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59ページ目 菫さんと遅れてきた高校デビュー 中編


 待ちに待った日曜日の14時前、聡太郎はとある駅前にいた。かなり落ち着かない様子で、スマホの時計を見ながらその辺をふらふらと歩き回っており……まるで不審者のように見えなくもない。そもそも逸る気持ちを抑えられず、本来の待ち合わせ時間より1時間も早く着いてしまったのだ。

 服装については直から手解きを受けた通り、グレーのシャツに黒のパンツとシンプルに纏めている。それでも、姉二人から「ちょっと地味じゃない?」とダメ出しされたので、想い人が気に入ってくれるのかはイマイチ自信がない。

 そもそも……ああ言ってくれたけれど、本当に心春はここに来てくれるのだろうか? 聡太郎は緊張するだけでなく、どんどん不安になってしまう。


(いや、でも……まだ30分も前だし俺が勝手に早く来ただけだから……。それに坂本さん、「行きましょう」ってちゃんと言ってくれたんだし……)


 そう、今日は聡太郎にとっては念願の……心春と初デートに行く日である。この駅はデートの行き先であるカフェの最寄り駅だ。待ち合わせの時間はまだ少し先なので、聡太郎はブンブンと首を横に振り、心春がまだ来るはずはないと自分に言い聞かせる。実は心春も予定より早く……なんてことを全く考えなかったわけではないが。


 時間が経つにつれ……心拍数はより高くなる。聡太郎は更に落ち着かなくなり、頭を掻いたり髪を触ったり手を揉んだりしながら、やはり歩き回っている。もう既に駅周辺を十数回は往復しているはずだ。そうこうしているうちに心春の最寄り駅の方向から、待ち合わせの時間に一番近い到着時間の電車が停車する。程なくして、駅の階段を下りていく見慣れた黒髪セミロングヘアの彼女の姿に、聡太郎は目を奪われた。


(……あっ! 本当に来てくれたんだ……! 私服姿も可愛い……)


 よく似合う小花柄のワンピースを着た心春に、聡太郎は照れながらおずおずと手を振る。すると、心春の方も聡太郎の存在に気付き、笑いながら手を振り返してくれた。ここまで愛想良くしてくれるとは思わず驚く聡太郎に、心春はどんどん距離を詰めて遂に目の前までやってきた。


「淺間先輩、待っててくれてたんですね! 結構待った感じですか?」


「い、いや……今着いたとこだよ」


 流石に1時間も前から待っていたなんて言えず……聡太郎は咄嗟に出任せを言った。






 その頃、聡太郎と心春が行く予定のカフェでは――


「……そろそろかしら?」


「……だね?」


「今駅から歩いてるとこじゃね?」


 日曜日であるうえ、そろそろおやつの時間ということもあり店内は賑わっている。カップルはもちろん友達同士で来ている客もいれば、反対に一人の客もいる。

 目立ちにくい壁際の一番端の席でヒソヒソ話をしている女性三人組は……菫・栞里・めぐるである。この三人は聡太郎の初デートが上手くいくか心配で……彼らよりも早くカフェに来て偵察することにした。   

 もちろん聡太郎にバレないよう、三人とも軽く変装をしてきた。菫は伊達眼鏡をかけて帽子を被ってハイヒールを履き、めぐるも同じく伊達眼鏡にいつもと違って髪を下ろしている。逆に普段は眼鏡をかけている栞里は眼鏡を外し、パーカーのフードを被っている。


「てゆーかネモちゃん……眼鏡なしで本当に大丈夫なの?」


 相変わらず小さな声で心配そうに訊くめぐるだが、栞里は意に介さない様子で「うん」と即答する。


「だってお茶してる時は遠いとこ見ないじゃ〜ん」


 笑いながらそう言ってのけた栞里に……めぐると菫は本当に大丈夫なのかと言いたげにため息をつく。菫の頭に思い浮かんだのは、カフェに入る前のこと。眼鏡なしの栞里は駅の階段を踏み外して転んだり、歩いている時にもあわや電柱にぶつかりそうになっていた。そもそも栞里の視力は両目0.05なので……菫も心配になってしまう。


