60ページ目 菫さんと遅れてきた高校デビュー 後編
電話口の向こうからは、つい先ほど聞いたばかりかつ、菫が夜職をしていた頃とほぼ変わらない声が聞こえてきた。
「よぉ、久しぶりだな……桜子。まさかあんなとこで会うなんて思わなかったぜ……」
「それはこっちの台詞よ」
くっくっと笑う声が聞こえ、懐かしくなった菫はつられて吹き出してしまう。
実は少し前に菫達の前に現れた金髪の男、もとい剣は……ホストで夜職時代の菫を度々指名していた常連客でもある。だから菫も剣も互いのことを覚えているし、剣は今も菫をかつての源氏名で呼んでいた。そもそも聡太郎達を尾行するため、菫は帽子と伊達眼鏡で変装していたが、剣は見抜いていたようだ。
「なんでこんなとこにいたんだよ? しかもお友達?と」
「まぁ色々あってね。さっきはありがと。皆剣さんに感謝してたわ」
「いえいえ。そりゃ君達みたいなカワイ子ちゃんが困ってたら放っとける訳ないじゃ〜ん。 で、一体どうしたんだ? 桜子があの店にいた時も、電話がかかってくるなんて滅多になかったのに」
「さっきはガキンチョなんて言ってたくせに。あの、実はね……」
ちょうどいいことに剣の方から用件を訊いてくれたので、ここで菫は本題に突入する。先ほど撮った心春の写真を送らなくてはならないため、菫は一旦電話を切る。LIMEで送った直後に既読がついたうえ、すぐさま剣から電話がかかってきた。
「もしもし、写真見てくれたわよね?」
「おう。あの子、知ってるも何も……しょっちゅううちの店に来てるぜ。……てか今もいるし。だって全く同じ小花柄のワンピ着てるもん」
「本当!?」
まさかの事実に、菫はつい声が大きくなってしまう。通行人数名が菫のいる路地裏を一瞥したのでハッとしたが。どうやら、デート中に心春に絡んで詰め寄ってきた男が言った、心春がホストに入れ込んでいるという話は本当であるようだ。それと同時に、心春が聡太郎からホストクラブで使う金を無心しようとしている疑惑も、一気に現実味を帯びてくる。
菫はショックを受けた半分やっぱりとも思いつつ、ラッキーだとも思った。何せ心春行きつけのホストクラブが、よりによって剣という知り合いのいる店なのだから。菫は再び小さな声で話を続ける。
「あのね、剣さん……落ち着いて聞いてほしいの」
「ん? その子がどうかしたのか?」
「その子は……未成年、てゆーか……高校生よ」
菫が重い口を開いた瞬間から……電話口の向こうからは暫しの間何も聞こえず、剣は絶句していたようだ。
「…………はぁ!? ど、どういうことだよ!? 彼女……シオンは前にハタチだって言ってたんだぞ!?」
その事実がよっぽど信じられないのか、剣はかなり取り乱した様子で菫に問い詰める。
(……あっちでは名前も年齢も偽ってたのね)
頭を抱えて大きなため息をついてから、菫は逆に冷静に問いかける。
「剣さん、ハタチって言ってるけど……身分証明書とか見せてもらったの?」
「それは……」
口籠る剣に、菫は追いついた様子で話を続ける。
「そういう店ならちゃんと確認するべきじゃない? ただ本人の口からハタチって言われただけじゃ……ねぇ。もし未成年が通ってることがバレたら、店としてもまずいでしょ?」
「………………でもなんで桜子がそんなこと……」
なぜそれを知っているのか訊かれ、菫はギクッとする。それを訊かれると……再び高校に通っていることを言わざるを得ないから。それでも剣なら秘密を守ってくれるだろうと信じ、菫は口を開く。
「その子、私と同じ高校の子で……」
「…………はぁ!? なんで桜子が高校に……」
「まぁ話すと長くなるから……その話はまた後でするわ。だから……」
