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62ページ目 菫さんとクラスに馴染みたい元エース


 挨拶と共に杉谷が教室に入り、それに続いて颯もおずおずと入ってくる。廊下側の一番前の席の菫には真っ先に颯の姿が見え、前にお見舞いに行った時からの変貌振りに思わず目を見張る。


(万波さん……銀髪やめたのね! しかも頭丸めちゃうなんて……!)


 まさかの颯の断髪に驚くと同時に、菫には彼の本気度がひしひしと伝わってきた。もう非行には二度と手を出さず、2年からやり直してこれからは真っ当に生きてやるのだと。尤も、そのためにこの2-3の教室にいる訳なのだが。

 

 ただ……


(……これはこれでちょっと怖い……かも……)


 元ヤンである颯の坊主頭が……菫にはどうしても厳つく見えてしまう。下手すると見た目の怖さは銀髪だった頃とあまり変わらないかもしれない。しかもピアスに金のネックレスをつけていることも相まって。


(もしかすると……皆ビックリしてるかもしれないわね……。私はヤンキー時代の万波さんしか知らないけど、このクラスの大半は「水泳部エース」の万波さんしか知らない訳だし……)


 そう思いながら菫は恐る恐る振り向いて、他のクラスメイト達の反応を伺ってみる。すると案の定……生徒の大半が呆気に取られ、ポカーンと見つめていた。中には杉谷と同じようなことを考えているのか、戦々恐々としていたり困惑の表情を浮かべたり、少し引いたような表情になっている生徒もいる。ただ菫と同じくヤンキー時代の颯を知っている寛斗・日向・凜・幸輔はこの限りではない。寛斗は菫同様に坊主頭にしたことに驚いているようで、日向は早速目を輝かせ嬉しそうにニコニコしている。逆に凜と幸輔は特にリアクションせず無表情のままである。


「え!?」


「だ……誰?」


「もしかして……万波先輩?」


「えっ、あの水泳部の!?」


「誰かと思った……」


 そればかりかこうして教室内にどよめきが起こってしまう。その声は当然颯の耳にも入っており、皆のその表情もしっかり見ているので……颯はどんどん肩身が狭くなり、つい俯いてしまう。


「はい皆静かに~! 今日はこれから3組の新しい仲間の紹介をするぞー」


 杉谷が皆を静め、高らかに宣言したところだった。




「よっ! 待ってましたぁーーー! 万波さ~ん!」


(!!!! ちょっ!!)




 あろうことか、ここで満面の笑みを浮かべた日向が普段通りの大きな声で掛け声をかけてきた。他の皆が一斉に日向の方を見る一方、颯は当然ビクッとして動揺してしまう。それと同時に更に恥ずかしくなり、日向に対して何やってんだよ!と思わざるを得なかった。みるみるうちに顔が紅潮していく颯の横で、杉谷は面白そうにハハハと笑う。


「上原はよく知ってるし、お世話になってるからなー。じゃあ万波、ではそろそろ自己紹介を……」


 杉谷が自己紹介をするように促すと、颯は一旦上を向いて一度だけ深呼吸をする。それから目の前にいるクラスメイト達の方をまっすぐ見て、口を開いた。




「……えー、ひゅ、日向の言ってる通り……きょ、去年まで水泳部にいた万波颯と申します……」


 


 栗山に言われた通りできるだけハキハキと言おうとするも、どうしても噛みながらの自己紹介になり、厳つい見た目とは裏腹にモジモジしてしまう。それでも日向をはじめとしたクラスの面々はちゃんと自分の方を見て、しっかりと耳を傾けてくれている。なので余計に緊張してしまうが、それでも颯はたどたどしくなりながらも、続いて休学中に何をしていたのかとこれからの抱負について語る。


「えー……去年の2学期あたりから学校に行かなくなって……恥ずかしながら、この通り荒れてました。あとは、病気が悪化して倒れて暫く入院したりもしましたが……これからはクソ真面目に学校行って、皆と仲良くしたいんで……よろしくお願いします!」


 何とか伝え切った後、颯は深々と数秒間頭を下げた。お辞儀しているので他の皆の表情こそ見えないものの、たちまち拍手が聞こえてくる。少なからず歓迎してくれている空気を感じ、颯は少しだけ安心したのだった。


