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65ページ目 菫さんの責任重大な文化祭 前編


 9月23日、この日の空の色は朝から綺麗な青色で、もちろん雲一つもない。皆の期待通りカラッと晴れたこの天気は、まさに文化祭にピッタリと言えよう。

 公ヶ谷高校の校門には、いつもと違って派手な入場ゲートが置かれてある。その入場ゲートにはデカデカと「公ヶ谷祭」と書かれているほか、色とりどりの風船で飾りつけがされている。また、入ってすぐに白いテントが立てられ、中庭には美術部が描いたと思われる大きな絵をバックにした特設ステージもある。

 そして約3ヶ月前の体育祭以来に、グラウンドにて花火がドーンと上がった。


 遂に公ヶ谷祭の幕が上がった時、2-3の面々は教室にいた。クラス全員が栞里デザインのクラスTシャツを着、中央に向かって手を伸ばして重ね合わせ、円陣を組んでいる。もちろん新参者の颯も少しばかり照れ臭そうにしながら円陣に加わり、手を伸ばしている。まずは沙希が「男前盛り上げ番長」の名に恥じぬよう、音頭を取る。


「じゃー行くよ!


正義はー?」


「「「勝ーーーつ!!!」」」


 今回は文化祭なので勝ち負けはないものの、沙希はいつものこのフレーズを使う。よっぽどこの言葉が好きなのね……と思い、手を伸ばしながら菫は思わずふふっと笑う。と、ここで沙希は……


「じゃあここからは……違う人に声出ししてもらいまーす!」


 珍しく声出し担当の交代を告げる。皆が口々に「えー?」「誰ー?」と言ってざわめく中、沙希は少し溜めてから指名する。




「ここは…………リーダーのすー様!!」


「…………ええ〜〜〜!!」




 またもリーダーだからという理由で、今度は声出しに指名され……菫は呆気に取られる。ただただ驚き呆れてポカーンとしてしまうが、皆は構わずけしかけてくるので、菫は急ピッチで何を言うのか考え口を開く。


「あっ、あの……えっとぉ……皆、準備お疲れ様です……」


 何とか絞り出したと同時に、その場がドッと笑いの渦に包まれる。もちろん「もう?」「まだこれからだろ〜」などとツッコむ声も飛び交う。尤も、菫はこのために時間を裂いて準備に参加してくれた皆に感謝しており、今思っていたことを口にしただけのことだが。菫もつられて笑いながら、次に何と言うのか必死に考え、これからの本番に向けて更に皆に発破をかける。


「えーっと……皆これだけ頑張って、毎日朝早くから放課後までみっちり準備してくれたので……きっとお客さんいっぱい来てくれます! 今日も皆で力を合わせて頑張りましょう! そして……文化祭、目一杯楽しみましょう! さぁ行こう!!」


「「「オーーー!!!」」」


 少々しどろもどろになりながらも菫は何とか言い切り、皆もそれに応えて掛け声を発してくれた。そして円陣を組んだ後は例によって拍手も上がる。何とか声出しの役割を果たした菫はホッとしていた。


(あー……すっごく緊張したわ。こういうの慣れてないから。それにしても……やっぱり皆一緒のクラスTシャツっていいものね! より皆で団結してて「青春」って感じだし。それに、私って本当にこのクラスの一員なのね……って思っちゃう)


 自分を含むクラス全員が着ている、表側は全く同じデザインの水色のTシャツ……それを見て、菫は一体感を感じてついニッコリ笑ってしまう。このTシャツのおかげで、人混みの中にいても2-3の一員であることが一目でわかる。ただ背中の番号と名前代わりのキャッチコピーだけはそれぞれ違うけれど、それも皆の人となりが一目でわかって面白いと菫は思っていた。


 円陣で気合いを入れた後も、ほとんどの生徒が興奮醒めやらず教室内は盛り上がっていたが……知輝は珍しくため息をついている。


「どーしたんだよホリトモ!」


「せっかくの文化祭なのにシケた顔すんじゃねーよ」


 背中に「プチプラ大好きお坊ちゃん」と書かれた寛斗と、「クラス一うるさいのは俺だ!」と書かれた真二が知輝に声を掛ける。すると、知輝はどうやら自分のキャッチコピーに納得いかないらしく……