途中で剣に驚愕されながらも暫く話した後で、菫は電話を切った。これで作戦通り……と少しだけニヤリと笑いながら、菫は駆け足でめぐる達の元へ戻る。
★
菫が栞里とめぐるのいる場所へ戻ったところ……今度はめぐるが誰かと電話をしている。しかも、結構イライラした様子で。
「待たせてごめんね。……めめちゃんどうしたの?」
「あっ、菫ちゃん……」
いきさつを全く知らない菫は栞里に何があったのか訊いてみる。すると、栞里はほとほと困った顔で口を開いた。
「あのね……生田目君、あのマネージャーの子何回か見たことあって、ホストクラブの近くをうろついてるところも見たことあるんだって。だからめめちゃんが電話してくれて、証拠写真撮ってきてって言ってるんだけど……面倒くさいからって嫌がってるみたい……」
「あー……」
凜までもがホストクラブに通う心春を目撃していたことに、菫はしめたものだと思った。ただ凜が面倒くさがって協力しないのも正直予想通りで……菫は頭を抱えてため息をつく。その間もめぐるは「だーかーらー! 写真撮るだけでいいって言ってるっしょ!」と言い放つ。きっと電話口の向こうの凜が突っぱねて押し問答になっていることは想像に難くない。見るに見かねた菫はめぐるの元へ距離を詰めると、スマホをあてがっていない方の耳に向かって囁く。
「……めめちゃん、代わって」
これに対し、めぐるは申し訳なさそうな顔をしながら片手合掌し、自分のスマホを菫に貸す。
「……あ、急にごめんね、生田目君」
まさか菫が電話に出るとは思わなかったのか、受話口の凜が喋り始めたのは電話を代わってから少し後のことだった。
「………………宮西?」
「ええ。私よ、生田目君。めめちゃんから話は聞いてるわよね?」
菫がそう訊くと、凜はかなり煩わしそうにため息をつく。そしてこう吐き捨てた。
「……あのさ、何で俺が全く面識もクソもねー奴をリークしなきゃいけねーんだよ? つーか誰だよあの女」
「淺間君の好きな人なの」
きっぱりと菫が言うと、凜は「あー……」と呟く。始業式の日、聡太郎が突如金髪にしたことと好きな人ができたことに、クラスの皆が盛り上がっていたことを思い出したらしい。しかし……
「別にいんじゃね? その女がどれだけホス狂いでもアイツが好きなら仕方ねーだろ」
凜はあっけらかんとこう言い切った。あまりに無関心な態度に菫も正直イラっとし、つい頭を掻いてしまう。それでも菫は深呼吸して落ち着きを取り戻し、冷静に凜に話を持ち掛ける。
「……そういうわけにもいかないのよ。あの女の子、どうやら淺間君にお金せびろうとしてるみたいなの。もちろんホストクラブで遊ぶためにね。だから、いくら淺間君が彼女に惚れてても……私達が止めないと」
なぜ心春のことをリークしなければならないのか説明した後で、菫はもうひと押しする。
「こんな繁華街に私達が遅くまでいたら危ないし……生田目君しか頼れないの。それにもし生田目君があの子のことリークしてくれなきゃ……淺間君は彼女から取られるだけお金を取られて大変なことになるわよ? それでもいいの?」
少々強めの口調で忠告した結果……やはり凜は何とも嫌そうに舌打ちをした。と思いきや……
「しゃーねーな…………写真撮ればいいんだろ?」
かなり渋々だが……凜は何とか了承してくれた。菫はすぐさまパッと笑顔になり、明るい声で礼を言う。ずっと横で聞いていためぐると栞里も何かを察したのか、二人で顔を見合わせる。
「ありがとう! あっ、あとその子、大体20時か21時頃に店を出るらしいから……」
「…………わかった」
