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55ページ目 菫さんと傷だらけの元エース 後編


 まさかの2年3組に成人済みの人物がいると判明し、菫と寛斗は呆気に取られる。菫は自分のことは棚に上げてだが。


「ザ、ザワがハタチ……!?」


「ど、どういうこと……!? なんでハタチなのに高校に……」


(アンタが言うなって)


 暫しの沈黙の後、寛斗と菫は酷く動揺した様子でそれだけ呟く。菫は凜に心の中でツッコまれているとはつゆ知らず。もちろん自分以外に成人済みの高校生が、それも同じクラスにいるなんて夢にも思わず、菫は仰天せざるを得なかった。ただどういう訳か凜だけは一切驚いていない。

 その一方で、幸輔と初対面の葵もなぜかあまり驚かず、彼の顔をまじまじと見ながら「あ〜」とどこか納得したかのように言う。


「確かに……君、なんか高校生にしてはおっさんっぽいもんね〜」


 葵があまりにもハッキリと言ったせいで、当の幸輔を除いた三人は思わず吹き出した。恐らく鼻と口の間と顎に生えた無精髭のせいで、葵にはそう見えたのだろう。当然ながら今度は幸輔が呆気に取られた後、不服そうに葵を睨みつける。


「……はぁ!? つーか誰だよアンタ? 失礼なこと抜かしやがって」


「ごめんごめん。私はす、菫のお姉ちゃんなの」


 葵は笑いながら幸輔に謝った。そして凜も口を挟んでくる。


「お前しょっちゅう行ってるもんな、ここのパチンコ屋に」


「あぁ、生田目は前見たもんな。俺がここから出るとこ」


(だから知ってた訳ね……)


 この事実を凜だけが知っていた理由に納得すると同時に、菫はつい気になって訊いてしまう。


「……矢澤君はどうしてハタチなのに高校行ってるの?」


 思わず訊いてしまった後で、菫はハッとして冷や汗をかく。もしかすると、自分と同じようにのっぴきならない事情があって高校に通っており、答えたくない質問かも……と思ったからだ。だがその心配は全くの杞憂だったようで、幸輔はタバコの火を揉み消しながらあっさりと答えてくれた。


「あー……実は俺、元々定時制行ってたんだけど、バイトに気合い入れ過ぎて何回もダブって辞めさせられたんだよ。で、親に全日制行って朝から晩まで真面目に勉強して、卒業しなさいって言われてて……」


「……そういうことだったのね」


 相槌を打つ菫を、なぜか寛斗は不思議そうな顔で見ている。だが、凜はそんな彼らを尻目に先を急ごうとする。


「なぁ……こんなとこで無駄話してる場合じゃねぇぞ。万波を探しに行くんだろ?」


 凜以外の三人はギクッとした。そもそも今自分達が繁華街にいるのは颯を探し出して、あわよくば更生させるためだというのに、あわや本末転倒になるところであった。

 しかし、凜の話に幸輔は何かピンと来たようで、表情を変える。


「……え、万波って……あの水泳部だった先輩だよな?」


「あぁ」


 念の為なのか凜に確認した後で、幸輔ははっきりとこう言った。




「万波っぽい人なら俺見たぞ、さっき。なんかだいぶ派手になってたよな?」


「ええっ!?」


 


 まさかの目撃証言に、菫達は驚くと同時にありがたく思った。幸輔によると10分ほど前、窓から一番近い台を打っていたところ……颯と思しき男がパチンコ屋の前を通過するのを見たという。もう一人、これまた素行のよろしくなさそうな金髪メッシュの男と共に。

 それに加えもう一つ、幸輔は重大な目撃証言を菫達に伝えてくれた。




「そういえば……上原っぽい奴も見たな。万波がここの前通ってから割とすぐに」





 その日向はというと……今もなお颯の後をつけている。幸い今日は人通りが多いこともあり、他の通行人に紛れながら何とか颯を目で追って尾行できている。颯も日向の存在にはまだ気付いていないようだ。


(万波さん……どこ行くがー? ちゃーあの人と喋ってるけど……なんか嫌な予感がするさぁ……)


 日向の視界の中にいる颯は、ずっと隣にいる金髪メッシュの男とヒソヒソ話し込みながら歩いている。ただ話し込むというよりも、もう一人の男の方が一方的に颯に話し、颯は相槌を打っているだけと言った方が近いような気もするが。このヤンキー風の男二人の秘密の会話に、日向は早くも嫌な予感しかしない。


(まさか……この後でオヤジ狩りでもやるんじゃねーさー!? そんなことはやめさせんと……)

 

 そう危惧した日向は颯を更に注視しながら、引き続き歩を進める。


 その時だった。


ドンッ!


