67ページ目 菫さん、見ーちゃった見えちゃった……
少しだけ薄暗い店内で、ワイワイ騒ぐ他の客の声とジュージューと肉を焼く音が聞こえてくる。店内はほぼ満席だが、予約したおかげで2-3の面々35人と、担任及び副担任の杉谷と栗山で計37人が席に座れている。5、6人で一つのテーブルを囲む形になっているが。こちらも店員が全てのコンロに火をつけてくれたので、肉が焼けるようになるまではあと少しだ。
その間に店員達が全員分のドリンクを持ってきてくれた。皆がが自分のグラスを手に持ったのを確認したところで、菫は口を開いた。
「えー、皆さん……この間の公ヶ谷祭は本当に本当にお疲れ様でした! おかげさまで、この「2-3輪ゴム射的場」には沢山のお客さんが来てくれました!」
菫に続いて副リーダーのめぐるも挨拶をする。
「えー、すー様が言ってくれた通り、沢山のお客さんが来てくれたおかげで……皆の期待通り「焼肉クイーン」で打ち上げをすることができました!」
めぐるがそう言った後、3組の面々のテンションは更に上がり、より一層盛り上がる。「イェーイ!」「でかしたぞ〜!」「サイコー!」などと賞賛する声が飛び交い、拍手も上がった。そんな中で唯一悠太だけはうずうずした様子でメニューのタッチパネルをチラチラ見ている。きっと早く注文して焼肉を食べたいのだろう。
「ではでは、今日は……思いっきり楽しみましょう!!」
「カンパーイ!!」
菫とめぐるが音頭を取ったのに合わせ、3組の皆は同じテーブルの者同士でグラスを当て合い、カチンと音を立てた。
皆のグラスに入っているのは当然アルコールなしのジュースだが、菫は内心ビールを飲みたいと思っていた。もちろん「秘密」がバレてはならないので我慢せざるを得ないが。なお20歳の高校生である幸輔はおろか、教師の杉谷と栗山もジュースかウーロン茶を飲んでいる。よく見ると杉谷も内心酒を飲みたいのか、少し浮かない顔でコーラを啜っており、それを見た真二は早速茶々を入れる。
「今日は飲み過ぎちゃダメだぞお杉ー!」
開始早々釘を刺され、杉谷は危うくコーラを吹き出しそうになった。そんな杉谷の反応とは裏腹に、周りは爆笑の渦に包まれる。いかんせん「前科」があるうえ皆に知られているので、杉谷はがっくり項垂れ苦笑いする。
「……今日は飲まねぇよ。むしろお前らがこっそりアルコールを飲んでないか見張ってなきゃダメだからな!」
「………………」
しんみりと否定したかと思いきや、杉谷は自分のことは棚に上げてビシッと言い放った。ほぼ全員が呆気に取られる中、寛斗は皆が思っているであろうことを言う。
「……どの口が言ってるんですか」
その杉谷は冷や汗を垂らしながら、寛斗と目を合わせずに口笛を吹いていた。その一方で、栗山は笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「まぁその方がいいね。理由はどうであれ……」
やはりその笑顔が怖く思ったのか、杉谷は口笛を吹くのをやめて黙った。そして杉谷から少々離れた席に座る菫も呼びかける。
「てゆーか今日はそもそもソフトドリンク飲み放題ですからね〜」
「……わかってるよそんなこと〜」
「ハイハイ早く食べましょー」
不貞腐れながらも返事をする杉谷の隣にいるのはつばさで、適当にあしらいながら杉谷にタッチパネルを渡す。別のテーブルでは、大飯食らいの悠太がタッチパネルを独占している。