「何だよコレ……「三度の飯より乳が好き」って!」


 と訴えた。だがそれとは裏腹に、真二と寛斗の表情は冷ややかだ。


「……思いっくそ事実じゃねーか」


「事実だから仕方ないじゃん」


「ええ〜〜? もっとカッケーのがいいのに〜! ……確かに事実だけどさ」


 二人にあっさりとそう言われ、知輝は心外な表情を浮かべる。が、そこにめぐると沙希が寄ってきて、知輝にとどめを刺す。


「乳が好きってまだいい方じゃん! ネモちゃん優しいんだから」


「私なら絶対「3組一のエロガッパ」って書くわ」


「…………」


 辛辣かつ厳しい言葉を浴びせられ……知輝は絶句してしまった。



 このクラスTシャツを着ているのは生徒だけではなく、円陣を組む皆を見守っていた杉谷と栗山もだ。特に杉谷は満足げに目を輝かせ、その様子を眺めていた。


「いや〜、いい光景ですね〜。皆団結してて」


「そうだねぇ杉谷先生。……でも恥ずかしくないのかい? 生徒にまでそんなこと書かれて」


「うっ……」


 栗山に指摘され、杉谷は口篭った。杉谷のTシャツの裏面に書かれていたのが、「お酒には気をつけてね!」だったからだ。なお栗山には「教師歴35年の大ベテラン」と書かれてあった。




 こうしていよいよ「2-3輪ゴム射的場」が開店する。そのオープニングスタッフにはリーダーの菫と副リーダーのめぐるを始め、帰宅部の凜・颯・萌。そして部活で模擬店や出し物があるため時間交代制で、彩矢音・直・つばさがこの時間を担当する。この八人が教室で店番をする一方、別の役割を担当する者もいて……。


「……あははははっ!」


「なかなか様になってるじゃないですか〜」


「皆似合ってるんですけど〜」


 知輝・和馬・幸輔の格好を見るなり、めぐる・直・「ゲーム配信見てね!」と背中に書かれた萌を始め、皆が笑い出す。なぜなら、この三人は顔だけコスプレをしているからだ。知輝は黒縁丸眼鏡をかけて頭の上には竹とんぼのようなものを着け、和馬は太くて濃い眉毛ともみあげをマジックで書き、幸輔は帽子を目深に被って顎につけ髭をつけている。なお、和馬は「二学期こそサボっちゃダメよ」、幸輔は「テストでも余裕で遅刻します」と背中に書かれてある。


(やっぱり文化祭にこういうコスプレってつきものよね! 三人とも……なかなか面白いじゃない)


 もちろん、この三人が何のコスプレをしているのかは菫もわかっている。キャッチコピーが「生粋のアメリカ生まれアメリカ育ち」の彩矢音でもわかるようで、ゲラゲラ笑っている。


「ねぇコレのび夫とテューク南郷と時元太介でしょ〜?」


 彩矢音の言った通り、射的ということで知輝・和馬・幸輔は国民的銃使いキャラに扮している。これはめぐるのアイデアで、帽子や竹とんぼなどは彼女と菫で前日に用意したものである。この三人がコスプレをしたうえでやることは……客引きだ。なので三人とも「2-3輪ゴム射的場」「3回100円」「バンバン撃って楽しもうぜ!」「参加賞もあるよ」などと書いた、ダンボール製の看板を持っている。

 このように皆には大いにウケているものの……知輝達三人は恥ずかしいのかモジモジしている。


「な……なんで俺らだけこんなコスプレしなきゃいけねーんだよ……」


「なぁ……」


「恥ずかし過ぎるだろ……」


 そうこぼす知輝・和馬・幸輔に、めぐるは単刀直入に答える。


「だってあんたら三人、店にいても何もしなさそうだし。じゃ、この調子でバンバンお客さん呼び込んできてね〜!」


 笑顔で知輝達を送り出すめぐるに続き、「好みも態度も激辛なモテ男」の凜と、「泣く子も黙る元エース」の颯も笑いながら牽制する。


「いつもみてーにサボるんじゃねーぞ」


「ちゃんと色んな人に見せてこいよー、お前らの勇姿をな!」


 他の店番組も皆手を振っており、とても拒否できる雰囲気ではないので……知輝・和馬・幸輔は渋々教室を出ていった。

 一方、教室に残っている菫やめぐる達はワクワクしながら客を待っている。


「どれぐらい来てくれるかな〜」


「楽しみだね〜」


「きっといっぱい来てくれますよ! 文化祭なので子供ちゃん達だって来てくれるでしょう?」


「ね。射的やってるクラス他にないものね」


 めぐる・彩矢音・直・菫はワイワイ話しながら客を待っている。文化祭のマップを見てみると、他に射的をするクラスはないようだ。しかも、当初に案が出たお化け屋敷は二つ、カフェに至ってはこの文化祭で四つもある。尤も、前者は和風と洋風、後者はメイドカフェ・コスプレカフェ・和風カフェ・バー風カフェとしっかり差別化はしているようだが。

