48ページ目 菫さんの伊豆の別荘旅 ③秘密の風呂トークとお楽しみバーベキュー
「実は……明日あたりしようかなって……」
「…………ぇえッ!!??」
告白しないのかと聞いたものの、まさか千穂がここまで早く行動に出るとは思わず、めぐるはただただ驚愕した。もちろん、菫や他の女子達も驚いて風呂に浸かったまま、千穂をじーっと凝視している。
「マジ!? 今しちゃう!?」
「ちょっ、さっきー! 声でかいって!」
「ごめんごめん」
沙希は思わず大きな声で言ってしまい、彩矢音に咎められる。いかんせん風呂場なので、ただでさえ音や声がよく響くうえ、男子達も今ちょうど隣の風呂に入っているはずだ。聞こえてしまうと流石にまずい。
(なかなかやるじゃない阪口さん……ちょっと積極的になったってレベルじゃないわね)
ニヤリと笑みを浮かべる菫と同じく、栞里もニッコリしながら千穂の肩に手を置く。
「千穂ちゃん頑張ってね! ……で、どんな感じで告るの?」
栞里から告白のシチュエーションを訊かれ、千穂は照れ臭そうに小さな声で呟く。菫達他の女子一同も興味があるのか、皆一斉に前のめりになる。
「…………夜の浜辺とかいいかなって思って。ほら、さっきロマンチックだって言ったじゃない……」
「おぉ〜〜〜!」
他の女子達は隣に聞こえないよう、少し声の音量を抑えながらも歓声を上げる。明日の天気も予報だと晴れで、きっと美しい星空の下で告白ができるだろう。
そして、明日の夜はというと……皆で花火をする予定だ。
「もしかして……花火の時に告っちゃう感じ?」
「終わってから……かな」
「花火ってさっきの海水浴場でやるの?」
「そうじゃね? 手持ち花火なら大丈夫ってきよみーが言ってたし」
どうやら花火を終えてから、花火会場である砂浜で実行する予定らしい。菫は黙って聞いていたが、どうしてもあることが引っ掛かり、思わず千穂に訊く。
「ねぇ阪口さん、花火の後でどうやって二人きりになるつもりなの?」
「……え? 「北山君ちょっといい?」って普通に呼び出せば……」
あっけらかんと答えた千穂だったが……他の女子達はほぼ全員揃って首を傾げる。
「……それじゃ他の男子にバレない?」
「あっ! 確かに……」
「カネリュウとかそーゆーの目ざとそうだもんな! あとナバちゃんとかも気付きそう」
彩矢音・栞里・めぐるに指摘された通り、花火が終わった後の砂浜で皆がいる中堂々と呼び出すのは……確かに告白だと勘づかれそうだ。そもそも夜の海なんて、愛の告白スポットとしては絶好の場所なのだから。そして万が一他の男子達にバレたら……冷やかされるのは必至だし、恭平も嫌がるかもしれない。
そう言われると……千穂もハッとして狼狽してしまう。
「えっ……じゃあどうしよう……」
「もっと二人きりになりそうなとこの方がいいんじゃない? 夜の海いいけどさ、二人きりになれなきゃ意味ないじゃん」
「確かに〜。てかなんで明日? 今日はダメなの?」
萌がアドバイスする側から、彩矢音は素朴な質問をする。すると、千穂は再び顔を真っ赤にする。
「だ、だって……心の準備がまだ……」
「あっ、そっち? てっきりフラれて明日から気まずくなるのが嫌なのかって思ってた」
「ちょっとさっきー、縁起悪いこと言うなよ。きたろー彼女いないんだし大丈夫だって」
沙希とめぐるが言い合う中、彩矢音が横から口を挟む。
「でも明日も明日でさ……もし万が一のことがあったら明後日以降気まずくならない?」
「……確かに!」
「明後日で最後だけど、たぶん帰るの夕方か夜あたりなりそうだもんね〜」
「ちょちょちょ!! なんでフラれること前提の話になってんだよ〜! せっかくグッチが告白する気になってんのに〜!」
沙希だけでなく、彩矢音・栞里・萌まで「ダメだった時」の話をし出すので、めぐるは猛抗議する。しかし、当の千穂はあまり気にしていないようでクスクス笑っている。
「大丈夫だよめぐるちゃん、気にしてないから。それに……ダメ元で当たって砕けるつもりだから」
千穂はまずそう言うと、大きく息を吸ってから切ない顔で再び話し始める。