「それと、写真取れたら私まで送ってね。それじゃ……お願いします!」
最後にそれだけ言ってから、菫は電話を切った。その直後、菫はめぐると栞里に向かって親指を立てる。
「……上手くいったわよ! 生田目君協力してくれるって」
「……すごいじゃんすー様!」
「あの生田目君を説き伏せるなんて!」
めぐると栞里は羨望の眼差しで菫を見て褒め称える。特にめぐるは電話を代わってもらうまで、何回お願いしても聞き入れてもらえなかったから。そんな二人に菫はニッコリ笑いながらこう言った。
「ひとまずこれで大丈夫かしら。生田目君、遅くても明日には証拠写真を送ってくれるはずよ。さぁ、めめちゃんも根本さんも遅くなるし今日は帰りましょ」
こうして菫達三人は予定よりだいぶ遅くなったが、漸く帰路に就いた。菫はめぐると栞里にはわからないようにこっそりと笑みを浮かべながら。
(本当はもう1つ大きな隠し玉があるんだけどね……)
★
翌日の放課後――
「あ、淺間先輩!」
「ごめん、待った?」
「全然ですよ~」
部活へ行く前に……聡太郎は屋上に足を運んでいた。そこには一足先に来た心春が既に立っている。風の強い屋上にいるせいで、艶のある綺麗な黒髪はふんわりと靡いており、聡太郎はついそんな心春に見とれてしまう。もちろん、聡太郎の明るい金髪もしっかり風に揺れているが。
この後で部活があるにも関わらず、こうして二人きりで会っているのには理由があり……。
「例の件なんだけど……2万円ぐらいでどうかな? チューチューランド行くんならギリギリ足りるぐらいかもしれないけど……」
聡太郎はおずおずと言いながら、制服のスラックスのポケットから財布を出す。聡太郎は普段必要な分の金しか持ってこないので、2万円でも学校まで持って行くのに神経を使わざるを得なかった。それでも金に困り果てている心春のためなら、聡太郎にとってはお安いご用だが。
財布を取り出した聡太郎に、心春は早速ニッコリ笑う。
「いえいえ十分ですよ〜。本当にありがとうございます。……まさか本当にお金出してくださるなんて」
「いやいや、坂本さんのためならこれぐらい安いもんだって」
そう言いながら聡太郎は財布から2万円を出し、心春に渡そうとした……
その時だった。
「ダメよ淺間君! お金渡しちゃ!」
いきなり第三者の声が聞こえびっくりすると同時に、聡太郎は咄嗟に声の出所である屋上の入口を見る。いつの間にか入口のドアが開かれ、菫・めぐる・栞里の女子三人組がそこに来ていた。
「な……何だよ?(皆協力してくれてたんじゃなかったのか?)」
まさかの事態に目を白黒させる聡太郎と、茫然とする心春をよそに、菫達三人はジリジリと距離を詰める。まずはめぐると栞里が、昨日のことについて重い口を開く。
「あっさんごめん。実は私達……昨日のデートの様子……ずっと見てたの」
「私達どうしても淺間君のことが心配だったから……ちゃんとデートできてるか……」
「……はぁ!?」
聡太郎はデート中ずっと三人に監視されていたことなど全く知らず……更に混乱して絶句してしまう。そもそも緊張していたのと、少しでも心春にいいところを見せたくて、周りを見ている余裕がなかったから。また、菫達がしっかり変装していたこともあって。
続いて、菫は早速淡々とあの話について触れる。
「で、あの時……あなた達変な男の人に絡まれてたわよね?」
「……あ、あの……坂本さんがホストにハマってるとか馬鹿げたこと言ってた奴か……?」
「ええ、そうよ」
カフェから駅へと向かっていた時のことを思い出しながら聡太郎が聞き返す横で、心春は一瞬だけギクッとする。その反応を菫は見逃さず……聡太郎にはっきりと現実を突きつける。
「あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけど……。
結論から言うと……その人の話、本当よ」
「…………は!?」
「!!!」
菫が告げた瞬間、聡太郎も心春も目を大きく見開いた。だが、聡太郎はすぐさま菫に食ってかかる。
「……言いがかりはよせよ! 坂本さんがホストなんかにハマってる訳ないじゃないか! だいたいあんな乱暴な奴の言うことなんか信用できる訳……」
そればかりか、心春もあの時と同様に目をうるうるさせて聡太郎に縋り付く。
「淺間先輩……この人達なんなんですか〜? あることないこと言ってきて酷いです〜」
ここにきて尚もしらばっくれる心春に、めぐるはドン引きし、栞里も冷たい視線を送る。しかし、菫にとってはこんな反応をされるのも正直予想通りだ。表情を変えないまま、菫は聡太郎ではなく心春に向かってこう告げた。
「……またそんな風にとぼけてもダメよ? ほら、こんな写真もあるんだから。……ね、シオンさん」
「!!!」
本名ではなく偽名の方で呼ばれ、心春は言葉を失う。何のことか理解が追いつかず、「えっ、シオン?」と聞き返す聡太郎はそっちのけで。それから間髪入れずに菫はスマホを取り出し、二人にある画像を見せつける。
★
スマホに映った画像を何度も瞬きしながら見て、聡太郎は案の定困惑する。
「……な、何だよコレ……?」
菫から見せつけられたのは……夜の街で寄り添い歩く男女の写真だ。それを見た聡太郎はもちろん当初は何が何だか全く理解できなかったが……あるものがふと目に入り、ハッとする。
(この服…………昨日坂本さんが着てたよな……?)
写真の中の女性が着ているのは、小花柄のワンピースで……あの時心春が着ていたものと全く同じだ。その女性は普段の心春と違って派手な化粧をしているが、よく見ると服だけでなく靴も昨日履いていたものと一致している。それに髪型も黒髪のセミロングと、心春と全く一緒である。
(まさかこの人…………坂本さん!?)
あまりにも普段のイメージとはかけ離れているので、聡太郎はこの女性が心春ではなく別人だとすら思っていた。だが、つい今隣にいる心春と彼女を見比べてしまうとやはり面影があり……漸く彼女が心春ではないかと思えてきた。
また、一緒にいる男はスーツを着たホスト風の男で……髪は聡太郎とほぼ同じようなホワイトブロンドに染めている。この男と心春の距離はかなり近いうえ、笑顔を見せている男に対して心春はウットリした顔だ。
「どうせ俺の金……またホストに入れ込んでたんだろ?」
聡太郎の頭の中に、あの時心春に絡んできた男の台詞が浮かんでくる。ただ……それでも聡太郎は心春を信じたくて、歯を食いしばりながら咄嗟に首を横に振る。
「いや……これは坂本さんじゃない!! 何かの間違いだろ? ……なぁ坂本さん」
男が心春に絡んでくる前、心春は確かに言ってくれていた。自分とまたぜひあのカフェに行きたいと。そしてお金に困っている話をしてくれたのも、自分を頼りにしてくれているから。聡太郎はそうだと信じて1ミリも疑わなかった。
しかし、聡太郎がオロオロしながら問い詰めても……心春は俯いて黙っているだけで、否定を一切しない。暫しの沈黙の後、心春はうんざりした顔で大きなため息をついた。
「あーあ……せっかく2万ゲットできて、恋都ともっと遊べるって思ってたのに」
「……え?」
「恋都」というのは、恐らく心春と一緒に写っているホストのことだと思われる。当然、聡太郎は耳を疑い呆然と立ち尽くす。そんな聡太郎を心春は冷ややかな目で見ながら、今度は笑い出した。