「……カフェ出た後ぐらいは眼鏡かけていいんじゃない?」


 怪我をしてはならないので、菫はそう勧めたものの……栞里は頑なに首を横に振る。


「ダメだよ〜! カフェ出た後も淺間くんとマネージャーの子が別れるまで様子見るんでしょ〜? それなら外さないとまずいって」


「まぁそーだけど……気をつけなよ」


 めぐるが栞里に釘を刺したところで、ドアベルの音と「いらっしゃいませ〜」と出迎える店員の声が聞こえてきた。新たに入店した客の姿を見た菫は思わず人差し指を口につけ、「しーっ」と言う。


「……来たわよ、淺間君達!」


「おっ、マジか」


「わかった!」


 めぐると栞里もそれだけ言った後、黙って入口の方へと目をやる。そこには、まだ見慣れない金髪姿の聡太郎と隣に心春と思しき女性が立っていて、店員に席を案内してもらっている。


(あらまぁ……坂本さん?って子結構可愛いわね。あんな清楚な感じだったら確かに淺間君とお似合いよね……


 ……それにしてもこんな子が金髪男子が好きなんて意外ね)


 まだほんの少しパッと見た程度だが、清潔感のある心春に菫は好印象を抱いた。その割に、金髪の男が好きだというのがどうしても心に少し引っかかってしまうが。



 聡太郎と心春が座ったのは……菫達の席から通路を挟んだ真向かいの席である。思いの外近くの席になったので三人は一瞬驚くも、何とか落ち着きを取り戻す。幸い、聡太郎は自分達に背を向けており、誰も心春とは面識がないので恐らくバレていない。それをいいことに、菫達はテーブルの上のスマホを見る振りをしては時折飲み物を口にしながら、二人の会話を盗み聞きする。


 聡太郎と心春はメニューを決めて注文した後、早速会話を始める。


「淺間先輩、こういうオシャレなお店よく行くんですか〜?」


 どうやら聡太郎の期待通り、心春はこの店が気に入ったようで目をキラキラさせている。そんな心春に聡太郎は少しだけニヤけながらも、首を横に振る。


「いや〜……初めてだよ。だから……ちょっと……緊張しちゃって……」


 返事するだけでなくもう一言言わなきゃと思い、聡太郎は頭をフル回転させて何を話すのか考え、絞り出した。尤も、このカフェでなくても緊張はしていただろうけれど。そんな聡太郎に、心春は微笑ましそうにふふっと笑う。


「先輩も初めてなんですね〜。……まぁ私もですけど」


「……え、本当?」


 流石に心春は自分よりもこういう店に行く機会はあるだろう……と聡太郎は思っており、まさか心春も初めてとは全くの予想外だった。思わず聞き返すが、心春は大きく頷くだけだ。


「はい。お茶する時はだいたいナクドですね〜。それか……スーパーでコーヒーとか紅茶買って飲む感じですよ」


 心春は笑いながらそう言ってのけた。自分が思っていたよりも、彼女は財布の紐が固いしっかり者だと認識し、聡太郎はますます好感を抱く。


(やっぱり浪費家よりも節約上手な子の方がいいよなぁ……金遣いが荒いとやっぱり苦労しそうだし)


「確かにスーパーでジュースとか買う方が安く済むもんな~。こういうとこだと数千円はかかるし……あ、今日は俺がご馳走するから」


「いいんですか? ありがとうございます!」


「だって俺から誘ったんだし、せっかく来てくれたんだから……」


「そりゃ行きますよ! 淺間先輩のお誘いですから」


 笑顔でそう言う心春に、聡太郎は顔を赤らめる。席が近いおかげで聡太郎と心春の会話は、菫達三人にバッチリと聞こえてくる。二人の会話にじっと耳を傾けている菫・めぐる・栞里は早くもニッコリする。


