日の授業が始まる前に大急ぎでやってたぜ〜」


 聞いてもいないのに自分の話を始め、なかなか本題に入らない剣に……菫は痺れを切らす。


「……で、要件は何なのよ? まさかまた剣さんの店にうちの高校の誰かが来たとか……じゃないわよね?」


 菫は軽く睨みながら冗談半分でそう訊いたのだが……電話口の向こうの剣はハッキリとこう言った。


「おう、そのまさかだよ」


「ふーん……ってぇえ!?」


 菫は驚きを隠せずつい大きめの声を上げてしまう。あの時に続いてまたホスト狂い女子が出てきてしまったのか……とショックを受ける菫に、剣は冷静に話す。


「でも……前みてーなのじゃねーんだよ」

 

「は? ……どういうことよ?」


「客として来たんじゃなくて……ここで働かせてください!って言ってきたんだよ」


 剣によると、つい先ほど彼の店に一人の男がいきなり来て、ここで働きたいと懇願してきたという。その男は血相を変え相当狼狽した様子で、剣達に必死に訴えてきたのだとか。ただただ金が要る金が要る、何としてでも働かなければならないと。しかし……この男はどういう訳か制服姿だった。もちろん高校生に働いてもらう訳にはいかず、剣達は要求を突っぱねて帰ってもらったのだが。その際、男の制服が公ヶ谷高校のものであると同僚の中の一人が気付いたため、剣は菫のことを思い出して今電話をかけてきたのである。


「で、その「働かせてください」って言ってきたのって……どんな子だったの?」


 もしかしたら知ってる人物の可能性もなきにしもあらず……と思い、菫は一応訊いてみた。すると、少し前のことなので剣もハッキリ覚えており、包み隠さずに言ってくれた。


「身長は俺よりだいぶ高かったなぁ。180後半ぐらいあるかも。あとちょっと目は細いけど結構イケメンだったな。あと髪型は肩につくぐらいのウルフカット?みてーな感じかな。……ぶっちゃけ高校生じゃなかったら考えてあげなくもなかったんだけど~」


 その特徴を聞いて……菫は大きなため息を吐きながら俯いた。これらに当てはまる人物が、一人いる。それも自分と同じクラスに。


「…………剣さん、その子……うちのクラスの子かもしれないわ」


「えっ……マジか……」


「……とりあえず明日何かあったのか訊いてみようかしら。ありがと、剣さん。教えてくれて」


「お、おう……。桜子の学校もいろいろあるんだな……」


「そうなのよ……だから高校生活、結構忙しいのよね〜。じゃ、私明日も早いからそろそろ切っていいかしら?」


 こうして剣との話が終わって電話を切ると、時刻は22時30分を過ぎていた。通話を終えてからも菫はすぐには立ち上がらずに、机に突っ伏している。またも大きなため息をついて。


(……一体どうしたのかしら、福谷君。まさか……中絶費用が要るとかそんなんじゃないわよね!? ったく剣さんったら……こんな話されちゃ気になって夜しか眠れないかもしれないじゃない……)


★


 結局菫はいつもの時間に床に就いてぐっすり眠り、翌日も寝坊することなくいつもの時間に学校に辿り着いた。少々眠たくてあくびが出るのはいつもと変わらない。手で口を覆いながら校門を通過すると……やはり学校掲示板の前に人だかりがあり、菫も立ち止まる。


(あ……そういえば昨日、新聞委員会の皆で『公ヶ谷タイムズ』を張り出してたのよね。そういえば今日のトップ記事も……福谷君だったわ)


 昨日の剣との電話のせいで菫はすっかり忘れていたが、この号で一面にデカデカと載っているのは……最早何回目なのかもわからない貴大のスクープ写真だ。しかもその写真は2枚もあり……1枚は校門前で美未子と抱き合っているもので、もう1枚はトイレ前で麗奈と軽くキスをしているものだ。これらの写真はいずれも新聞委員長の暁が、自慢の一眼レフで撮影したものである。

 そのためか昨日の暁はかなり上機嫌で、


「福谷君はいつも美味しいネタを提供してくれるから助かるよ~。皆の反応が楽しみだな~」


 と悪い笑顔を見せていた。ちなみに記事のタイトルは『公ヶ谷のモテモテ男、H君またもスキャンダル! またまた二股交際か』というものである。

 そして肝心の見物人達の反応はというと……案の定ほぼ全員ドン引きしている。「節操ない」だの「また福谷か」だの、彼らの感想は1枚目の美未子との絡みを実際に見ていた人達とほぼ同じだ。