「イテッ!」


「あいっ!」


 通行人の肩が日向のそれとぶつかってしまった。ずっと颯にばかり注目しており、日向は自分の周りのことは全く見えていなかった。当然、日向はすぐに「すいません」と平謝りするも……顔面蒼白になり震え上がってしまう。


「……何がすいませんだゴラァ!!」


 ぶつかった相手は……よりによって颯と似たような風貌の、どう見ても素行のよろしくなさそうな男だったからだ。しかも、その男と日向の周りには「どうしたー?」「なんだー?」と仲間が四人も湧いてくる。


(こ……これ絶対ヤベェやつさー! 早くひんぎろう!)


「ほ、本当にすいませんでした……僕はこれで……」


 不良達の目を見ずに早口でそれだけ言ってから、自慢の俊足で逃げようとしたが……日向は全く動けなかった。仲間の一人に首根っこを掴まれていたからだ。


「ほーう…………テメェの不注意で俺にぶつかっといていい度胸してるじゃねーか……」


「治療費ぐらいよこせよなー」


「てかちょっとこっち来いよ! ぶつかった落とし前つけろや!」


「ほ、本当にすみませ……」


 更に震え上がり何回も謝る日向だったが、不良達は容赦してくれそうにない。彼らは日向の首根っこを掴んだまま、どこかへ歩き出した。




「……ん?」


「どーしたんだよ万波?」


 颯はふと立ち止まった。数歩歩いたところで清原もそれに気付き、一旦止まって振り向く。何となく、颯にとっては聞き馴染みのある声が聞こえたような気がしたからだ。




 ちょうどその頃、菫達は急いで例の廃墟へと向かっていた。尤も、鈍足な菫は他の三人から少なからず遅れを取っているが。


「もー、早く! お……いや、菫!」


(今「お姉ちゃん」って言いかけたでしょ……)


 息を切らしながら尚も走る菫を尻目に、葵・寛斗・凜は一足早く問題の廃墟に辿り着く。そこはかつてパチンコ屋だった建物で、入口にバリケードは貼られてあったものの、既に壊され誰でもウェルカム状態になっている。もちろんところどころガラスが割れ落書きも多数あり、日頃から溜まり場になっていることが伺えるが……。


「なんか……思ってたよりも静かね」


「そう……ですよね」


 葵と寛斗の言う通り、入口からは声はおろか物音も聞こえずシーンと静まり返っている。溜まり場らしからぬ雰囲気に拍子抜けしそうになるが、葵は再び気を引き締めてバリケードが破壊された入口へと近付き、持参した懐中電灯で照らす。が、やはり人影はない。


「……まだ来てないのかな?」


「……かもしれないですね」


「もしかするとここじゃねーのか……?」


 三人が廃墟前で呆然と立ち尽くしていた時、菫は未だに十数メートル後ろを走っていた。危うく何度も見失いそうになったが、問題の廃墟と思しき場所の前に立つ三人の姿は小さく見える。ただ、誰一人中に入ろうとしないので、菫は何か妙だと思う。


(皆、中に入らないわね……ていうか周りに不良っぽい人もいないし……万波さんまだ来てないのかしら?)