「じゃあ万波、自分の席に座ってくれるかな?」


 これで自己紹介の時間は終わり、颯は尚も皆から視線を注がれる中、自分の席へと向かう。



 SHRが終わるや否や、真っ先に颯の席へと向かって話をしにきたのは、日向と寛斗だ。


「マジで来てくれて嬉しいさぁ〜! まさか万波さんと同じクラスになれるなんて〜」


「これからよろしくお願いしますね! 俺と、あっちにいる杉浦さんが学級委員なんで、何か困ったこととかあったら俺か杉浦さんにいつでも言ってください」


 素直に喜んでいる日向の横で、寛斗は改めて挨拶をする。ちょうどその時、同じく学級委員として紹介された優香子はギクっとしてつい颯達の方を一瞥したが。そんな二人に対して颯はなぜか怪訝そうな顔をする。


「……別にタメ口でいいし呼び捨てで呼んでくれていいけど?」


「え?」


「だって俺今日からお前らと同じ2年だし同じクラスじゃねーか」


 そう言われると……寛斗も日向もハッとした。確かに年齢こそ違えど、今となっては同じ学年の同じクラスなのだから。


「わ……わかったよ……。じゃあ今日から……万波君……かな?」


 言葉がつっかえながらも、寛斗は何とか了承する。その一方で、日向はどこか納得いかなさそうな表情だ、


「や、やしが〜、ちゃー憧れてた万波さんにタメ口なんて、気が引けますさぁ〜……」


 それでも遠慮する日向に、颯は吹き出して暫くの間笑っていた。


「だからもう先輩じゃなくて同級生だろ! しかも同じクラスなんだぜ? てか3組に来いっつったの日向だろ!」


「!!! そ、そうだったさぁ……」


 そもそも颯に3組に来いと誘ったのは他の誰でもない

自分であることを思い出し、日向は苦笑いする。それにつられて寛斗も笑ってしまう。ただこの二人に対し、颯は複雑な表情を浮かべている。


(こいつらはいいとして、問題は他の奴らだな……)


 今、颯の席には寛斗と日向が話しかけに来てくれているが……他の生徒の大半は席まで来ないどころか、少し離れたところからチラチラ見てくるだけだ。中には颯の方を見てヒソヒソ話している者までいる。


(まぁこれだけ変わっちまったんだから当然っちゃ当然か……。でも……そんなに怖がらなくてもいいじゃねーか……)


 颯が思っている通り、ほとんどのクラスメイトが「元水泳部エース」から「元ヤン」への変貌ぶりに驚いてビクビクし、それはめぐる達も例外ではない。颯の左隣の列で二つ前のめぐるの席に、遥・沙希・菫は集まって話をしている。


「びっくりしたね〜。万波先輩あんなに変わってて」


「やっぱり本当だったんだな〜、グレてたって噂」


「そうね。まぁあれでも少し落ち着いた方よ。ちょっと前までは銀髪だったもの」


 颯の方をじっと見ながら呟く遥とめぐるに、菫はこれでも少しは落ち着いたと伝えると……遥・めぐる・沙希は更に驚いた。


「えっ!? すー様、万波さんのこと知ってんの!?」


 沙希に訊かれ、菫は頷いて詳しくは語らないものの颯と偶然会ったことを話した。


「……まぁちょっと前にバッタリ会ったのよ」


「で、でもなんで万波先輩ってわかったの?」


「……その前に生田目君とバッタリ会っててね……あの人が万波さんだって……」


 流石に元同僚に忘れ物を届けに行ったことまでは言えず、菫は何とかその経緯を自分の素性がバレない程度で話した。その後も、菫は詳しいことを訊かれないかヒヤヒヤしたが、幸い沙希が話題を変えてくれた。


「そういえばめめちゃん、万波さんにはあだ名つけねぇの?」


「えっ……!」


 沙希にあだ名のことを突っ込まれ、めぐるはハッとした。確かにこのクラスほぼ全員のあだ名を考え見事定着させためぐるだが、颯のあだ名はまだ決まってないらしく、いまだに「万波さん」と呼んでいる。菫もめぐるが颯にどんなあだ名をつけるのか、正直楽しみではあるのだが。


