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58ページ目 菫さんと遅れてきた高校デビュー 前編


 ついにやってきた二学期……公ヶ谷高校の生徒達は終業式の日と変わらず、元気な姿を見せている。大半の生徒が友達との久々の再開を喜んだり、夏休みの出来事や部活について和気藹々と話したり、お土産を交換している。中にはまた学校が始まるのか……と思っているのか憂鬱そうにしている者もいるが。


 その一方で……杉谷もなぜか浮かない顔をしている。まだ朝のSHR前で職員室にいる彼は、机に頬杖をついて大きなため息をつく。そんな杉谷を見かね、養護教諭の中村は早速声を掛けてくる。


「あーら杉ちゃん、ため息なんかついてたら幸せ逃げちゃうわよ~」


「そうっすか……」


 話しかけられてもなお、杉谷は中村の顔すら見ずに死んだ魚のような目で投げやりに答える。新学期早々あまりにも暗いので、中村は杉谷に活を入れるべく、そっと距離を詰めてバンッと思いっきり背中を叩く。体重100キロ超えのその威力や、まるで相撲の張り手か闘魂注入のようで流石に杉谷もびっくりして振り向いた。


「もぉ~、せっかくの新学期だってのにしょげてちゃダメよ! なんでそんなに沈んだ顔してるのよ~?」


 顔を覗き込みながら訊いてくる中村に、杉谷は再びため息をついてから重い口を開く。


「中村先生……万波っていう生徒って知ってます? 去年の二学期頃から学校に来なくなった……」


「いや知ってるも何も……水泳部で絶対的エースだった子じゃない! 万波君が一体どうしたのよ?」


 中村ももちろん颯のことはよく知っており、その名前を聞いて目を丸くした。むしろ今年の春から赴任してきた杉谷が、なぜ颯のことを知っているのだろうか?とも思ってしまう。

 そんな中村に、杉谷は尚も死んだ目で話を続ける。


「その万波がね……来週戻ってくるらしいんすよ、よりによってうちのクラスに!」


「あらまぁ~~~!」


 終始憂鬱そうな杉谷とは反対に、中村の顔はパッと明るくなる。


「そういえばあの子ずっと休学中だったもんね! よかったじゃな~い、また学校に戻ってこれて。水泳はもうできないみたいだけど、それでも……」


「いやそういう問題じゃないんすよ! 万波は休学中に……」


 好意的に捉える中村に、杉谷は納得できないとでも言わんばかりに反論しようとしたところで……チャイムが鳴った。他の教師達は一斉に席を立ち、出席簿を持って自分のクラスに向かう。


「さ、杉ちゃんも早く行かないとね! 私も保健室行かなきゃ~」


「…………」


 何か言いたそうな顔のまま、杉谷は中村に促されて渋々席を立った。




 出席簿と席替え用のくじ引きの箱を持って教室へと向かっている時も、杉谷の顔は暗い。頭の中に思い浮かぶのは、夏休みが終わる数日前のこと。その日、杉谷は理事長の新庄から重大なことを通達されていたのだ。

 その内容は2-3の仲間が一人増える……ということだ。先程中村に話した通り、その「仲間」とは颯のことである。颯はずっと休学していてもう一度2年の二学期からやり直さなくてはならず、また他のクラスよりも人数が少ない2-3に入ることになったと杉谷は告げられたのだ。なお颯は既に退院しているものの、医者からあと1週間ほど自宅で安静にするように言われたため、来週から復学することになっている。


(ただでさえ忙しいってのに生徒が増えるってマジかよ……


 しかも……あんなヤンキーだった奴なんて!! 元水泳部のエースがなんだか知らねーけど……)


 依然として杉谷は頭の中で散々愚痴りながら、トボトボ歩く。颯の人となりも大体は新庄から聞かされており、休学してからは少々荒れていたという事実も……。それを聞いた杉谷はあからさまに顔が曇ったが、新庄に「今は少しは真面目になってるみたいだから……」と言われたのだった。

 もちろん、そう言われたからといって杉谷の心が晴れるはずもなく……。




(ったく…………俺はヤンキーっていう人種が人間の中でも一番嫌いなんだよ!! 「元」でもな!)




