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50ページ目 菫さんの伊豆の別荘旅 ⑤まさかまさかの動物園デート


 チャボテン動植物園のカピバラは非常に有名である。特に温泉や柚子湯に浸かっている様子はテレビ番組のネタにもなるほどで、菫も何度もテレビで見たことがある。

 が、流石に今は夏真っ盛りなので温泉に浸かるカピバラはいない。その代わり、ほとんどのカピバラは池の水に浸かっていたり泳いだりしている。


「可愛い〜! こっち向いて〜」


「てかめっちゃ泳ぎ上手じゃね? 涼しそうでいいなー」


「まるで昨日の私達みたいね。それにしてもテレビで見るよりも可愛いわ」


(そう言う宮西さんも可愛いですよ……)


 めぐる・沙希・菫・直は他の客に紛れ、カピバラ達を眺めている。女性陣はスマホを構えており、写真や動画も撮っている。ただ、直だけはバレないように菫のこともチラホラ見ているが。


 そんな彼女達をよそに……真二だけは唯一、カピバラを見ている群衆から離れたところに立っている。すっかり飽きたのか、育美ほどではないがつまらなさそうな表情で。


「……なぁもういいだろ〜? いつまでカピバラ見てんだよ〜」


 菫達に向かって呼びかける真二だったが、めぐると沙希は振り向かずにスマホを構えたまま言い返す。


「もうちょっと待ってー」


「そろそろこっち向いてくれそうなんだよ!」


 それに対し、真二は更にうんざりした顔になる。


「さっきからそればっかりじゃねーか! 他の動物見てる時間なくな……」


「ナラッチうるせー!」


「動画撮ってるんだから黙ってろよ!」


「…………」


 沙希とめぐるからそう言われてしまうと……いつも口数の多い真二も流石に黙り込んでしまう。一方、彼女らと一緒に見ている菫と直は振り向いて、しょぼくれる真二の様子に目を向ける。


「ねぇ……流石にちょっと……奈良間君つまらなさそうだし」


「ですよね……さっきからずっと一人で待ってますから……」


 菫も直も少しばかりは真二に同情したものの……


「すー様! あの子こっちまで泳いでくるよ!」


「えっ! ちょっと待って!」


 再びスマホのカメラを立ち上げ、泳いでいるカピバラに向ける。めぐるが言ってくれた通り、確かに今泳いているカピバラは菫のいる方向へ進んでいる。直も思わずじーっと目を奪われてしまう。


(……ケッ! 確かに可愛いけどもう嫌ってほど写真撮ったろ。あ〜、俺もきよみー達とサボテン見に行きゃよかったぜ……)


 真二がそんなことを考えている時、デニムの尻ポケットに入れていたスマホが鳴り出した。




「…………嘘!?」




 スマホの画面を見た瞬間……真二は愕然とする。それからすぐに、気が動転した様子で慌てて菫達の元へと向かう。そして沙希とめぐるからうるさいだの黙れだの言われたにも関わらず、大声で彼女らを呼びながら飛んでくる。




「……おい! 呑気に写真撮ってる場合じゃねーぞ! LIME見ろよ!!」


「えっ、LIME!?」


「ら、LIMEですか……あ、来てますね、田宮さんから……」




 少し前までの飽き飽きした表情から一転、大慌てしただならない様子の真二に、菫と直は言われた通りひとまずLIMEを確認する。それに続き、めぐると沙希も漸く撮影をやめてLIMEを見る。




「えーーーっ! いくちゃんが迷子!?」


「ど、どうすんだよ!?」


「ここかなり広いですから大変ですよ!」


 沙希が悲鳴を上げ、真二と直は激しく狼狽する。直の言う通り、このチャボテン動植物園はドーム球場4から5個分の広さであるので……迷子を見つけるのはかなり難儀なことになってしまう。同じく焦りながらも、めぐるはひとまず皆で園内を探し回ることを提案する。