 菫がそう思っていた、その時だった。




「あがっ!!」


「……!?」




 何となく耳馴染みのある声が聞こえ、菫は思わず声のした方向へ振り向く。菫が振り向いた方向は右で、自分の記憶が正しければ、そちら側には地下通路があったはずだ。瑠奈から聞いた話によると、その地下通路はただでさえ人通りが少ないうえ、壁にはスプレーアートが多数あり、こちらも不良の溜まり場と化しているという。そんな話を思い出した菫は非常に不穏な雰囲気を感じ……スーッと血の気が引いた。そして震える手で何とかスマホをいじり、葵に電話をする。


「……もしもし? あのね…………上原君が大変なことになってるかもしれない!」



 絡まれた不良達の中の一人に思いっきり蹴り飛ばされ、日向はスプレーアートの描かれた壁に叩きつけられ、そのまま倒れてしまう。それを見た不良達はゲラゲラと嘲笑っている。その前に、彼らは日向のポケットから財布とスマホを抜き取っていた。一人が財布の中を覗き、ガッカリする。


「なーんだ、コイツ3千円しか持ってねーぞ。全然足りねぇだろコレじゃ」


「あ〜、足らん足らん。だってコイツがぶつかりやがったせいで俺、肩脱臼しちゃったし〜」


 日向とぶつかった不良は痛そうに肩を押さえたものの普通に肩は動いており、倒れている日向が履いているスニーカーへと手を伸ばす。


「仕方ねーな、その代わりにコレ貰おうぜ。たぶんブランド物だろ」


「……っ!!」


 そのスニーカーは不良の言う通り有名なスポーツブランドのもので、誕生日に成一達仲の良いクラスメイトが金を出し合ってプレゼントしてくれたものだ。二人がかりで足からそれを抜き取ろうとする対し、日向は盗られてなるものかと必死に足を動かして抵抗する。


 しかし……


「グハァっ!!」


 今度は別の不良から腹を力一杯蹴られ、日向は痛そうに腹を押さえながらえずく。


「俺らに楯突くんじゃねーよコラ! おいその靴早く取れよ」


「い……嫌さぁーーー!!」


 それでも必死に足掻く日向の前髪をまた別の不良が掴んで顔を上げさせ、今度は顔面にパンチを喰らわせる。


「あがひゃあーーー!!」


 既に鼻血が出ているにも関わらず、日向はすぐさまもう一発顔を殴られる。他の不良達も寄ってたかって日向を足蹴にしている。スニーカーはとっくに両足どちらも盗られ、いつの間にか日向は裸足になっていた。


「なぁコイツ声デカくね?」


「ボコる前に黙らせろよ〜」


 声の大きい日向に手拭いで猿轡をさせた後も、不良達は嘲り笑いながら袋叩きにする。


「ついでにコイツの身ぐるみ剥がして服も盗ってやろーぜ。ちょっとでも治療費の足しになるだろ」


「ひょっとしたら服の中に金隠し持ってるかもしれねーもんな」


「えー、男の裸とか見たくもねーわ(笑)」


 不良達がバカ笑いしている中、それでも日向の頭の中には颯の顔が浮かんでいた。


(クソッ……なんでこんなことになったわけさぁ……。こんなとこでボコられてる場合じゃなくて、万波さんを捜さなきゃいけねーのに……。

 俺は元の万波さんに戻って欲しかっただけばーよ。もう泳ぐのは無理だとしても、水泳がなくたって先輩がいてくれりゃそれでいいのに……)


 続いて去年の部活の大会の時のことが、日向の頭の中で走馬灯のように駆け回る。いつも追いかけている立場の日向にとって、颯は常に輝いている人であった。特にあの大会の時の颯はより一層眩しく見えた。そんな颯を……日向はどうしても忘れられない。昨日見た、派手になった颯の姿が未だに嘘だと思ってしまうほど。


(…………ん?)


 不良達にリンチされながらも颯のことを考えていた日向だったが……知らず知らずのうちに衝撃を感じなくなっていた。先程暴行を受けたところは痛むし、ボカスカと殴ったり蹴ったりしている音は聞こえているのに。それに気付いた日向は今まで意識が薄らぎつつあったものの、ふと我に返った。ボコボコと打撃音が鳴っている方へ視線を移すと……




「…………!?」




 倒れている日向の前には……男が一人しゃがみ込み、彼の代わりにパンチやキックを受けていた。その男もまた不良らしい派手な服を着てピアスをつけ、銀色に染めた短髪をツンツン逆立てた髪型をしている。

 



(万波先輩!!!)