「ははっ…………淺間先輩ならそれらしい苦労話したらカンパしてくれるって思ったんですよ〜。だっていつもゲームの話ばっかりしてるし恋愛経験なさそうだし、騙されやすそうじゃないですか〜。おまけに剣道部の中じゃ家も裕福ですし。だから私愛想よくしてLIMEもマメに送って気に入られるようにしてたのに〜」
「………………」
笑いながら言ってのける心春に、聡太郎は二の句が告げないばかりか顔面蒼白になる。どうやらチューチューランドに行く話をはじめ、親から小遣いをもらっていない話も虚言だったようだ。その傍ら、めぐるは聞き捨てならないとでも言いたげにカッとなり、心春に詰め寄る。
「……そんなことであっさんに近づいたってこと? 自分が何したのかわかってんの!?」
「淺間君は本当にあなたのことが好きでデートに誘ったのに……」
栞里もめぐるに続き、悲しげな表情で呟いた。それでも心春は悪びれる様子もなく、淡々と話を続ける。
「恋都と遊ぶにはお金いるんでね〜。お金貰えるんなら何だってしますよ? ……それにしても元カレの奴、余計なことしてくれたんだから。もう別れてブロックもしたから3万円のことなんかとっくに忘れてると思ってたのに」
(あの絡んできた人、元カレだったのね……3万は流石に忘れられないでしょ)
呆れてため息をついてから、菫は心春にずっと気になっていたことを聞く。
「あなた、淺間君にこういう金髪の人が好みって言ったのよね? それってもしかして……」
そこまで言ったところで、心春は再び吹き出す。
「……そうですよ。私の好きな恋都がこの色だったからですよ! そしたら淺間先輩、速攻で金髪にしちゃって…………そういうところもチョロいな〜って思ったんです」
「…………」
「…………」
「…………」
尚もせせら笑いながらこき下ろしてくる心春に、聡太郎はヘナヘナとその場に座り込んだ。めぐると栞里も開いた口が塞がらず、最早鬼の形相で彼女を睨みつけている。
だが、菫だけは笑っている心春を冷ややかな視線で眺めているだけだ。
(思ってた以上に性悪だったわね…………でも笑っていられるのも今のうちよ……)
もちろん、心春の本性を暴露しただけで終わりではない。ただ金を巻き上げるだけのために純粋な聡太郎の心を弄んだのだから、しかるべき対応を取るべきだと菫は考えている。昨日、剣に連絡を取っていたのもそのためである。これから起こることを予想し、菫が不敵な笑みを浮かべたところ……どこからかドタドタと足音が聞こえてくる。
(あ、そろそろ来たわね……)
菫が睨んでいた通り、足音はどんどん屋上へと近付き……程なくして入口のドアがバンと勢いよく開いた。
★
屋上に入ってきたのは、体育教師兼生徒指導教師である森本と、心春のクラスの担任の女性教諭だ。急いでここに向かったのか、心春の担任の方は少し息を切らしている。だがそれからすぐ、すごい剣幕で心春を睨みつけ、先ほどの菫と同様にスマホを見せつけながら一喝する。
「坂本さん、これは一体どういうことなの!?」
「え、先生…………あ……!!」
それまで笑っていた心春の笑顔は一瞬で消え、再び黙り込んだ。
担任が見せたスマホに映っていたのは、菫が少し前に見せたようなツーショット写真ではなく……心春がホストクラブでガッツリ楽しんでいる写真だ。先ほどの写真と同じく恋都というホストと密着してソファに座っており、心春は満面の笑みでピースサインを作っている。しかも、その前のテーブルには酒が入っていると思われるグラスも置いてある。
いつの間にか菫・めぐる・栞里も、未だに座り込んでいる聡太郎に代わって、その写真を見に行っている。めぐると栞里は「やっば……」「こんな写真誰が……」と呟いて呆然と眺めている。その一方で、菫は別のことを考えていた。