「どうしたんだね杉谷先生。これからSHRだってのにそんなに俯いて……」


「!!!」


 やはり頭の中で思いっきり毒づいたところで、いつの間にか後ろを歩いていた栗山が杉谷に声を掛ける。杉谷はギクッとすると共に振り向き、慌てて取り繕う。


「く、栗山先生! な、なんでもないですよぉ〜」


 話しかけてきた栗山のおかげで漸く我に返った杉谷は、何とかその場を取り繕った。



「皆、おはよう!」


 先程までの暗い顔はどこへやら、杉谷はガラッと戸を開けるなり2-3の皆に意気揚々と1ヶ月振りの挨拶をする。既に全員が着席しており、杉谷がぱっと見たところ欠席している者はいない。日頃から欠席者の少ないクラスではあるものの、誰も学校を休むことなく元気な姿を見せてくれているので、杉谷は心から安心した。

 ……のも束の間、杉谷はすぐに怪訝な顔へと変わる。なぜなら……どう見ても生徒達の様子がおかしいからだ。杉谷が教室に入ってくるなり大半の生徒が何らかのリアクションを見せている。そのリアクションはというと……クスクス笑ったり、白い目でジロジロ見ていたり、近くの席の生徒とヒソヒソ話を始めたりしたりと多種多様だ。なお生徒の中で唯一の同い年かつ元同級生である菫に至っては、明らかに軽蔑したような視線を送っている。


(ど、どうしたんだよ皆……俺なんか悪いことしたか?)


 皆のその反応に杉谷が疑心暗鬼になったところで、真二がいち早くヤジを飛ばす。


「おっすっぎ~! 飲みすぎちゃダメだぞ~!」


「………………は!?」


 その瞬間、教室中がどっと笑いに包まれた。つい先程まで白い目で見ていた生徒達や、軽蔑していた目をしていた菫を含めたクラス全員が思いっきり爆笑する。が、杉谷は何のことか全くわからず目を白黒させる。栗山も同じ気持ちで疑問符を浮かべている。そんな杉谷に、一番前の席の寛斗は失笑しながらスマホの画面を見せてくる。


「まさか……覚えていないんですかぁ? ほら、コレ」


「何………………あ゛ッ!!」


 それを見た瞬間、記憶が一気にフラッシュバックしたと同時に杉谷は顔面蒼白になった。寛斗のスマホに映っているのは……数日前の自分の姿だ。ふらふらする足で体育教師の鶴岡に支えられながらなんとか歩いているうえ、


「皆俺を舐めやがって~! 俺は強え~んだぞ~!」


「理事長は俺のことな~んもわかってねぇ~! ヤンキーなんかでーっきれーだ~!」


 そこそこ大きな声でこんなことを喚いていた。こんな醜態をスマホの動画に撮られているなんて夢にも思わず、真っ青だった杉谷の顔色はどんどん赤く染まっていく。


「な……なんで…………コレを…………」


 うわ言のように呟く杉谷に対し、ヤジを飛ばした真二はニヤニヤしながらあっさりと自白する。


「俺が撮ったんだよ。で、おもしれーし皆に見て欲しいから3組のグループラインに上げたぜ」


「……はぁ!? そんな勝手に……」


「あ、大丈夫だよ? グループライン以外にはどこにも上げてねぇし、理事長には見せてねーから」


「そういう問題じゃなくて…………」


 真二に反論しようとする杉谷だったが、そこに優香子・オリビア・恭平が口を挟んでくる。


「先生、三日ぐらい前に他の先生達と飲みに行ってましたよね?」


「あの時わんどもカラオケさ行ってで、杉ぢゃんば偶然見だんだよ~」


「だからナラッチが動画撮ったんだよな~」


 ここまで言われたところで、杉谷は頭を抱えて教卓にガックリと項垂れる。あの時は確かに同僚達と飲みに行ったが……全くと言っていいほど記憶がない。気が付いたら翌日の朝になっており、杉谷はベッドで朝を迎えていた。だから酔っていても何とか帰れたのだろうと思っていたのだが、あろうことかここまで酷いだけでなく、よりによって自分のクラスの生徒に目撃されるなんて……。

