61ページ目 菫さんと杉谷先生V.S.元ヤンの元エース
『公ヶ谷タイムズ』に心春のホストクラブ通いの記事が載った朝、菫は屋上に向かっていた。ある人物と会って話すために。屋上のドアを開けると、もう9月なのに8月とほぼ変わらない強い日差しが差し込んでくる。と同時に、お目当ての彼がすでに屋上に立って待ってくれているのが見える。
「おはよ、生田目君」
「……はよ」
普段通り挨拶する菫に、凜はぶっきらぼうに返してくる。まぁ凜はいつも誰にでもこんな態度を取っているので、菫は特に気にしていないが。そればかりか、凜は頭を掻きながら煩わしそうに菫を軽く睨み、こう言い放つ。
「……朝一番から何なんだよ? ったく面倒くせぇ……」
凜はそう言ったものの……それとは裏腹に菫はニヤリと笑みを浮かべる。菫は両手を後ろに組んだまま、凜がいる方へゆっくりと距離を詰める。彼からは見えないようにあるものを持って。
(ふふっ……いつも通り素っ気ないんだから。今に見てなさいよ…………驚かせてやるんだから)
何かを企みながら、菫は再び口を開く。
「あのね…………生田目君に渡したい物があるの」
「……?」
何も言わず怪訝な顔をする凜に、菫は「はい!」と言って今まで後ろに隠していたものを両手で差し出す。それを渡された瞬間、凜は少しだけ面食らったような顔をしたが、すぐに普段通りの無表情へと変わる。
「これは……『大地獄唐辛子』じゃねーか」
『大地獄唐辛子』とは、文字通り衣をつけて揚げた唐辛子を更に一味・ハバネロ・黒胡椒で味付けしたスナック菓子である。それだけでなく、閻魔大王のようなキャラクターと真っ赤な唐辛子が描かれたパッケージデザインも相まって、凜のような激辛好きには大人気なのだという。菫はきっと凜が気に入るだろうと思い、いつもの電車に乗る前に駅前のコンビニでそれを買っていた。また、凜を屋上まで呼び出したのも 『大地獄唐辛子』を渡すためである。
「そ! 生田目君こういうの好きかしらって思ったのよ」
「……なんで?」
「なんでって、そりゃあ……」
自分にお菓子を渡した理由を訊く凜に、菫は少し勿体ぶってから答えた。
「……一昨日のお礼よ。あれだけ億劫そうにしてたのにしっかり証拠写真撮ってくれたじゃない」
「あ~……」
少しばかり驚いてくれて計画通りと菫がニヤけたのも束の間……凜はなぜか再び怪訝な顔へと変わる。流石にこれには今度は菫が面食らってしまう。もっともっと辛そうなお菓子の方がよかったかしら……と。しかし、凜は菫にとって全く予想外な話を口にする。
「…………俺が写真撮る必要あったか?」
「……は?」
目を丸くする菫に、凜はそう思った理由を告げる。
「だってもっと決定的なやつあったろ。あの女が楽しんでる真っ最中の。あれだけでもよかったんじゃね?」
「そっ、それは…………証拠は多いほうがいいじゃない」
しどろもどろになりながら言い訳する菫に、凜は何かを察した。
「もしかして……そっちの写真もアンタの仕業か? しかもホストクラブの方からうちの学校に通報したって噂だし……」
一瞬ギクッとした菫だが……ほぼほぼ凜の言った通りで間違いはない。しかもクラスで唯一自分の実年齢と前職を知っている凜なので……菫は素直に頷いてその経緯を明かす。
「……まぁそういうことね。ただ私が撮ったんじゃなくて、知り合いのホストに頼んで撮ってもらったのよ。ちょうどあの店の人だったし……」
「流石じゃねーか。まぁコレはありがたくもらっとくぜ。アンタの大人の人脈のおかげで淺間も助かったんじゃね?」
そう言いながら、凜はもらった『大地獄唐辛子』をスラックスのポケットにしまう。久しぶりに大人扱いされ、菫が苦笑いしたところで……後ろからガタッと物音がした。
「……えっ!? な、何!?」
もしかして……凜との会話を聞かれていたのだろうか?そう危惧した菫はビクッとして恐れ慄いてしまう。が、菫と向かい合っていて背後の様子が見える凜は涼しい顔のままだ。菫はゆっくりと恐る恐る振り向いたが……その瞬間拍子抜けすると同時にホッとした。
★
「なーんだ、杉谷君じゃな~い!」
「いつからいたんだよ……」