 そんな中、客がまだ来ないので暇つぶしに予備の銃を作っている颯を見て……凜がポツリと呟いた。


「まるで……反社のテキ屋みてーだな」


「……あ? 生意気なこと言ってたら撃つぞ」


「……人に向かって撃つなって書いてるだろここに」


 ムッとして凜に銃口を向ける颯だったが、凜は冷静に注意書きのポスターを指差し、他の皆は爆笑するだけだった。



 ちょうどその頃、「2-3輪ゴム射的場」の前にはある生徒の姿があった。背中に「うみんちゅしまんちゅうちなんちゅ」と書いてあるその彼は今、店番には当たっていないのだが。それに気付いた萌は声を掛ける。


「う、うみんちゅ……何してんのよそんなとこで」


 日向はわかりやすくビクッとした後、どういう訳か上擦った声になってしまう。


「な、なんね!? 急に話しかけるんじゃねぇさぁ……」


 明らかに動揺した様子の日向とは裏腹に、萌は冷静な態度だ。


「だってうみんちゅ……なんでいるわけ? 店番やんの昼からじゃん。てか部活の方行かなくていいの?」


「もうちょい後でも大丈夫さぁ。これから妹と弟が来てくれるから待ってるばーよ」


「えー、そうなんだ! うみんちゅの妹さんと弟君に会えるの楽しみなんだけどー。……皆にも言ってこよーっと」

 

「あいっ、ちょっと待てさー!」

 

 日向が止めるのも聞かず、萌は皆に知らせるべく教室へと戻って行った。程なくして教室内はわっと盛り上がり、直に至っては興味津々な様子で教室を出てきて、日向に聞いてくる。


「うみんちゅく〜ん、妹さんに弟君ってどんな人なんですか〜?」


 ニヤニヤしている直に、日向はうんざりした様子でため息をついてから口を開く。


「どんな人って……二人とも俺と同じで色黒さー。でも妹の方は嫌がってるさー」


「そうなんですね〜。お客さん第一号がうみんちゅ君の妹さんと弟君ですか……来てくれるなんて仲良いんですねぇ」


「売り上げのために来いって言っただけさー。……あ! こっちさー!」


 日向が何かに気付いて手招きした先には……髪をポニーテールに結えた中学生ぐらいの女の子と、彼女に手を引かれた小学生ぐらいで坊主頭の男の子がいる。日向の言った通り、確かに二人とも色黒だ。兄に呼ばれた二人は笑顔でこちらまで駆け寄ってくる。


「「日向にーにー!」」


「おーう!」


 売り上げのためとは言ったものの……その割に日向は嬉しそうに妹と弟を出迎えた。




 雛壇のような三段の棚にずらっと並べられた紙コップの的に、点数ごとに並べられている様々な景品。景品は点数によって選べるようになっており、1〜2点・3〜4点・5〜6点・7点以上と四段階ある。的は上から5点・3点・1点と点数が定められており、1回で3発撃てるので、欲しい景品に合わせた点数の的を狙う。

 日向の妹で中学2年生の渚と、弟で小学5年生の大地はなかなか本格的な射的を見て早速大興奮している。二人とも菫に100円を渡すと、それと引き換えに割り箸鉄砲を貰って更にワーキャーと盛り上がっている。


「何これ? 割り箸鉄砲やっし! 懐かしいさー!」


「俺コレ得意ばーよ! 友達とコレでおもちゃ撃ってるさー!」


 渚は懐かしがりながら、大地は得意げな様子で銃を構え、カチカチと何度か空砲を撃つ。どうやら二人とも割り箸鉄砲で遊んだ経験はあるらしく、大地に至っては現在進行形でよく遊ぶらしい。そんな二人に、直がお目当ての景品を聞く。