(なかなかいい雰囲気になってきたわね……このまま会話がもっと弾めばいいんだけど)


 なかなか良い雰囲気にはなっているものの、ここで注文したものを店員が二人の元へ持ってくる。一旦会話が途切れるも、聡太郎はここで別の話を切り出した。


「坂本さんは休みの日とか何してるの?」


 聡太郎が心春にそう聞いた瞬間、菫達三人はホッとする。デートの日程が決まってから、この日までの聡太郎は何を話したらいいのかかなり困っていたからだ。それに対し、女子達は聡太郎に「今ハマっているもの・ことの話」「最近あった面白い出来事」「好きな食べ物」「休日の過ごし方」などの話をすれば良いと指南していた。早速実践してくれたので、栞里はニヤリと笑みを浮かべる。


(早速休日の話きたーーー! 恋愛漫画でもその話するのは鉄板だもんね!)


 栞里は頭の中でテンションが上がりまくるが、それでも聡太郎にバレないように態度に出さずおとなしくする。一方、休日の過ごし方を訊かれた心春はハッキリ答える。


「休みの日ですか? だいたいバイトですよ」


「えっ! そうなんだ……」


「……どうしたんですか? そんなに驚いて」


「いや驚いたって程じゃないけど……それだけ節約しているのにバイトって……」


 これには聡太郎だけでなく、菫・めぐる・栞里も意外に思った。その理由は聡太郎が言ったことと全く同じである。


(あら、節約もしてバイトもしているのね。……どこかの誰かさんみたいに貯金が趣味なのかしら?)


 その「どこかの誰かさん」とは凜のことであるが……ただ心春はそういう訳ではないようだ。聡太郎が呟いた後、どういう訳か心春の顔が少し曇る。この表情の変化に、聡太郎は恋愛とは別の意味でドキッとする。


「あ……ごめん。俺、何か嫌なこと言った?」


「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」


 反射的に謝ってしまう聡太郎だったが、心春は首を横にぶんぶん振る。彼女の表情は相変わらず曇ったままだが。


「……どうしたの? 悩みがあるんなら……俺でよかったら……」


 急に重たい空気になり、聡太郎だけでなく菫達も何があったのか気になってしまい、全集中して聞き耳を立てる。いつの間にか目を潤ませている心春は、聡太郎に言われるがまま重い口を開く。


「うちの親……すごく厳しいんですよ。おこづかい全然くれないですし、遊ぶお金が全然ないんです。だからこうしてバイトしてできる限り節約してます」


「えっ……おこづかいナシはちょっと……」


「そうですよね~? 友達と遊びに行くからお金欲しいって言ってもダメですし、部費とか遠征費も自分で払えって言うんです。……正直キツイですよ。毎月カツカツなんです」


「……マジか! それは酷いなぁ」


 もちろん聡太郎は部活の費用は全て親に出してもらっているので、これには耳を疑わざるを得ない。聡太郎だけでなく、菫達も唖然とした。


「えっ、もしかして毒親ってやつ?」


「……ぽいね~」


 めぐると栞里がヒソヒソ話す中、菫も心春に同情する。


(ええ……高校生でおこづかいナシはキツイでしょ……。いくらバイトできるとはいえ、学校もあって部活も勉強もあってそこまで時間が取れないし、給料もたかが知れてるわよね。それじゃまともに青春を謳歌することだってできないじゃない……)