いつの間にか屋上にいたのは、普段通りスーツを着た杉谷だ。すっかり安心しきった菫は、屋上に自分の正体を知る者しかいないのをいいことに、笑いながら言い切った。その傍らで、凜は少し引いた様子で呟く。しかし、そんな菫と凜をよそに……杉谷は黙ったままだ。しかも、これから朝のSHRが始まるというのに……杉谷の顔色は滅法悪い。目には光がなく、所謂死んだ目をしている状態だ。いつものSHRが始まる前の杉谷は生徒にウザがられるほど明るいというのに。
もちろん菫も凜もこの杉谷の異変にはとっくに気付いており、普段との落差に困惑せざるを得ない。
「…………ど、どうしたのよ、杉谷君……」
思わず菫が聞くと……杉谷はこの世の終わりとでも言いたげな表情で、重い口を開く。
「…………実は……、今日からうちのクラスに仲間が一人増えるんだ……」
黙って聞いていた菫と凜は……全く驚かなかった。二人とも「あ~」と言うだけで、菫に至っては……
「杉谷君……それって万波さんのことかしら?」
「!?!?」
なぜかその「仲間」の苗字まで言い当てた。当然、杉谷はびっくり仰天して絶句する。
「ど…………どうしてそれをッ…………!!」
よっぽど酷く驚いたのか声が裏返ってしまう杉谷に菫はつい吹き出してしまい、凜も笑いを堪えている。
「じ、実は夏休み中に万波さんに会ってたのよ……私も生田目君も」
「あぁ。ずっと休学してたらしいし、上原の奴が学校に戻ってこいってうるさかったしな」
菫と凜がこの夏休みに颯と会っていたなんて、杉谷には全くの想定外でポカーンと黙り込んでしまう。だがそれはともかく、ただクラスメイトが一人増えるというだけのことで、なぜそんなに暗い表情になっているのだろうか?と菫も凜も首を傾げざるを得ない。なので、凜がその理由について突っ込む。
「で、なんでそんな死んだ魚みてーな目になってんだよ? 普通、仲間が増えるって喜ばしいことじゃねーの?」
しかし、杉谷は間髪入れずに首を横に振って声を荒げ、凜の言ったことを全否定する。
「喜ばしくなんかねぇよ!! 君たちだって知ってるだろ!? …………アイツの素行の悪さを!」
杉谷はそう言い放ったものの……菫も凜もキョトンとするだけだった。むしろ二人ともヤンキーや不良とは無縁だと思っていたので共感してくれるとすら思っていた。しかし期待通りの反応を得られず、杉谷は正直がっかりしてしまう。そんな杉谷に、菫は少し考えた後で口を切る。
「……確かに私が初めて会った時は、かなり悪かったわね。そもそも未成年なのに酔いつぶれて倒れてたし、タバコの匂いだってしたしね。
でも今は大丈夫なんじゃないかしら。万波さん、病気が悪化して1回倒れたし。少なくともお酒とタバコはやめてるはずよ」
菫はそう言ったものの……それでも杉谷は納得できず、苦虫を嚙みつぶしたような顔のままだ。そんな杉谷の様子に、菫は尚も話を続ける。
「それにああ見えて万波さん……結構後輩思いなんだから。前に上原君が他の不良達にやられてた時なんか、一人で立ち向かって……」
「やめてくれ!! 素行の悪い奴のそういう武勇伝なんか聞きたくねぇんだよ!!」
菫が言い終わるのを待たずして、杉谷は早くも鳥肌を立てるばかりか拒否反応を示した。そして血走った目で訴える。
「俺は…………素行の悪い奴が一番嫌いなんだよ!! たとえ「元」であろうと……。君達だってそうだろ!?」
必死に問いかける杉谷とは裏腹に……菫は淡々と答える。
「まぁぶっちゃけ好きではないわよ。でも万波さんは……」
「だから何なんだよ!? 更生して真面目になったからもういいとでも言いてぇのかよ!?」
「だいたい杉谷君だって……」
中学の時にカンニングしたんだからそこまで人のこと言えないでしょ……と菫が言い返そうとしたところで、それまで暫く黙っていた凜が大きなため息をつく。
「あのさぁ、アンタ一応教師のクセにそーゆー奴にビビってちゃダメだろ。ましてや自分のクラスになる生徒なんだぜ?」
凜のアンタ呼ばわりと「一応教師」という発言、そしてビビっていると見做されたことに杉谷は少なからずイラっとした。が……何とか怒りを押し殺して反論しようとする。
「ビ…………ビビってなんか……」
「俺にはビビってるようにしか見えねーけど? てか、なんであそこまで不良を毛嫌いしてんだよ?」
(確かに……。まぁ不良が嫌いな人の方が大多数だとは思うしビビる人は多いだろうけど……あんなに嫌うなんて何かあったのかしら?)