 そして同じく酔っ払い動画を見た栗山は……ポンと杉谷の肩を叩く。振り向いた瞬間、杉谷は再び血の気が引いた。栗山は微笑んではいたものの、目が全然笑っていない。むしろ怒り顔よりもこちらの方が怖く見えてしまう。


「杉谷先生……これはどういうことだね?」


 栗山にいつもと違う冷たい声で訊かれ、杉谷はあたふたしながら必死に弁解する。


「こ、コレは……その……僕だってストレス溜まってますし……たまにははっちゃけたいんで……」


「いくらストレス溜まってるからって悪酔いしていい理由にはならないだろう。 それにいくらなんでもコレははっちゃけ過ぎじゃないか?」


 しかし、間髪入れずに栗山に論破され、杉谷はぐうの音が出なくなり黙り込んだ。そんな杉谷の様子を菫は尚も呆れ顔で眺めている。


(あーあ……ただでさえ情けないのに、生徒に見られて動画撮られてバラまかれるとか……。せっかく株を上げたのに何やってんのよ杉谷君……)


 菫の冷たい視線の先にいる杉谷は完全にしょげているが、栗山は彼の肩をもう一度ポンと叩いて言い聞かせる。


「まぁその話はまた後でするから。そんなことより早く出席取って席替えしないと。SHR終わっちまうぞ」


「は、はい……」


 弱弱しい声で返事をした杉谷は何とか顔を上げ、力の入らない手で出席簿を開いた。飲みすぎた自分が一番悪いことは重々承知しているものの……それでも杉谷は不服そうに歯を食いしばる。


(だって……理事長から来週から万波っていう不良が俺のクラスに来るって言われたんだもん……。だから嫌すぎてストレス溜まってしこたま飲んじゃったんだよ……)




 こうして杉谷の泥酔事件から幕を開けたものの、出席を取ることと席替えは一切滞りなく終了した。新しい菫の席はというと……廊下側の一番前の席である。一番前は気が抜けないので、正直一学期の頃の席の方がよかったと菫は思うが、決まってしまったものは仕方がない。

 もちろん、この席替えで他のクラスメイト達も明暗がハッキリと別れ、喜ぶ者もいれば悲しんだり文句を言う者がいる。前者は菫の斜め後ろの席になった直をはじめ、一番後ろの席になった沙希や龍星で、直は特に嬉しそうにニヤけている。後者は花恋と席が離れてしまった雅哉や、ナルシストな龍星の隣の席になってしまった英玲奈などがいる。尤も、龍星は「俺の隣になれて嬉しいだろ?」とでも言わんばかりの態度だが。

 その一方で、席替え前からどこか嬉しそうにしている者も約一名……日向のことである。日向は成一など仲の良い友人からなぜそんなに嬉しそうなのか聞かれたが、何でもないの一点張りであった。ただ、菫は「きっと万波さんね……もしかして内緒にするように言われてるのかしら?」とその理由を何となく察していたが。


 そして席替えで盛り上がる一方……そもそも杉谷と栗山が教室に入る前から、ある意外な生徒が一際目を引いていた。




「お、おい、淺間……どうしたんだよその頭……?」




 随分後になったが……聡太郎はその髪型を杉谷に突っ込まれた。夏休み前の聡太郎は真っ黒な髪を坊ちゃん刈りのような刈り上げにしていたが、今日の彼は雰囲気がガラリと違う。その髪型こそほぼ変わっていないものの、刈り上げていない上の髪は今までと違い……聡太郎の真面目で堅物な気質に合わない金髪に染められていた。しかも恭平のような黄色っぽい金髪でなく、白っぽい所謂「ホワイトブロンド」といった色である。当然、杉谷だけでなく本人以外のクラス全員が、聡太郎の頭を見るなり驚愕したのは言うまでもない。