(あーあ……。福谷君、泣きっ面に蜂ね。お金が必要で大変なのにこんな記事まで書かれて……。まぁ正直自業自得だけど……)


 そんなことを考えながら、菫は公ヶ谷タイムズをチラッと一瞥するにとどまり、その場を後にして教室へと向かった。




 2-3の教室でも、菫が入る前から貴大のスキャンダルの話題で持ちきりになっていた。皆の反応は主に二択で、見物人達同様やはりドン引きまたは呆れるか、或いは貴大の日頃の行いのせいでやっぱり……と驚かないかのいずれかである。


「ターちんの奴やっぱり持たなかったね~」


「ねぇ~。花恋もターちんなら二股や三股ぐらいやるって思ってたぁ~」


「彼女さん違う高校の人らしいけど知ってるのかなー?」


「今頃怒られてるんじゃない? それかもうフラれたかも」


 もはや貴大を擁護する者は誰もおらず、未夢・花恋・莉麻・英玲奈とイケてる女子グループの面々ですら呆れた様子だ。他の女子はおろか、男子ですら貴大を非難している状況だが、それでも知輝だけは例外で……


「クソ~ッ! 羨ましいっ! ターちんにだけ女が寄りやがって! 二股するんなら俺に分けてくれよ~!!」


 魂の叫びとでも言いたげに嘆く。そんな知輝に、真二・寛斗・恭平は間髪入れずにツッコミを入れる。


「そこまでしてまでモテてーのかよホリトモ~」

 

「ターちんのお下がりとかハードル高そうじゃん」


「てか分けてもらっても相手が嫌がるだろ(笑)」


 一方、想い人のいる聡太郎・雅哉と、彼女がいると思われる日向も全く理解できないと言いたげに貴大を真っ向から批判している。


「いっつも思うんだけど、何で彼女がいるのに他の女に手を出すんだよ……」

 

「なぁ~。俺は好きな人がいてくれたら他の娘(こ)なんかいらないぜ~」


 雅哉はそう言いながら、花恋の方をチラッと見る。それに混じって聡太郎も栞里を一瞥する。尤も、彼らに見られていることなんぞ、花恋も栞里も気付いていないようだが。


「そーゆー病気なんだろ〜。俺だってじぇんじぇんわからんさぁ。つーか逆に凄いさぁ、二人と同時進行なんて……」


 日向もそう言った瞬間……


「で・す・よ・ねぇ!! 僕だってわかんないですよ! よかったです〜、皆さんと同じ考えで……」


 直が会話に割り込んできた。どうやら日向達が貴大でなく自分と同じ考えであるとわかり、安堵したようだ。


「そりゃそうだろ~」


「ばったんはすー様ひとすじだからさ~」


「ちょっ、うみんちゅ君っ! 声大きいですよっ!」


 日向からハッキリと言われ、直は焦り出す。幸い、菫には聞こえなかったようだ。その菫はというと、めぐる達と貴大がホストクラブで働きたがっていた話をしている。知り合いのホストから聞いた話として。


「アハハ! ターちんなら向いてるんじゃね?」


「女たらしだもんね~。めっちゃ稼げそう!」


 沙希と遥が笑う中、菫もつられて吹き出してしまう。確かにイケメンで、ありとあらゆる女性を虜にしてきた貴大ならホストとして食っていけるかもしれない。そもそも剣も高校生じゃなければ……と言っていた程だ。

 ただそんな中……めぐるだけはどういう訳か不思議そうな顔をしている。


「すー様ってさぁ……なんか……夜の仕事やってる知り合い多くない? 前もクラブで働いてる知り合いいるって言ってたよな?」


(!!!)