「このまま告白しなかったらしなかったで……そっちの方が後悔すると思うの。もしフラれて後から気まずくなるよりもね。それに……もしフラれたとしてもね、私今まで通り友達として接するつもりだから」
「……なるほどね。確かに阪口さんの言う通りかも」
それまで黙って千穂の話を聞いていた菫は、大きく頷いた。
★
「……そうなの? すー様」
めぐるは今度は菫に向かって前のめりになる。千穂をはじめとした他の女子達も興味深そうに菫をじっと見ている。
「だってあの時告白してたら付き合えたかも……って絶対思っちゃうわよ。言うじゃない、やらない後悔よりやる後悔って。……私も中学の時、ずっと好きだった先輩に告白しようか迷ってたの。でも迷ってる間に卒業しちゃって言えなかったわ」
その時のことを思い出しつつ、その先輩は今どうしているのだろうか……と思いながら菫は語った。実は一度目の高校生活でもそのような経験があるのだが、流石にそれは言わないでおく。
すると菫の話に共感したのか、千穂は凄い勢いで首を縦に振る。
「そうそうそれそれ!! そういう後悔が一番嫌なのよ! それにウカウカしてたら誰か他の子に取られちゃうかもだし。流石菫ちゃん、よくわかってるわ」
前のスカウトの時もそう思ってたんだけどなぁ……と脳裏によぎりながら、千穂は力説した。これには他の女子達も「あ〜」と納得する。
「まぁきたろーが他の子に取られるのだけはないっしょ。アイツそんなにモテてないし(笑)」
沙希が笑い飛ばす中、話が逸れてきたので菫が元に戻す。
「で、告白はもう明日にしちゃうのね?」
改めて訊くと、千穂はハッとしてから再びうーんと悩み出す。
「……そうしようと思ってたんだけど、二人きりになる方法がねぇ……。花火終わってからまた海岸まで来てもらうのも面倒くさがられるかもだし……」
「別にいいじゃん! グッチが言うんなら来てくれるんじゃね?」
散々悩んでいる千穂の背中をめぐるが押そうとしたところで、菫はある考えが思いついたので早速提案することにした。
「じゃあ阪口さん、こんなのはどうかしら?
確かに夜の海って星もいっぱい見えるしロマンチックだけど……」
「……それもいいかも! 確かにこの海だと綺麗な……ぁ……」
「ちょっ! グッチ!」
「大丈夫!?」
菫が提案した作戦に完全同意し、その通りにやってみると決意したところで……千穂は顔はおろか全身まで真っ赤に染まり、目を回してしまう。そればかりか身体の力が抜けて湯船に沈みそうになったので、菫達女子一同は慌てて千穂に駆け寄った。
★
一方、男子達も秘密の会話で大いに盛り上がっている。ただ、彼らの大半はさっさと風呂から上がり、脱衣所で色々話しているが。
「……えぇえ!? マジでヤッてたのかよ!? その中坊のカップルはっ!?」
岩場にいた時の知輝達よろしく、真二はパンツ一丁のまま、大興奮しながら食い気味に訊く。同じくパンツ一丁の知輝達はあの時を思い出し、ニヤニヤしながらあの時の状況を話す。
「チューしてたぜアイツら」
「なぁ。しかもディープな方」
「うっわッ!! マジかよ!!」
「今時の中学生っておませさんなんですね〜」
「いやいやおませさんってレベルじゃねーだろ……」
知輝と龍星から中学生らしき男女のディープキス現場を目撃したと聞き、真二は衝撃を受ける。彼らの近くにいる直も内心興味があるのか、照れ臭そうに話に参加している。男子の中で唯一、直にツッコミを入れた恭平だけ、どうでもよさそうに鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かしているが。
「まぁでも……アレは最後までヤリそーな感じだったよな?」
扇風機の真ん前で風に当たりながら、和馬もニヤリと笑みを浮かべる。もちろん、龍星も知輝もうんうんと首を数回縦に振った。
「だって……あの男の方、女の水着脱がそうとしてたもんな〜。絶対ヤる気だったぜ」
「うっわ〜!! やっべーー!!」
龍星と真二が更に鼻息を荒げる中、知輝は残念そうな顔をする。
「でももったいないぜ……あのままだと絶対見れたのによ〜。……誰かさんのせいで……」
「なんか言ったかー?」