「え、え〜っとぉ……まだ全然考えてねぇや」


「えー、めめちゃんが珍しい」


「まぁ先輩だものね。そこまで急がなくてもいいんじゃない?」


「また決まったら教えて〜」


 苦笑いしながらまだ考えていないとハッキリ言うめぐるに、遥・菫・沙希が返事したところで……菫は薄々気付いていた。その颯がどこか複雑な表情を浮かべていることに。



 この日の1時間目は、杉谷の英語の授業だ。杉谷が再び教室に入り、いつものように英語で挨拶した後……颯は机の中や鞄の中をゴソゴソ探す。一番後ろの席でありながら、杉谷はいち早く気付いて颯に何があったのか訊く。


「ん? どうしたんだ万波」


 尚も手をくまなく動かして机や鞄の中を覗き込みながら、颯は答えた。


「あ……教科書ねぇかも……」


「嘘だろ? なーにやってんだよ……って言いたいところだけど、まぁ初日だからなぁ。あ、そうだ! 水谷、悪いけど万波に教科書見せてやってくれないか?」


 最初こそ呆れながらも、杉谷は今日は大目に見ることにした。それから颯のちょうど左隣にいる英玲奈に教科書をシェアするようお願いする。すると英玲奈は一瞬ギクっとして……


「は、はい……どうぞ……」


 教科書を二人でシェアするのではなく、1冊そのまま颯に渡した。かなり怯えた様子で目を泳がせながら。


「おっ、おい……全部渡しちゃアンタが見れねぇだろが……」


「だ……大丈夫……」


 戸惑う颯だったが、英玲奈は歯切れの悪い返事をしてプイッとそっぽを向く。これ幸いと言わんばかりに、英玲奈の左隣の龍星が自分から教科書をシェアしようとするが、英玲奈は無視して前の席の未夢に見せてもらう。これに対し、颯は困惑しながらも結局この英語の時間は英玲奈に借りた教科書をずっと眺めていた。






 そんなこんなで颯の復学1日目はあっという間に幕を閉じたが……結局、まともに話したのは日向と寛斗ぐらいだった。最初の自己紹介で「皆と仲良くしたいんで……」と言ったにも関わらず。その後は日向と寛斗以外に話しかけてくれる人物はいなかった。

 授業が終わった放課後、悶々とした気分の颯は屋上にいた。やはり日向もついて行っている。


「……やっぱ皆俺のこと怖がってるじゃねーか」


 すっかり意気消沈した様子で項垂れている颯を、その隣にいる日向は必死で宥める。


「ま、まだ初日だから仕方ないさぁ……。明日からまた頑張ればいいさ〜」


 もちろん自分からも何度か声を掛けに行ったものの……話しかけた者ほぼ全員が、颯に対してどこかよそよそしい態度を取っていた。「あっ……どうも」といった感じで。そして会話もすぐに終了してしまった。

 誰に話しかけてもダメだった今日のことを思い出し、颯はすっかり短くなった自分の頭を掻きながら日向に愚痴をこぼす。


「せっかく俺が仲良くなりたいって思ってやってんのによ〜……皆冷たいぜ〜」


 時間的にはもう夕方だというのに、まだ日が落ちる気配がなく青いままの空を眺めながら、颯がそう訴えた時だった。




「……やっぱりちょっと見た目が怖いからじゃないかしら?」




 屋上のドアが開いたと同時に、女子の声が聞こえてきた。その声の主は……菫だ。


「み、宮西……?」


「すー様! もしかして……聞いてたさぁー?」


 いきなり乱入してきた菫に驚く颯と日向をよそに、菫はズンズンと距離を詰めていく。颯の目と鼻の先まで迫ったところで菫は見上げ、彼の胸元で輝く金のネックレスを見ながらハッキリと問題点を述べる。