 菫は一瞬だけギョッとした。しかし、すぐに出まかせが思いついて何とか誤魔化す。


「あ、あのね……皆葵お姉ちゃんの友達なの。よく一緒に遊んでもらって……」


 ちょうどその時、菫が言い終わるのを待たずして、教室の戸がガラッと開いた。


★

 

 噂をすれば影……と言わんばかりに、貴大が教室に入ってきた。それと同時に……今までと違って教室はしんと静まり返る。これまで貴大が公ヶ谷タイムズにスクープされた際、静かになるどころかむしろ2-3の皆は貴大をいじっていた。「また撮られちゃって〜」「色男が〜」などと。しかし、今はそれができる雰囲気ではない。なぜなら……その貴大はいつになく顔面蒼白で猫背になりながら、トボトボと入ってきたからだ。まるで周りに人魂でも漂っていそうなほどの落ち込みようである。


「お、おはよう……どうしたんだよターちん……」


 もちろんそれまでうるさかった教室の空気もガラリと変わり、一気に重苦しい雰囲気になる。そんな状況でも、学級委員の寛斗はおずおずと口を開いて何があったのか貴大に訊く。


「……やっぱ二股発覚して落ち込んでんじゃね?」


「今度こそは本気だって言ってたもんね〜」


「彼女さんにバレて大目玉食らったんだよたぶん」

 

 沙希・遥・めぐるがヒソヒソ話す中……菫は違和感を感じていた。


(…………なんか妙ね。二股すっぱ抜かれたぐらいでこんなに落ち込むかしら? 前にもあったけど、落ち込むどころか2人同時に付き合おうみたいなこと言ってたし……)


 皆にジロジロ見られる中、貴大は死相を出したまま自分の席に座るなり俯いて頭を抱え、大きなため息をついた。寛斗の質問に貴大が答えたのは、それからだった。




「俺……学校辞めるかもしれない……」




 二股騒動のことなんかあっという間に忘れそうになるほどの、まさかの発言に……クラス全員が耳を疑った。寛斗や龍星達一部の男子達は貴大の席まで駆け寄ってくる。


「……はぁ!?」


「どういうことだよ!?」


「何があったんですか!?」


 貴大を囲む男子達が一斉に問いかける。皆口々に何があったのか訊いている中でも、貴大はなかなか言い出せず暫く黙ったままだった。それでも皆が根掘り葉掘り訊いてくるのに圧倒され……貴大は暫くしてから重い口を開いた。


「あ、あの…………金がいるんだよ! だから働かなきゃいけねぇし、学校行ってる暇もないかもしれねぇって……」


(あの時と同じこと言ってるわね、福谷君。で……なんでお金がいるのかしら? 思ったよりも切羽詰まってそうだし……やっぱり中絶費用とか……)


 菫がそう思っていたちょうどその時、寛斗と龍星が貴大に全く同じ質問をする。


「金がいるって……なんでだよ?」


「お前がそんな思い詰めてるなんて……何か大変なことでも起こったとしか……」


「っ! ……それは……」


 貴大が焦った様子で言葉を詰まらせたところで……



 

「もしかして……彼女さんデキちゃった?」


「!!」




 めぐるが単刀直入に聞いた。当然、クラス内が一気にどよめく。その一方で、当の貴大はというと……明らかにギョッとした様子で冷や汗をダラダラ流しながら……コクンと頷く。

 もちろん、教室内は更に騒然となった。めぐるをはじめとした女子達が呆れたようにため息をついたり、「やっぱり……」と冷たい視線を送る中、和馬・龍星・知輝はかなり驚愕した様子で更に問いかける。


「え……マジかよ!?」


「ターちんが……!? 今まであれだけ遊んできてそういう話なかったじゃねーか!」


「なぁ……。ターちんのことだからちゃんとゴムぐらい……」


 知輝がそう言ったところで、貴大は声を荒げた。


「つけてたよ!! てか俺、いつも財布にゴムの2個や3個入れてるんだぞ! いつそーゆーことがあってもいいように……」


(朝からなんちゅー話してんのよ……)


 菫が呆れる中、他の3組の面々の大半も菫と同様に唖然としているか、恥ずかしそうに頬を赤らめている。そんな中でも、龍星と和馬はその原因を冷静に分析する。


「途中で破れたんじゃね? それか穴が開いてたか」


「それ以前に古くて破れやすかったとか……」


 その推測に、貴大は即座に首を横に振る。


「それはないと思う……。破れてたり穴空いてたら流石に俺でも気付くよ。それに古くもないぜ。……しょっちゅう買ってるから……」


 一方、貴大の真ん前でずっと考え込んでいた寛斗は懐疑的な見方をする。


「そもそもさ、デキたって……本当なのか?」


「……え?」


 それまでずっと俯いていた貴大だったが、寛斗にそう言われてパッと顔を上げた。正直その考えは貴大にとって全くの想定外であった。あの夜、美未子は目に光のない怖い表情で、自分の腹を大事そうに撫でながらエコー写真を見せつけてきた。そして何より、確かにそういう行為もしたのだから。