「渚ちゃんに大地君、どの景品が欲しいですか!?」


 点数ごとに纏めて置かれている景品をじーっと見て、渚が「あいっ、どうしよっかな……」と考え込むのを尻目に、大地はある物を見て即決する。


「俺あれがいいさー! あり、ゲーム!」


 大地が指差したのは、萌が持ってきたゲームだ。このゲームを獲得するには7点以上を取らなければならず、弾数3回のうち必ず1回は5点の的に当てなければならない。難易度は高いが、大地は自信満々のようだ。そんな大地に、早くもお姉さん達……もとい3組女子達が声援を送る。


「おっ、ゲームにするか!」


「ファイト!」


「大地君なら取れるよ〜」


「いつも遊んでる時みたいに撃てばいいさー!」


 めぐる・彩矢音・萌・そして兄の日向を始め、皆に応援される中、大地は割り箸鉄砲の引き金を引いた。




 あれほどゲームを欲しがっていた大地だったが、結果的に貰った景品は……慶吾が持ってきたルービックキューブだ。期待通りの結果にならなかったので、大地は当然しょげ返っている。

 大地は5点の的に命中させるよう、2回連続で頑張って狙ったものの……2回とも的にかすっただけで、倒すことはおろか当てることもできなかった。その次に3点の的には見事当たって倒れたが。なので大地は仕方なく3〜4点の景品達の中からルービックキューブを選んだのだ。

 そんな大地を、「長距離も短距離もバッチリ走れます」と背中に書かれたつばさが慰める。


「元気出しなって。そもそもルービックキューブもゲームの中の一つだし絶対面白いって」


 更に姉の渚も同調し、大地に元気を出させようとする。


「いいじゃん3点も取れたんだから。私なんか2点さー? それに一つも撃てんよりはいいやっし」


 そう言った通り、渚は手に1〜2点の景品であるお菓子の小袋を持っていた。そして最後の一言には菫も完全同意する。


「そうそう渚ちゃんの言う通りよ。私なんか試しに撃っても全然ダメだったんだから」


 数日前の菫の試し撃ちを皆思い出し、教室内が「やっぱり当たってなかったのかよ……」という空気になる中、大地は目を丸くする。


「アイヤー! ねーねーはじぇんじぇん撃てんかったのが? 本当(じゅん)に?」


「そうよ。だから3点でも撃てる大地君、凄いと思うわ」


 菫は大地に優しくそう言った。この様子を見ている直が複雑な表情を浮かべていることなど知る由もなく。



 一時はしけた顔をしていた大地だったが、菫達のおかげで何度か機嫌を直し、日向・渚と共に2-3の教室を後にした。日向は昼前に水泳部の出し物があり、プールでアーティスティックスイミングを披露する。なので、これからリハーサルに向かうところだ。渚と大地はこれからも引き続き公ヶ谷祭を楽しみ、もちろん水泳部の出し物も観に行くつもりだ。


「じゃ、にーにーはプール行ってくっから。渚も大地も楽しんでこいー!」


「あっ、日向にーにー……」


「ん?」


 渡り廊下に差し掛かり、自分達と別れてプールに向かおうとする日向を渚が引き止める。日向が立ち止まって振り向くと、渚は大地と顔を見合わせて笑い、ニヤニヤしたままこう言った。




「…………あの中にいるば? …………日向にーにーの彼女(いなぐ)さん」


「……!!!」




 日向はすぐさまボンッと顔が真っ赤になった。それから反射的に周りをキョロキョロ見回し、周りに3組の誰かがいないか必死になって確認する。幸い、人通りこそ多いものの同じクラスTシャツを着ているものはおらず、内心ホッとしたが。


「お、大きな声で言うんじゃないさー! 他の奴に聞かれたらどうするが!」


 と言い返した日向だったが、二人ともニヤニヤ笑うのをやめず、渚に至っては……


「これは……いるってことさー! 日向にーにーわかりやすいばーよ」


 そうだと完全に決めつけてしまっている。この有様に日向は未だに赤らんだ顔で俯きながら、これだけ言った。


「…………そんなんはいいから、しっかりうちの店の宣伝してくれー」




 日向と別れた後、渚と大地は中庭まで来ていた。中庭では一部の模擬店があるほか特設ステージもあり、今のところ一番と言っていいほど沢山の人が行き交っている。ここで渚と大地は視線を合わせ、どちらかともなくコクンと頷く。色んな人達とすれ違っていく中、渚は大きく息を吸い込んだ。