 かなり驚いた様子の杉谷に構わず、聡太郎は淡々と答える。


「……まぁイメチェンってやつです」


「そ、そうか……」


(ただのイメチェン? それだけでこんな派手な金髪に染めるかしらフツー……)


 そう言われればそれまでなので……杉谷はこれ以上口を挟むことはなかった。そもそもこの学校は髪型自由なので、生徒が髪をいくら奇抜な色に染めていようが特に注意されることはない。杉谷が何事もなかったかのように別の話を始めるのをよそに、菫はどうしてもそのイメチェンっぷりの謎がどうしても気になってしまう。その聡太郎が自分の隣の席になったこともあって。



 SHRが終わり、休み時間になっても一部の3組の生徒達は聡太郎に注目していた。寛斗・恭平・真二・悠太に至ってはSHRが終わるとすぐに聡太郎の席まで来て話し掛けに行く。


「なぁどうしたんだよあっさん、そんな派手な色にしちゃって~」


 真二が手を伸ばしてホワイトブロンドの髪をくしゃくしゃと触るので、聡太郎は迷惑そうに睨みつける。


「僕もびっくりしたよ~!」


「まさか俺より明るい色にするなんてな」


 悠太・恭平がそう言う中、寛斗は「イメチェン」の理由について訊いてみる。


「最初ホントにあっさん!?って思ったもん、なぁ? もしかして高校デビューしたくなったとか?」


 寛斗の「高校デビュー」発言に恭平達は思いっきり吹き出す。


「こっ、高校デビューって……もう2年の二学期じゃねーか!」


「いやいや……流石に遅すぎるだろ……」


 寛斗達が爆笑し聡太郎もツッコミを入れる中、その隣でこっそり話を聞いていた菫は聡太郎の「イメチェン」の理由が一つ思い付き……横から口を挟んだ。




「もしかして淺間君…………好きな人できたとか?」


「…………!!!」




 聡太郎は何ともわかりやすく面食らい、席に座ったまま固まったうえ……みるみるうちに顔を紅潮させる。どうやら菫に図星を突かれたらしい。このあからさまな反応に、寛斗達は案の定目を輝かせたりニヤけたりしている。


「なるほど! 流石すー様!」


「だからイメチェンしたってことか~」


「なになに~? 好きな人だって~?」


 真二と寛斗が笑顔で納得する中、恋バナと聞くとめぐる達女子や、成一など聡太郎と日頃から仲の良い運動部員達もわらわらと聡太郎の席に集まってくる。また、菫とは反対側の隣席にいる栞里や、聡太郎の真後ろの席で今ちょうど恋をしている直も聞き耳を立てている。こうした恋バナに皆が首を突っ込みたくなる気持ちは、菫にももちろんわかる。ましてや今までは三次元女子に興味がなく、ゲームやアニメなど二次元のキャラに好意を抱いていた聡太郎なのだから。

 こんな状況に、聡太郎は顔どころか耳まで紅潮し、恥ずかしさで更に縮こまってしまう。それでも3組の面々は容赦しない。


「ねぇ! あっさんの好きな人って誰~?」


「めっちゃ気になるんだけどー!?」


「あっさんがどった人好ぎになるのが気になるんだげど~」


「もしかしてうちのクラス!?」


「俺何にも知らんのだけど~。教えてくれんなんて水臭いどー!」


「そうだよ~、俺らとあっさんの仲じゃん」


 めぐる、沙希、オリビア、遥、日向、雅哉に立て続けに尋問され、聡太郎は驚いて一瞬口をつぐむ。まさか自分如きの好きな人の話で、皆ここまで興味を持つなんて……。

 あまりの皆の食いつきぶりに圧倒された聡太郎は……おずおずと口を開く。


「……あ、あの……っ、…………部活のマネージャーで…………」


 聡太郎の想い人は、この春にマネージャーとして入部した1年生の女子生徒で、名前は坂本(さかもと)心春(こはる)という。ここ最近、彼女は聡太郎にしょっちゅう差し入れをくれるうえ、夏休みの大会前も直接「淺間先輩なら絶対勝てますよ!」と元気づけてくれた。それだけでなく大会前日の夜にもLIMEを送ってくれたらしい。そして何より、黒髪のセミロングヘアに澄んだ瞳と、心春の清楚な雰囲気が聡太郎にはどストライクで……惚れてしまったのだとか。