(剣さん……なかなかいい写真撮ってくれたわね。そういえば淺間君とのデートではここまで笑ってなかったような……)
そう、この写真を撮影したのは剣である。愛する恋都とたくさん話してお姫様扱いしてもらっている時、うまく話をつけて撮らせてもらったと、剣本人から菫にLIMEで連絡があったのだ。それだけでなく、剣は学校にこの写真を直接メールで送り密告までしてくれていた。だから、今このように教師達が心春に問い詰めている訳である。ちなみに、恋都は彼女が未成年だったことにはまったく気付いておらず、事実を知るや否や「もう二度と来るな」と拒絶していたらしい。
全く言い逃れできない状況になった心春は……全てを諦めたかのように、遠い目をして大きなため息を吐き出した。
「…………先生にもバレちゃったか~。あ~……もっともっと恋都と遊びたかったのに~」
あっさりと認めたうえ悔しそうにブツブツ言う心春に、担任はすぐさま怒号を飛ばす。
「何なのよその態度は! この写真ホストクラブの方から送られてきたのよ? この人はうちの生徒じゃないかって。全く高校生がホストクラブで豪遊なんて……しかも他の子からお金借りて踏み倒すなんて……どういう神経をしているのよあなたは! とにかく今すぐ指導室に来なさい!」
「わかってるな? 坂本」
担任よりかは落ち着いた態度で、森本も念を押した。こうして聡太郎だけでなく学校にまでホストクラブでの豪遊を告発された心春は、教師二人に連行され入口までのろのろと歩を進める。が、その途中で……心春はふと立ち止まり、振り向いて聡太郎に視線を送る。
「あ、淺間先輩……」
「…………?」
再び心春に名前を呼ばれ、まだ座り込んでいる聡太郎はビクッとしながらも顔を上げる。あまりの衝撃に未だに声が出ないのか、無言のままだが。
そんな聡太郎に、心春は最後にこう告げた。
「あのカフェの紅茶シフォン……本当に美味しかっ たです。……これだけは本心なんで」
それからすぐに心春は踵を返し、担任と森本に連れられて屋上を出て行った。
(あーあ……淺間先輩、私のこと本当に好きだったのか……。……もっと早く出会ってたらなぁ)
自分のことを好きでいてくれた聡太郎を騙していたことに、今頃になって少しだけ胸が痛みながら。
★
心春と教室達が去ってからも、聡太郎は暫く立てずにいた。屋上の床に座り込んだまま俯いており……暫くすると身体を震わせる。
「……ッ……なんだよそれ!! 俺は本当に……っ、坂本さんのことを……」
自分は心春のことを信じてぜひ力になりたいと思っていただけなのに……どうしてこんなことになったのだろうか。怒りやら悲しみやら情けなさで最早感情がぐちゃぐちゃになり……聡太郎は珍しく声を荒げる。その声までもがどうしても震えてしまい、目には涙が溢れてくる。何せ心春のことを本気で想っていたのに、蓋を開ければ騙されていただけだったのだから……。
もちろん、菫達三人もこんなことになってしまうのは無理もないと思っており、聡太郎に同情せざるを得ない。
(淺間君……どうか早まるのだけはやめて……!)
場所が場所なので、菫はそればかり考えてしまう。その横で、めぐるは早速ぎこちなくなりながらも慰めにかかる。
「あ、あっさん……まだ付き合う前でよかったじゃん。その……本性がわかったのが。たぶん付き合った後の方が大ダメージだったっていうか……」
「そ、そうよ! 淺間君デートにも誘って凄く頑張ってたわよ! 今回はなんていうか……ハズレくじを引いたようなものじゃないかしら?