 日向を庇っているのは……颯だ。倒れて猿轡をされたまま、日向は目を丸くする。まさかここで颯が来てくれるなんて思わず……日向は面食らうと同時に天にも昇る気持ちになった。このままでは命の危機すら感じたから。

 はたまた不良達もいつの間にか自分達が叩きのめしているのが颯だということに気付き……びっくりしてひとまず手を止める。


「……え!?」


「……万波じゃねーか!」


「なんだよ、こんな弱っちい奴の味方か〜?」


 不良達が一旦殴る蹴るのをやめたのをいいことに、颯はゆっくりと立ち上がる。どういう訳か不適な笑みを浮かべながら。




「……あぁ確かに弱っちいぜ……


 でも……コイツには未来があんだよ! 俺と違ってな。

 

 だから……大怪我でもさせたら只じゃおかねーぞ! コイツをボコる前にまずは俺が相手になってやんよ!!」




 そう言った直後、颯はかかってこいと手招きをする。対する不良達はお言葉に甘え、一斉に飛びかかってくる。その束の間、颯は少しだけ振り向き後ろにいる日向に一言声を掛ける。


「お前……喧嘩なんかしたことねぇだろ? ずっと水泳だけだったもんな〜」


「…………(いえ、中学ん時は陸上部だったんやしが……)」


 先程までタコ殴りしていた日向に見向きもせず、不良達は総出で颯へと襲いかかる。が、颯は華麗に交わす。それだけでなく、不良の中の一人の顔面にパンチを喰らわせ、ほぼ同時に別の不良の脚を蹴り上げる。それから間髪入れずにまた別の男がかかってきたので、颯は腹の辺りにパンチをお見舞いする。残りの二人にもしっかりと反撃し、不良達は五人共一時的に痛がって呻き声を上げる。


(す、すげぇさぁ……流石万波さんさぁ……水泳だけじゃなくて喧嘩も強えばー……)


 颯が不良達を単身でコテンパンにやっつける様子に日向は舌を巻き、羨望の眼差しで眺めている。

 しかし、いかんせん不良達だって負けてはおらず、暫くすると再び飛びかかってくる。颯にとっては全くの想定内だが。


(俺は……水泳のことも学校のことも、これまで関わってきた奴のことも全部忘れようとしてた。他の奴も俺のことなんかすっかり忘れてると思っていた。


 でも……コイツはずっと俺のことを忘れないでいてくれた)


 後輩のために、降りかかる火の粉を必死で払う颯だが……他勢に無勢で攻撃がところどころ当たってしまう。もちろん颯も不良達をボコってはいるものの。そもそも五人対一人で圧倒的に不利なのは颯の方だ。その様子を見守る日向がゆっくりと身体を起こして座り込んだところ……


「っ!!ぃだッ!!」


 悲鳴が聞こえてきた。それは男の声だが、声の主は颯ではなく不良五人組の中の一人だ。その颯も、他の不良達も驚き呆れて動きを止めている。

 悲鳴を上げた男はすっかりのびて地べたに倒れ込んでおり、颯ではなく第三者にやられたことが伺える。更にその男は耳を引っ張られ、弱々しい声で「痛え痛え……」とうわ言のように言った。





「……ったく、見た目の割にヘタレじゃねーか。お前それでもヤンキーかよ」


(…………ナバちゃん!! それにきよみーも……)




 日向は目を疑った。倒れた男のすぐ側にしゃがみ込んで耳を引っ張った挙句に罵倒しているのは……凜だ。その隣には寛斗が立っていて、パキパキ音を立てて拳を鳴らしながら、不良達にこう告げた。


「五人対一人なんて、いくら何でも不公平過ぎやしませんか〜? ここからは俺ら二人も相手になりますよー……ヒキョー者の皆さん」


「……なっ!!」


 「ヒキョー者」呼ばわりされムカついたのか、不良達はすぐさま二人へとかかっていく。この二人がいずれも空手の有段者であるという事実は知らずに。そして何とか起き上がり、その場に座り込んでいる日向の側には……


「上原君! 大丈夫!?」


(すー様まで……皆俺のために来てくれたが?)


