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49ページ目 菫さんの伊豆の別荘旅 ④波乱の朝と偶然の再会


 色々あったものの、和やかな雰囲気のまま1日目の夜は更けていき……やがて夜が明けた。

 別荘旅行も2日目に突入し、時刻は早朝6時。前日の海水浴で疲れたこともあり、朝食当番を任された者以外の面々が気持ちよさそうに眠っていたところ……




「!!!???」




 けたたましい音が鳴り響き、菫を含むほぼ全員が一斉に目を覚ました。だがそれは目覚まし時計やスマホのアラームの音ではない。ピーピーピーと高く大きな音が別荘中に響き渡っている。


「も〜! 何この音!?」


「うるせぇんだけど〜!」


 まだ眠たそうなめぐると沙希は文句を言いながら布団から起き上がり、栞里もうるさそうに耳を塞いでいる。そんな彼女らをよそに、菫だけは嫌な予感がしてゾッとする。


「ね、ねぇ……これって……」


「ん? どしたのすー様」


 めぐるに聞かれ、菫は震えながら重い口を開く。




「ま、まさか……火災報知器が鳴ったとか……」


「………………」




 めぐる・沙希・栞里の三人は黙り込んだ。それだけでなく三人ともスーッと顔が青くなっていく。


「う……嘘でしょ? 火事が起きたってこと!?」


「……いやいやなんかの間違いだろ!?」


 栞里と沙希が狼狽える一方……未だに寝息も聞こえてくる。その寝息の主は萌で、ブザー音がこれほどまでに鳴り響いているにも関わらず、まだ眠っている。なお、彩矢音と千穂は朝食当番なので、今部屋にはいない。


「……こんなうるさいのによく寝れるな〜、もえぽん」


 何事もないように寝ている萌を、めぐるは少し引いた様子で見る。そんな萌を尻目に菫は布団から完全に起きて立ち上がり、寝巻きですっぴんのままドアへと向かう。


「昨日も遅くまでゲームしてたもんね……とりあえず私、見てくるわ! 本当に火事かもわかんないし」


「すー様、私も行く!」


 ひとまず何が起こったのか確認しに部屋を出ようとする菫に、めぐるもついて行く。部屋から出たところには隣の男子部屋にいるはずの凜と直もいて、四人で1階へと向かう。




「もーーー! なんでこうなっちゃうのよ!!」


 彩矢音の怒号が聞こえてきたのは、1階に降りてすぐのことだった。菫達はその声が聞こえてきたキッチンへと急ぐ。


「ええっ!?」


「何これ!?」


「どうしたんですかぁ!?」


 キッチンに駆けつけた菫・めぐる・直はその光景を見て唖然とする。凜だけ唯一驚かず何も言わず、呆れた顔でため息をつくだけだが。周りには焦げ臭い匂いが漂っている。


 なんと……キッチンのコンロからは黒煙が上がっていた。火こそ既に消えているものの、フライパンの中の物も当然黒焦げなうえ、未だに燃えているようだ。コンロのすぐ前では、青ざめた寛斗が呆然と立ち尽くしている。

 こんな状態なので換気扇はフル回転し、彩矢音と千穂はキッチンとその隣のダイニングの窓を全て全開にしている。なぜか和馬だけは布巾で電子レンジを拭いているが。

 そして鍵谷も既に起きて着替えており、椅子の上に乗って天井の火災報知器に手を伸ばしている。程なくしてスイッチを消したのか、けたたましいブザー音は漸く鳴り止んだ。ここで鍵谷は菫達の存在に気付いたようで、くるりとキッチンのドアの方へ振り向く。


「おや、皆さんおはようございます」


「……いやいやなんでそんな落ち着いてられるんですか!?」


 めぐるがツッコんだ通り、緊迫した状態だったにも関わらず、鍵谷は何事もなかったかのように冷静だ。流石執事ね……と菫が思う中、鍵谷は淡々といきさつを話す。菫と凜にはなんとなく予想がついているが……。