「とりあえず皆で手分けして捜そう!! 広くても大丈夫だよ、これだけ人数いるんだから!」


「そうね、鍵谷さんも含めたら15人もいて、田宮さんのお祖父様とお婆様もいらっしゃるし、それに私達はLIMEがあるからいつでも連絡取れるし……」


 菫も賛成したが……それと同時にあることを思いつく。


「あっ、そういえば……いくちゃんは携帯持ってないのかしら? 今時の子供ちゃんって携帯持ってる子もいるでしょ?」


「あっ……確かにそうですよね!」


「ちょっとくるりんに聞いてみて!」


 直とめぐるも納得したので、菫は一旦来美に電話して聞く。が……通話が終わった後、菫は首を横に振る。


「いくちゃん携帯持ってるらしいけど……繋がんないらしいわ」


「マジか〜!」


「着拒かよ〜」


 沙希と真二が頭を抱える中、めぐるは早速行動に出る。


「いや流石にそれはないっしょ! とりあえず捜すよ!」


 そう言ってめぐるはその場を離れた。程なくして真二と沙希もそれぞれめぐるとは別方向へ向かっていく。カピバラの展示場前に残っているのは菫と直で、菫はすぐには行かずにまず園内地図と睨めっこしている。


「み、宮西さん、僕達も……」


「ちょっと待って。子供ちゃんが好んで行きそうなのは……キリンあたりかしら? それかレッサーパンダかボートかタッチ動物園か……。あ〜、さっき田宮さんに電話した時、いくちゃんの好きな動物聞けばよかったわ」


 地図を見て子供が好きそうな場所を考えながら、菫はしまった!とでも言いたげに舌を出した。



 育美が迷子になったことは菫達だけでなく、他の別荘組の面々にも知らされていた。もちろん、サボテンの温室にいた凜達にも。


「じゃ、私は迷子センターに行って参りますね」


「頼んだよ、鍵谷さん」


 もしかすると既に保護されているかもしれないということで、鍵谷は一旦迷子センターへ向かい、残った寛斗、凜、恭平で手分けして育美を捜す。


「さ、俺らも捜すよ!」


「バラバラに散った方がよくね? こうして固まってるより」


 凜の意見に「確かに」と寛斗が賛成する横で、恭平は黙ったまま凜をじっと見ている。その視線に凜はすぐさま気付き……


「何? じっと見て」


 ストレートに聞くと、恭平はギクっとする。寛斗も不思議そうな顔をしているので、恭平は何を考えていたのか渋々白状する。


「ナバちゃん……お前意外とガキには優しいんだな。……あの、ほら……田宮の妹さんがわがまま言ってる時も嫌そうな顔してなかったし、何も言わなかったし」


 これが知輝など同級生であったら、凜はボロクソに毒を吐いていそうだが、育美に対してはそうではなく終始黙ったままだった。

 ただ、そう言われても凜は一切表情を変えない。その一方で、寛斗は思わず吹き出していたが。


「……別に優しくなんかねぇよ。相手はガキだし、下手なこと言って泣かれても困るだけだから」


「まぁ確かに凜のキツさには子供ちゃん泣いちゃうだろうしね〜」


「うるせぇよ。余計な口叩く時間があるんならさっさと捜しに行こーぜ」


 軽口を叩き合いながら、寛斗も凜も育美を捜しにかかった。




 残る彩矢音と萌の二人組、知輝・龍星・和馬の三人組も、育美が迷子になってしまったことは当然知っており、菫や寛斗達同様に捜索している。

 だが、龍星達の方は早くもうんざりした表情で、園内をポテポテ歩いている。

 

「あー、たりー」


「捜すの大変過ぎるって……迷子っつってももう8歳だろ? 放っといていんじゃね?」


「てかさぁ……似たような子いっぱいいねぇ?」


 龍星が言った通り、園内には育美と同年代・同じツインテールの髪型・これまたよく似たピンク色の花柄ワンピースの女の子が時々いる。これではぼーっとしていると見間違えてしまいそうになるほどだ。


「なぁ……てかそもそも人が多いんだよお盆だし。まるで『ヴォーリーを探せ!』でもやってる気分だぜ」


 面倒くさそうに和馬が呟いたところで、なぜか知輝はもじもじしている。少し前から。


「俺、ちょっと便所行ってくるわ」


「おう! 俺ら、あっちの方捜してくるぜ」


 痺れを切らした知輝は龍星・和馬と一旦離れ、トイレへと向かった。




 男子トイレから出た後も、知輝はため息をつく。


(あ〜、なんで俺らがあんな可愛げのねぇガキを捜さなきゃいけねーんだよ! そもそも勝手にどっか行ったんだろが!)