なぜ不良をここまで蛇蝎の如く嫌うのか訊く凜と、それに同調する菫に、杉谷は渋々打ち明けた。
「俺は……前いた高校からここに飛ばされたんだよ! そういう素行の悪い奴のせいで!」
★
「………………」
「………………」
杉谷からその経緯を聞いた菫と凜は、黙り込んでいる。この反応を見た杉谷は二人が漸く理解してくれたと勝手に判断し、更に同情を誘うべくしょげた顔で話し続ける。
「なぁ、酷いだろ〜? ある日突然荒れちまったうえ、俺のことぶん殴りやがるんだから〜」
しかし……凜は冷ややかな眼差しで聞いているし、菫も難しい顔になっている。その表情からすると、どうも二人とも釈然としていない様子だ。だが、杉谷はそれに気付いていないのか、尚も目を潤ませて二人に訴えかける。
「だから俺はそういう奴が大っ嫌いなんだよ〜。これでわかってくれただろ〜?」
こうしてアピールしてくる杉谷に……菫はほとほとうんざりした顔で大きなため息をつき、ピシャリと言った。
「……あのね〜、杉谷君。…………それは自分が悪いんでしょ!!」
「…………はぁ!?」
共感してくれたと思いきや……まさか自分に非があると糾弾されるなんて微塵も思わず、杉谷はただただ開いた口が塞がらなくなる。しかも、菫の横にいる凜も同意見なのかうんうんと頷いている。そのまま二の句が告げない杉谷に、菫は容赦なくダメ出しをする。
「いや、確かに不良にぶん殴られて痛い目に遭わされたっていうのはわかるわよ? でもだからって……殴り返しちゃダメでしょ!!」
「!!」
「しかもモロに顔面目掛けてパンチって……どう考えても教師がやることじゃないわよ!」
「…………」
更に菫が痛烈に批判すると、杉谷は冷や汗で顔を濡らしながら……返す言葉が見つからずに黙り込む。
それは杉谷がまだ公ヶ谷高校へ赴任する前、前に勤務していた鷹ヶ峰高校にいた時のことだった。当時の受け持ちの生徒の一人が急に非行に走るようになり、校則違反や大遅刻をするわ他の生徒に暴力を振るうわとやりたい放題だったらしい。当然、担任の杉谷が何回注意しようが全く聞き入れず反抗していたという。
そんなある日、またも授業中にスマホをいじっていたその生徒に……杉谷はこのように注意した。
「やる気がねぇなら帰れ! お前みたいなのがいたら他の皆に悪影響なんだよ!」
そう言い放った瞬間……不良生徒はカッとなったのか、立ち上がって杉谷の胸ぐらを掴んだ挙句……頬を目掛けて拳骨を喰らわせた。生徒に殴られるのはこれが初めてだった杉谷は、ショックを受けたと同時に一気に頭に血が上ってしまった。その結果……気が付いたら生徒に一発お見舞いしており、その生徒は鼻血を出していた。
これが大問題になってしまい……杉谷は鷹ヶ峰高校を追われることになったのである。ただ、その不良生徒も停学処分を受けることになったそうだが。
菫に続き、凜も杉谷のその行動に苦言を呈する。
「……まぁ殴り返したくなんのもわかるけど、大人気ねーよな。てか杉谷の方が先に殴られてんだし、ここは生徒の親呼び出して治療費でも請求したらよかったんじゃね?」
「もし杉谷君が怪我とかしてたんならね。というより普通は先生殴った時点で何かしらペナルティはあるでしょ? 停学とか自宅謹慎とか。なのになんで殴り返しちゃうのよ……」
二人からそう言われてみると……杉谷は急に冷静になってきた。つい先ほどまでは先に自分に手を上げた不良が100%悪いと思っていたが……。
(確かに…………宮西さんと生田目の言う通りかも。俺やり返す必要なかったよなぁ。確かに教師殴った時点でアウトだし、他の生徒もいて証人になってたのに……)
今頃になって後悔の気持ちがじわじわと湧いてくる杉谷に、菫は更にトドメを刺す。
「……そもそも急にグレるなんてきっと何か原因があると思うわよ。その辺はちゃんと向き合ってたの? まさか頭ごなしに帰れだの言ったんじゃないわよね?」
「うッ……」