「実は……坊っちゃまがウインナーを炒めていたところ、失敗してしまいまして」


 鍵谷がそこまで言ったところで、寛斗は赤面して頭を抱える。だがそれでも凜とめぐるは容赦ない。


「……失敗ってレベルかよコレ」


「なにやってんのきよみー……」


 そう言われてしまい、寛斗は流石にしょげてしまう。そして菫達や、窓を開け終わった彩矢音ら朝食当番の面々に深々と頭を下げる。


「みんな……ごめん」


 謝る寛斗に真っ先に声を掛けたのは……菫だ。


「私達はいいけど……清宮君は大丈夫なの? 火傷とかしてない?」


「あっ、それは大丈夫だから!」


 寛斗はそう言うとパッと両手を見せた。そう言った通り、手と指に火傷や傷は一切ない。菫が安堵のため息をついたのはもちろん、これには凜とめぐるも胸を撫で下ろしたようだ。


「それならよかったですよ! まぁ猿も木から落ちるって言いますし……」

 

 直もそう言ったものの……同じく当番だった彩矢音は未だに怒りが収まらない様子で愚痴をこぼしている。


「ったく……男子の奴揃いも揃って役に立たないんだから! ホリトモは指切るし、よっしーは電子レンジに玉子入れて爆発させるし」


「…………」


 寛斗は返す言葉がないとでも言いたげに再び俯き、和馬もギクっと震えた。どうやら先程からずっと電子レンジの掃除をしているのはそのせいらしい。道理で和馬が持っている布巾が黄色くなっている訳だ。


「あー……イテテテ……」


 そこに、もう一人の当番である知輝も痛そうに指を押さえながらキッチンへ帰ってきた。彩矢音の言った通り、指に2箇所も絆創膏を巻いている。


(あーあ……2日目も波乱続きで始まったわね……)


 菫はそう思わざるを得なかった。


 

 結局この日の朝食はパンまたはご飯とサラダになり、「物足りない」やら「なんで失敗したんだ」などと一部から批判が噴出したのは言うまでもない。


「足りないんならどっかで買い食いでもすればいいでしょ〜」


 菫がそう言ったおかげで、何とか無事に収まったが。






 朝食を食べ身支度をした一行は、今日もバスに乗り込む。鍵谷の運転するバスでまず向かうのは……「伊豆チャボテン動植物園」というところだ。そこにはその名の通り温室に様々な種類のサボテンが植えられ、動物も多数飼育されているという。旅行前のLIMEや行きのバスの中で2日目はどこに行くか話し合ったところ、栞里が真っ先に提案したのだった。その理由は……


「あ〜、チャボテン動植物園楽しみなんだけど〜! なんてったってあの『私の可愛い半田(はんだ)くん』の聖地なんだも〜ん」


 バスの中でも栞里は大興奮し終始ニヤニヤしているうえ、かなりテンションが高い。『私の可愛い半田くん』は栞里お気に入りの少女漫画の一つで、主人公の菜奈香(ななか)とクラスメイトの美少年の半田くんを中心としたラブコメだという。略称はそのまんま『半田くん』なのだとか。


「栞里ちゃん、聖地ってどういうことー?」


「『半田くん』の中にチャボテン動物園が出てきたの。主人公の菜奈香と半田くんの初デート先としてね!」


 千穂に聞かれ、栞里はニコニコしながら答えた。どうやら栞里のお目当てはサボテンでも動物でもなく、聖地巡礼らしい。


「あとチャボテン動物園はカピバラも有名よね!」


「そーそー! あとレッサーパンダも!」


「私はカンガルー見たいな!」


「僕はカワウソが見たいです!」


 菫・めぐる・沙希・直も栞里ほどではないがワクワクしている中……龍星・和馬・知輝だけはなぜか不服そうにしている。


「サボテンなんかどこにでもあるだろ〜」


「動物園なんかガキの行くとこじゃねーか」


「やっぱ「男と女の怪しい博物館」行きてぇよ」


 知輝達はチャボテン動植物園に行くのに気が進まないらしく、文句を言っている。あの凜ですら黙って受け入れたというのに。そんな三人に対し、菫達女子は彼らを白い目で見て、恭平と寛斗は釘を刺す。