「なんでこんな金のネックレス着けてきちゃったわけ? 今時こんなのつけてるのヤンキーか野球選手かラッパーかその筋の人ぐらいでしょ。あとピアスも着けちゃって」


「たっ……確かに……」


 菫の指摘に、横で聞いていた日向は思わず吹き出してしまう。しかし、肝心の颯はどこか納得いかなそうな顔で、菫を睨む。


「こ、これは……親父から貰ったんだよ。復学祝いにって」


「……あらそうだったのね! ごめんなさい」


 まさか颯の父からのプレゼントとは思わず、菫は平謝りした。と同時に、颯の父もそういう趣味なのかと思いながら。菫だけでなく、笑ってしまった日向も申し訳なさそうにする。一方、颯はネックレスだけでなくピアスについても反論する。


「てかピアス着けてる奴なんか他にもいるだろ!? あと金髪の奴も何人かいるし、そいつらの方が俺なんかよりも派手じゃねーか! なんでアイツらはよくて俺はダメなんだよ!?」


「!!」


 そう言われてみると確かにそうで……菫と日向はハッとした。3組には4分の1程の割合でピアスホールを開けている生徒がいる。そういう菫だって学校ではピアスを着けないだけで、ホール自体は開けている。茶髪も菫を含め半分近くはいるが、金髪の恭平やミルクティー色の萌、そしてつい最近ホワイトブロンドに染めた聡太郎はかなり目立っている。しかも聡太郎を除いた二人はピアスホールの数も多い。これらを踏まえると……颯だけが特別派手とは言い難い。ただ、三人とも颯のように元ヤンではないが。

 再び菫は頭を働かせ、なぜクラスの皆が颯によそよそしいのか考えたところ……この結論に至った。


「……やっぱり元ヤンのオーラがあるんじゃないかしら?」


「オーラって……そんな訳……」


 再び颯が言い返そうとした時……


「あ! そうさぁー!!」


 何か思いついたのか、目をキラキラさせながら日向が大きな声を上げてズバリと言い切った。




「万波さんから学校のスターのオーラが出てるばーよ! だから皆恐れ多くてそんな反応になっちゃうさー!」


「…………」




 日向の斜め上の発想に……颯は更に困惑した様子で絶句する。だが、これに対して菫は笑いながらも「そうかもしれないわね〜」と言うのだった。



「……まぁなんで皆が他人行儀なのかはどーでもいいよ。一体どうやったら打ち解けられるんだ?」


 早くこの2年3組に馴染みたくて、颯は日向と菫にアドバイスを求める。まだ自分が水泳部のエースだった頃は、エースだからという理由で何もしなくても向こうから話しかけてくれた。辞めてからは全く相手にされなくなったが。その後非行に走るようになってからは、ほぼその場限りのヤンキー仲間しかできなかった。なので、颯は特にコミュニケーション能力に長ける訳でもなく、自分から親しくなる方法もイマイチわからない。そもそも日向と仲良くなったのですら、日向の方からグイグイ来たからである。

 首を傾げ難しい顔をする颯に、日向はあっさりと言う。


「そりゃあ……積極的に話しかけるしかないさー! いつでもどこでも、ウチのクラスの子を見かけたらガンガン行かんとー!」


 思いの外初歩的なアドバイスに、颯は拍子抜けすると同時に苦笑いする。


「……やっぱりそうするしかねぇよな。てかお前は1年の頃から俺にもガンガン行ってたもんな〜」


「そうだわけさぁ〜! 俺にできるんだから万波さんでもできますさぁ!」


 ニッコニコかつ自信満々に豪語する日向だが、反対に菫はどこか懐疑的に思っており……


「いやでも……あんまりガツガツ行かれてもちょっと引いちゃうかも……」


 そう呟くと、颯は一理あると思ったのか「あ〜」と言いながら遠い目をする。


「確かに……人によってはウゼェって思うかもな」


「……ええっ!? もしかして万波さん、俺のこともウザいって……」


「いやちげーよ! 俺はそんなこと思ってねぇから!」


 もしかしたら自分は迷惑だったかと訊く日向に、颯は勢いよく首を横に振って全力で否定する。颯にとって、後輩であるはずの日向が積極的に来てくれることは全く迷惑ではなく、むしろ嬉しく思っていた。颯が水泳もここまで頑張っていたのも、日向が自分に憧れて熱心に追いかけてくれたおかげでもあるのだから。