「だぁ坊まだ〜?」
「早く選べよー!」
沙希と龍星が急かすので、悠太は「もうちょい待ってー」と言いながらメニューを選び、タッチパネルを隣の席の颯へと渡す。
「……ったくこんなに悩みやがって何頼んでたんだよ…………ぇええ!!」
悠太が何を頼んだのか気になり、注文履歴を見てみると……颯は目が点になってしまった。
「た……タン塩とハラミ10人前にカルビ13人前ぇ!? どんだけ食うんだよ!」
「あ〜……だぁ坊こう見えていっぱい食べるから」
ただただ驚き呆れる颯に、彩矢音が冷静に説明する。というより、悠太が大食いであることは新参者の颯以外皆知っているので誰も驚いていない。その悠太はというと、涼しい顔でオレンジジュースを飲んでから頷き、こう言った。
「え? 僕皆の分頼んだんだけど?」
「いやいや……今いるの5人じゃねーか」
それでも多いだろ……と颯はツッコミを入れずにはいられなかった。
★
また別のテーブルでも、一番最初に来た肉に皆がビックリさせられていた。
「牛ヒレ肉4人前でございます」
他の面々が「誰の?」と言わんばかりに顔を見合わせたり不思議そうな顔をする中、唯一嬉しそうな顔をしたのは成一だ。
「おっ、来た来た! 俺の牛ヒレ〜」
「初っ端からヒレ頼んだのかよまっちょん」
最初にヒレ肉を食べたことがないのか怪訝そうな顔をする恭平に、成一は真っ向から反論する。
「別にいいじゃねーか! ヒレは脂身が少ないし低カロリーで高タンパクなんだぞ! だから筋肉を育てるのにいいんだよ!」
「まーた筋肉の話してる……」
ヒレ肉について熱く語る成一に、萌達同じテーブルの面々はやれやれと言いたげな表情になる。ちなみに成一達と同じテーブルには聡太郎がいて……彼にとってはラッキーなことに栞里もいる。しかも聡太郎はどさくさに紛れて栞里の隣の席を陣取っている。ただ何とか隣同士になれたのはいいものの……緊張してしまって気が気でない。他の皆がワイワイ騒ぎながら網の上に焼肉を広げている間も、聡太郎はただただウーロン茶をちびちび飲むだけだった。
(あぁやっぱり緊張する……。せっかく隣に来たけど……何話したらいいんだ? この打ち上げの時に休日の過ごし方聞くのも変だし……)
「……間君、……淺間君!」
「…………ん!?」
暫くの間悶々としていた聡太郎だったが、気がつくとその栞里に声をかけられており、ふと我に返った。栞里だけでなく、成一達同じテーブルの面々もどうしたんだと言っているかのように、聡太郎をじーっと見ている。
「あ……ごめん!」
「あっさんさっきからお茶飲んでばかりじゃん」
「腹減ってねーのか?」
とりあえず謝るも、萌と恭平から指摘された聡太郎は咄嗟に首を横に振る。
「そ、そんなことないよ! フツーに腹減ってるから……」
「じゃ、食べようよ。タン塩もう焼けてるし入れとくね〜」
すると、隣にいる栞里がトングでタン塩を数切れ取り、レモン汁の入った聡太郎の皿に入れてくれた。
「あ……ありがと……」
「全然いいよ〜」
これで漸く焼肉にありつける……と思いきや、聡太郎はなぜか席から立ち上がった。
「ちょっ……ちょっとトイレ行きたくなったから……先食べといて!」
始まってからちびちびとウーロン茶を飲んでいたせいで、いつの間にか聡太郎のグラスは空っぽになっている。そのせいで……聡太郎は尿意を催していた。当然同じテーブルの他の面々は大爆笑する。
「さっきからいっぱい飲んでるからだろ〜」