 遅れて菫もやってきて、日向の前にしゃがみ込む。不良達と颯・寛斗・凜がやり合っている隙を見て、菫は日向の口周りに巻かれていた手拭いを解き、猿轡を外す。


「に、にふぇーどー……」


「? にふぇー……?」


「ありがとーって意味さぁ」


「あ、そういうことね」


 日向にその方言の意味を教えてもらったところで、菫はあることに気付く。


「あっ、上原君……鼻血出てるわよ」


 菫は半ば反射的にポケットティッシュを1枚取り、日向の鼻から垂れている血を拭おうとしたが……


「あっ、自分で拭くさー! サンキュー」


「あっ、そう……(そこは方言じゃないのね)」


 日向は菫からティッシュを貰い、自分で拭った。鼻血が出たのと顔が腫れているものの、それ以外に大きな怪我はなさそうで、菫はひとまず胸を撫で下ろす。

 そうこうしている間に、凜が相手の首に手刀を喰らわせ、寛斗は顎目掛けて上段蹴りし、颯は勢いのままボコボコに殴っている。


(なかなか強えーなアイツら……パンピーのくせに……)


 寛斗と凜の強さに颯が一目置く中、二人の相手の不良はほぼ同時にその場に倒れ込んだ。それに震え上がった別の不良も、寛斗から裏拳を喰らって倒される。そして颯が何度も殴った不良も力尽き……これで日向をリンチしていた不良五人組は全滅……


 かと思いきや……




「……おい万波!? お前何やってんだよっ!!」




 またしても、金髪メッシュのいかにも不良っぽい男が、こちらに向かって走ってくる。その男、もとい清原の姿を見た日向はハッとし、颯は舌打ちする。そして不良五人が倒れている惨状を見て、清原は鬼の形相になりワナワナと震え出す。


「……何やってくれたんだよ万波……コイツら俺のダチで仕事紹介してくれるって言ってたのによ!!」


 清原に怒り心頭な様子で詰め寄られても、颯は知らん顔をするばかりか鼻で笑うだけだ。


「……フン、どうせ闇バイトだろそーゆーのは。物運ぶだけで一日10万とか怪しすぎんだよっ! 俺はそんな手には乗らねーし……そもそもお前なんかとはもう付き合いきれねー!」


 ハッキリと絶縁を言い渡した颯に、清原は更に眉を吊り上げて詰め寄る。


「はぁ!? 絶交する気かよ? まぁいいけど……俺のダチをボコったのは許せねーから、お礼参りしねーとな……そこの二人組もな!」


 物凄い剣幕で睨みつけてくる清原だが、凜と寛斗は一切動じず目を逸らすこともしない。そんな二人に颯はしれっと距離を詰め、「アイツマジつええから気をつけた方がいいぜ」と小声で言う。凜も寛斗もそれは覚悟しており、あの作戦を使うと決めてアイコンタクトを取る。


 それから間もなく清原は飛びかかってきて、ほぼ同時に寛斗がスタートを切る。得意のタックルで動きを封じ込めようと、力一杯体当たりすると同時にしっかりした腕を清原の腰のあたりに回す。


 だが……


(…….え?)


 寛斗は思わずあんぐりと口を開けた。清原が身体をよじらせ、ほんの数秒でタックルから逃れたから。一緒何が起こったのかわからない寛斗だったが、それから数秒後……腹に衝撃と共に鋭い痛みが走った。


「!!! ……う゛ッ!!」


(……清宮君!!)


 思いっきり拳で強打され、寛斗はえずいて咳き込みながらその場にうずくまる。日向が「きよみー!!」と呼ぶ横で菫は思わず目を覆ってしまう。これには凜も流石にショックを受け動揺していたが……それでもすぐに後ろ回し蹴りで清原に襲いかかる。


 しかし、清原はこれも華麗に交わす。


「!?…………!!」


 一瞬目を疑った凜が再び攻撃を仕掛ける間もなく……清原は凜の左頬目掛けて強烈なパンチを仕掛けてきた。凜は避けきれず、鈍い音がしたと共にモロに当たってしまう。


「ってぇ…………」


「凜……大丈夫か?」


 凜はかなり痛そうに左頬を押さえた。寛斗も腹を押さえて痛みに耐えながらもゆっくりと駆け寄る。そんな二人を見て、颯は呆れたようにため息をつく。


「……だから言っただろ」


 そう言うと今度は自分に向かって清原が蹴りを入れようとかかってきたので、颯は間一髪で避ける。それと同時に颯は清原の脇腹目掛けてキックし、見事に当たるもそこまでのダメージになっておらず平気なようだ。この後も颯と清原は互角の戦いを繰り広げる。