 その話を聞いて、聡太郎の左隣の席の栞里は早速嬉々とした。


「えっ、それって脈アリじゃない!?」


「根本さんの言う通りですよ! だって何とも思ってない相手ならそんなことしないじゃないですか」


「……えっ!?」


 栞里に続いて直もこんなことを言ってくるものだから、聡太郎は耳を疑った。少しだけニヤけた顔で。もちろん、他の面々も一気に盛り上がる。


「てかそんなに進展してたんだー!」


「もうそのまま告っちゃえよ!」


「絶対あっさんのこと好きだってー」


 沙希、真二、めぐるが冷やかしてくる中、成一が話を元に戻す。


「で、そのマネージャーの子が金髪の人が好きだって言ったから染めたってことか?」


 すると、聡太郎は恥ずかしそうに俯いてコクンと頷いた。そんな聡太郎を、女子一同は微笑ましげに眺めている。ただ、菫だけは少し意外に思っていた。


(意外と金髪が好きな女の子もいるのね〜。女の子なら黒髪や暗い茶髪の方が好きな子の方が多そうだけど。キャバクラにいた時の同僚だってそうだったし……)


 少しだけ不思議そうな顔の菫と、ただただ照れて俯いたままでいる当の聡太郎をよそに、女子達は二人の仲を更に進展させるべく、速攻で勝手に話を進める。


「今度デートに誘ってみれば〜?」


「いいじゃんそれ! どこでデートする!?」


「とりあえずイヲンモールどが?」


「ちょっ……いきなりそんな話……」


 遥・彩矢音・オリビアが半ば強引にデートの話を進めるので、困惑した聡太郎は彼女らを諌めようとする。が、栞里がそれを止める。


「遠慮しなくたっていいんだよ〜。私達協力するからさ、淺間君とマネージャーの子がうまくいくようにね!」


 そう言ってニッコリする栞里に、聡太郎は照れくさそうに「ありがとう」と小声で言った。

 ちょうどそこで、どさくさに紛れて招かれざる客も聡太郎のところにやってくる。


「おいおいあっさん、デートの相談なら俺に任せてくれよ〜。百戦錬磨してる俺なら女の子が喜ぶスポットぐらいよく知ってるぜ〜」


 頼んでもいないのに、貴大は偉そうにしゃしゃり出てきた。彼は女性経験が豊富であるのをいいことに、アドバイスする気満々らしいが……聡太郎は即座にハッキリと断る。


「ううん、遠慮しとくわ」


「えっ! なんで!?」


 ショックを受ける貴大だったが、他のクラスメイト達も一斉にいちゃもんをつけ出す。


「ターちんじゃ参考になるわけねぇだろ!」


「あのねー! あっさんはアンタと違って真剣に付き合おうとしてんの!」


「どうせお前が勧めるデート場所なんかホテルだろ!」


 沙希、彩矢音、真二から辛辣に非難され……貴大はガックリして俯き、トボトボと自分の席へ帰って行った。その一方で、寛斗も何か思うところがあるようで……


「……ていうか俺ら男じゃあんまり参考にならないかもな。ここは女子に協力してもらった方がいいんじゃないか?」


「だな。俺らそこまでデート行ったことねぇし……」


 寛斗がそう提案すると、恭平も同調した。それを聞いた千穂がチラッと恭平を見たことには気付かずに。そして寛斗から指名された女子達も快諾し、特に恋バナが好きな栞里はニコニコしている。もちろん、菫も応援しているし協力するつもりだ。