 頭の中で散々愚痴る知輝の目に映るのは他の客で、やはりカップルや家族連れが多い。そのうえ、皆楽しそうで幸せそうだ。なので、知輝は更に面白くなくなってくる。


(ったく……やっぱり「男と女の怪しい博物館」行っときゃよかったじゃねーか。あっちじゃ流石にガキはいねーだろーし……)


 再びそんなことを考えていた、その時だった。

 ドシャッ!と何かがぶつかって擦れたような音が、知輝の耳に入る。


(ん?)


 知輝は思わず音のした方を覗いてみる。すると、トイレの近くの通路の地べたに、女の子が一人うつ伏せに倒れ込んでいる。どうやら転んでしまったらしいその女の子は、小学校低学年ぐらいで髪型はツインテール、ピンクの花柄のワンピースを着ている。

 この女の子……知輝には見覚えがある。




(……!! あのガキ…………)




 程なくして女の子は両手を地べたについて少し上体を起こすも……目には涙を溜め、ずっずっと鼻を啜っている。今にも泣きそうだ。

 女の子の顔が見えた知輝は、ここでハッとした。




(……田宮の妹じゃねーか!)




 そう確信した知輝は一目散に育美の元へ駆け寄った。



「おい、大丈夫か?」


 知輝が訊くも、育美は涙を流しながら必死に鼻を啜るだけで、まともに話すことすらままならない。


「ぅッ……ぅうっ……ぅわぁぁああーーん!」


「なっ、泣いてもわかんねーぞ……まさか怪我でもしたのか?」


 更に訊くと、育美はうつ伏せの状態からその場に座り込み、体育座りのような姿勢になる。すると案の定、育美の右の膝小僧には血が滲んでいる。


「やっぱり怪我してるじゃねーか……」


 育美の前にしゃがみ込んで、知輝はそう呟く。それからポケットの中をゴソゴソ捜すも、持ち物は財布とスマホと家の鍵ぐらいで、絆創膏はおろかハンカチとティッシュすら持っていない。他の荷物は別荘に置いたままで手ぶらなので当然鞄もない。未だに痛そうに啜り泣く育美に、知輝はどうしようかと思った矢先……あることを閃いた。


「ちょっとそこで待ってろ。今度は勝手にどっかに行くんじゃねーぞ!」


 育美にそれだけ告げると、知輝は一旦立ち上がってその場を離れた。向かう先は少し前と同じく男子トイレだが……あっという間に育美の元に戻ってくる。その手には、何重かに折られたトイレットペーパーが握られ、それには透明な液体が染み込んでいる。


「とりあえず、あるもんで消毒するぞ。何もしねぇよりはマシだろうし……」


 そう言いながら、知輝は再び育美の前にしゃがんでトイレットペーパーを彼女の膝小僧の傷に押し当てる。


「っ! 痛ーい!!」


「そりゃ痛えよな〜、でもちょっとだけ我慢してくれ。俺も小せえ時はしょっちゅう怪我してたんだよな〜」


 染みる痛みに育美は思わずもがいて足を動かそうとするが、知輝は動かないように足をしっかり掴みながら、傷の周りについた砂を拭う。もう一度男子トイレに戻った際、知輝はガーゼの代わりにトイレットペーパーを持ち出して、それに手指用の消毒液を染み込ませていたのだ。何もしないよりはマシかと思って。


 最初こそ痛がっていた育美だったが、いつの間にかもう泣いていない。知輝が消毒したおかげか、痛みは少し和らいできたようだ。


「……よし! こんなもんでいいだろ。まだ痛いか?」


「…………大丈夫」


 知輝が傷の汚れを全て拭き取った後、育美は漸く口を開いた。か細い声ではあるものの。初めてまともに口を利いてくれたので、知輝は少し嬉しくなる。その勢いで、知輝は話を続ける。