(う……噓でしょ……。清宮君と生田目君が簡単にやられるなんて……)


 これまでずっと戦況を眺めている菫は、あの廃墟で別の不良を滅多打ちにした寛斗と凜があんなことになるとは思わず、茫然自失となっていた。それは日向も同じだ。その寛斗と凜は一度は攻撃を喰らったものの、今は再び立ち上がっている。寛斗はまだ少々苦しそうにしているが、凜は普段とは比べ物にならないほどの鋭い視線で清原にガンを飛ばしている。どうやら先制攻撃され、よっぽど悔しくてムカついたのだろう。


(ど、どうしましょ……万波さんとあの男は今のところ張り合えているけど……。てゆーか葵早く来なさいよ! こっちは今大変なことになってるんだから!)


 どうしても最悪の事態が頭によぎってしまい、菫は焦ってしまう。一縷の望みをかけて地下道の入り口を見るも、頼みの綱である葵の姿はない。時間だけが過ぎて更に右往左往する菫だっったが……ふとあるものが目についた。


「すー様どしたが?」


 菫がある物に注目していることに日向はいち早く気付き、小声で訊く。すると菫は何も言わずそれを指差し、取りに行くため立とうとしたが……


「待て! 俺が行くばー……!」


 日向はそう囁いて立ち上がった。そして清原に見つからないよう、抜き足差し足でそれへと近付く。




 その間、凜は頬を腫らしながらもすっかり再起し、颯と戦っている清原に後ろから突撃する。背中に正拳突きをぶちかましたおかげで清原の顔が歪むも、清原は更にブチギレて反撃する。寛斗も脚を狙って蹴りを入れて援護射撃するが、清原はまだまだ余裕がありそうだ。寛斗・凜が息を切らし、颯は特に荒い息を吐いているのを見て、清原は普通に息をしているばかりか鼻でで笑う。


「お前らもう疲れてきただろ~? もうそろそろ降参した方がいんじゃねーかー?」


 これに対し、凜と寛斗は未だに激しい剣幕で清原を睨みつける。凜に至っては舌打ちまでする。


「チッ……誰が降参なんかするって言った」


「俺ら……まだまだやれますけど?」


 まだ抵抗する気のある二人に、清原は今度は馬鹿笑いする。


「ハハハハ! 無理しちゃって~。お前ら死んでも知らねーぞ!」


 こうして清原が嘲笑しているところ……これまで息を弾ませていた颯はふと何かに気付く。と同時に、負けじと二人で一斉に清原に飛び掛かろうとする寛斗と凜を……


「おい、待て」


 なぜか止めにかかった。言われた通りに止まり、振り向いて怪訝な顔をする二人に颯は目で合図する。すると、二人とも全てを理解して拳を引っ込めた。が、清原はおめでたいことにそれを戦意喪失と判断したらしく、またもケラケラ笑う。


「ほら見ろ、やっぱりビビってんじゃねーか! お前ら本っ当に情けね……」


 そう言い切る前に、ドタドタドタと走ってくる音が清原の背後から聞こえてきた。もちろん颯・寛斗・凜はとっくに気付いており、これから何が起こるのかもわかっている。


(余裕ぶっこいていられるのも今のうちよ……)


 菫もそう思いながら見守っており、知らないのは清原だけだ。その間にも走っている足音はどんどん近付き徐々に大きくなっていく。


「……ん?」


 流石に清原もそれに気付いて振り向いたが……時既に遅し。




「うりひゃーーーーー!!!」


「!?」


 


 大きな掛け声と共に、日向は『痴漢に注意!』と書かれた立て看板を、背後から清原目掛けて思いっきり振り下ろした。日向が接近するまで全く気付かなかったせいで、立て看板は見事直撃し清原は頭を押さえてその場に蹲る。かなり痛かったようで、清原は蹲るだけに留まらず声にならない声でうめく。一方で満身創痍であるにも関わらず、一撃を喰らわせた日向は汗だくで鼻の上の絆創膏は今にも剝がれそうになり、立て看板を持ったまま息を切らせていた。確実に痛い目に遭わせるべく助走をつけ快足を飛ばしたこともあって。