 未だに浮かない顔の心春は、更なる窮状を聡太郎に訴える。


「来週あたり仲良しグループの皆でチューチューランドに行こうって言ってるんですけど……お金が全然なくて私だけ行けないかもしれないんです」


「チューチューランド? あそこは一日楽しむだけでも結構金かかるよな? 入場料だけでも1万はするし」


「……そうなんです〜。土日祝日しか行けなくて余計高くなりますし……」


 弱々しい声で言いながら、心春はガックリと俯いてしまう。聡太郎にとって、度々元気をくれる心春のこんなに悲しそうな顔を見るのはこれが初めてだ。


(坂本さん……いつも俺のこと励ましてくれて差し入れもくれてたのに、こんなに苦労してたのか。そういえば、差し入れの飲み物やお菓子もその辺で普通に売ってるやつだったな……。まぁ俺はそれでも嬉しいけど。

 日頃からよくしてくれてる坂本さんだから……ここは俺が何とかしないと! 先輩として、それに……坂本さんが好きだから……)


 心から心春を不憫に思った聡太郎は、アイスミルクティーを数口飲んでから、真剣な顔で彼女の目をじっと見つめて口を開く。


「坂本さん……言ってくれてありがとう。……お金ぐらいいくらでも出すよ!」


「……えっ!?」


「だって……坂本さんはいつも俺のこと励ましてくれてるじゃないか。だから……今度は俺が坂本さんの力になりたくて……」


「淺間先輩……!」


 それまで曇っていた心春の表情が、漸くパッと晴れやかになった。やっといつもの心春に戻ってくれて安心した聡太郎だったが……なぜか苦笑いする。


「……って言ったけど実は俺、今5,000円しか持ってなくて……。だから今すぐは無理だけど、明日なら……」


「あ、全然大丈夫ですよ! てゆーかこんな暗い話しちゃってすみません。せっかくお茶してるのに」



 困り果てた心春を聡太郎が助けるシチュエーションを、栞里はうっとりした表情で眺めていた。


「淺間君優し〜! 付き合うんならやっぱり困った時に助けてくれる人じゃないとダメだよね〜」


 そう囁いた栞里とは裏腹に……めぐるは茫然としている。


「……え? あっさんがお金出すの?? それちょっと違くね?」


「……めめちゃんもそう思ってたのね」


 聡太郎が金を援助するという展開に、菫もめぐると同じく懐疑的に思っていた。その一方で、今度は栞里が信じられないと言いたげな顔をする。


「え、なんで!? 困ってるんだから助けないと……」


 戸惑う栞里だが、めぐると菫は真っ向から反論する。


「いやそれはそうなんだけど、お金のことになったら話は別じゃね?」


「私もめめちゃんと同意見よ。お金あげたり貸し借りなんかしたら絶対トラブルになるだろうし。友達だろうが家族だろうが恋人だろうがね(私、前に清宮君から100円貰ったことあるけど……)」


「そーそー! 私もお金は貸さないし借りないようにしてるし! てか部活の先輩に頼む前に、友達にチューチューランドはお金かかるから別の場所にするように頼むのが先じゃね?」


「そうよね。そもそも…………バイトして節約もしてるのに金欠ってそんなことあるのかしら?」


「……確かに!」


 一気に見る目が変わる菫・めぐるに対し、栞里だけは心春の肩を持つ。


「いや、それも学費とかにされてるかもしれないし……あ、ちょっと私トイレ行ってくるね」


 いつの間にか聡太郎と心春そっちのけで、小さい声だが菫・めぐる・栞里の話は白熱するばかりだった。その合間に栞里は席を立ち、トイレに向かったところ……ゴツンと鈍い音と共に、早速柱に激突した。


(ちょっ! ネモちゃん!!)


(大丈夫!?)