 二の句が告げずにポカンとする貴大に、寛斗は真剣な顔で話を続ける。


「もしかしたら……嘘をついている可能性もあるんじゃないかって俺は思う。ターちんを繋ぎとめるために」


「そもそもお前が浮気性だし、このザマだもんな」


 自分の机にいる凜にまでこう言われてぐうの音も出ないのか、貴大は苦笑いして黙り込んだ。そこに、今度は悠太が口を挟んでくる。


「それにもし本当だったとしても……本当にターちんの子なのかなぁ? それもちょっと怪しい気がするんだよね……」


 そもそも自分が托卵で生まれた子であるので、悠太はその可能性も視野に入れていた。すると貴大は再び声を荒げ、その説もハッキリと否定する。

 

「それも絶対ないよ!! そんな……ミミちゃんに限って他の男なんか……」


「自分は他の女に手を出しやがったクセに……」


 恭平が呆れ顔でツッコミを入れたその時……またしても横から新たな意見が飛び出してきた。それも、かなり意外な人物から。



 

「なんか……変じゃない?」

 



★


 そう言ってきたのは……莉麻だ。皆が一斉に莉麻の方に視線を移し、貴大もここで彼女が出てくると思わなかったのか「さ、斎藤さん……?」と呟く。もちろん、菫だって意外に思っていた。


(齋藤さん……さっきまで他の女の子達と一緒で引いてたのにどうしたのかしら?)


 菫や当事者の貴大はもちろん皆が注目する中、莉麻はまず一つ貴大に訊く。


「ターちん、あの彼女さんとはどれくらい付き合ってるの? 確かまだそんなに……だったよね?」


「お、おう……。1週間ちょいかな……」


「でしょ? それならやっぱり変よ。妊娠ってそんな早くにわかるものじゃなくない?」


(…………! 確かに……!)


 莉麻の指摘を聞いた菫は、ハッとする。菫だけでなく、当の貴大を含め他の3組の面々も納得したのか「あ……!」と呟く。そもそも皆高校生なので妊娠について知識はほぼ皆無なはずだが、流石にこれはおかしいと思ったようだ。


「そう言われると……変だよな。たまに芸能人が妊娠したっていうニュースあんじゃん、それってだいたい何ヶ月とかだし」


「うちのお母さんなんか、いくちゃん妊娠してるってわかったの5ヶ月ちょいだったもん」


 沙希と来美も実体験から、莉麻に続いてそう指摘する。


「……やっぱり嘘か他の奴の子じゃねーの?」


「………………」


 真二があっけらかんと言うので、貴大は再び頭を抱えて黙り込んでしまう。ここで、漸く菫は口を出した。


「福谷君、彼女さんからどんな風に聞かされたの? 妊娠してるって」


「えっと……それを言われる前に浮気してたのを怒られて、で……「ターくんはミミから逃げられないの」って言いながらエコー写真見せてきたんだよ……」


 貴大はその時のことを少しずつ思い出しながら、青ざめた顔で語った。あの時の美未子の死んだ目や怖い言葉、それ以前の鬼電に夥しい数のLIMEにつきまとい、極め付けにはカッターを投げつけられたこと……頭の中にどんどん忌まわしい記憶が蘇り、貴大はガクガクブルブルと震え出してしまう。自分が浮気をしたからと言えばそれまでなのだが。

 一方、菫をはじめ貴大の話を聞いていた面々も……その時点で引いていた。ただ、今度は貴大でなく美未子の方に。それだけでなく「うわぁ……」「なんか……怖くない?」などとの声まで聞こえてくる。