 そんな先輩と後輩だった二人を見て、菫は微笑まし気に笑う。


「ふふっ……万波君と上原君って良い先輩後輩関係だったのね。まぁあんまりガツガツし過ぎない程度で行けば全然アリじゃないかしら? あと、困った時は必ず助けたりとかね。それと、やっぱり怖い人だって思われないようにできるだけ大人しくしてる方がいいんじゃない?」


 更なる菫からの提案を、颯は時折頷きながら耳を傾けていた。


「なるほどな~…………また明日から頑張ってみっか」


 明日に向けて再び意気込む颯に、菫はもう一言付け加えた。


「……それにうちのクラスの金髪男子達は見た目と違って案外落ち着いてるからね~。むしろ黒髪の子の方が案外うるさかったりするわよ。奈良間君とか堀君とか、あと……」


 菫はニヤリと笑いながら、日向の方をチラリと一瞥する。これに対し日向は自分の黒髪の頭を押さえ、ぎくりとした。そんな日向を見て、今度は颯が吹き出した。


「何だよお前、クラスでもうるさくしてんのかよ~。部活でもうるさかったのに。まさか授業中も騒いでるんじゃねーだろーな?」


「……!! そ、そんな……騒ぐって程じゃないさぁ。ちょっと喋ってるぐらいで……」


(いや上原君授業中もまぁまぁ喋るし「ちょっと」じゃないでしょ~)


 そう思っている菫と、親しげに話している颯と日向を…………屋上のドアの陰に隠れ、ある人物がこっそりと眺めていた。手には菫から貰った『大地獄唐辛子』の袋を持って。


(今日も良いアドバイスしてるじゃねーか……さすが伊達に俺らより10年長く生きてねー訳だな)


 三人に気付かれないよう音を立てずに『大地獄唐辛子』を頬張りながら、凜は彼らの様子をじっと眺めていた。











 翌日、颯はいつもの時間の電車に乗り、昨日と同じように最寄り駅から公ヶ谷高まで歩いていた。通学ラッシュの時間なので、周りには他の生徒の姿が多数ある。中には3年生すなわち颯の元同級生もチラホラおり、「あれ万波じゃね?」「なんかガラ悪くなってね?」「グレたのかよ」とヒソヒソ話も聞こえてくるが、颯は聞こえないふりをする。彼らはもう同級生ではないので、今はもう何も関係なく今後も関わることはないだろうから。


(ったく……もう俺テメェらと同じ学年じゃねーんだから放っといてくれよ…………ん?)


 歩くスピードを上げてヒソヒソ話をしていた者から距離を取ったところで、颯は見覚えのある後ろ姿を見かけ背後からじっと眺める。その後ろ姿は颯よりもだいぶ身長が低く、髪はホワイトブロンドに染められている。

 そう、颯の前を歩いているのは……聡太郎だ。聡太郎はすぐ後ろにいる颯の存在に全く気付いていない。そのまたすぐ前を歩いている、栞里・来美・羽衣の三人組……というよりも栞里に目が釘付けになっているからだ。


(あれは……淺間じゃねーか。アイツもあんな派手な髪なのに、俺のことビビッてやがんだから……よし! せっかくだし話しかけてやろーぜ)


 ニヤリと笑って企みながら、颯は再びスピードを上げて聡太郎へと一気に距離を詰める。それから、栞里に完全に気を取られ全く気付いていない聡太郎の肩を、颯はポンと叩いた。


「おはよう!」


 颯の手が肩に触れた瞬間……聡太郎はビクッとして酷く驚き、目を大きく見開いてつい大きな声を上げた。


「わぁっ!!! ……ぁ、……お、おはようございます……」


 予想を遥かに超えて驚かれてしまい、颯はつい怯んで少しばかり後ずさりしてしまっただけでなく、咄嗟に謝った。


「わ……わりぃ……。驚いちまったか……?」


「い、いえ……ま、まさか……万波さんがいるなんて……お、思わなかったです……」


 急な颯の乱入に、聡太郎は目が泳いで言葉がつっかえながらも何とか返事をした。しかし、その聡太郎もやはり敬語だったので、颯は昨日寛斗や日向に言ったのと同じことを告げる。