「おーい! 君達何やってんだ! 早く行かないと始業式始まるぞ!」


 いつまで経っても聡太郎の恋バナで盛り上がっている3組の面々に痺れを切らし、廊下側の窓から顔を出した杉谷は皆に早く出るように催促した。



 例によって校長の長い長い話を含んだ始業式が終わり大掃除も終わった後の休み時間、遂にデートの作戦会議が始まった。


「初デートならやっぱ映画じゃね?」


「映画かぁ〜、王道だよな!」


 開口一番にめぐるが映画館という案を出して沙希が同調するも、彩矢音は首を傾げている。

 

「え〜、でもそれじゃあ2時間黙りっぱなしだよね? 私なら初デートはもっと喋りたい!」


「……確がに! 映画観でら時ぁ喋れねもんね!」


「もっと話してお互いのこと知らなきゃだもんね〜」


 オリビアと栞里は彩矢音の意見に賛成した。こうして女子達が大盛り上がりする傍ら、当の聡太郎はまだ何も意見していない。また、聡太郎のすぐ後ろの席の直はギクッとし、少しだけ顔色が悪くなる。言うまでもなく、前に菫と映画に行ったからだ。


(あらら……淺間君何も言わないし、ばったんは……。……仕方ないわね)


 見かねた菫はここでフォローを入れる。


「淺間君、その後輩さんとは結構よく話す感じかしら?」


「あ~……そんなにかな。毎回挨拶はするしLIMEもたまに来るけど……」


「そうなのね。あと彼女のことはどれくらい知ってるの?」


 菫がもう一つ訊いてみると、聡太郎はうーんと考え込む。


「どれくらいって……名前とクラスと住んでるとこの最寄駅ぐらい……」


「あ、そんなもんなのね。じゃあこのデートの機会にもう少し喋って、相手のことを知った方がいいかもしれないわね。それなら確かに映画館はやめた方がいいと思うわ。……そこそこよく話す仲なら話は別だけど」


 想い人との状況を聞いて的確にアドバイスする菫に、黙って聞いていた他の女子達は舌を巻く。それと同時に直はホッとした。そして聡太郎も腑に落ちたようで数回頷く。


「確かに……そうだよな。じゃあどこに行ったらいいんだろ?」


「その後輩さんの趣味とか、何が好きなのかは知ってるの?」


「……いや、それもあんまり……。……あ!」


 更に質問する菫に聡太郎は再び考え込むが、一つ何か思いついたようだ。


「坂本さん、差し入れに甘いものよくくれるから……甘いものは好きかもしれない……」


 聡太郎が呟いたところで、いつの間にか女子に混じって話を聞いていた悠太が手をポンと叩く。


「じゃあデザパラはどうだろ? 甘いもの好きなら絶対行きたくなるって!」


 「デザパラ」とは「デザートパラダイス」という店の略称で、文字通りデザート食べ放題ができる。悠太にはよっぽどいいアイデアだと思ったのか、目を輝かせながら提案するも……肝心の菫を含む女子の反応はイマイチだ。やはり聡太郎も難しい顔で難色を示している。


「……いやいや初デートでデザパラはないわ」


「緊張してあんまり食べれなさそうだもんね〜」


「食い過ぎで気持ぢ悪ぐなったりお腹壊したぐねもんね〜」


「てかだぁ坊が行きたいだけじゃん」


 めぐる・遥・オリビア・萌に反論された悠太は顔を赤らめ、すごすごと男子達の元へ帰っていった。どうやら萌の言ったことが図星だったらしい。もちろん、菫もめぐる達と同意見だ。


「……私は全然ありなんだけど」


「ゆかちゃんは甘いもの大好きだもんね〜」


 甘党の優香子だけは悠太の意見に賛成し、その親友の千穂が頷く傍ら、栞里が思い切って一つ案を出す。


「まぁ甘いものはどこでも食べれるし……オシャレなカフェかレストランでご飯かお茶でもするのがいいんじゃない? ……私が今まで読んだ漫画でも初デートはだいたいそんな感じだから」