あの時と同じように聞き覚えのある声が背後から聞こえ、知輝はビクッとする。恐る恐る振り向くと、寛斗と凜がいつの間にか風呂から上がり、身体を拭いているところだった。この二人は風呂場の中のサウナに入っていたので、他の男子達より一足遅かったのだ。
「お、お前らいつの間に……」
「さっき上がったばっかだぜ」
「ったく……皆スケベなんだから〜」
狼狽える知輝に対し、凜はいつも通りクールにあしらう。寛斗は笑いながら猥談で盛り上がっている男子達を揶揄った。ほぼ全員顔を赤らめる中、唯一興味なさそうにしていた恭平だけは髪を乾かしながらギロリと寛斗を睨んでいる。
「だ、だってあんなことでイチャついてんのが悪いんだろ? きよみーはそういうの見て興奮しねーのかよ! もしかしてE……」
「見てて恥ずかしいし迷惑なだけだって。……何年か前にここに行った時もいたんだよな〜、そういうカップルが」
興奮どころか不快そうな顔で、寛斗はそう言ってのけた。凜と恭平も似たような表情でうんうんと頷く。
しかし、知輝はなぜか更に前のめりになり……
「ぇえっ! お前前もイチャコラしてんの見たのかよ!? ……どんなことしてたんだ? まさか最後まで……」
「…………」
興味津々な様子で訊いてきた。これに対し、寛斗は知輝を一瞬白い目で見た後、くるりと背を向けた。
「……それにしてもよっしーはよく来てくれたな。俺、正直来なさそうって思ってたよ」
「オイオイオイ無視かよ!!」
「つーか今更!?」
「でも確かに……ちょっと意外な気もしないでもないですよね」
綺麗に右から左に受け流されたので、知輝が不服そうにぶーたれると同時に、髪を乾かし終えた恭平はツッコミを入れた。一方、直も少し意外に思っていたようで首を突っ込んでいる。確かに普段はサボり魔で無気力気味の和馬が、こういうイベントに参加しているイメージはないようだ。
そんな和馬は先程までニヤニヤしていたのとは打って変わって、うざったそうな顔で寛斗の顔をチラリと見る。
「あー……地元に残ってても周りの奴がウゼぇだけだしな。……どうせ高校野球の話してくるんだろうし」
かつて同じく野球部だった真二がギクっとしているのを尻目に、和馬は着ていたTシャツを再び首に通した。
★
皆でシャワーついでに風呂に入った後、菫を含む一部の3組の面々はキッチンにいる。夜のバーベキューの準備をしに。食材は清宮家で準備してもらっていたうえ、事前にクール宅配便で送られていたのを鍵谷が片付けてくれたらしく、菫達がキッチンに来た時には既に冷蔵庫に入っていた。調理用具やバーベキュー機材も完備されており、準備され終わればいつでも楽しめる状態である。
「あ゛〜〜〜! このお肉なかなか切れないんだけど!!」
台所前のテーブルでは、萌が肉塊を切るのに大苦戦している。肉の上に置いた包丁を力一杯上から押し付けているが……効果はサッパリで全く切れていない。目の前にいる菫はそんな萌を見て苦笑いする。
「今川さん……それじゃ確かに切れないわよ。包丁は上から押すんじゃなくて引かないと。ほら、こうやって……」
同じく肉塊を切っていた菫は萌の前で根気よく包丁を何度も手前に引く。暫くしてから肉は真っ二つになった。それを見た萌はパッと目を輝かせる。
「すー様凄ーい! バッチリ切れたじゃん!」
「ちょっと根気はいるけどこうしたら切れるから。あとお肉の繊維を断つように切れば、食べる時も柔らかくなるのよ」
「せっ、繊維って……どれ?」
今度は菫が肉の繊維について萌に伝授していると、二人と一緒に野菜を切っている直は微笑ましげにそれを眺めている。
この三人が食材を切っている一方、中庭では鍵谷と真二と凜が機材の準備と火おこしをやってくれている。バーベキューの準備を担当するのはこの六名で、鍵谷以外の顔ぶれは行きしのバスの中でアミダをして決まった。なお、今中庭とキッチンにいない人物は明日または明後日の朝食作り担当を任されている。
「宮西さんよく知ってますね〜。まるで家庭科か料理教室の先生みたいですよ」
直からそう言われ、菫は一瞬ドキッとした。菫は母が亡くなってからずっと宮西家の料理を担当しているうえ、そもそも年齢が10歳上なので他の二人よりも料理経験が桁違いに長い。が、そんなことはもちろん言えず……何とかお茶を濁す。