あの子なんかよりもずっといい女性なんかいっぱいいるし、淺間君ならまだまだ出会えるわよ。ほら、昔の芸人のネタで「35億」とか言ってたじゃない!」
菫もめぐるに続いて聡太郎を励ます。だが、最後の台詞を聞いてめぐるはキョトンとする。
「さ……35億? すー様何それ?」
「あ……(マジか……今時の子ってこのネタ知らないのね……!)」
またもゼネレーションギャップを痛感し、菫はぎょっとする。
一方、慰められている聡太郎は未だに頭を上げることができず……俯いて身体を震わせたまま頭を掻きむしっている。すると、ホワイトブロンドに染めた髪がハラリと一本、落ちてくる。その自分の髪を……聡太郎は何とも憎らしそうに睨みつけながら呟く。
「クソッ…………髪だって染めたのに……っ」
まさか入れ込んでいるホストと同じなんて当然知らず、聡太郎は心春が純粋にホワイトブロンドの髪が好きなのだと思い込んでいた。しかし今となっては……この色に染めてしまったことを激しく後悔した。
めぐると菫の励ましも虚しくすっかり意気消沈したままの聡太郎に、それまで黙っていた栞里がすぐそばまで距離を詰めてしゃがみこみ、口を開く。
「淺間君……、その髪…………似合ってるよ」
「…………えっ?」
栞里がそう言った瞬間、聡太郎は漸く頭を上げた。聡太郎の視界に飛び込んできたのは……栞里の優しい笑顔だ。ニッコリと細めた目も黒縁眼鏡越しに見えてくる。
そんな栞里に……聡太郎は正直ドキッとし、少しだけ顔が熱くなってくる。今思い出してみると、今まで自分に向けられていた心春の笑顔は、どこか嘘くさいような気がしないでもない。それに比べて栞里は……本気でこの金髪が似合うと思ってくれているのが伝わってくる。聡太郎がじーっと見つめてくる中、栞里は話を続ける。
「今はその髪見るだけでも辛いと思うけど……私は前の黒髪よりもこっちの方が華やかで素敵だと思うな。だから金髪続けてくれたら嬉しいんだけど……」
「…………」
栞里の言った通り、この髪を見る度に絶対に心春のことを思い出して辛くなってしまう……と聡太郎は思っていた。当然、今日は家に帰ったらすぐに黒に戻そうとも。しかし、そこまで似合うなんて言われると……そんな気持ちはすぐに吹き飛んだ。そればかりか……
「デートしてる時の淺間君……すごくカッコよかったよ! だから次こそは……ね!」
「……!!!」
栞里からハッキリ言われ、聡太郎は再び目を潤ませた。今度は少し前とは違い、嬉しくなって。それから暫く黙った後、聡太郎は栞里から視線を逸さずにおずおずと口を切る。
「………………あ、ありがとう。…………俺、……このまま金髪にするから……」
礼を言ってから栞里に告げた聡太郎は……少しだけ頬を赤く染めていた。これに対し、栞里はニッコリ笑いながら何度も頷く。
そんな聡太郎と栞里の様子をずっと黙って見ていた菫とめぐるは……まさかの展開に呆気に取られてしまう。
「……あれっ、案外切り替え早くね?」
「まぁいいんじゃない? 淺間君が元気になれるんなら」
意外と立ち直りの早い聡太郎に驚くめぐるだったが、菫はその様子をにこやかに見守っていた。新しい恋の予感を感じながら。
★
翌日、学校掲示板に貼られた『公ヶ谷タイムズ』の一面には……案の定、心春のホストクラブ通いの記事がデカデカと載っていた。菫が聡太郎に見せた、夜の街で心春とホストが一緒に歩いている写真もドーンと掲載してある。なお、この写真を撮ってくれたのは凜で、頼んだその日の夜に送られてきた。なお、心春の担任が持ってきた豪遊中の写真もある。
菫がこれらの写真を新聞委員長の暁に渡したところ……暁は嬉々として受け取ったのは言うまでもない。そして昨日は遅くまで学校に残って新聞を仕上げていた。
学校掲示板でそれを見た他の生徒達は……案の定、ドン引きしたりショックを受けていた。そもそも普段は清楚な雰囲気の心春だったから、そのギャップに驚愕してしまうのも無理はないだろう。