「さっさと行ってけ〜」
成一と恭平にヤジを飛ばされ、聡太郎は顔を真っ赤にする。聡太郎が座る席は壁側で隣の栞里の前を通らざるを得ないが、彼女は通りやすいように少し脚を引いてくれている。ただその栞里も笑ってはいるが。栞里の膝が自分の脚に当たりそうになり、聡太郎は更にドキドキしてしまう。ギリギリ当たるか当たらないかのところで通り抜け、聡太郎は通路に出た。
「淺間君もうウーロン茶ないじゃん。よかったら注文しようか?」
「あ、ありがと……」
栞里がタッチパネルで注目してくれている中、聡太郎は男子トイレへと急ぐ。
また別のテーブル席では、知輝が浮かない顔で大きなため息をついている。
(はぁ……ついてねぇぜ。同じテーブルに座るんなら乳のデカい水谷か齋藤がよかったのによ……。なんでコイツらなんだよ……)
「ホリトモぉ〜、なにしけた顔してんのぉ〜?」
「……もしかしてなんかよからぬことでも考えてるんじゃな〜い?」
目の前にいる花恋と遥に耳の痛い質問をされ、知輝はギョッとした。しかも隣にいる真二と幸輔にはお見通しのようで、二人は女子に聞こえないように囁く。
「残念だったな〜。えれにゃとかと同じ席になれなくて」
「お前アレがデカい女が好きだもんな。前なんか雨の中で高……」
「しっ、違えんだよ!」
花恋と遥が訝しむ中、知輝は思わず真っ向から否定した。その瞬間、良さそうな言い訳を思いついた知輝は必死に取り繕う。
「い、いや〜、俺ちょっとガッカリしてたんだよ。ほら、最後にライオン寺の奴が射的しに来てさ。俺、参加賞としてあのエロいフィギュアあげたんだよ。絶対こんなのいらねー!ってリアクションすると思って。そしたらさ、思った以上に喜びやがって」
苦し紛れに知輝がそう言った結果……同じテーブルの皆は「あ〜」または「え〜」と言って納得してくれた。なので知輝は心底ホッとした。
「あんなの貰って嬉しいのぉ〜? キモいんだけどぉ〜」
「ちょっとあの巨乳パンチラフィギュアじゃね〜」
ドン引きする花恋と遥だったが、知輝はグサっと刺さり苦笑いしてしまう。そもそも元々あのフィギュアを持っていたのは自分なのだから。その一方で、真二はニヤニヤする。
「ライオン寺もたぶんお前と同じ趣味なんだろ〜」
「アイツと一緒にすんじゃねーよ!」
「てかあのフィギュア元々ホリトモのじゃねーか」
真二と知輝が肉をひっくり返しながら言い合う横で、幸輔はずっとスマホをいじっている。すると、幸輔は何か変なものでも見つけたのか、ゲッと不快なそうな顔になる。
「どうしたんだよザワ〜?」
「おい見ろよコレ……」
表情が変わったのに気付いた真二が訊くと、幸輔は尚も不快そうに自分のスマホを見せる。知輝・花恋・遥も覗いてみる。
すると……
「うわッ!!」
「なにコレ〜!」
「ええ〜……」
「気色悪いもん見せんなよ! コレから食うってとこなのに!」
知輝・花恋・遥・真二はそれを見るなり気分を悪くし、一斉に眉を顰めた。
幸輔のスマホに写っていたのは、SNSの投稿と思しき画面。デカデカと載った画像に写っているのは、知輝が最終的に丈一郎にあげたはずのフィギュア……の頬にキスしている丈一郎だ。その顔は目を閉じて唇を突き出しており……まるで好きな人と本当にキスをする時のような顔だ。どうやらこのフィギュアが手に入ったのがよっぽど嬉しかったらしく、こう綴られていた。
“今日からこの子は俺の嫁っ!