これに対し、杉谷はわかりやすくギクっとし……再び青ざめた顔で両手の人差し指を合わせる。菫はもちろん、凜もやっぱりなと思うだけだったが。
(そういえば……生徒がグレても俺、何もしなかったな……。正直「勘弁してくれよ」って思って碌に話もせず、アイツをどうやったら教室から排除できるかだけ考えてたわ……。……ったく何やってんだよ俺! 教師になったってのに……)
菫に叱咤され、自分の不甲斐なさを痛感した杉谷は自分の頬をパンパンと数回叩いた。菫と凜はそれを見て「おっ」と反応する。
「俺……頑張ってみるよ! ……うちのクラスに万波が来ることはもう決まってるしどうにもできないし……!」
遂に杉谷は腹を括り、高らかに宣言した。漸くやる気を見せてくれた杉谷に、菫はふふっと笑みを浮かべながら、ふと学校の屋外時計を見る。時計の時間はSHRの10分ほど前を指している。
「さ、わかったんなら早く職員室に戻るのよ! 出席簿とか取りに行かないとダメだし」
「わ、わかったよ〜」
「てかなんでまた屋上にいたんだよ? まさか……隠れてタバコか?」
「ち、違う! な、なんか外の空気吸いたくなってさ〜」
菫に早く職員室へ戻るよう促されるまま、杉谷はまだ少しだけ気乗りしない様子で入口へと歩を進めた。凜に喫煙を疑われるも、杉谷は吃りながら否定して職員室へと戻っていく。
「……杉谷なんかよりアンタの方がずっと大人じゃねーか」
「そうね。……生田目君だって」
杉谷が去った後、やれやれといった顔で呟く凜に、菫は言い返した。
★
杉谷が職員室に戻るとすぐに、栗山が声を掛けてきた。
「どこ行ってたんだね杉谷先生! もう万波君来てくれてるんだから」
「あ……! すみません……」
その栗山の横に立っているのは……夏制服に金のネックレスにピアスをつけた、自分よりも身長の高い男子生徒だ。噂では髪を銀髪に染めていると聞いていたが、その噂と違って……なんと坊主頭にしていた。坊主とは言っても頭頂部が長めの所謂坊主フェードといった感じだが。
(コイツが……万波? ……ちょっとだけ落ち着いてねぇか? これじゃうちのクラスだと北山あたりの方がもっと派手じゃねーか……)
確かに少々柄は悪いものの……正直杉谷が思っていた程ではない。むしろあの鷹ヶ峰高校の生徒の方が髪色が派手だったり制服は改造するわと、もっと酷かったような気がしないでもない。ただそれでも、杉谷はどうしても戦々恐々としてしまう。そんな杉谷の気持ちを知ってか知らずか、颯は自分から挨拶をする。
「……うーっす」
(……何が「……うーっす」だよ! 最初ぐらい「おはようございます」くらい言えねーのかよ……)
颯の挨拶に、杉谷は正直イラッとした。しかし、すぐにそのイライラは収まった。
(……いやでも、うちのクラスの男子もだいだい「うーっす」って挨拶してるな。……まぁ別にいいか)
自分を納得させた後、杉谷は少しだけ引きつった笑顔で挨拶を返す。
「や、やぁ、初めまして…………き、君が万波だね? 僕は2年3組担任の杉谷です。……よろしく」
「……はい、こちらこそよろしくお願いします」
おずおずと自己紹介した杉谷だったが、思いのほか颯は素直に返事をしたばかりか深々と頭を下げる。その見た目に似つかわしくない態度に、杉谷は少しびっくりする。それと同時に、杉谷は颯があるものを手にしていることに気が付く。
「あ、万波……それは……」
「うちのクラスの名簿だよ。さっき俺が万波君に渡したんだ」
「あ、ありがとうございます。えっ、これ栗山先生が作ってくれたんですか?」
どうやら杉谷が職員室に戻る前、一足先に栗山が2-3のクラス名簿兼座席表を颯に渡してくれていたらしい。颯の持っているその名簿兼座席表には、ご丁寧にクラス全員の顔写真までが貼られてある。栗山はよくぞ聞いてくれたとでも言うかのように、ニヤリと笑みを浮かべる。
「そうなんだよ杉谷先生。2、3日寝ずに夜なべして作ったんだ」