 めぐると菫は思わず声に出しそうになったが、何とか飲み込んだ。一方、聡太郎と心春も柱にぶつかる栞里を「痛そうだな……」と言いながら見つめていたが、すぐに何事もなかったかのように会話を続けた。ぶつかった人が栞里だとは気付かずに。






 聡太郎と心春が席を立ったのは、それから2時間ほど経ってからのことだった。支払いを終えて店を出る二人を、菫と栞里は気付かれないように細心の注意を払いながら後をつける。めぐるは自分達の分の支払いをしてくれており、後から合流する。


「どうもごちそうさまでした!」


「いえいえ」


「あのカフェの紅茶シフォン美味しかったですね〜」


「本当? 坂本さんの口に合っててよかったよ」


 たわいもない会話をしながら、聡太郎と小春は駅に向かって歩く。どうやら菫に指南された通り、カフェ以外はどこにも寄らずにまっすぐ帰るらしい。あのカフェの紅茶シフォンをすっかり気に入った様子の心春に、聡太郎は満足げに笑みを浮かべる。

 そして、このタイミングで聡太郎はあともう一押しする。



 

「そこまで気に入ってくれたんなら……また坂本さんと行けたらいいんだけど……」


「……ほんとですか!? ……ぜひまた行きたいです、淺間先輩と……」



 

 まさかの一言に、聡太郎は耳を疑い目を見張った。自分だけの一方通行ではなく、心春も同じことを思ってくれていたなんて夢にも思わず。当然、天にも昇るような気持ちになった聡太郎は再び顔を赤らめながら、キラキラ輝く瞳で心春を見つめる。心春もまた、優しい微笑みを浮かべている。


(これは……イケそうじゃないか!? 脈なしなら普通2回目はもうないだろうし……)


 今日の初デートを通して、聡太郎は確信した。心春も自分のことを想っていてくれていると。


「キャ~! これはイイ感じじゃない~!?」


 物陰から覗きつつ、まさしく少女漫画のような展開を見た栞里は大興奮しながら見とれている。しかし……菫はどうもそんな気分になれない。なぜなら、心春が「ぜひまた行きたいです」と言う前……一瞬だけ何とも言えない笑みを浮かべたからだ。素直に喜んでいたり嬉しいからこぼれる笑みではなく、不敵な笑いやせせら笑うといった類の笑みである。ただ、本当に一瞬だったので聡太郎や栞里は全く気付かなかったようだが。


(……何だったのかしら、あの笑いは。まぁ私がそう見えただけかもしれないけど……)


 どうしても心に引っかかるが、菫は気のせいだと判断して再び聡太郎と心春の様子を観察し始めた。栞里と一緒に物陰に隠れながら見ていると、歩いている二人の数メートル先に、別の男性四人組が反対方向から向かってくる。暫くして聡太郎と心春とその四人組がすれ違ったところ、その中の一人が聡太郎達の方を見るなり突如表情を変えた。その表情は……鬼の形相と言ってもいいほど、鋭い視線で睨みつけている。そればかりかその男は踵を返して、そのまま通り過ぎようとした聡太郎達の方へ向かい……



 

「キャッ!」


「おい! お前……心春だろっ!?」



 

 あろうことかいきなり心春の腕を掴み、怒鳴りつけた。何の前触れもなく起こったこの事態に心春は怯え、聡太郎はただただ驚いてその場に固まってしまう。


「えっ? 何?」


「どうしたのかしら?」


 当然、後をつけている栞里と菫も何が起こったのか全く分からず、呆然とその様子を眺めることしかできない。その一方で、心春が輩に絡まれていると判断した聡太郎は、まずは心春と男の間に入って注意する。


「ちょっと……何してるんだよ? 手荒な真似はやめろ!」


 しかし……男は全く怯まないどころか聡太郎に言い返したうえ、怒り心頭な様子で心春に捲し立てた。


「うるせぇ! 関係ない奴は口を出すな! 