「……まぁ料理は中学の時からやってるからね〜。お母さんいないし、お姉ちゃん(葵)は仕事だし私が作らないといけないのよ」
「すー様偉いじゃん! 私なんか家庭科とゲームの中でしかご飯作ったことないよ〜」
「いやいやゲームって……作ったうちに入ります!?」
菫を褒めちぎってくる萌に直が珍しくツッコミを入れる光景に、菫は思わずクスクス笑う。やっぱりこの3組の面々といるのは楽しくて面白いと思いながら、またしても別の肉を切ろうとしたところ……
「……ん!!」
先程と同じように引き切りをしているが……前に切ったものよりも大きいうえ、よっぽど硬いのかなかなか切れない。
「っ……なかなか硬いわね」
何回包丁を引いても……少しは切れているものの、完全に切れるまでは程遠い。それでも諦めずに菫は肉を切りにかかるも、暫くすると手が疲れてしまった。菫は一旦包丁から手を離し、手をぶらぶらさせる。
「あー! これは結構キツイわね。ちょっと疲れてきたわ」
「すー様でもダメか〜。デカいもんねこのお肉」
「ねー。流石清宮財閥のお肉よ」
「ナラッチかナバちゃんに代わってもらう? 男子の方が力強いし」
「あっ、ちょっと待ってください!」
萌が担当を代わってもらうよう提案したところで、直はキッチンを出る。
「鍵谷さーん! アルミホイルありますかー?」
程なくすると直の声が聞こえてきた。残った萌と菫が「アルミでどうすんの?」「さぁ……」と話している中、直はすぐに帰ってきた。
「宮西さん! 鍵谷さんからアルミホイル貰いましたよ。ちょっと包丁貸してくださいね」
「はーい。何するの?」
興味津々な様子の菫から包丁を貸してもらった後、直はアルミホイルを適当な長さに切り、くしゃくしゃに丸めてから平べったくする。それをまな板の上に乗せ、その上から包丁を当ててシャッシャッと音を立てて滑らせる。まるで研ぎ石で包丁を研ぐかのように。
「よしっ、こんなもんですかね。これで切ってみてください、宮西さん」
直から包丁を返してもらい、菫は再びチャレンジする。すると……先程までの硬さが嘘のようにスッと刃が入り、包丁を数回引くとあっという間に切れた。
「あっ……めちゃくちゃ切れるじゃない!」
「ばったん凄ーい!!」
「でしょ〜? アルミホイルが研ぎ石代わりになるんですよ! 何年か前にお祖父様とキャンプに行った時に教えてもらったんです」
菫と萌が褒めちぎる中、直は少し照れくさそうにしながらも得意げに言う。
「じゃあお祖父様の知恵袋ってとこね!」
「上手いこと言いますね、宮西さん」
「私もやってみよ〜!」
こうして盛り上がりながら食材を切っている三人を……キッチンの戸の隙間から誰かが覗いている。かなり恨めしそうな目で。
(チクショー……どいつもこいつもここぞって時にいいとこ見せやがって……)
★
直が包丁を研いでくれたこともあって調理はスムーズに進む一方、火おこしも順調に進み……日が沈む前に完了した。程なくして菫達は他の皆を呼び出し、お楽しみのバーベキューの時間は始まった。
「うわ〜! 美味しそう!」
「めっちゃうまそーー!」
「凄い本格的じゃ〜ん!」
「早く焼いて食おうぜ!!」
山盛りになった肉と野菜の串を見ためぐる達は目を輝かせる。知輝が早く焼こうと急かすので、早速バーベキューコンロの網の上に串を置いていく。網の下の炭からはパチパチと音がし、ゆっくりと熱が通り10分ほどで食べられるそうな焼き加減になった。コンロを囲んで座る皆一人一人に缶ジュースが配られ、乾杯の合図と共に缶と缶をぶつけ合う。
「うっめーー!」
「マジ美味しいんだけど!」
「こんな美味しいの食べるの初めてかも!」
焼き上がったバーベキューに皆は舌鼓を打ち、串や皿や缶ジュースを片手に談笑し、大いに盛り上がっている。
(…………)
もちろん、菫にだってバーベキューはとても美味しいし、皆で一緒に食べられて楽しいとは思っている。
(………………)
けれど……何かが足りない。
(お肉も野菜も凄く美味しいんだけど……
…………ビールが飲みたい!)