「行きてーんならお前ら三人で行ってこいよ」


「そうだよ、もう決まったんだから文句言うなって」


 そう言われると……知輝達は渋々黙った。ただ和馬は軽く舌打ちし、知輝も「だって〜」と口走ったが。




 チャボテン動植物園までは別荘から30分ほどで辿り着いた。バス用の駐車場に鍵谷がマイクロバスを駐めて入場ゲートへ向かうと、開園したばかりだというのに既に行列ができている。もう後半戦とはいえお盆ではあるので、やはり客は多いのだろう。

 鍵谷と寛斗が全員分の入場券を買いに行ってくれているので、残りの面々はゲート前で待機している。相変わらずハイテンションな栞里や菫達とは裏腹に、やはり知輝達三人は飽き飽きしているようだ。


「せっかく来たのに待たなきゃ行けねーのかよ〜」


「たり〜」


「めんどくせ〜」


 再びブツブツ言い始める三人を、沙希・真二・直が咎めたり宥めたりする。


「アンタらもう黙ってろようるせーな!」


「せっかく来たのにテンション下がること言うんじゃねーよ」


「もうちょっと待ったら入れますから〜」


 もちろん、菫も知輝達には少しばかり辟易している。


(も〜、いいじゃない。ここでしか見れない色んな動物や変わったサボテンが見れるんだから。他の皆は楽しみにしてるのに何がそんなに嫌なのかしら?


 ってことは……生田目君も楽しみなのかしら?)


 そう思いながら……菫はふと気になった。その凜はというと、普段通り無表情のままスマホをいじってはいるものの、知輝らのように文句こそ言っていない。凜が動物やサボテンが好きなイメージはないが……少しばかりは楽しみにしているのだろうか?

 菫がそう思っていたちょうどその時……




「……あれっ!? 皆どうしたの!?」




 聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。



 菫達一行が一斉に振り向くと……


「えっ! くるりんじゃ〜ん!」


「おお!! 久しぶりーじゃねーか!」


「ぐうぜ〜ん!」


 皆が思わず声を上げる中、そこに立っていたのは……いつもと違ってお団子にしたお下げ髪に可愛らしいワンピースを着た、同じ2年3組の来美だ。今いる面子の中で来美と一番仲の良い栞里は真っ先に駆け寄る。まさかの偶然の再会に喜び合う二人に、菫達もほっこりする。


「どうしたのくるりん!? まさかこんなとこで会えるなんて〜!」


「今、妹と熱海のおじいちゃんおばちゃんの家に一昨日から泊まってるの。で、今日はチャボテン動植物園に行こうって。そういえば皆は別荘行ってるんだよね?」




「おや来美、お友達かい?」


 来美がそう言った側から、老婆の声が聞こえてきた。皆がその方向を見ると、老夫婦と彼らの間で手を繋がれている小学校低学年ぐらいの女の子が近付いてくる。三人に気付いた来美は振り向いて手をぶんぶん振る。


「あっ、おじいちゃん、おばあちゃん、いくちゃん! そう、同じクラスの皆よ!」




 この老夫婦と女の子こそ、来美の祖父母と妹の育美(いくみ)である。そこに無事に入場券を買えた鍵谷と寛斗も戻り、一行と祖父母は「はじめまして」「おはようございます」と挨拶を交わす。

 そして姉と祖父母と一緒に来た育美はというと……どういう訳かぶすっとしており一切笑顔を見せてくれない。髪をツインテールに結えいかにも子供らしい可愛い雰囲気に反して。


「ほら、いくちゃん。皆にお名前言って」


「………………」


 来美に自己紹介するよう促されるも……育美は全く表情を変えない。そんな態度に姉の来美は流石に焦ってしまい、注意する。


「……いくちゃん! そんなむすっとしないの!」


「いくちゃんって言うのー? はじめましてー!」


「お姉ちゃんとおじいちゃんおばあちゃんと一緒で嬉しいね〜」


 来美に続いて、めぐると栞里も育美の前にしゃがみ込んで優しく声を掛ける。


「い〜くちゃん! 兄ちゃんと一緒に返事しようぜ! せーのっ、「こーんーにーちーはー!」」


 流行りの芸人の真似をしながら真二もけしかけたものの……育美は相変わらず表情を変えず黙ったままで、真二の声だけが虚しく響く。尤も他の皆にはウケていたが。

 来美とその祖父母が更に焦り出す中、育美は皆を睨みつけながら漸く口を開く。


「……育美、こんなとこ行きたくな〜い!」


「ちょっ! いくちゃん!」


 流石にこれには来美も珍しく強い口調になってしまう。当然ながら別荘組の面々も耳を疑った。しーんと静まり返るばかりか、何人かは笑顔が引き攣ったり少し引いた顔になったりと空気が一気に重くなってしまう。そこで、菫は沈黙を破った。