「だからタメ口でいいし呼び捨てで呼んでくれていいのに! 俺とお前同じクラスじゃねーか」


「え……? でも……」


 困惑する聡太郎だったが……そこに思いもよらぬ人物が更に声を掛けてきた。聡太郎はすぐさまポッと顔を赤らめる。


「あれっ、淺間君じゃん! おはよ。それに万波……君も!」


 話しかけてきたのは……栞里だ。しかも先ほどの颯と聡太郎の会話が耳に入ったのか、栞里は早速颯を君付けで呼んできた。これに颯は満足そうな表情を浮かべる。


「おはよう! よくぞ「万波君」って呼んでくれたじゃねーか。えーっと君は……根本だよな?」


「あっ、そ、そうだよ……」


 歯切れが悪くなりながらも、栞里は何とか言われた通りにタメ口を利く。まだ少しだけ恐る恐る……といった感じではあるが。一方、颯だけでなくずっと見ていた栞里にまで声を掛けられた聡太郎は、気恥ずかしいやら少し怖いやらでビクビクしてしまう。


「な、お前も今日からしっかりタメ口で話してくれよ。根本はしっかりやってくれてんだから」


 颯は笑いながら聡太郎に釘を刺した後、その金髪に手を伸ばしてわしゃわしゃしながら今度は栞里の方を見ながらこう言った。


「なぁ、コイツすっごい綺麗な金髪じゃね? どこで染めてもらったのか気になるぜ」


「……でしょー!? 万波君もやっぱりそう思うよね! 淺間君この色似合うって。てゆーか私がこの金髪続けてって言ったの!」


 聡太郎の金髪に颯がふれたことに、栞里はしっかりと食いついてきた。数日前と変わらず金髪を推してくれた栞里に、聡太郎の顔は更に赤く染まっていった。


「……万波先輩って結構フレンドリーなんだね〜。それにしてもネモちゃんも結構グイグイ行ってるな〜」


「そうね……」


 つい先程まで栞里と一緒にいた来美と羽衣は、一歩離れたところから三人を見守っていた。どうやら颯のことを見直したようで、特に怖がっている様子はない。



 その後も颯は同じ2-3の生徒と出会っては自分から挨拶し、未だに敬語を使う者にはタメ口で話すようにと言って聞かせていた。ほぼ全員が戸惑いながらも何とかタメ口で話すようになってくれて、颯は少しばかり距離が縮まったのではないかとルンルン気分になる。ただ、普段から誰彼構わず敬語で話す直は別で、これからも敬語を使いますと言われてしまったが、颯は気にしないことにした。




 そして今日は2時間目に英語の授業があり、普段通り杉谷は授業を進めていた。


「じゃあこのページを最初から読んでくれるかな……万波!」


「はい」


 杉谷が颯を当てた瞬間、教室内にはどよめきが走った。しかしそんな皆の反応を颯は気に留めず、普通に返事をして席から立ち上がり、教科書を読み始めた。

 その後も颯は真面目かつ真剣に杉谷の授業を聞いている。もちろん私語は慎み、居眠りや内職も一切せずに。


「コラ、奈良間に福谷! 喋ってばかりいないでちゃんと聞きなさい!」


 その一方で、颯のすぐ前の席の真二と貴大はお喋りしてしまい、杉谷からしっかり注意された。


「じゃあお前ら二人には……問1と2をやってもらうからな!」


「え〜」


「またかよ〜」


 罰として前に出て問題を解くように言われた貴大と真二は、案の定ぶーたれている。それでも杉谷は呆れ顔であしらうだけだ。


「それはこっちの台詞だよ! ほぼ毎回注意してんのに喋りやがって。では問3は……」


 続いて杉谷は問3を誰にやってもらうか教室中を見回したところ……ある人物を見てニヤリとする。その彼女は今日も、例によってこっくりこっくりと頭が前後に揺れている。


「いーまーがーわー!」


「…………へっ!?」


「さてはまた寝てたろ!? 先生ちゃんと見てたからな! という訳で問3をやりなさい!」


「と……問3……?」


 まだ寝ぼけている萌は問3がどれなのかもわからない模様で、前の席の優香子が見かねて教えてやっている。その前に当てられた真二もわからないのか、前の席の凜に助けてもらおうとしている。凜は自分で頑張れと突っぱねているようだが。