「あの……残念だったな、父さんも母さんも来れなくて。でも……せっかく来たんだから楽しもうぜ! こんなとこなかなか来れねぇし、いくちゃんの父さん母さんも目一杯エンジョイして欲しいって思ってんじゃね? そんで土産話を楽しみに待ってんじゃねーかな。俺ならそう思うぜ」


「…………」


 そう言い聞かせていると……ずっと硬かった育美の表情が徐々に解れていく。最初はあれだけムッツリしていて、つい先程までは泣き顔だったのが、今は怒っても泣いてもおらず、きょとんとした顔になっている。

 そこまで言ったところで、知輝はもう一つ閃いた。


「あ、そうだ。そこに売店あるし絆創膏ぐらい売ってるかも。……に、兄ちゃんと一緒に行くか?」


 絆創膏を買いに行くにも育美を一人にすることはできず、知輝は売店へと育美を誘う。普段は子供と関わることがまずないので、少し照れ臭くて歯切れが悪くなりながら。


 すると……




「…………ありがとう! うん、育美も一緒に行く!」




 ここで初めて、育美は目を輝かせて白い歯を見せた。


(……なんだよ、笑えばフツーに可愛いじゃねーか)


 やっと笑顔を見せてくれたうえ、それが珍しく自分にだけ向けられているので……知輝は一瞬だけ目をパチクリさせる。だが、すぐに知輝も自然と顔が綻んだ。


「……じゃあ行こーぜ! いくちゃん、立てるか?」


「うん!」


 育美は膝小僧の擦り傷以外に怪我はないらしく、ゆっくりと立ち上がった。そして、今度は育美の方から知輝に質問する。


「……お兄ちゃん、なんていうの?」


「……あ、俺の名前?」


「そぉ、な・ま・え!」


「俺は堀知輝。 皆からはホリトモって呼ばれてんだ」


「へぇ……じゃあホリトモさん!」


 名前で呼ばれ、知輝は少なからずドキッとした。クラスの皆からは呼ばれ慣れているが、こんなに小さな子供から呼ばれるのは初めてだったから。


「ど、どうしたんだよいくちゃん……」


「そのあだ名……カッコいいね! コムタツみたいで」


「きっ……コムタツぅ!?」


 確かに同じような略し方だが……国民的スターである小村(こむら)達也(たつや)を引き合いに出され、知輝は流石に吹き出した。


「たっ、確かにそうだけどよ…………どうしていくちゃんはここにいるんだ? さっきまで姉ちゃん達と一緒だったろ? まだヘソ曲げて……」


「ち、違うの! それは……」



 その頃、育美の姉である来美は血眼になり、必死に妹を捜し回っていた。まるでかくれんぼの鬼のように、園内の隅々まで注意深く見て回っている。


「いくちゃん! いくちゃーん!!」


 来美は大声で名前を呼び掛けていた……知輝が行ったのとは別の男子トイレに向かって。当然、トイレに行く男性客達は怪訝な顔で来美を見ている。


「く、くるりん……いくらなんでもそんなとこにはいないんじゃ……」


 流石に栞里がツッコミを入れたのと返事がなかったので、来美は男子トイレに呼び掛けるのをやめた。しかし、今度はなぜか燃えるゴミのゴミ箱の蓋を開けて中を捜している。


「く、来美ちゃん……なんでゴミ箱まで……」


「いくちゃんかくれんぼ得意だしゴミ箱の中とかよく入ってるの!」


「でも今かくれんぼしてないよね!?」


 千穂と言い合いながら、来美が今度はプラスチックゴミの箱を覗いていた時……三人のスマホが一斉に鳴った。


「ん!?」


「何だろう!?」


 来美と千穂がスマホを出すのを待たずして……先にLIMEを見た栞里はハッキリ言った。




「くるりん! いくちゃん見つかったって!」




 そう聞いた瞬間、来美は安堵のため息を吐き、脱力したのかその場に座り込んだ。その目には涙を浮かべている。そんな来美に、千穂は思わず肩に手を置いて寄り添った。


「大丈夫? 来美ちゃん」


「だ……大丈夫ぅ……。よかったぁ……」


「ほんとほんと……なんか堀君が見つけてくれたみたいだね」


 LIMEを見てみると、栞里の言った通り育美を見つけたと知輝からメッセージが来ていた。改めてそれを見た来美は今にも泣きそうになりながらも、スマホを握りしめて知輝に電話をする。まずは知輝に「見つけてくれてありがとう」と言い、暫く話をしてから電話を切った。通話を終えた後、来美は嬉しそうにふふっと笑う。