やっぱ俺にお似合いなのは同じ高校の凡人女どもじゃなくて、こういう子なんだよなぁ〜
この子をプレゼントしてくれた友達に感謝っ☆彡”
最早キモいを通り越して薄ら寒い内容に……遥と花恋の顔はみるみるうちに青くなり、言葉を失った。そして知輝も信じられない顔で呟く。
「誰がお前と友達になったんだよ……」
「てかなんでこんなの見つけたんだよザワ……」
「き、公ヶ谷祭で検索したら出てきちゃったんだよ……」
そもそもなぜこんな投稿を見つけてきたのかと睨みつける真二に、幸輔は冷や汗をかきながら弁解した。
★
そんな花恋のいる席を恨めしそうに眺めているのは……雅哉だ。
(ちくしょう……伊藤さんと離れちゃうなんて本当にツイてないよ。しかも……あっさんと根本さん、ばったんと宮西さんは同じテーブルに座れてるのに〜)
心の中でブツクサ言いながら、雅哉はガツガツと焼肉と白ご飯を交互に頬張っている。そんな雅哉を尻目に、同じテーブルの日向はニヤニヤ笑いながら杉谷に話を振る。
「そういえばお杉〜、なんでコスプレせんかったわけさぁ〜?」
「え?」
タン塩を食べようとしていた杉谷だったが、思わずその手が止まる。それを聞いていた千穂・オリビア・つばさの女子三人もクスクス笑う。
「コ、コスプレって……なんで俺が!?」
生徒ならまだしも教師までがコスプレするなんて……と思い、杉谷は皆に訊き返す。
「うぢのガッコの先生ぁ文化祭コスプレしてら先生多いんだじゃ〜」
「……マジでか!?」
オリビアがあっさり言うので、杉谷は食べるのも忘れ驚いてしまう。だが、よくよく思い出してみると……確かにコスプレルックの教師は数名いた。
「私、体育の森本先生の見たよ〜。サングラスかけて白い髭つけて杖持って……たぶん蛇仙人かな? あれたぶんあのスキンヘッドを活かしてたんだろうね〜」
「1組の若竹先生は桂大太郎のコスプレしてたな〜。ロン毛のヅラに和服着てさ。何回か風でヅラが飛んでったらしいけど(笑)」
千穂とつばさがそう話す通り、確かにその二人はコスプレ姿が決まっていた。特に年が近く話す機会も多い若竹に至っては、コスプレすると杉谷に事前に言っており、和服を買いに行ったという話も直接聞いていた。つい先程まですっかり忘れていたが。そう考えると……自分とコスプレしたらよかったのかと杉谷は思わざるを得ない。
こうしてコスプレの話で盛り上がっている中、日向が公ヶ谷祭でのある教師の姿を思い出して、プププと笑い出す。
「コスプレといえば……あれはでーじ傑作だったさぁ! カオルンのやつ!」
すると、杉谷を含む同じテーブルの者全員、思いっきり吹き出してしまった。その中村の渾身のコスプレはというと……小さなキャップに白衣と、ナースであった。しかもナース服の丈はミニスカートで、足元はガーターベルトとストッキングを履いていた。その格好で、中村は「体調の悪い子は遠慮なくアタシに言ってちょ〜だい」と言いながら学校中を徘徊していたのである。
(中村先生もよくやるよ〜。だいたいあんなサイズの衣装なんかどこで買ったんだよ……)
驚きを通り越して最早呆れる杉谷に、オリビアが更に驚くべき事実を口にする。
「去年だってカオルン凄がったんだすけ〜。……バニーガールのコスプレしてらったんだもぇ」
「ば……バニーガール!?」
それを聞いた杉谷は……もちろん絶句したのであった。
すぐ後ろのテーブルでコスプレの話題が出ているので、莉麻はそれに便乗してみる。
「栗山先生は何かコスプレしたことあるんですか?」
莉麻が訊くと同時に、来美・優香子・慶吾も興味があるのか食べながら身を乗り出してくる。同じテーブルの面々で唯一、凜だけは興味なさそうに黙々と肉を食べているが。