 めぐるや沙希が「え?」「漫画の話?」とツッコむ中、菫はその意見に賛成する。


「それが一番いいかもしれないわね。初デートだし、そもそも付き合う前だし。最初からあんまり長丁場になるのも重いって思われそうだものね。それにご飯食べたりお茶しながらゆっくり喋れるじゃない」


「…………なるほど!」


 カフェやレストランでの食事を勧める理由を菫から聞いた聡太郎は……完全に合点がいったようで、期待に満ちた表情を浮かべた。それからすぐに真剣な顔に切り替わり、先程までの恥ずかしそうな態度が嘘のように高らかに宣言する。


「わかった……俺、今日か明日あたりに誘ってみる! 一緒にご飯行こうって」


「その調子だぜあっさん!」


 一念発起する聡太郎に沙希が合いの手を入れ、菫含む他の女子達は拍手を送る。その後で、聡太郎はボソッと一つ訊く。




「で、オシャレなカフェとかレストランってどんなとこなんだ?」




 今までの盛り上がりはどこへやら、聡太郎の周りは一気にシーンと静まり返った。


「……それはあっさんが決めてくれん?」


「えっ……」


 めぐるに突き放されて困惑する聡太郎だったが、栞里が再び優しくアドバイスしてくれた。


「そこは淺間君がオシャレだと思ったお店でいいんじゃない?」



 結局その日、聡太郎は心春と挨拶程度しか話すことはなく、部活が終わると心春はすぐに帰ってしまったため、誘うことはできなかった。その日の聡太郎の記憶に残っているのは、2-1の部員が言った丈一郎の話だけで、それ以外はいつもと変わらない。

 その部員によると、夏休みずっとハワイの別荘で過ごしていたという丈一郎は悪天候による飛行機の欠航のせいで帰国できず、二学期早々欠席していたという。そのせいで、却って1組の空気はいつもより明るかったらしい。




 聡太郎は家に帰るとすぐ、スマホの地図アプリで「オシャレ カフェ レストラン」で検索してみる。すると、思いの外即座に十数件ヒットした。聡太郎はとりあえず心春の家の最寄駅近くの店から覗いてみる。色んなタイプの店がヒットしたうえ、今までの自分はゲームとアニメに夢中でデートなんぞ未知の世界なのだから、聡太郎は正直迷ってしまう。


(ここは落ち着いた雰囲気でゆっくり話が出来そうだな……。こっちの店は緑に囲まれてて癒されそう……あっ、この店は海の近くか。海が見れるのもいいなぁ……)


 こうして聡太郎が集中し、じーっとスマホと睨めっこしていた時だった。




「「オシャレ カフェ レストラン」だって〜」


「なんでそんなの検索してんのよ?」


「……うわッ!!」




 つい先程まで自分しかいなかった自室に……いつのまにか聡太郎の長姉で社会人一年目の佳奈と、次姉で大学二年生の紗英が入っていた。しかも机に座っている自分の真後ろにいる。驚かされる聡太郎とは裏腹に、二人ともニヤニヤと笑みを浮かべている。


「ちょっ! 勝手に入ってきて見んなよ!」


「だってアンタの部屋のドアちょっと開いてたんだも〜ん。入ってきても全然気付かないし」


「てかどういう風の吹き回しよ、普段はゲームしかしてないくせに。あっ、もしかして…………」


「「デェト!?」」


「!!!」


 佳奈と紗英二人同時に聞かれ、聡太郎は今日の朝と同様に耳まで真っ赤になった。この反応に姉達は更に嬉しそうにニヤニヤ笑い、弟の肩をポンポンと叩く。


「やっと聡太郎にも春が来たか〜!」


「つい最近まで……『萌姫メモリアル』だっけ? ミンファちゃんミンファちゃんって」


「おいやめろ!! ていうかさっさと出てけーー!」


 姉二人に揶揄われて茹で蛸のようになった聡太郎は、必死に彼女らを部屋から追い出そうとしたのだった。











 思わぬ邪魔が入ったものの、聡太郎は何とかデート先のカフェを決めた。その店は自分と心春の最寄り駅の間にある。写真を見たところ、大きな窓があるおかげで店内には太陽の光が差し込んで明るい雰囲気があり、紅茶シフォンケーキが美味しいという口コミが多数あった。この雰囲気だと話も弾みそうだし甘いものもあるので、聡太郎はこのカフェに決めたのだ。