 おい心春……俺、少し前お前に3万円貸したよな? まだ返してもらってねぇんだけど? しかもLIMEもブロックしやがって音信不通になるとかどういうことだよ!? 貸した金も返さないまま男と遊びやがって……」


「……は?」

 

 聡太郎はもちろん、こっそり聞いている菫と栞里も呆気にとられる。



「……え? 何? 揉めてるの?」


 しかも、ちょうどその時にめぐるが合流し、彼女も何が何だか全く理解できない様子でこの修羅場を呆然と見つめている。


「あ、めめちゃん……なんかあの男の人がマネージャーさんに絡んできて……」


「そうなのよ……私達も何が何やら……」


「ええ……」


 とりあえず菫達は引き続き聡太郎達の様子を見る中……男は更に心春のとんでもない話を暴露する。


「どうせ俺の金……またホストに入れ込んでたんだろ?」


「……はぁ!?」


「!!!」


 開いた口が塞がらなくなる聡太郎に対し、心春は一瞬だけ目を見開いた。しかし、心春はすぐに涙を浮かべ……聡太郎にこう訴えた。


「……誰ですか? 私あなたのこと全然知りません! 淺間先輩、この人酷いです! 見ず知らずの私に変な言いがかりつけて、私がホス狂いだなんてデマを言って!」


「なっ……!!」


 全否定された男はただただ驚き呆れ、思わず口をつぐんでしまう。それをいいことに、もちろん心春を信じている聡太郎は男を睨みつけて反撃に出る。


「ほら、こう言ってるじゃないか。いい加減その手を放せ! これ以上彼女に絡むのなら警察を呼ぶからな!」


 聡太郎が言い放つも……男は鼻で笑うだけだ。


「警察ぅ……? 笑わせんなよ! そもそも心春が俺の金を盗んだような……」


「違うって言ってるだろ!」


 男に負けじと、いつになくすごい剣幕で睨みつける聡太郎に……流石に男も怯んで黙り込んでしまう。こうして一触即発の修羅場となっているところで、男はふと我に返った。気が付くと、周りにいる通行人達がヒソヒソ話をしているうえ、いつの間にか男の仲間達が止めに入っていた。こんな状況のおかげか男は落ち着きを取り戻し、漸く心春の腕を掴んでいた手を離す。そして男は舌打ちをしてから、その場を離れていった。


「坂本さん、大丈夫? ……一体何だったんだよ、アイツ……」


「は、はい……大丈夫ですよ。……た、たぶん……人違いじゃないですか?

 そんなことより、淺間先輩……助けてくれてありがとうございます」


「ど、どういたしまして……」


 見事に心春を男から救い、感謝の気持ちを伝えられる聡太郎を……栞里は再びうっとりと眺めていた。


「淺間君……カッコいいじゃん! 正直こんな淺間君初めて見たんだけど。 変な男からマネージャーさんしっかり守り抜いたんだから!」


 普段はクラスの中でも大人しい方であり、滅多に怒ることのない聡太郎のこの剣幕を見るのは、三人にとっては初めてのことだった。そんな聡太郎を褒めちぎる栞里をよそに、菫は考え込む。


(いきなり絡んできた人の話を信じるのも何だけど……もしあの人の話が本当だったら……点と点が線で繋がるような気もする。もし本当に後輩さんがホス狂いなら、バイトしたり節約したりしてもお金がない理由になるわよね……。友達と遊ぶ話も……本当なのかしら?

 それにあの男の人が、わざわざ淺間君とのデートを邪魔してまで詰め寄ったってことは……相当困ってたのかもしれないわ。で、後輩さんの顔を見てあそこまで怒ったのかも……)


 考えれば考えるほど、菫には心春が怪しく思えてきてしまう。そもそも、心春は……本当に聡太郎が好きで一緒にカフェに行ったのだろうか?それとも、また何か別の目的があったのか……。

 尚も三人で聡太郎達を尾行しながら、ある決意をした菫はめぐると栞里にそれを伝える。


「めめちゃん、根本さん。私後でちょっと……あのマネージャーさんの後つけようと思うの」


「……えっ!? 何で?」

 