当の栗山はというと、ニッコリ微笑んで包み隠さず答えてくれた。
「若い時は何度かしたことあったよ。……今はもう俺も年だからしないけどね」
「えっ! どんなコスプレしてたんですか?」
来美が更に質問すると、栗山は思い出しているのか少し考え込んだ後、こう答えた。
「色々やったけど……一番楽しかったのは長山監督のコスプレかな? 何回もチームを優勝に導いた名将だし尊敬してるからね。あの時は敢えて髭を剃らずに少し残してたなぁ。青髭になるように」
懐かしそうに話す栗山に、最初に訊いた莉麻をはじめ生徒達は目を丸くする。いつも穏やかで落ち着いた性格の栗山がコスプレまでしてはっちゃけるなんて……と。その一方で、物知りで知識自慢しがちな慶吾がここぞと言わんばかりにひけらかす。
「長山監督は現役時代の背番号は3で、主にサードを守ってたんですよね? 現役時代も当然素晴らしい成績だったんだけど、長山監督はちょっと天然なところもあってね、ホームラン撃ったのにベースを踏み忘れて無効になっちゃったこともあるんだ。あとは忘れ物をした日に限ってホームラン打ったこともあるらしいよ。あとは申告敬遠されるのを嫌がって……」
長山監督について長々と蘊蓄を垂れる慶吾だが……「うんうん」だの「すごーい」だの相槌を打ち、真面目に聞いているのは来美と栗山だけだ。特に栗山は「若いのによく知ってるねぇ~」と感心した様子だ。しかし、それ以外の面々はそうでなく……
「……また始まったわね」
優香子がうんざりした様子で呟き、莉麻もうんうんと頷く。また、凜も無表情のままただただ食べているだけだ。そんな中、栗山達のいるテーブルに店員が近づき、何か料理を持ってきた。
「お待たせしました! MAX激辛スンドゥブチゲでございます」
その料理を見た瞬間……ほぼ全員が度肝を抜かれた。土鍋に入ったスンドゥブチゲは一般的なそれと同様赤く、中央には生卵がのっているものの……無数の唐辛子がプカプカと浮かんでいる。唐辛子は赤いものと青いものがあり、慶吾はその匂いを嗅いだだけでむせてしまう。しかし、これを頼んだ凜は涼しい顔で自分の前へと持っていく。
「こ……こんなの食べるの……? ……生田目君」
特に甘党の優香子はかなり引いた様子で、震える声で凜に訊く。しかし、凜は涼しい顔のままあっけらかんと答える。
「あぁ、これくらいなら普通に食えるぜ。…………うん、なかなかうめぇな」
夏休みに食べた激辛麻婆豆腐と違って誰も食べたそうにしないので、凜は早速スプーンで一口掬って口に運ぶ。まるで普通のスープを飲んでいるかのように。しかも美味しいと普通に言う凜を、優香子達は茫然と眺めていた。副担任の栗山も苦笑いしながらこう口走る。
「……生田目君は凄いねぇ、こんな辛そうなの食べれて」
「先生も頼みます? 美味いっすよ」
「いや~、先生はちょっと……もう年だからねぇ」
あろうことか激辛スンドゥブチゲを勧めてくる凜に、栗山はやんわりと断った。
★
一方、貴大は焼肉を食べる傍らニコニコ笑いながらやたら饒舌に話している。その表情は何か良いことがあったのか、心なしか嬉しそうにも見える。
「でさ~、部活の模擬店やってたらすっごい可愛い子が来てさ」
しかし、貴大の話を聞いているめぐる・英玲奈・未夢は……どういう訳か鬼の形相になっている。めぐるに至っては焼肉を食べる手が完全に止まり、腕を組んでいる。女子三人からこんな怖い表情を向けられていることに気付いていないのか、貴大はまだベラベラと話を続けている。
「思い切って声を掛けたらそのまんま意気投合しちゃったんだよな~。で、休憩の時に一緒に色々回って」