「……田宮さん、どうしたの?」


「なんか嫌なことでもあったのか?」


 菫に続き、寛斗も訊く。いくら小さな子供でも、流石に理由もなしにこんな無愛想な態度を取るとは思えず、きっと何かあったのだと菫は考えていた。どうやら寛斗も同じことを考えていたようだ。

 すると、来美も寂しげな表情になり、重い口を開く。


「……実はうちのお父さんとお母さんも一緒に行く予定だったの。でも仕事の都合で急に行けなくなっちゃった。いくちゃん、ずっと前から楽しみにしてたから……」


「そうだったのね……」


 やっぱり……と菫は納得した。そういえば、来美の家は病院で小児科だと言っていたのを思い出す。このお盆もやはり急患が来たりと、休みたくても休めない状況だったのだろうか。

 よく見ると、育美のそのムスッとした表情はどこか寂しそうに見えなくもない。これには他の皆も「あ〜……」と納得の声を上げる。頑なに自己紹介しようとしない育美に代わって、祖父母が彼女を皆に紹介する。


「皆すまんなぁ……この子もウチの孫で、育美ってんだ」


「まだ8歳で小学校2年生なの。やっぱりパパとママがいないと寂しいのね……でも仕方ないでしょ」


 祖母も優しく言い聞かせるも、育美は未だにむくれたままだ。そこで、めぐるは再び育美に笑顔を向ける。


「それならいくちゃん、私達と一緒に行かない? パパとママはいないけど、お姉ちゃん達がいっぱいいるからさぁ」


「えっ、いいの?」


 思いがけない提案に、来美は咄嗟に別荘組と祖父母の顔を交互に見て、大丈夫なのか確認する。


「大丈夫よ! 嫌じゃなければ一緒に行きましょ」


「せっかくだしくるりんといくちゃんも行こーぜ!」


「二人とも大歓迎だよ! 一緒に動物見よーぜ!」


 菫・真二・寛斗もそう言う通り別荘組のほとんどが快諾し、栞里や彩矢音は手招きまでしている。凜も特に嫌そうな顔はしていない。ただ、知輝・龍星・和馬のみ面倒くさそうな表情だが。

 一方、来海と育美の祖父母も「せっかくだから皆で一緒に行ってきなさい」とOKしてくれた。



 こうして別荘組の面々に来美・育美姉妹も加わることになり、まずは皆で入場ゲートをくぐる。最初に目に入ったのは石像のある大きな広場で、イソスタ映えしそうだからか記念撮影している人が多数いる。別荘組も何人かで写真を撮った後、近くでは動物のショーがあると聞いてスケジュールを確認したが……次のショーが始まるのは2時間後だ。ショーが始まるまで、ひとまず他の動物を見ることにし、ここからは自由行動となる。


「じゃあ俺サボテン見に行ってくるわ」


「あっ、じゃあ俺も行こっかな」


 凜がそう言うので、寛斗・恭平・鍵谷も一緒にサボテンのある温室へと向かう。


「とりあえず『半田くん』の告白現場よ!! あの古代遺跡エリアのサボテン像の前!!」


 相変わらず大興奮した様子の栞里に、千穂と来美もついて行く。もちろん来美に手を繋がれた育美も一緒だが……やはり育美はつまらなさそうな表情のままだ。来美に手を引かれるまま、育美も黙ってついて行く。


 彩矢音と萌もまずキリンが見たいらしく、そのエリアへと二人で向かっていった。そればかりかいつの間にか知輝・龍星・和馬の三人組も勝手に別のエリアに行ったのか、いつの間にか広場にいなくなっている。