 

「いくちゃんったら……堀君にすっかり懐いちゃってるみたい。一緒に回るって言って聞かないみたいなの」


 ニコニコしながら言う来美とは裏腹に……栞里と千穂は唖然とする。


「だ……大丈夫なの?」


「堀君が一緒で……」


 相手があのスケベで女好きの知輝なのだから……二人はどうしても心配せざるを得ない。たが来美は一切意に介さず笑い飛ばした。


「大丈夫だよ〜。堀君って巨乳好きなんでしょ? それなら大丈夫だし、いくちゃんも懐いてるらしいからね〜」




 育美を見つけたという知輝からのLIMEは来美達だけでなく、別荘組全員に届いていた。皆胸を撫で下ろし、もちろんこの二人も例外ではない。


「本当によかったわ……これで一安心ね」


 菫は両手でスマホを握りしめ、大きく息を吐く。その隣では、直が意外そうに自分のスマホをまじまじと眺めている。


「でもまさかホリトモ君が発見するなんて……予想外ですねー」


「ねぇ」


 二人が今いる場所は……タッチ動物園のすぐ前だ。タッチ動物園とはラマやウサギ、モルモットなど客が触れる動物がいるエリアで、石像のある広場のすぐ近くにある。菫は子供が行きたがりそうだと思い、ここに来ていた。そして直も菫について行っていたのである。


「いくちゃん、とりあえず今は堀君と一緒にいるのかしら?」


「それはそれでちょっと心配ですけど〜……」


 やはり直も栞里・千穂と同じことを考えているのか、少しだけ顔を曇らせる。正直、菫も少々心配にはなったものの……


「……まぁ大丈夫でしょ! 堀君、前ロリコンじゃないって言ってたし」


 と、言って自分を納得させた。直もその横でうんうんと頷く。


「確かにそんなこと言ってましたね〜。それにホリトモ君のタイプは巨乳でしたよね(僕のタイプは宮西さんですけど……)」


「そーそー。だから……きっと大丈夫よ」


 菫がそう言ったところで……どこからともなく携帯電話の着信音が鳴る。


「あれっ、宮西さんですか?」


「この音は私じゃないわ。ばったんじゃない?」


「いえ、違います。これは……『遠き山に火は落ちて』ですね」


「……本当ね! なんか子供向けにアレンジした感じかしら。…………もしかして!」


 流れてくる着信音は、誰もが知っている名曲を可愛らしくアレンジしたものだ。菫は音が聞こえてくる方へ向かうと……ピンク色の小さな携帯が地べたの上に落ちていた。しかも、スマホにつけられている名札には、「いくみ」とバッチリ書いてある。画面は光っており、電話帳に登録されていないからか電話番号のみ表示されている。