貴大と同じく男子である寛斗も一応話は聞いているようだが、相槌を一切打たず無表情のままだ。その状態で、ただひたすら片面が焼けた肉を裏返している。
「しかも公ヶ谷祭終わってからも二人で会ってたんだ。一緒にご飯行ってそのまま……」
ここまで貴大が言ったところで……遂にめぐるが痺れを切らし、握り拳でテーブルをドン!と叩いた。
「あ・の・な!! ターちんのナンパ話なんか誰も興味ねぇっての!!」
「ええっ!?」
ハッキリと興味ないと言われ、貴大はショックを受ける。しかも興味がないのはめぐるだけでなく……
「ナンパなんかいつもしてるじゃ~ん」
「関西人が関西弁喋ってんのと同じっしょ、ターちんがナンパすることなんて」
未夢はため息をついてから、英玲奈は頬杖を立てて吐き捨てた。そして寛斗も冷たい視線を貴大に向ける。
「どうせまた一夜限りの関係で、他の娘と同時進行なんだろ?」
確かに貴大はナンパはおろか二股三股の常習犯で、何度も公ヶ谷タイムズのネタにされているほどの前科があるので、寛斗達がそう推測するのも無理はない。だが、貴大にとって今回はそうでないらしく、首を横に振っている。
「ち、ちげぇよ! 今回は……本気だから……!」
そうは言っても……めぐる達他の面々からは「はいはい」とあしらわれるだけだった。貴大がシュンとしょげる中、めぐるはチャンスと言わんばかりに話題を変える。
「なぁ、この公ヶ谷祭で一番頑張ってたのって誰だと思うー?」
この質問に真っ先に答えたのは……寛斗だ。
「やっぱ……すー様じゃないか? リーダー頑張ってくれたし、アイデアも色々出してくれてたからな~」
これに対し……めぐるはなぜか不貞腐れた顔をする。
「え~、私だって副リーダーやってたじゃん」
「いやいや、めめちゃんだって頑張ってたよ。ただ、一番頑張ってたのはすー様かなって」
寛斗は少し慌てて弁解したが、めぐるはそこまで怒っていないようですぐに笑顔に戻る。
「冗談だよきよみー。まぁ私も一番はすー様だって思うんだよね~。そもそも割り箸鉄砲提案してくれたのすー様だし。接客も片付けもすー様はしっかりやってたからな~」
「…………」
まさかの菫を持ち上げる展開になってしまい、未夢は面白くなさそうな表情になってしまう。そればかりか、隣に座る英玲奈までもが菫を褒めている。
「そーいえばあのナルシスト(龍星)の妹さんが来た時、景品切れてたのに菫は自分のキーホルダーあげてたよね? そこは確かに凄いじゃんって思ったわ」
「そうそうそう! そこもだよな~!」
「え!? あのリンゴ犬のやつ? すー様気に入ってたのに……」
英玲奈の話にめぐるが同調し寛斗も反応する中……未夢は更に複雑な表情を浮かべたまま、レモンスカッシュを飲んでいた。
その菫達のいるテーブルは寛斗達の斜め前で、彼らの話は菫にもバッチリ聞こえていた。嬉しい半分照れ臭くなりながら、菫はビール代わりのウーロン茶を煽る。すると、ちょうど向かいに座っている直が肉を大量にのせた皿を菫に差し出してきた。
「宮西さんいっぱい食べてください!」
「あ……ありがとう……。こんなに貰っていいの?」
「もちろんです!」
菫は少し困惑しながらも受け取った。しかし、それを見た和馬が早速文句を言う。
「おい上川畑! 宮西にだけやってないで俺にも分けろよ」
「ちょっと待ってくださーい」
和馬に呼ばれるがまま、直は網から焼けた肉を数枚取って皿にのせて渡す。肉を焼き始めて以来、直はこうして肉を焼いては取り分ける係を率先してやってくれている。運よく菫と同じテーブルになったからには、彼女に良いところを見せたいようだ。直は続いて隣に座る佳之にも肉を取り分ける。
「ばったん、僕カルビあんまり好きじゃないんだよね~。脂っこいし」
「あっ……ちょっと待ってください」