「……なるほどね。それじゃ……尚更怪しいわね。それに……」


 菫がそう言うと、貴大は「それに?」と聞きたそうに前のめりになる。他の皆も注目してくる中、菫は静かに言った。




「エコー写真って……今、買(・)え(・)る(・)みたいよ。フリマアプリとかで」


「えええ!?!?」




 貴大はもちろん、他の皆もその事実に驚愕してしまう。


「たぶん彼氏を騙す目的で買う人がいるんでしょうね。福谷君の彼女さんがそうなのかまではわからないけど(本当は私も皆のこと騙してるんだけど……1名を除いて)」


 そういう自分も実年齢を偽っていることに少しだけ胸が痛みながらも、菫は話を続けた。


「怖っ……」


「売る方も売る方だよね……」


「ターちんは騙されだっずごど?」


 萌・彩矢音・オリビアはかなりドン引きした様子で呟く。もちろん、彼女達だけでなく他の皆も同じような表情になっている。


「正直、その可能性は高いと思うわ。齋藤さんの言うことも一理あるし。で、彼女さんが妊娠したからお金が要るってことなのよね? 福谷君」


 菫がもう一つ訊くと、貴大は黙ったまま頷いてから口を開いた。


「……あぁ。……まだ産むか堕ろすかは考えてないらしいんだけど、どっちにしても金がいるから……」

 

「確かにそうよ…………あ!」


 貴大の話を聞きながら、菫はこれまで2回見掛けた美未子の姿を思い出していた。あの地雷系っぽい髪型とメイクに、美浜女子高校の制服……。すると……あることに気がつき、菫は思わず声を上げた。


「福谷君! つかぬことを訊くけど……子供できたって言われた時、彼女さんはどんな靴履いてたかしら?」


 本当につかぬことを訊かれ、貴大及び3組の皆は「なぜ靴!?」と言わんばかりに面食らってしまう。しかし貴大は当惑しながらも、菫の質問に答えてくれた。


「……は? 靴? ……いや、あの時は室内だったから履いてなかったぜ?」


「じゃあその日は外で彼女さんと会わなかったのね?」


「いや……ミミちゃんの家に行く前に駅前で会ったんだよ。ミミちゃん、ずっと俺の後つけてたし。あ、ミミちゃんはいつも厚底靴で、あの時も履いてたよ。背が低いのが嫌だからって……」


(なるほどね……!)


 それを聞いて、菫は確信した。美未子の妊娠が完全に嘘であるということを。












 その日の夜も、美未子は公ヶ谷高校前まで足を運び、貴大の部活が終わるのを待っていた。貴大は部活が終わるとすぐに美未子に会い、二人で学校を後にする。二人が向かう先は……美未子のマンションだ。彼女は今日も両親がいないからと、貴大を呼んだのである。


「やっぱり他の女よりもミミの方がいいんだね〜、ターくんっ! ミミ嬉しい〜!」


 昨日の豹変ぶりが嘘のように、美未子の機嫌は頗る良い。ニコニコ笑いながらソファに座って貴大に横に座るよう促すや否や、彼の腕を取ってくっついてくる。きっと貴大が浮気相手でなく自分を選んでくれたのだと判断したのだろう。貴大が返事をするのを待たずして、美未子は優しい目で自分の腹を眺めながら、優しくそこを撫でる。


「ターくんはミミと別れられないもんね〜! この子のためなら……」


「…………」


 これ見よがしに腹を撫でている美未子を見て……貴大は今だ!と思った。


「なぁ、ミミちゃん」


「どぉしたの? ターくん」


 貴大は何度か深呼吸してから、話を切り出した。




「ミミちゃん……この子の母子手帳見せてくれない?」




★


「…………は?」


 母子手帳の話をされたのがよっぽど予想外だったのか、美未子は面食らってポカーンとする。貴大は内心しめたと思ったものの、顔に出さず冷静に問い続ける。


「だって……俺の子がデキてエコー写真もあるんなら、母子手帳だってあるよね? 今、俺の子がどれくらい成長してんのか見たくてさ〜」


「………………」


 笑顔でそう言う貴大とは裏腹に……美未子の表情はどんどん凍りついていく。そのうえ黙っていた美未子だったが、暫くするとどういう訳か少々焦った様子で答える。


「あ、あの……まだ貰ってないの……病院から……」


「えっ、そうなんだ!」


 と言いつつ……余計な口を叩いたな、と貴大は思った。それでも貴大はアドバイスするように優しく伝える。


「ミミちゃん……母子手帳は病院じゃなくて役所か保健所で申請したら貰えるよ」


「そ、そうなんだぁ……」


「よかったら……今度一緒に申請に行かない? 俺の子だしさ、ミミちゃんだけに背負わす訳にもいかねぇし」


 この母子手帳のくだりは……完全に菫からの入れ知恵である。恐らく美未子はエコー写真以外は何も持っていないだろうと菫は睨み、母子手帳を見せてもらうよう、貴大に勧めていたのだ。きっとその話になると、美未子は動揺するかと思って。ほぼその通りになったが。