「よぉ、大地ぃ」


「どうしたさー? ねーねー」


「さっきの「2-3輪ゴム射的場」、デージ面白かったさ〜!」


「色んな景品貰ったしな〜。それに撃てんでも参加賞貰えるさ〜」


 敢えて人の多いところで大きな声で話していたおかげで……何人かの通行人が振り向いたり、「射的?」「面白いんだー」と興味を示している。ここで渚はもう一押しする。


「景品もでーじばんないあるんだよね〜。それにいい点取れたらゲームソフトとか香水とか、ルイ・ヴェトンのポーチ貰えるし〜」


「あぁ。俺もゲームソフト欲しかったさぁ〜」


 二人が景品の一部を明かしたところで、またも周りの他の客数名が振り向く。そればかりかこんな声まで聞こえてくる。


「えっ、ルイ・ヴェトン!?」


「そんないい景品あんの!?」


「面白そうだし行ってみよーぜ!」


 他の客がガッツリ食いついている様子に……渚と大地は計画通りとでも言いたげにニヤリと笑い、こっそり親指を立てた。二人とも実家が自営業であるので、こういう宣伝は得意中の得意である。




 こうした渚・大地の宣伝もあってか暫く経った後、「2-3輪ゴム射的場」は徐々に賑わいを見せてくる。時間が経つにつれ更に客足はどんどん伸びていき……開店から1時間もしないうちに、射的の台の前にはズラリと人が横に並んでいる。パチンッと小気味よい銃声が次々と鳴る中、見事いくつかの的に命中し、倒れたり下に落ちていく。それに伴って景品の数も徐々に減っていく。


 その間に店番が菫とめぐると帰宅部組を除いて入れ替わり、彩矢音・直・つばさが部活の出し物の方に行った。その代わりに聡太郎・栞里・未夢が手伝いに来た。

 たくさんの客が来てくれているおかげで、的の紙コップはだいぶ倒れていたり下に落ちている。次の客達に少し待ってもらい、その間に菫・聡太郎・栞里・凜が紙コップを拾って再び台の上に立てていく。いかんせんたくさん落ちているので、拾うのだけでもどうしても時間がかかってしまう。


「ちょっと早くしてよ! お客さん待ってるじゃん!」


 キャッチコピーが「目指せ!キラキラ女子」である未夢が痺れを切らして怒号を飛ばす。が、当の客でそこまで待ちくたびれていそうな者はおらず、未夢が一人でイライラしているだけにしか見えない。しかも未夢は明らかに菫の方だけを見て言っている。


(畔柳さん……明らかに私にだけ言ってるわよね。……いつも思うんだけど私何か嫌なこと言ったかしら?)


 未夢がこうして自分にだけ当たりが強いのも、もう慣れっこになったが……やはり菫は納得いかず、聞こえないフリをしながら黙々とコップを拾って並べていく。すると、同じく客の相手をしていためぐるが未夢を諌めた後で客達に謝る。


「みーこ! すぐ終わるんだからもうちょっと待って! すみません、もう少しだけ待っててくださーい!」


「もうちょっとで片付くんで〜」


 萌も客にそう呼びかけたところで、菫のすぐ横にいた凜も未夢を軽く睨みながら呟く。


「リーダーでもねぇくせに偉そうにしてんじゃねーよ」


「…………」


 凜の声が聞こえたか否かは定かではないが、未夢はぷいっと台の方に背を向け、偶然客として来ていた他のクラスの生徒に話しかけに行っていた。

 一方、倒れている最後の紙コップを再び立てようと、聡太郎と栞里が同時に手を伸ばすと……


「!!!」


「あ! ごめん!」


 ほんの一瞬だが、手と手が触れてしまった。聡太郎はすぐさま顔を赤らめて手を引っ込める。だが栞里がすぐに謝ってきたので、聡太郎も慌てて頭を下げた。


「いっ、いや……こちらこそごめん……」


 ただ手と手がぶつかっただけで深々と頭を下げている聡太郎に、栞里も少しだけ顔を赤くしながらもクスリと笑う。


「ううん……大丈夫だから」


 そう言いながら、栞里はすぐに紙コップを直した。一方、聡太郎は手と手が触れた余韻に浸ってしまい、その場から動けずにいた。未だに栞里の手の感触と温もりの残った自分の手を眺める聡太郎に、今度は未夢とめぐるが注意する。