佳之はそう言ったものの……網の上あるのはカルビやホルモンなど脂っこい肉ばかりだ。見かねた菫は先ほど直に取り分けてもらったハラミを数切れ取って、佳之の皿に分けた。皿も箸もこの時点では未使用なので、汚くはない。
「よかったらこれ食べたら?」
「あ……ありがとう」
自分が分けた肉を佳之に分ける菫を見て、直は一瞬だけ心が痛むも、何とか気を取り直して次は羽衣に肉を配る。
「よし、これでOKですね!」
全員分を配り終え、直は満足そうに鼻息を荒げた。そして直はいただきますと言うべく手を合わせるが……菫はあることに気付き待ったをかける。
「ちょっと待って……ばったんのは?」
「……あ!!」
肉を焼く係を務めた直の皿には……肉が一つもない。どうやら直自身も焼いたり取り分けたりすることに気を取られていたのか、自分の分がないことに全く気付かなかったようだ。恥ずかしそうに顔を赤らめる直に、菫はクスクス笑いながらまたも自分の分を今度は直へと分ける。
「はい、ばったんもコレ食べてね~」
「僕のもどうぞ」
「私のも……」
「ったく、何やってんだよ」
菫だけでなく佳之・羽衣・和馬にも分けてもらい、直は恥ずかしそうに「ありがとうございます……」と呟いた。こうして漸く菫達のテーブルの面々も肉を食べ始めた。
「そういえば結構話題になってたみたいですね〜。よっしー君達のコスプレ」
直が話題にするや否や、すぐに和馬は表情を変え……かなり不快そうな顔になっている。それに気付いた菫はギョッとするも、直は気付いていないのか話を続ける。
「特によっしー君は結構お客さん呼び込んでたんですよね? イケメンだから女性ウケがいいってホリトモ君が……」
「うるせぇよ! ……それ以上にやな客がいたんだよ。……嫌なことをほじくり返しやがって」
和馬からギロリと睨まれ、直は一瞬だけ怯んでしまう。しかし、直は負けじと話を続ける。
「……ま、まだ引きずってるんですかぁ? は、春の甲子園のこと。で、でもその割に野球部のリアル野球盤に……」
「………………」
直がそこまで言ったところで、和馬は更に怖い顔でガンを飛ばす。これ以上気分を悪くさせるなと牽制するかのように。ここまでされると……流石の直も「あっ……ごめんなさい」とだけ言い、それ以上は何も言わなかった。
(よ、吉田君……何かあったのかしら? 春の甲子園で……)
側で聞いていた菫も、何があったのか正直気になってはいる。が、当の和馬の反応がああなので……流石に聞くに聞けない。菫は再び肉を焼き始めた後で話題を変える。
「そ、そういえば……伏見さん! 私見せてもらったわよ、あの演劇部の劇」
動画で羽衣の素晴らしい演技を見せてもらったことを思い出し、菫は本人にその話題を振った。羽衣とは普段はあまり話すことはないので少し緊張したが。
「あっ、僕も見ましたよ! 確か町娘の役ですよね?」
菫が話題に出すや否や、直も食いついて口を挟んできた。佳之も同じことを思ったのか少しだけ前のめりになっている。和馬は相変わらず無愛想なままだが。
そして当の羽衣は……菫に話題を振られた時はビクッとしていた。それでも構わずに菫は話を続ける。
「伏見さんがあんなに堂々としてるの初めて見たわ〜。凄く素敵な演技で見惚れちゃった」
「僕もそう思います! 他の部員さんよりも伏見さんが一番上手かったです!」
菫と直に褒められた羽衣は、恥ずかしそうに俯きながら「あ……ありがとう……」とだけ言うのがやっとだった。あの劇の時とはまるで別人のような、普段通りのか細い声と控えめな態度で。
「…………」
ちょうどその時、菫達のすぐ隣のテーブルにいる莉麻がこちらをチラッと一瞥した。目が合ったのは羽衣で……羽衣はギョッとした後、直ちに莉麻から目を逸らした。