 貴大がニッコリ笑いながら持ち掛けるも、美未子は冷や汗を少し垂らしながら首を横に振るだけだった。


「だ……大丈夫だよぉ……。ミミ一人で行けるもん」


「そう? あ、それと……」


「ん〜?」


「ミミちゃん、昨日も今日も厚底靴履いてたよな?」


「……あ、そうだけど……」


 続いて貴大が厚底靴を履いてきたことに突っ込むと、美未子は上擦った声でそれだけ言う。これも菫が予想した通りで、貴大は菫から教わった通り次なる一手として、やんわりと注意する。


「ミミちゃん……妊娠してんのに厚底靴はダメなんじゃねぇか? 転んだら大変なことになるよ?」


「……ミミは大丈夫だから」


 ここで、美未子の表情はこれまでの上機嫌から少し曇ってくる。大丈夫と言っている割には……そういう風には全く見えない。なので、貴大は猛反論する。


「大丈夫な訳ねぇじゃん! ミミちゃんが厚底靴好きなのはわかるけど、大事な時期なんだから……」


「ミミ言ったでしょ〜!? 背が低いの嫌だしターくんとも釣り合わないじゃん! だから厚底履いてんの! 気をつけて歩けば大丈夫なんだから!」


「だからそういう問題じゃ……」


 雲行きが怪しくなるのを承知で、貴大は反論し続ける。すると、美未子は彼が言い終わるのを待たずして、ソファの前のテーブルをバンと叩く。


「どうしてそんなこと言うの!? ターくんはミミのこと全然信じてないじゃん! 大丈夫って言ってるのにぃ!!」


「………………」


 遂に怒り出した美未子に……貴大は何も言わずため息だけついた。この美未子の態度には貴大も流石にイラッとし……このままでは埒が明かないのでもうハッキリ言うことにした。またカッターナイフを投げられることも覚悟のうえで、もしそうなったら速やかに逃げるつもりでいる。


「……あのさ、どうしてそこまで嫌がるわけ? 赤ちゃんのためならそれぐらい我慢しろよ」


「…………え?」


 普段と違って、こう言った貴大の声は暗く低いトーンで……美未子は再び面食らう。貴大はそれに構わずに話し続ける。


「ハッキリ言って……おかしいぜ! だいたい俺ミミちゃんとヤッてる時ちゃんとゴムつけてたし、そもそもミミちゃんとは1週間ちょいしか付き合ってないし! それに妊娠してんのに母子手帳はないわ厚底靴履いてくるわ……。だいたいあのエコー写真だって本当にミミちゃんのものなのかよ!?」


 声を荒げて捲し立てる貴大に……美未子はただ何も言わずに俯くだけだ。それと同時に、昨日と同じようにどす黒いオーラが徐々に出てくる。


「悪いけど、俺には信じられねぇんだよ!ミミちゃんが妊娠してるなんて……。どうせ俺が二股かけたのが嫌で、俺が他の女のとこに行かないようにするために言っただけなんだろ!?」


 更にハッキリと言う貴大に、美未子は更に顔を伏せると同時に……スカートのポケットに手を入れる。もちろん、何が入っているのかは貴大にはわかっている。


「ミミちゃん……俺はその想いには応えられないよ……。だいたい電話の数もLIMEの数も多すぎて重いし、それに……俺は一人だけじゃ満足できないんだ。自分でもサイテーな奴だなって思うけど……。

 それに……ミミちゃん昨日俺に騙された、みたいなこと言ってたけど……ミミちゃんだって……」


「うるさいッ!!」


 そこまで貴大が言ったところで、美未子は叫ぶと同時に、貴大をソファに押し倒した。何が起きたのか理解が追いつかない貴大に美未子は馬乗りになり……手には案の定昨日と同じカッターナイフを持っている。


「ミ、ミミちゃ……ッ!!」


 昨日と違って美未子はナイフを投げつけず……その代わりにそれを真下にいる貴大の首へと上から突きつける。その表情は昨日の豹変した時と同じく、目に全く光がないままニヤリと笑みを浮かべている。当然、貴大は昨日以上にただならぬ恐怖を感じ、震え上がってしまう。