 なので、今広場にいる別荘組は菫・めぐる・沙希・直・真二の五人。


「どこ行くー?」


「まずはカピバラじゃない? あの温泉があるとこ」


「一番有名だもんな〜」


「あっ、でも今温泉はないみたいですよ。もしかしたらプールかもしれません」


「そりゃ夏だし温泉じゃ暑いもんね〜。まぁプールでもいいじゃん」


 とりあえず菫達五人はカピバラのいるところへと向かう。向かっている間の話題はやはり……


「大丈夫かしら、田宮さんの妹ちゃん……」


 育美のことが心配になり、菫はつい口に出してしまう。すると、めぐると直も同調する。


「確かになぁ……くるりんも一緒だし大丈夫だとは思うけど」


「ここは可愛い動物いっぱいいますから、機嫌を直してくれたらいいんですけどね〜」


 一方、同じく下に兄弟のいる沙希と真二は来美に同情している。


「それにしても大変だな〜、くるりん。まぁ8歳ぐらいじゃしゃあないけど……」


「なぁ。俺の弟もそのぐらいの時酷かったぜ。思い通りにならなきゃキレるわ、泣くわ、物投げるわ……」


 どこか偉そうに語る真二に、めぐるは懐疑的な目を向けて首を傾げる。


「ナラッチ、アンタ弟君の面倒見てたの? くるりんみたいに」


 来美については医者の父と看護師の母に代わり、普段から育美の面倒を見ていると菫達は聞いているが……真二が自分の弟の面倒を見ている話は聞いたことがない。なのでめぐるは疑わしく思っていたのだ。


「ううん、見てねーよ。母ちゃんが大変そうにしてたってだけ」


「なんじゃそら!」


「アンタは何してたのよ? 弟君が大変なのに」


 あっさりと真二は首を横に振り、沙希とめぐるはツッコミを入れるが……


「俺? 普通に遊びに行ってたぜ。母ちゃんが弟の面倒見ろとか家事手伝えとか無茶振りしてきたけど、そういう時は遊びに行くって言って逃げてたよ」


 悪い笑みを浮かべながらそう言うだけだった。めぐると沙希はため息をつく。


「うわぁ……」


「ナラッチのお母さんかわいそ……」


 側から話を聞いていた菫も、ふと葵が8歳だった時のことを思い出そうとしたが……イマイチ思い出せない。何せ菫にとっては約15年も前のことなのだから。


「どうしましたか、宮西さん。そんな難しい顔しちゃって……」


「!」


 思い出そうとしてつい表情が硬くなってしまっていたらしく、直に指摘された菫は思わず首を横に振って。


「き……気のせいじゃないかしら? そ、そういえば、ばったんは兄弟いたんだっけ……?」


 慌てて菫が話題を変えると、直は思いの外普通に答えてくれた。


「いいえ、僕は一人っ子なんです。だから野村さんやナラッチ君みたいに兄弟のいる人の気持ちがよくわからなくて……」


「あらそうなのね。わ、私もお姉ちゃんがいるし、下に兄弟いる人の気持ちはちょっと……」


 本当はお姉ちゃんじゃなくて妹だしわかるんだけどね……と思いながら、菫はなんとかお茶を濁した。



「はい、チーズ!」


 お目当てのサボテン像をバックに、栞里はVサインを作る。スマホで撮影しているのは千穂だ。


「ありがと! 千穂ちゃん」


「いえいえ、ちゃんと撮れてるかな〜」


 一緒にスマホの写真を見る栞里と千穂の横で、来美もうっとりした目でサボテン像とその周りの風景を眺めている。


「やっぱりここよね〜! このサボテン像本当に漫画そのまんまだもん」


 どうやら栞里と同じく来美も『私の可愛い半田くん』を愛読しているらしい。それでも左手ではしっかり育美の手を握っている。

 しかし……育美はまだぶすっとしており、楽しもうとする様子はない。


「ほら、いくちゃん。あっちに大きなサボテンがあるよ」


「………………」


 来美がそう言っても、育美は口を閉ざす。もちろん、このエリアに行く道中も栞里と千穂から何度も話しかけられていたが……終始塩対応だったのは言うまでもない。あまりにも頑なな態度に、とうとう来美もイライラし少しキツめに注意する。