 菫はそれを拾うと、電話に出た。


「もしもし…………堀君?」


「みっ、宮西!? な、なんで……?」


 電話を掛けてきたのは知輝だ。その知輝はというと、まさか菫が出るとは思わなかったのか、かなり驚いている。


「広場の近くに落ちてたのよ、このケータイがね。これ、いくちゃんのでしょ?」


「そうだよ! いくちゃん、田宮達と一緒にいる時にコレ落としたのに気付いてて、探すために離れてたってよ。このケータイ、誕生日に貰ったもんらしくて……」


「そういうことだったのね。じゃあこのケータイは私が預かっておくわ。いくちゃんにそう言ってもらえるかしら?」


「おう。任しとけ!」


「じゃ、せっかくのデート楽しんでちょうだい」


 菫はそう言った後、電話を切って育美の携帯をリュックの中にしまった。横で話をずっと聞いていた直は、あんぐりと口を開けている。


「ん? どうしたのばったん?」


「いえ……宮西さん、デートなんて言ったんで……」


「あら、そうじゃない? よかったわね〜、堀君。デートできて」


 菫はニヤニヤ笑いながらそう言う横で、直は照れ臭そうにもじもじする。


「じゃ宮西さん、せっかくなんでタッチ動物園行ってみます?」


「行きましょ! 私ウサギ抱っこしたいのよ」


 育美を捜す前まで一緒にいためぐる達は別のエリアに行ったままで、この近くにはいない。なので知輝・育美と同じく、直は今は菫と二人っきりである。この状況に、今度は直がニヤリとする。


(それなら……僕達だってデートですよね)



(ったく宮西の奴デートだなんて……一人じゃ心配だし一緒に回ってやってるだけだっつーの!)


 そう思いながら電話を切った知輝だが……その表情は満更でもなさそうだ。


「ねぇねぇホリトモさん!」


 その側から、育美は早速話しかけてくる。あれほど悪かった機嫌は完全に直っており、知輝のTシャツの裾のあたりを引っ張っている。どうやら彼にしっかり懐いているようだ。


「ど、どうしたいくちゃん?」


「育美、今度はフクロウ館に行きたーい!」


 育美は知輝に買ってもらったソフトクリームを舐めながら、おねだりした。右の膝小僧には同じく知輝が買ってくれた、カピバラの絵の描いた絆創膏が貼られている。




 夜行性の鳥らしく、フクロウ館は他のエリアよりも少し薄暗くなっている。展示場の中にはまるで森のように沢山の木が植えられており、その木の枝にはフクロウが数羽止まっている。どのフクロウもほとんど動かず止まったままで、まるで写真のようだ。


「フクロウ好きなのか?」


 止まっているオオフクロウをじーっと眺めながら、育美は嬉しそうに頷く。


「うん! 好きだよ」


「なかなか渋いじゃねーか。フクロウが好きな子供なんてあんま聞かねーぞ」


「そぉー? 『ハリーポッチャー』の映画に出てるの可愛いじゃ〜ん」


「あぁ、アレか……」


 その映画に出ている白いフクロウを頭に思い浮かべ、確かにアレは可愛いな……と思っている知輝に、育美はくるっと振り向く。


「ホリトモさんは好きな映画とかあるのー?」


「えっ……映画ぁ……!? ……うーん、『となりのドドロ』とか?(AVばっかり見てるなんて口が裂けても言えねぇ……)」


「本当!? 『となりのドドロ』育美も好きなの!!」


 咄嗟に誤魔化したものの、思いの外育美は食いついてくれて、『となりのドドロ』の話をしながら先に進む。二つ目の展示場を見ようとしたところで、知輝は見覚えのある後ろ姿に気付き、コイツもいるのかよ……と一瞬だけ顔が引き攣る。一方、その相手も気配を感じたのか、くるりと振り向く。


「……あ、偶然じゃねーか」


 切れ長の目で知輝と育美を見るのは……凜だ。凜は最初こそ無表情だったものの、どんどん訝しげな顔に変わり……こう言った。


「堀…………お前変なことしてねぇだろな?」


「する訳ねぇだろがぁ!!」


 もちろん、知輝は全力で否定する。いくら日頃の行いが悪くても、流石に8歳の女の子はそういう目で見ないし、ましてやクラスメイトの妹なのだから。


「ホリトモさん、いい人だよ〜。育美、怪我しちゃって手当てしてくれたの! ほら!」


 それだけでなく育美の方からもハッキリ言いながら、絆創膏が貼られた膝小僧を見せつける。

 すると、凜はほんの少しだけ口角を上げ……


「そっか……よかったじゃん」


 普段より少々優しい口調で、育美に言った。

 これに対し……知輝は正直モヤモヤした。自分よりもずっと見た目がカッコいい男が目の前にいて、しかもこのフクロウ館にいるということは、育美と同じできっとフクロウが好きなのだろう。これまで育美と一緒にいる知輝は不安に思ってしまう。無論、育美に恋愛感情がある訳では毛頭ないのだが。