 やはり心春の肩を持っている栞里は驚くも、めぐるはうんうんと頷いた。どうやらめぐるは菫と同様に、引き続き心春に対して疑いの目で見ているようだ。


「やっぱりなんか怪しいじゃんね!日のないところに煙は立たないって言うし。もしかしたらさ……これから暗くなってくるし今日も行くんじゃね? ホストクラブに。そんな奴にお金取られるなんてあっさん可哀想じゃん!」


「そうよね! なかなかきな臭い話になってきたし。あ、淺間君とあの子、駅に入ってったわ。私達も行きましょ!」


「ちょっ、ちょっと……待ってよ〜」


 唯一心春をまったく疑っていない栞里も、菫とめぐるに言われるがままついて行った。




 聡太郎と別れた後、心春は彼とは反対方向の電車に乗った。確かに心春の家はこの方面らしいと聡太郎から聞いており、もしかすると真っ直ぐ家に帰るだけかもしれない。だがそれでもホス狂いが本当なのかどうしても気になり、菫達三人は同じ車両の少し離れたところから固唾を飲んで見守っている。

 暫くして心春の家に一番近いという駅に着いたものの……心春はスマホをいじったまま降りようとしない。そして電車のドアはあっさりと閉まった。


「あれ……降りなかったね……」


「なぁ……」


 栞里とめぐるが小声で会話を交わす中、菫はここにきて本格的に嫌な予感がしてきた。この先に……菫の元勤務先がある繁華街の最寄駅があるからだ。夜の店が多数存在するこの繁華街には、当然ホストクラブもある。


(あの駅で降りたら……より怪しくなるわね。……あ!!)


 菫の嫌な予感は的中し、心春はその駅で電車を降りた。三人も続いて電車を降りる。



「何でここで降りたんだろう……?」


「やっぱり……アレじゃねーの……」


 帰宅ラッシュに差し掛かり、駅では多くの人がごった返している中、菫は心春を見失わないようにこっそりと追う。再びヒソヒソ話しながら、栞里とめぐるもついてくる。


 改札口へ行く前に……心春はまず女子トイレへと向かう。流石に三人揃ってトイレに行くのは怪しまれそうなので、ここは代表して菫が尾行する。

 心春が向かったのは化粧室で、スマホを見ながら顔に白粉を塗り始める。菫もリップクリームを塗りながら、心春の様子を横目で眺めている。続いて心春はアイメイクを施していくが……思いの外派手なメイクで、菫は正直驚いた。キラキラ光るラメのアイシャドウと黒の囲み目アイラインに、ガッツリ塗られたマスカラと……それまでの心春の清楚な雰囲気には合っていない。


(あらら……結構派手なメイクしてるのね。ぶっちゃけメイク前の方が可愛いのに。てゆーか淺間君がこの姿見たらショック受けそう……)


 こうして菫がびっくりしている間も心春はメイクを済ませ、化粧室を後にする。慌てて菫も心春に続いて出て行く。派手なのは目元だけでなく、唇も赤いリップで彩られており、聡太郎とカフェに行っていた時の面影はほぼない。化粧室から出た心春を見て、めぐると栞里もその変貌ぶりに目を疑ったのは言うまでもない。


「えっ! あの子がさっきのマネージャー!? さっきと全然違くね!?」


「本当……違う人かと思ったわ」


 めぐると栞里はが目をぱちくりさせる中、再び三人で尾行を開始する。改札口を出た心春が向かった方向は……やはり繁華街のある方向だ。


(やっぱり……あの男の人が言ってたことは……。派手なメイクしてこんな繁華街を歩いてるんだし……)


 あとはホストクラブに入る決定的瞬間さえ……と思いながら、菫がスマホを手に持ったその瞬間だった。




「ちょっとアンタ、何ぶつかってんだよっ!」


「す、すいませ〜ん……」




 振り向いた菫の目に入ったのは……派手な服装の水商売風の女が栞里に絡んでいるところだった。どうやら眼鏡をかけていない栞里がぶつかってしまったらしい。ブチギレる女に栞里は完全に怯え、めぐるが間に入る。