「あっさんさっさとどいて!」


「もう直ったんだろー(これは……指でも触っちゃったか)」


 我に帰って直ちに台から離れる聡太郎を、めぐるは少しニヤけながら見ていた。実はそれを見てニヤけていたのはめぐるだけではない。


「お姉ちゃん、もしかしてあの子かな?」


「……ぽいね。聡太郎の好きな子」


 開いた教室のドアから、聡太郎の姉の紗英と佳奈は弟の大慌てっぷりを面白そうに眺めていた。聡太郎は全く気付いていないようだが。



 更に時間が経過し、再び店番のメンバーは交代した。聡太郎・栞里・未夢・そして副リーダーのめぐるに代わり、寛斗・莉麻・花恋・貴大・オリビアが加わっている。

 教室に戻るなり、「女さんバッチコーい!」と背中に書かれた貴大は自分が持ってきた香水がまだ売れ残っているとわかり、残念そうにする。と同時に、景品棚の裏で一人黙々と作業している颯の存在に気付く。


「パ、パイセン……そんなとこで何してんの?」


 おずおずと訊いてくる貴大に、颯は涼しい顔で答える。


「何って銃作りだよ。見りゃわかんだろ」


「で、でも30丁ぐらい作ったんじゃ……」


 首を傾げる貴大に、颯はあるものを見せる。それは割り箸鉄砲だが……引き金の部分が完全に外れている。これでは当然、撃つことはできない。


「あぁ。でもたまに壊れるからな。だからこうしてまだまだ予備の銃を作ってんだよ」


「へぇ〜」


「お前も手が空いてるんなら手伝ってくれよ」


 颯はそう言いながら、まだ割り箸が沢山入っている袋を貴大の前にドンと置いた。


 教室のすぐ前では莉麻・花恋・オリビアが客をどんどん呼び込んでいる。特に「去年のミスコンNo.1!」である莉麻が客寄せパンダになっており、特に他学年や他クラスの男子はもちろん、他校の男子までもが莉麻に誘われ、どんどん2-3の教室へと入っていく。それぞれ「振られなくても最上級に可愛いの!」「こう見えて南部弁とせんべい汁が得意なっす」と背中に書かれた花恋とオリビアも負けてはいないが。

 こうしてどんどん忙しくなってきた中、時刻は11時30分を指していた。再び紙コップの的を直している菫に、寛斗が声を掛ける。


「もうちょいでお昼だし、すー様も色々回ってきたら?」


「えっ、いいの? 忙しいし、私リーダーなのに」


 リーダーなのでこれまでずっと教室に残り、店番をしていた菫は目をパチクリさせて聞き返す。だが、寛斗は笑いながら「いいよ」と言い、そのまま話を続ける。


「もうずっと店番やってくれてるじゃん。せっかくの公ヶ谷祭だしさ、すー様も楽しまないと! 店番は俺らでやっとくから」


「俺らも別にいいけど。なぁ、万波」


 話を聞いていた凜も口を挟み、颯も数回頷く。よくよく考えると……公ヶ谷高校に来てから初めての文化祭だというのに、菫はまだ教室から一歩も外に出ていない。いくらクラスの出し物のリーダーであっても、少し勿体なく思えてきた。なので、菫はこの際お言葉に甘えさせてもらうことにした。


「あ、ありがとう! じゃあちょっと回らせてもらうわね。すぐ戻るから」


「まぁそう言わずにゆっくり回ってきなよ」


「んだじゃそうだじゃ! 一人や二人抜げでも私らがいるすけ大丈夫だって!」


 いつの間にかオリビアも教室に戻っており、寛斗に続いて菫に他の模擬店なども回るよう勧める。すると、「一人や二人」と聞いて萌がピクンと反応し、おずおずと手を挙げる。


「あ、あの……私もちょっと抜けていいかな?」


「今川さんも? 凜、パイセン、いいよな?」


 寛斗は一旦凜と颯に訊いたところ二人も快諾し、菫と萌が一旦抜けることとなった。そうと決まると萌は既に回りたいところがあったのか、すぐに教室を出て行った。


「じゃあ行ってきます! 何かあったらまた連絡して」


「あっ! すー様」


 菫も萌に続いて教室を後にしようとしたが、寛斗に引き止められた。何のことかと思い、菫は立ち止まって振り向く。


「どうしたの? 清宮君」


「そろそろお昼時だし……よかったらアメリカンドッグでも食べてって。……うちの部活の模擬店で売ってるから」


 寛斗は照れくさそうにそう言った。菫は「あ、そういうことね……」と思いながらふふっと笑う。


「アメフトだけにアメリカンドッグって訳ね。わかったわ、後で寄ってみるわね」


 ちゃっかりと自分の部活の模擬店を宣伝した寛斗に、菫は笑いながら手を振って教室から立ち去った。

 