「もぉ〜、ターくんのことだから騙されてくれると思ったのに〜? なんで母子手帳とかそういう話するのぉ? もしかしてターくんもう子供いるとかぁ〜?」


「ッ! 違……っ」


 貴大は必死で首を横に振るも、美未子はカッターナイフを持ったまま不気味に笑うだけだ。


「まぁそんなのどぉでもいいけど〜。子供がいようが他に彼女がいようが、ターくんは永遠にミミのものなんだからぁ〜」


「……嫌だ!! 俺はミミちゃんだけのものじゃねえッ! てかそもそも「もの」じゃねーんだよ!」


 必死に拒否反応を示す貴大に、美未子は一瞬だけ鬼の形相になったものの……すぐに元の不気味な笑顔へと戻る。




「……そぉ。じゃあミミのものにならないターくんなんか……いなくてもいいや。

 ってことで……ターくんにはここで死んでもらうね!」


「……はぁ!?」




 とんでもないことを言い出す美未子に、貴大は全く理解できず……目を白黒させる。が、そんな貴大のことなど全く気に留めず、美未子は尚も笑いながらカッターナイフをギュッと握りしめ、彼の首へと更に近づける。そのせいで先端が貴大の首へ一瞬だけチクっとぶつかった。


「や……やめろ……ミミちゃ……」


「なんで〜? 他の女に取られるぐらいならこうした方がいいの! 他の女の手がついたターくんなんか生きてる価値ないから〜。大丈夫、ターくんが死んだ後もミミ、一緒にいるからね」


 そう言ってから、美未子は握っているカッターナイフを思い切り上に振り上げた。貴大は反射的に大きな声で叫ぶ。


「た…………助けてぇーーー!!」


 しかし、それでも美未子はクスクス笑うだけで、ナイフを手放そうとはしない。


「ターくん、無駄だよ。こんな夜だし誰も来ないって。だから……大人しくミミに殺されて?」


 美未子はニコッと一瞬だけ可愛らしく微笑んだ後……勢いをつけてカッターナイフを振り下ろした。


★


(やめてミミちゃん! 俺まだ死にたかねぇよ〜!!)


 そう思いながら、貴大はいつしか目をギュッと閉じていた。これはもう殺されると覚悟したが……待てど暮らせど痛みはどこにもない。あれ?と思いつつ、貴大はゆっくりと目を開ける。

 すると、美未子はナイフこそ持ったままではあるが……もう首元へは突きつけていない。しかし、貴大が安堵したのも束の間……美未子は貴大のポケットに手を入れて彼のスマホを奪い、空いている窓に向かって投げつけた。窓の外でガン!とぶつかる音が聞こえる。


「えっ!? ちょっ……!!」


「逃げられると思うんじゃないよぉ〜、ターくん。それに殺す前に……」


 美未子がスマホを投げた窓にはベランダがあり、恐らくスマホは無事であるはずだ。ただそういう問題ではなく、美未子はいつの間にか後ろに下がって貴大の脚に跨り……今度は股間へとナイフを突きつける。


「まずはココをちょんぎっちゃお〜っと。他の女といっぱいヤッてて汚いだろ〜し……」


「お、おい!! ちょっと待てぇーーー!」


 尚も死んだ目のまま不気味に笑いながら、美未子は貴大のスラックスと下着を脱がしにかかる。再び貴大が恐怖に慄き、半泣きになりながら再び悲鳴をあげたところだった。




ピンポーン ピンポーン




 突如、インターホンが鳴った。


「え〜、今いいところなのにぃ〜」


 美未子が残念そうに言った。その一瞬の隙をついて……貴大は美未子から抜け出して、彼女の代わりに一目散に玄関へと向かう。藁をも掴む思いで。


「コラ! 待てぇ!!」


 案の定、美未子はカッターナイフを持ったまま追いかけようとするが、貴大は振り向かずに駆け抜けすぐさま玄関に辿り着く。


(お願い、助けてぇ!!)