 こうして勇姿を見せた日向に、他の四人は咄嗟に拍手をした。


「うみんちゅすげーーー!」


「大したもんじゃねーか」


「よくやったわね、上原君(私ならあそこまでダメージ与えられないだろうし……)」


 寛斗・凜・菫が褒めたたえる中、颯はくっくっと満足そうに笑みを浮かべた。


「日向……お前全然弱くねーじゃねーか。申し訳ねーけど正直ナメてたぜ。……流石俺が認めた後輩だけのことはあるな」


 はっきりとそう言った颯に、日向は目を大きく見開いた。驚いたと同時にかなり嬉しそうに。


「……え!? 万波先輩……俺を認めてくれてたんですさぁ!? いつの間に!?」


「……バーカ、ずっとだよ。お前が水泳部に入った時からな。こいつは俺よりもやってくれるんじゃねーかって……」 


 そう言いながら笑顔を見せる颯に、日向はジーンときて目頭が熱くなる。そんな二人を菫・寛斗・凜が見守る中……




「……おい、よくもやりやがったな……」


「!!」




 清原はまだ痛そうに呻きながら、ゆっくりと立ち上がる。せっかくの感動的なムードがぶち壊されると同時に、男性陣は再び清原を睨みつけ、菫はまたも恐怖を感じてしまう。


「……お前こそもうそろそろ降参した方がいいんじゃね?」


 凜はここぞとばかりに早速、清原の言った台詞をそっくりそのまま言い返す。これに対し、清原は明らかにイラっと来たらしく、男子四人を怖い視線でギロリと睨みを利かせる。


 が、しかし……



 

「……え!? ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待て! 嘘だろ!?」



 

 立ち上がった清原は今までの威勢の良さから一転、突如狼狽える。どうやら何か異変が起こったらしい。かなり焦った様子で、パントマイムの如く手をあちらこちらに動かしながら、ふらふらと歩いている。当然、菫達はおろか颯すらも何が起こったのか全く理解できず、呆然とその様子を眺めるほかない。

 暫く清原は立ったままオロオロした後、その場に座り込んで両手で地面に触れ、またもあちらこちらに両手を動かす。まるで何かを探しているかのように。




「クソッ……こんな時にどこ行きやがったんだよ~


 俺の…………コンタクト」



 

「……はぁ!?」


「コ、コンタクトぉ…………!?」




 清原がそう呟いた瞬間、菫達四人は絶句し唖然とした。唯一清原と前から付き合いがあった颯も、彼がコンタクト使用者であることは全然知らなかったようだ。しかもよっぽど度のきついコンタクトを着けていたらしく、この清原の様子からして全くと言っていいほど見えないようだ。

 そんな清原に、菫・颯・寛斗はほとほと呆れ返り、凜に至っては面白かったのか顔を背け手で口を押さえ、必死に笑いをこらえている。


「……情けないのはどっちだよ」


 寛斗がため息をつきそう呟いたところで、またもドタドタと複数人の足音が聞こえてきた。日向はまた仲間が来たと一瞬ビクッとしたが、それは取り越し苦労に終わった。


「アンタ達やめなさ……えっ?」


 足音の主は葵と、応援に駆けつけた警察官達だが……彼女らは拍子抜けしていた。てっきりまだ喧嘩中と思いきや、目にしたのがすっかりのびている不良五人組と、落ちたコンタクトを必死で探す清原と、その様子を見ている菫達だったからだ。


「お姉ちゃん……ちょっと遅かったわね……」


 菫は駆けつけてくれた葵に、こう言った。



 かくして不良達と対峙した菫・寛斗・凜・日向、そして颯は漸く帰路についた。五人は一旦葵らと共に警察署に行き事の一部始終を話した後、帰っていいと言われたからだ。葵は暫く署に残ってから帰ると言い、清原他不良達は全員纏めて警察に連行された。