 こんな有様に……杉谷はため息をつく。


「も〜……いい加減にしろよ! ほぼ毎回俺に注意されてんのに。お前らなんかよりも万波の方がずっと真面目にやってんじゃねーか!」


 杉谷がそう言ったせいで……皆の視線が颯へと一斉に注がれる。その颯はというと、電子辞書を片手にせっせと問題を解いていた。そんな中で杉谷から引き合いに出されたうえ皆から一斉に見られ、颯はドキッとして一瞬手が止まった。と同時につい照れ笑いをした。一方、菫は颯を褒めた杉谷を見直して、人知れず笑みを浮かべていた。


(杉谷君……あんなに嫌がってたのにちゃんと万波君のこと褒めてるじゃない)


 ただその杉谷はというと、もう一つ愚痴をこぼしている。


「それに矢澤の奴はまだ来てねぇし……」




 その幸輔が教室に入ってきたのは……2時間目が終わった後の休憩時間だった。他のクラスメイト達が「大遅刻じゃねーか」「もう3時間目だぞー」などとヤジを飛ばす中で席に座った幸輔に、チャンスと言わんばかりに颯は接近する。


「おはよう、矢澤」


「あ、はよー……」


 挨拶をしてから、颯は2時間目の英語のノートを幸輔に差し出す。


「なーに朝からサボってんだよ、杉谷の奴が明日小テストだって言ってたぜ。よかったら貸してやるけど?」


「えっ、マジか……。サボりじゃなくて寝坊だけど。……じゃあ借りるぜ」


 小テストと聞くと、幸輔はすんなりと颯のノートを受け取った。すると、幸輔のすぐ前の席の和馬がくるっと振り向いて、手を合わせて頼み込む。


「ま、万波……俺も後で貸してくれ!」


「……え? 吉田はさっきいたろ?」


「まぁいたんだけど……漫画読んでて全然授業聞いてねぇんだよな……」


「おいおいおい!」


 幸輔と違って授業に出ていたのにノートを借りようとするうえ、あまりに不真面目な態度の和馬に颯は呆れ返った。











 それから数日後の朝、颯はいつも通り挨拶をして教室に入ってきた。


「おはよう!」


 すると……


「うーっす!」


「ハイサーイ!」


「おはよー!」


 颯に負けじと元気な声が返ってきた。元後輩である日向を含め、今教室にいるクラスメイトのほぼ全員が颯に挨拶を返してくれた。他の生徒が挨拶するのとほぼ変わらずに。しかも、挨拶しただけで終わりとはならず……


「今日もキマってるじゃねーか、そのネックレス」


「もしかして……女にモテてぇから!?」


「ホリトモ〜、万波さんはネックレスなしでもモテるばーよ!」


 真二と知輝に至っては早速絡んできた。そして日向が知輝にツッコミを入れる。颯にとって……こうして対等かつ親しげに接してもらうのはだいぶ久しぶりのことだった。初日とは打って変わった皆の様子に、颯はつい口角が上がってしまう。


「……そんなんじゃねーよ、これは親父から貰ったやつだから……毎日つけてやってるだけだぜ!」


 笑顔で真二達に返す颯を見て、自分の席にいる菫は颯がそれなりにクラスに馴染んできたと判断し……ついニッコリしてしまう。


(やるじゃない万波君。思ってたよりも早く溶け込めそうね……)


 ちょうどその時、教室に入ってきためぐるも「おはよー!」と挨拶するなり目を丸くする。


「なんか今日皆早いじゃん! ナラッチなんかいつもギリギリだってのに」


「う、うるせー……」


 会って早々いじってくるめぐるに真二が不貞腐れた後だった。




「あ! パイセンもいるー! おはよ!」


「……はぁ!?」




 めぐるは次に颯の方を見て、確かにこう言った。どうやら颯のあだ名が遂に決まったらしい。教室中が一気に笑いの渦に包まれる中、当の颯だけは絶句してしまう。そして颯は黙ったまま自分を指差して訴えかけると……めぐるはニヤニヤ笑いながらコクコクと頷いた。

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