(まさか……俺から離れて生田目について行くんじゃねーだろーな? それだけはやめてくれよ……今までずっとこうだったんだから……)


 1日目のサービスエリアでの苦い記憶が蘇り、知輝はつい険しい顔になってしまう。だが……それに構わず、育美はメンフクロウを指差した。


「あっ、あのフクロウ……「エッホッホ」のフクロウだよね? 「みんなに言わなくちゃ!」のやつ!」


 知輝は思いっきり吹き出した。凜も口を隠しながらプッと笑う。いきなりあのネットミームのネタが育美の口から出るとは思わなくて。ただ、あのミームと違ってフクロウは全く走らず、やはり他のフクロウと同様ほとんど動かない。育美にとってはそれが面白くなかったようだ。


「なーんだ、全然走んないじゃ〜ん。ホリトモさん、次はカピバラ見に行こうよ!」


「え? あ、おう……」


 育美はまたしても知輝のTシャツの裾を掴む。それだけでなく、知輝を半ば無理矢理引っ張るような形で先を急いだ。


「気をつけてな〜」


 ぶっきらぼうな凜の声が聞こえる中、知輝と育美はフクロウ館を後にした。


「もういいのかよ〜。せっかくのフクロウだし、あの兄ちゃんと見てりゃよかったんじゃね?」


 知輝がそう訊くも……育美はハッキリと首を横に振る。


「ううん、もういっぱい見たからいいの。他の動物も見たいしさっさと行かないと時間なくなるじゃん」


「確かにな〜。じゃあ行こうぜ」


 内心嬉しく思ってつい笑顔になりながら、知輝は育美を連れてカピバラの展示場へと向かった。



 その後も知輝と育美は一緒に園内を回っていた。沢山の動物を観察しては、知輝に写真を撮ってもらったり餌をあげたりと、育美は言われたようにしっかり満喫している。最初の不機嫌さがまるで嘘のように。

 ただ、その途中で他の客から変な目で見られたり、途中で出くわした萌と彩矢音に「あのお兄さんに変なことされてない?」と育美が聞かれたりはしたが。ちょうど今も、他の客の女性二人組が知輝達の方を見てヒソヒソ話をしている。


(ジロジロ見んじゃねーよ! 俺、そんなに不審者っぽいか!?)


「ホリトモさんどうしたのー? ちょっと怖い顔してる」


「あっ、何でもねーよ。気のせいだろ」


 気付いたらヒソヒソ話をしている客を睨んでいた知輝だが、すぐに我に返る。何とか誤魔化した知輝が育美と共に次に向かったのは、ペンギンのいるプールだ。しかも最近、ペンギンの赤ちゃんが産まれたらしい。