 これであとは誘うだけ……ということで聡太郎はこの日の夜あまり眠れなかったうえ、朝から緊張してしまいソワソワしながら学校へと向かっていた。いかんせん心春と会うのは授業がすべて終わった後の部活の時であるにも関わらず。


(……あ~、緊張しすぎて胃が痛い……。ただ今週末にカフェでお茶しない?って言うだけなのに……)


 そう思いながらのろのろと歩いていた、その時だった。




「……あれっ、淺間先輩ですよね? おはようございます!」


「え…………!!!」




 いつもの可愛らしい声が聞こえ、聡太郎は思わずその場に立ち止まって勢いよく振り向いた。そして聡太郎はその瞬間、我が目を疑い何度も瞬きをする。

 すぐ後ろに立っていたのは……心春だった。今日も美しい黒髪が風に揺れ、笑顔を見せてくれているので澄んだ目は少し細くなっている。こうして自分にだけ向けられている笑顔に聡太郎の心臓は早鐘を打ち、その笑顔がもっと見たいとすら思う。三次元の女性にこんな想いを抱くのは、聡太郎にとっては全く初めてのことだ。


「おっ……おはよう。坂本さん……」


 しどろもどろになりながらも挨拶を返す聡太郎に、心春は早速話を切り出す。


「この髪の色ですぐわかりましたよ〜、淺間先輩だって。私こういう色大好きなんですよ〜」


 少しだけ見上げ、心春はイメチェンしたばかりの聡太郎の髪をまじまじと眺める。その間ももちろん聡太郎は気が気でなく……やはり心臓がバクバクと鳴るだけだ。


(嘘だろ……部活で会うと思ってたのにまさかこんなとこで会うなんて……


 …………もう今誘ってみるか!)

 

 聡太郎は意を決して今、デートに誘うと決めた。急だけれど、部活はあっても昨日みたいにあまり話す機会がないかもしれないし、こうしてせっかく偶然会えたのだから。それに、今は自分達の周りには他の生徒の姿もほとんどない。


「それにしてもビックリしましたよ〜、まさか淺間先輩が髪染めるなんて……」


「あっ、あの……坂本さん!」


 まず心春を苗字で呼んだ後、聡太郎は大きく深呼吸をする。「どうしましたー?」と心春が聞いてくる間に少しだけ心が落ち着き、聡太郎は最後にもう一度大きく息を吸い込む。そして……心春の目を真っ直ぐ見て、小さい声だがハッキリとこう言い切った。




「こ……今週の日曜、……よ、よかったらお茶でもしない?」




 声を絞り出した瞬間、聡太郎はすぐに心春から目を逸らして俯く。遂に言ってしまった……と思いながら。誘うだけでもこうして体が熱くなってしまううえ、返事を待っている間も当然ドキドキし、体が熱っているのになぜか手が震えてしまう。

 しかし、その時間もあっという間で……心春はすぐに返事をした。




「……ぜひぜひ! 行きましょう」


「……え?」




 まさかOKを貰えるなんて思わず……聡太郎は天にも昇る気持ちになる反面にわかに信じられず、つい立ち止まってその場に固まった。そしてもう一度、心春に念押しする。


「……本当? 俺と一緒に行ってくれるの?」


 すると心春はふふっと笑い、笑顔でこう言った。


「もちろん本当ですよ。ありがとうございます」


 ただ、心春はほんの一瞬だけ不敵な笑みを浮かべていたが……。聡太郎には気付かれないように。


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