 なお、盗られそうになったスニーカーは無事に取り戻せたので、日向は何事もなかったかのようにそれを履いて歩いている。


「いや〜、やしがなんで万波さんがここに……?確かちゃー俺の前歩いてましたさぁね?あの清原とかいう人と」


 歩きながらそう言った日向に、颯は驚いた顔を見せる。


「……え? お前ずっと俺の後ろ歩いてたの? てか……それはこっちの台詞なんだけど」


「はい、俺夕方から繁華街行ってたんさぁ。万波さんいるかなって。そしたら清原って人と歩いてんのを見たんでついて行ってたんさぁ。そしたらあの人らの中の一人と肩がぶつかっちまって……」


「マジか……そんな時から来て、しかも絡まれてたのかよ。まぁ俺はお前が叫んでんのが聞こえたから。清原の奴がバイトに誘ってきたからついてったけど、もう行かねーつって離れたのに追いかけて来やがって……」


 互いに相手を助けに行っていたことがわかり、日向と颯は二人ほぼ同時に笑い出した。それを見た菫と寛斗もつられて笑う。凜は相変わらず無表情のままだが。


「万波さん……本当に……にふぇーでーびる……」


「ははっ、久々に聞いたぜそれ。てか、礼を言うのはこっちの方だよ。お前のおかげでこのまま清原達(やつら)と縁が切れそうだから。……サンキューな!」


 颯はそう言いながら、日向の肩をポンと叩いた。ずっと会えないどころか連絡すら取れずに心配していた颯に会えたばかりか、かつての颯が帰ってきて日向はまたしても涙が溢れてきた。が、何とかこらえて話題を変える。


「それと……なんできよみー達まで……」


「あ、それはね……」


 颯だけでなく、菫・寛斗・凜の三人までがあの地下通路に来ていた経緯を、菫がネタばらしする。菫は日向の叫び声を聞いて葵に電話した後、寛斗と凜はひとまず廃墟を後にして菫がいるところまで戻った。それから三人で地下通路へ向かったのだ。

 その間、もしかすると颯が来るかもしれないので、葵は寛斗に頼まれて廃墟前に一人残っていた。しかし誰も来ないうえ寛斗達も戻って来ないため、地下通路で乱闘騒ぎが起こっているのではないかと葵は睨み、応援を呼んだうえで地下通路に駆けつけたのだった。菫の言う通り少し遅かったが。

 

 ちなみに寛斗から廃墟前に残るように頼まれた際、葵は「なかなかやるじゃない清宮君(あの子)……年上の私に指図するなんて……」と感心していた。


「そーゆーことだったばー! 皆にふぇーでーびる!」


「ったく、面倒かけやがって」


 凜は吐き捨てるように言った割にそこまで嫌そうな顔はしておらず、その様子に寛斗は思わず吹き出す。


「別にそう思ってねーだろ、凜。まぁ俺らも心配だったしな〜。それにすー様が葵さんと様子見に行くって言ってくれたし」


「まぁ私だって心配だったのよ。上原君なら今日みたいに後先考えずに行動に出そうかなって……」


「うっ……心配(しわ)さしてすまんさぁ……」


 こうしてクラスメイト達と楽しそうに話しながら歩いている日向を、颯はにこやかに眺めながら後をついている。


(さっすが日向だな……俺とは違って水泳部以外の奴からも好かれてて。まぁ俺のことも気に掛けてくれて、こうして助けてくれたんだからとうぜ……)


 そんなことを考えていた、その時だった。




「…………!? ……ぅ……ぅうッ……」




 突如、胸が締め付けられるような痛みに襲われ、颯はその場に立ち止まった。そればかりか息も苦しくなる。何とか口を大きく開けて息を吸い込もうとするも、どんどん意識すら朦朧とし……とうとう颯は座り込んでしまった。


「ねぇ万波さん、もしよかったら……」


 再び颯に話を振ろうと振り向いた瞬間……日向は愕然とした。自分の目に映った颯が、急に胸を押さえて座り込み、息を荒げながら苦しみだしたからだ。


「ま、万波さん!!」


「どうしました!?」


 四人は一斉に颯に駆け寄った。日向はただひたすら大声で呼びかけるも、颯の意識はどんどん薄らいでいき……そのままガクッと気を失ってしまった。


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