「いくちゃん! 何回も言ってるけど仕方ないでしょ。お父さんとお母さん忙しいんだから。いつまでも辛気臭い顔してないの!」


 これ対し、育美は更にムッとして言い返す。


「やだ!! パパとママがいないと嫌!! 他の子は皆パパとママがいるのになんで〜!」


「もぉ!!」


 確かに園内には彼女と同年代の子供も多数いるが……育美の言う通り、ほぼ全員父親・母親のいずれかまたは双方とも一緒にいる。それに皆揃いも揃って楽しそうだ。

 そんな家族連れを尻目に、来美と育美はあわや姉妹喧嘩になりかけ、千穂と栞里は慌てて止めに入る。


「ふ、二人ともやめて!」


「いくちゃんごめんね、私が行きたいところばっかり行ってて。ねぇいくちゃん、次は何が見たい? カピバラ? カンガルー?」


 ニッコリと笑顔を向けながら、栞里は育美に優しく訊くも……育美は黙ったまま。


「いくちゃん! ちゃんと返事して! そんな無愛想にしてたらもう知らないよ!」


 来美は育美を叱りつけると、育美を連れて別のエリアへ行こうとする千穂と栞里を止める。


「あっ、私もサボテンさんの前で撮りたい!」

 

「おっけー! 私が撮ったげるね」


「せっかくだから再現しない? あの告白するシーン。いくちゃん、ちょっと待っててくれる? すぐ違うとこ行くからね」


 栞里は育美にそう言い聞かせてから、一旦育美の元を離れて再びサボテン像へと向かう。


「じゃあくるりんが菜奈香役で、私が半田くんの役ね!」

 

「おっけー!」


「それなら写真よりも動画の方がいいかも!」


 サボテン像の前で盛り上がる栞里・来美・千穂を、育美は冷めた目で見つめている。育美は『私の可愛い半田くん』の存在自体は知っているものの、この漫画は中高生向けなので内容までは知らない。なので、面白くはないはずだ。


「は……ははは半田くん!」


「ん? どうしたの?」


「わ……私……半田くんが……好きなの!

 つ、……付き合ってください!」


「うん、ありがと……俺も好きだよ、菜奈ちゃんのこと……」


「えっ!!……嬉しい……!」


 サボテン像をバックに、菜奈香役の来美は目の前の半田役の栞里に真剣な表情で愛を告白する。それに対して栞里は笑顔でOKと伝える。そして来美と栞里はひしと抱き合った。この台詞も行動も全て漫画通り、そっくりそのままに再現している。


「はいカーット! OKでーす!」


 その一部始終を撮影していた千穂も、まるで映画監督のように撮影完了の合図を出す。来美と栞里はすぐにスマホを構えていた千穂の元へ駆け寄る。


「撮れたーー?」


「うん。しっかり撮れてるよ」


「……本当は千穂ちゃんが菜奈香役の方がよかったんだけど」


 耳元で栞里から囁かれ、千穂は思わずポッと赤面する。何せこれから本物の告白を控えているのだから。ただ、いかんせん千穂はこの漫画のことはよく知らないので、今回は撮影係をせざるを得なかったのだが。


「なになに、なんの話?」


「ううん、なんでもな〜い」


 来美が横から口を挟んできたが、栞里は何とか交わす。相変わらず千穂は顔を真っ赤にしているが、来美は特に気に留めず、すぐ側にいるはずの育美を呼ぶ。


「いくちゃんお待たせ! さ、カピバラでも見に行こっ!」




 そう言ったものの……




「ん? いくちゃん?」




 つい先程までいたはずの育美の姿が……ない。来美は目を疑い、キョロキョロ首を動かして見回すが、育美と思しき子供はどこにもいない。




「…………え?」


「……嘘でしょ?」


「まさか…………一人でどっか行っちゃったの?」




 三人は少し前までのハイテンションはどこへやら……呆然と立ち尽くした。数秒前まで顔を赤らめていた千穂も、今は真っ青になっている。


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