「わー、ふわふわモコモコで可愛い!」


「アレが赤ちゃん? 大人と同じぐらいデカくね?」


 赤ちゃんペンギンをじーっと眺める育美と知輝に……また別の二人組が近づいてくる。




「……あれっ! 堀君といくちゃんじゃない!」


「偶然ですねぇ!」


「……みっ、宮西!? あれっ? ばったんまでいるじゃねーか」




 その二人組とは……菫と直だ。菫とは前に電話で話したものの、知輝はまさか直が一緒だとまでは思わずにまず驚いた。だが程なくして、知輝はニヤリと笑みを浮かべる。


「おい宮西、お前らだってデート……」


「はい、いくちゃん。このケータイ大事なんでしょ?」


「ありがとう!」


 冷やかそうとした知輝を無視し、菫はまず拾って預かっていた携帯を育美に返す。育美は笑顔で受け取った。


「いいのよ〜。それより……しっかり楽しんでるじゃない! あんなに不機嫌だったのに」


「だって……ホリトモさんがいろんなとこ連れてってくれたんだもん」


「ほ、ホリトモさんって!!」


 まさかの育美のホリトモ呼ばわりに直は驚き、当の知輝は得意気な顔になる。が、直はそれと同時にあることを思い出した。


「そういえばホリトモ君……僕達もうそろそろ行かないとですよ。次は水族館に行きますし。僕達だってこれで最後だと思ってペンギンを見に来たんですから」


 直がそう言ったので、知輝はスマホの時計を見てみると……楽しい時間はあっという間なもので、もう昼過ぎになっていた。




 ペンギンを見た後、菫達四人は入場ゲート前へ戻った。既に他の別荘組及び、来美とその祖父母も来ており、菫達が最後であった。


「もー、いくちゃん! 心配したんだから〜!」


「お姉ちゃん……ごめんなさい」


 ここで来美と育美も無事に再会し、来美は涙ぐみながら育美を抱きしめ、育美は姉をこんなに心配させていたことを痛感し何度も謝っていた。

 ただ、育美は知輝とここでお別れになるのが寂しいらしく……再び泣き出してしまう。


「うわぁぁあーーん! まだホリトモさんと一緒に動物見たいよーー!」


 泣きじゃくる育美の前に寛斗はしゃがみ込み、彼女を宥める。


「ごめんね、お兄ちゃん達これから別のところに行くから」


「それに私達もそろそろ行かないと。親戚のおじさんの家行くんだから」


 来美によると田宮家もこれから別の用事があるらしいのだが、それでも育美は納得いかずにまだチャボテン動植物園にいたいと駄々を捏ねている。そんな育美の前に知輝も寛斗の横に座り込み、優しく言い聞かせる。


「そんなに悲しむんじゃねーよ。だいたい俺ら同じ県に住んでるんだから……またすぐ会えるって。てかまた俺と遊びたくなったら、田宮……いや、お姉ちゃんに言ってくれよ。俺、いつでも待ってるからな」


「………………」


 少し前まで、知輝と育美が一緒にいることを散々心配されていたが、今となっては皆にこやかに二人を見守っている。そして育美も知輝の言葉が効いたのか、泣くのをすっかりやめて笑顔を取り戻している。


「……また遊んでいいの? ホリトモさん」


「当たりめーじゃねーか!」


「じゃあ……また遊ぼうねぇ!!」


 そう言って、育美は来美と共に手を振った。最後に二人の祖父母が育美の世話のお礼にと、知輝に3000円を渡そうとしたが、知輝は断っていた。最終的には半ば無理矢理渡されていたが。




「いや〜、今日はモテ期だったな、ホリトモ」


「よかったじゃん、女の子から懐かれて」


 入場ゲートを出てバスへ向かう途中、知輝は早速龍星と和馬に肩にポンと手を置かれ、冷やかされていた。真二や恭平もその近くでニヤニヤしている。


「いや〜……そーゆーんじゃねーよ。せめていくちゃんがもう10年早く生まれてたらな〜……」


「それじゃ俺らより年上になっちまうじゃねーか!」


 龍星が知輝の肩を思いっきり叩いてツッコむも……当の知輝は特に悪い気はしていなさそうな表情だ。


(とか言って……しっかり待ってたりして……いくちゃんが大きくなるまで)


 そんな知輝の様子を横目で見ながら、菫も人知れずニヤけながらバスへと戻っていった。




 一方、田宮家の面々も既にゲートを後にしており、祖父母の車へと向かっていた。今度は迷子にならないよう来美に手を繋がれた育美に、祖父が優しく話しかける。


「いくちゃん、よかったなぁ。お兄さんができたみたいで。楽しかっただろう?」


 そう訊かれた育美はすぐに大きく頷いて、即答した。


「うんっ! ……ホリトモさん、お姉ちゃんよりしっかりしてるんだもん」


「ちょっ、いくちゃんっ!!」


 ショックを受ける来美とは裏腹に、祖父はハハハと豪快に笑い祖母も「あらあら」と言ってクスクス笑っている。そんな姉に対し、育美はジロリと軽く睨みつける。


「だってお姉ちゃん、一昨日からやらかしてばっかりじゃない。電車乗る時ホーム間違えて逆の方向行きそうになるし、乗る特急も間違えかけるし、自動販売機でジュース買ったのに置いたまま行っちゃうし。ホリトモさんは全然道に迷わなかったもん!」


 姉らしからぬ失態を育美に次々と暴露され、祖父母が笑う一方、来美は汗をダラダラ流し赤面するほかなかった。


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