「本当っすかそれ……でもこれがあれば誰が誰やらすぐわかりますね! 万波、この中で知ってる奴は……」
本来は1学年下の生徒達ばかりなので、颯に知り合いの有無を訊こうとしたが、杉谷はあることを思い出して別の質問をする。
「あ! 確か万波と上原は同じ水泳部だったよな?」
「はい。……そもそもアイツが自分のクラスに来いって言ったんで……」
颯は照れくさそうに呟いた。それに聞いた杉谷はいかにも日向が言いそうな台詞だと思い、ぷぷっと笑う。日向は日頃から仲間思いだし、かつて水泳部のスターであった颯のことは特に尊敬していたはずだ。そんな日向が颯を自分と同じ3組に引き入れようとするのは想像に難くない。
「万波君、上原君以外には誰か知ってる子はいるかな?」
落ち着いた様子で栗山が訊くと颯は「はい」と即答し、菫・凜・寛斗とは会ったことがあり知っていると正直に答えた。また、度々夜の繁華街に出かけている幸輔のことも何度か見たことがあると言った。他には話したことこそないものの、陸上部のエースのつばさや、学園のマドンナ的存在の莉麻のことも知っているという。
「そうか……結構知ってる奴いるじゃないか。それならまだ心強いだろ。上原もいるし」
「……そうっすね」
再び照れくさそうにしながら、颯は杉谷に向かって頷いた。続いて杉谷は3組がどんなクラスなのか説明した後、颯の席が廊下から二列目の一番後ろだということも伝えた。いずれも颯は真剣な様子で黙って耳を傾けていた。
「それじゃあ万波……何か質問はあるか?」
一通り説明してから杉谷が訊くと、颯はおずおずと口を開く。
「先生……俺みてぇな奴嫌いっすよね?」
「は……?」
あろうことか颯の方からそんなことを訊かれ……杉谷はギクっとしたばかりか、パッと言い返せず口籠る。「な……なんで……」とだけ返すのがやっとだった。が、それでも颯はあっさりとその理由を言ってのける。
「だって、先生さっきから顔ちょっと引き攣ってるし」
「!!!」
どうも顔に出ていたらしく……杉谷は赤面し、再び冷や汗をダラダラ流す。
「ほら、バレてるよ杉谷先生」
栗山はそう言いながら、杉谷の肩をポンと叩いた。言い逃れできない状況になってしまったので、杉谷は苦笑いしてハッキリと言い切った。
「……まぁ好きではないね。前の学校で君みたいな奴と揉めたし……」
仏頂面になる颯に、杉谷はもう一言付け加える。
「まぁでも、これから真面目に頑張ってくれるんなら話は別だよ? あと……うちのクラスの皆とも仲良くしてくれるんならな!」
真剣な表情で、杉谷はそう言い聞かせた。これに対し、颯は一瞬だけ目を見張った。それから大きく頷く。
「はい、今度こそ真面目にやりますし、仲良くします…………3組の皆と」
そうこうしている間にチャイムが鳴り、杉谷と栗山は颯を連れて職員室を出た。3組の教室へと向かっている間、颯は杉谷と栗山の後をのろのろとついて行く。その表情は少し強張り、動きもぎこちなくなっている。
「どうしたんだ万波君、もしかして緊張してるのかな?」
栗山に訊かれ、颯はギクっとした。いくら同じクラスに日向がいるとはいえ、ほぼ1年振りの学校なので緊張しない訳がない。そればかりか昨日の夜だってなかなか寝付けなかった。
先を歩く杉谷は振り向いて颯を見ると、笑いながらこう言った。
「そりゃ1年振りだし緊張するよな! まぁすぐ慣れるって。……俺だってこの高校に来たの今年からだし緊張したぜ」
(先生も今年からかよ……道理で見たことねぇ顔だと思ったぜ)
颯がそう思いながらついて行っているうちに……やがて2-3の教室前に辿り着いた。
「さぁ、今日からここが君のクラスになるからな!」
「明るくハキハキと自己紹介するんだぞ!」
最後に杉谷と栗山が声を掛けると、颯は「……はい!」と返事をする。それからすぐ、緊張で心臓が口から飛び出しそうになる颯の目の前で、杉谷は教室の戸をガラッと開けた。