 頭の中で必死に懇願しながら、貴大は急いで鍵とドアを開けた。

 すると、ドアの前にいたのは……


「こんばんはー。宅配便です」


「あっ、あのっ……僕……」


 配達員の制服とマスク姿の女性だった。この際助けてくれるのなら誰でもいい……そう思った貴大はこの女性に泣きつこうとする。が、あっという間に美未子は廊下に出て貴大へと迫り来る。


「ターくぅん……」


 この時になっても、美未子はカッターを手放さないで不適な笑みを浮かべながら、ゆっくりと貴大へと近づく。貴大は再び怯え出すが……どういう訳か配達員の女性は全く動じない。すぐ先にカッターを持った、目のイッている女がいるというのに。

 配達員の女性は尚も落ち着いた様子で、こう言った。


「……そういうことだったのね。男の人の悲鳴が聞こえてきたかと思ったら……」


「……え?」


 やけに落ち着き払った態度の配達員に、美未子は一瞬だけ怪訝な顔をした。だが程なくして……美未子の顔がみるみるうちに青ざめていく。その配達員がその場で帽子とマスクを取り、あるものを美未子に見せつけたからだ。




「実は私、配達員は仮の姿でね……本当はこういう者です」




 配達員もとい女性が見せたのは……「宮西葵」の名前と、彼女の顔写真が載ってある、黒い警察手帳だった。











 翌日、菫はいつも通り最寄り駅を降りて学校へと向かっていた。この日はめぐる・遥と偶然駅で会い、二人と一緒に学校まで歩いている。


「えっ、じゃあ葵さんがターちんの彼女捕まえてくれたってこと!?」


「いやそこは流石にもう「元カノ」じゃな〜い?」


 菫が答える前に、遥はめぐるにツッコミを入れた。これに対し、菫はふふっと笑ってからめぐるの質問に答える。


「そうよ、葵姉ちゃんが捕まえてくれたの! ……やっぱりあの元カノさんのマンションの場所と部屋番号聞いといてよかったわ」


 そもそも貴大はクラスの皆に美未子の妊娠を告げた時点では、もう彼女に会うのを頑なに嫌がっており、そのままフェイドアウトすることも考えていた。しかし菫はそれに反対した。そうすると余計に病んで、ストーカー化するなど更なる行動に美未子が出てしまいかねないからだ。そこで菫は貴大から美未子のマンションの場所と部屋番号を聞き出し、葵に協力してくれるよう頼んでいたのだ。


「まぁでも……捕まえるの結構大変だったみたいね。福谷君の方が襲ってきた、正当防衛だ、って喚き散らしてたみたい」


「ええ……」


「マジかよ……」


 美未子の往生際の悪さに、遥とめぐるは改めてドン引きする。


「でも全然無駄だったわよ。お姉ちゃんしっかり指摘したし。福谷君の悲鳴しか聞こえなかったのと、彼女さんに服の乱れがなかったことをね。まぁその後も逆上して暫く暴れてたらしいけど、最終的には観念したみたい」


 事の顛末を説明した後で菫はもう一つ、葵から聞いたことを話した。


「あの元カノさん、放置子で昔からしょっちゅう問題起こしてたらしいわよ。友達や彼氏の家に入り浸って帰らなかったり、ちょっと距離置かれたらストーカー化して「なんで避けるの!?」って詰め寄ったり。だから時々警察のお世話になってて、お姉ちゃんとも顔見知りだったみたい。だから突撃した時からビビってたんだって」


「嘘でしょ……」


「元々やべえ奴じゃん……」


 それを聞いていためぐると遥は、更に引いて顔面蒼白になっていた。だが、菫はもう大丈夫と言わんばかりに笑顔を見せる。


「まぁでも、元カノさん入院してるみたいだし、暫くは外に出てこれないからもう大丈夫じゃないかしら?」


「あとはターちんの女グセだな〜。これに懲りてちょっとは大人しくなるんじゃ……」


「あっ、噂をすれば……」


 めぐるがそういった側から、遥がある方向を指差した。菫とめぐるもそちらを見ると、遥の言った通り貴大が学校へ向かって歩いている。どうやら、昨日美未子に殺されかけたにも関わらず、普通に学校に通えているようだ。流石に今日は女子を侍らせておらず、一人でいる。

 菫達が心から安堵する一方、貴大は歩きながら自身のSNSを更新していた。




“ったく……とんでもない女に捕まっちゃったよ〜

 俺ってこんなに女を見る目がなかったのか……今度こそはしっかり見極めて二股三股OKな人と付き合うぞ〜!

 てな訳で、彼女募集しまっす! メンヘラじゃない女の子バッチこーいwww”




 そう綴って投稿した後、貴大はスマホをスラックスのポケットにしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。