ちなみに風の頼りによると、心春は剣道部のマネージャーはおろか学校も辞めされられたらしい。しかも被害者は元カレ以外にも複数人いたらしく……彼らに金を返すべくバイトに専念するのだとか。
(…………まぁ俺にはもう関係ないけど)
聡太郎も掲示板前に立ち、無表情でその記事を眺めている。髪の色は昨日栞里に言った通り、ホワイトブロンドのままで。今日も鏡や電車の窓ガラスに反射する自分を見て、やはり昨日の辛い記憶を思い出してチクリと胸が痛くなる。ただし、それだけでなく……栞里に褒められた嬉しい気持ちも蘇ってくる。
というより今となっては後者の方が勝っており、聡太郎はもう金髪にしたことを後悔しておらず……むしろ染めてよかったとすら思っている。
(暫く続けてみるか……この金髪を……)
自分の髪をいじりながら、聡太郎はそんなことを考えていた。ちょうどその時、ドタドタと複数人分の足音が耳に入り、聡太郎は思わずそれが聞こえた方に振り向く。すると、3組の一部の男子達がただならぬ様子で自分の方に駆け寄ってきた。
「あっさん大丈夫!? 酷い目に遭ったな」
「本当大変だったね〜」
「何だよあの女!? あっさんがあれだけ想ってたのに」
「ったく……ひでぇ女さぁ〜」
「もうあんな子なんか忘れちゃえよ〜」
挨拶もそこそこに、寛斗・悠太・成一・日向・雅哉は聡太郎を気遣い同情する。どうやら新聞を見て聡太郎のことが気になり、いち早く飛んできてくれたようだ。
(皆……俺のことこんなに心配してくれてたのか……)
そんな寛斗達に、聡太郎はありがたく思うのと同時にふふっと笑い、あっさりと言い放った。
「……あぁ、もう大丈夫だよ。皆ありがと!」
そう言った聡太郎に……寛斗達は逆に面食らってしまう。
「……え? ……どうしたんだよあっさん」
「もっと落ち込んでるって思ってたのに……」
「じぇんじぇん平気あらに〜」
成一・寛斗・日向が口々に言うが、聡太郎はクスクス笑うだけだった。
そんな3組男子達に……ある人物がズンズンと距離を詰めていく。それにいち早く気付いた寛斗はすぐにうんざりした顔に変わり、ため息をつく。
「やぁ! 久しぶりだな〜! 熱海なんかに行ってた庶民のお前らにやっと会えて嬉しいぜ!」
一学期の時と全く変わらず不遜な態度で近付いてきたのは……1組の丈一郎だ。相変わらずふんぞり帰っている丈一郎に、寛斗以外の男子達も冷ややかな視線を向ける。そもそも、こちとら丈一郎なんぞ別に会いたくもないのだが。
「……おはよう。確かに久しぶりだな。お前始業式来てなかったし」
「二学期早々サボるとか中々のワルだねぇ〜」
寛斗が渋々返事し、悠太がクスクス笑いながら揶揄うと、丈一郎はすぐに眉を吊り上げ怒号を飛ばす。
「サボってたんじゃねぇよ!! いいか、俺は始業式行きたくても行けなかったんだぞ! ハリケーンが来て飛行機止まりやがるし、やっと帰ってこれたと思ったら時差ボケで体調崩して寝込んで昨日も休んじゃったし……」
そういえば剣道部でそんな話していたな……と聡太郎は丈一郎が言ったところで思い出した。尤も、つい先ほどまですっかり忘れていたのだが。
相変わらず冷たい目で見ている3組男子達をよそに、丈一郎は尚も一方的に喋り続けている。
「まぁ帰ってからはアレだったけど楽しかったぜ〜! 夏休み丸々ハワイなんて最高だよ! 美しい海でイルカと泳げてサーフィンにシュノーケリング、水族館や動物園も行ったし、活火山も見に行ったなぁ。あとはショッピングに美味しいものも堪能できたね! だからまたちょっと太っちまったぜ。
それに比べてお前らは熱海…………ってええ!!??」
丈一郎がベラベラ喋っているうちに……いつの間にか3組男子達の姿は忽然と消えていた。もちろん寛斗達は無駄話かつ自慢話に付き合っていられず、丈一郎が話に夢中になっている間にこっそり逃げ出していたのであった。