 公ヶ谷祭はかなり大盛況している模様で、廊下も沢山の人でごった返している。同じ公ヶ谷高の生徒はもちろん、その父兄や兄弟、更には他校の生徒の姿もある。皆ワイワイ騒いだりおしゃべりしていて楽しそうだ。こうした普段と違う文化祭独特の学校の雰囲気に、菫は懐かしさを感じている。


(やっぱり文化祭ってどこの高校もこういう雰囲気よね……一回目の高校の時もこんな風にワイワイした感じだったわ……)


 沢山の人が行き交う中、菫は地図を手に持って先へと進む。最初の目的地は、寛斗が宣伝したアメフト部のアメリカンドッグ屋である。

 こうして行き先も決まったものの……菫は少しだけ寂しげな表情を浮かべた。


(色々回る時間くれたのはありがたいけど……一人かぁ。いや仕方ないじゃない、他の皆忙しいんだから……)


 周りをざっと見てみると、自分以外の誰かは複数人で回っている。友達同士だったり、はたまた先輩後輩、あるいはカップルや家族連れのいずれかだ。そんな状況に菫は少しだけ寂しくなってしまう。が、めぐるなど他のクラスメイト達は皆部活の出し物もあって忙しい。なので菫は完全に諦めモードで、ぼっちを満喫しようと考えていた。


 すると……。


(……ん? あの後ろ姿は……)


 ふと菫の目に留まったのは……黒髪のショートボブをハーフアップに結えた女子の後ろ姿だ。彼女は5組のクラスカラーであるピンクのTシャツを着ている。しかも彼女も近くの人と話したりしている様子はなく、どうも一人で行動しているようだ。

 菫は彼女を目で追いながら早歩きで接近し、背後から肩をポンと叩く。


「あ! 菫ちゃんじゃない!」


「琴ちゃん!」


 菫に肩を叩かれたのは、公ヶ谷高に編入前から顔見知りかつ同じ新聞委員で、彼女の実年齢も知っている琴葉だ。ここ最近はクラスの皆との付き合いがあったり、公ヶ谷祭の準備で忙しかったりと、少しご無沙汰であったのだ。振り向くなり、琴葉はパッと笑顔を見せる。


「菫ちゃん久しぶり〜! ……もう慣れてきた? また時代遅れの「青春」について語ってない?」


「まぁ慣れてきたわよ……3組の皆のおかげでね。それにしても私の青春感ってそこまで時代遅れかしら?」


「うん」


「うんって!! ていうか琴ちゃん、もしかして……1人?」


 ハッキリ言う琴葉に少しショックを受けながら訊くも、琴葉は期待通りの返事をしてくれた。


「そうよ。今ちょっと自由時間なの。……もしかして菫ちゃんも?」


「うん! ……よかったら一緒に回ってくれない? 流石にこんな状況で1人なのは……ね?」


 やはりもじもじしながら、菫はダメ元で訊いてみたが……思いの外、琴葉はすんなりOKしてくれた。


「もちろん! 確かにこの公ヶ谷祭で1人なのはちょっとね〜。誰かと回った方が青春楽しんでる感じよね!」


「やっぱり琴ちゃんもそう思うわよね!」




 ちょうどその頃、屋外プールでは水泳部のアーティスティックスイミングが開催されていた。皆で息をピッタリ合わせて演技をする水泳部員の中には、日向の姿もある。そしてもちろん、渚と大地も観に行っている。

 その演技に見惚れてしまう中……渚はある人影に気が付いた。




(あの人……射的の時にもいたさぁ。もしかして日向にーにーの彼女(いなぐ)さんって……うふふ)




 弟の大地にもバレないように、渚は人知れず笑みを浮かべるのだった。


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