「ご、ごめんなさーい! こ、この子今日眼鏡忘れちゃって」


 めぐるが弁解するも、女の怒りは収まらない。


「はぁ? 知らねーよ! てかどこに目が付いてんだよバカ!」


 更に怒号を上げてくる女に、栞里はもちろん普段は気の強いめぐるでさえもビクついてしまう。ただならぬ雰囲気に、菫も心春のことはそっちのけで咄嗟に栞里達の元へ急ぐ。


「ちょっと……やめてください! わざとぶつかったんじゃないんですよね?」


「うるせぇな! 引っ込んでろよチビ!」

 

 女が菫にも暴言を吐いたところで……女の背後にまた別の人物がじりじりと近付いたうえ、声を掛けてくる。その人物は髪を金髪に染めた30代ぐらいの男だ。

 なぜか菫はその男を見た瞬間、ビクッとする。前にいる栞里とめぐるは気付いていないが。


「ちょっとそこのおじょーちゃん達〜、な〜にやってんだ〜?」


「あっ、(けん)さん! ちょっと聞いてよ! こいつら私にぶつかりやがったんだけど!」


 女は菫達を指差しながら、剣と呼ばれたその男に訴える。めぐると栞里は仲間が来たのかと思い、更に怯え出す。一方、菫は二人の後ろで男に向かってガンを飛ばしている。唇に人差し指をつけながら。そのジェスチャーに気付いた男は菫を一瞥するも、すぐに目を逸らす。


「……まぁまぁ落ち着きなって〜。相手はガキンチョなんだから。さ、早く店行かないと遅刻しちゃうぞ〜」


「で、でも……」


「じゃ、俺と一緒に行こうか」


 男は菫達に「ごめんね」と謝ると、女の肩に手を回して半ば強引に引き離し、彼女と共に夜の街に消えて行った。誰がガキンチョよ……と心の底で思う菫をよそに。そして栞里とめぐるは当然心の底から安堵し、男の後ろ姿に向かって「ありがとうございます!」と言った。

 

「あ〜、怖かった……」


「大丈夫? 根本さん」


「うん、大丈夫だけど……」


 怒鳴られただけで怪我はなかったものの……栞里は顔を曇らせる。その傍ら、めぐるは女の姿が完全に見えなくなったのをいいことに、怒りながら愚痴をこぼす。


「……ったく、何だよあのガラ悪い女! うちら忙しいのに絡んで来やがって……」


「ごめん。私がぶつかったせいで、せっかくマネージャーさん追いかけてたのに見逃しちゃったね……」


「ネモちゃんは悪くないよ! あの女が……」


「ちょっと待って!」


 しょげている栞里と慰めるめぐるに、菫は新たに編み出した作戦を二人に提案する。スマホで撮ったある画像を見せながら。


「まだ諦めるのは早いわ。ここは……この近所の人にちょっと協力してもらいましょ! めめちゃん、この写真を生田目君に送ってくれないかしら? まずは……そうねぇ、この真ん中の派手なメイクの子見たことある?って」


「……え!? すー様、こんなのいつ撮ったの?」


 菫のスマホに映っているのは……先程の心春の姿だ。人混みに紛れているうえ、横顔しか映っていないが。実は、心春が化粧室を出て改札口まで歩いてるところで、菫はこっそりシャッターを切っていたのだ。この画像をめぐるに送った後、菫は何か思い出したように言う。


「あ! ちょっと私、お姉ちゃんに電話しないと! 帰るの遅くなるし。ちょっとごめんね……」


「おっけー!」


「その間にナバちゃんにLIME送るわ!」


 栞里とめぐるに断ってから、菫はその場を離れて誰もいない路地裏へ移動する。それからすぐにLIMEの画面を立ち上げて電話をかける。ただ、その相手は葵ではなく……。




「…………あっ、剣さん?」




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