★
楽しい時間はあっという間で、気がつけばラストオーダーの時間になっていた。27歳の菫や教師の杉谷と栗山はもちろん、大半のクラスメイト達がお腹いっぱいになり、デザートや飲み物をオーダーする。ただ、大飯食らいの悠太だけは相変わらず肉を数人前オーダーしていたが。
ラストオーダーを頼んだ後、萌はトイレに向かった。しかし、この焼肉屋の女子トイレの個室は二つしかないうえ、どちらも使用中である。なので、萌は仕方なくトイレの前に立って待っている。やはりスマホでちょっとした暇つぶしになるゲームをしながら。
「あっ、ミスった……クソッ……」
このゲームは同じ色の水を同じ瓶に移していくゲームだ。うっかり水を移し替える順番を間違え、萌は悔しい気持ちをつい口に出してしまう。結局このミスのせいでゲームオーバーになってしまい、萌がまた最初からやり直そうとしたところで……足音が聞こえ、どんどん近付いてくる。
「よ!」
声を掛けてきたのは……日向だ。萌は日向を見るなりどういう訳か苦笑いする。
「……う、うみんちゅもトイレ……?」
「やさ。ジュースいっぱい飲んで行きたくなったわけさぁ」
「あっそ……」
敢えてそっけなく返事されたうえ、そっぽを向かれたというのに、日向は全く意に介さず……
「……っ!」
それどころか萌の肩に腕を回してきた。もちろん二人の距離が縮まるどころか密着してしまう。だが、日向は顔を真っ赤にする萌の気など知らずに、ゲーム中のスマホの画面を覗いてくる。
「なぁ、何のゲームやってるが〜? ……って!!」
密着したまま日向は萌にそう訊くも……肩に回した手の甲をつねられ、思わず悲鳴を上げた。その弾みで腕も萌の肩から離れる。痛がる日向に、萌はハッキリと小言を言う。
「やめてよ、皆で打ち上げやってる時は」
「いやでも……今俺ら以外誰もいないさ〜、ここは」
「これから誰か来るかもしんないじゃん! バレたくなきゃ人前でこんなことしないの!」
「……ご、ごめんさぁ」
言い訳する日向に、萌は唇に人差し指をつけながらしっかり釘を刺す。喜ぶどころかこうしてしっかり注意されたので、日向は平謝りした。すると、萌は再び顔を赤らめながらも……日向に笑顔を見せる。
「……こういうのは二人きりの時にすればいいじゃん。……何回でもしていいんだから」
照れ臭そうに告げる萌に……日向も嬉しそうにニヤニヤする。
「じゃあ今度のデートの時にでも……」
「はいはい。……てゆーか早くトイレ行ってきなよ。男子トイレも満員なの?」
「いや見てないさぁ。……モエと一緒にいたから忘れてたさ〜」
「何なのよそれ……あ、女子の方空いた」
間もなく女子トイレのドアが開き、萌は3組の誰かではないかと疑いドキッとしてしまう。だが出てきたのは40代ぐらいの全く知らない女性で、萌はホッとする。そして萌と日向はお互いに手を振り合い、それぞれトイレへと入って行った。
(…………ぇええええ!?!?)
萌と日向の親密そうな様子を見て……菫は思わず両手で口を覆ってしまう。実は菫もトイレに行きたくなり、萌の元に日向が接近した数秒後に近くまで行っていた。この二人が何やら話し込んでいる様子なので、気付かれないように黙って見ていたところ……日向が萌の肩に腕を回すところをバッチリ目撃してしまったのだ。
(これは……確実にデキてるわね。でも今のところ恐らく私以外で誰も知らないし、二人ともまだ誰にも言ってなさそうだし……)
一瞬とはいえここまで密着していたので、二人の関係は99.9%ただの友達ではないのだろう。人知れずニヤッとするも、菫は見なかったことにし、何事もなかったかのようにトイレが空くのを待っていた。