だが菫は実年齢を隠しているうえ、凜を除いた他の面子も同い年だと信じてくれているので……当然ビールは飲めない。葵しかいない家での宅飲みならできるのだが。ビールの代わりに今菫が飲んでいるのはコーラである。
(まぁコーラもいいんだけど……こういう時はやっぱりビールなのよ! ハタチ過ぎてからバーベキューと焼肉は一緒にビール飲んで……)
「すー様、食べてる? もっといっぱい食べなよ〜」
未成年らしからぬことを考えていたところ……隣に座るめぐるに声を掛けられ、菫はビクッとする。
「も、もう3本食べたわよ〜」
何とか笑顔を繕ってから、菫はつい持っていたコーラをグイッと喉の奥に流し込む。すると、残り少なかったコーラは全てなくなった。
「あ、もうない……ちょっと飲み物取りに行ってくるわね」
「おっけー!」
めぐるにそう言うと菫は席を立ち、冷蔵庫のあるキッチンへと向かった。
菫がキッチンに着くと、先に冷蔵庫を開けている先客がいた。
「あ……鍵谷さん」
「あっ、宮西さんじゃないですか。何か飲みます? まだジュースはいっぱいありますよ」
鍵谷は自分の分のオレンジジュースを手に持ったまま、冷蔵庫を開けてくれている。菫がその中を覗くと、まだ缶ジュースが何本も入っている。他にはサイダーにお茶などと種類も豊富だが、ビールなど酒類は一切ない。
「じゃあ烏龍茶頂いていいですか?」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
烏龍茶の缶を鍵谷から受け取ったところで……先程までビールを飲みたがっていた菫は一つ気になった。鍵谷はこの別荘旅行の参加者で菫を除くと、唯一の成人であるので。
「鍵谷さん……」
「宮西さん、どうしました? 何かあれば何なりと仰ってくださいね」
そう言ってくれるものだから……菫はつい訊いてしまう。
「今バーベキューやってますし……ビールとか飲まないんですか?
……あっ、大人の人ってバーベキューの時だいたいビール飲んでるじゃないですかぁ〜」
怪しまれないように何とか誤魔化すと……鍵谷はあっさりと答えてくれた。
「まぁ確かにそうかもしれませんが……私はお酒が全然飲めないんですよ」
「……えっ! そうなんですね」
「はい。少しでも飲んだら顔が赤くなってしまいます。それに明日も運転しますからね」
「そうなんですか〜」
鍵谷がそこまで弱そうな風に見えず、菫が意外に思っていると……
「何だよすー様、未成年なのに酒飲みてぇのかよ〜。見かけによらずなかなかワルだな〜」
「……!!!」
ヘラヘラ笑いながら揶揄う声が聞こえた。振り向くと、すぐ後ろには真二と凜が立っていた。どうやら菫と同様、ジュースのおかわりを貰いに来たようだ。
「べっ、別にそういうのじゃないわよ! ただ聞いてみただけなんだから!」
「へぇ〜。でも今ここにはビールないっすよね、鍵谷さん。残念だったなすー様」
それでもワル認定してくる真二に菫がうんざりする中、鍵谷は再び冷蔵庫を開けて中身を真二に見せる。鍵谷達と菫との間に少し距離ができたのをいいことに、凜は菫に距離を詰めて囁く。
「……アンタ意外と酒飲めるのな。気をつけろよ、どっかで飲んでんの見られてバレねぇように……」
「…………」
菫は苦笑いした後、凜を少しだけ睨みながら人差し指を唇につけた。
★
バーベキューが始まってからあれよあれよと時間が経ち……山のようにあった肉と野菜の刺さった串はほとんどない。その代わり、何も刺さっていない串がそれぞれの皿の上に数本置かれている。そろそろ宴もたけなわかと思われたところで……
「みんなー! よかったらデザートとか食べない?」
「デザートなんかあるの!?」
「甘いもの食べた〜い」
「あるある! ちょっと待ってて……」
彩矢音はそう言うと一旦中庭を後にしたが、すぐに戻ってきた。マシュマロとチョコレート、クラッカーを持って。菫はよくよく思い出してみると、今いるメンバーの中で彩矢音は唯一小さめのクーラーボックスを持ってきていた。萌にその中身を聞かれても内緒の一点張りだったのだが、恐らくマシュマロやチョコを入れていたのだろう。
これを見て、寛斗は何かピンときたらしく前のめりになる。
「もしかして……スモア? マシュマロ焼いて挟むやつ!」
「ピンポーン! アメリカにいた時よくお母さんに作ってもらってたの」
「やっぱり! 前にアメリカのドラマで食べてんの見たんだよな〜」
「さっすがきよみー!」と皆が更に盛り上がる中……やはり龍星だけは面白くなさそうにレモンスカッシュを呷っている。まるでヤケ酒でもしているかのように。
その後、彩矢音に作り方を伝授してもらった通り、まずは皆でマシュマロを串に刺して炙る。香ばしい香りと焼き目がついてからマシュマロを串から外し、チョコと一緒に二枚のクラッカーの間に挟む。
(……ん! 美味しーー!)
ただでさえ甘いマシュマロとチョコが熱のおかげでいい感じにとろけ合い……絶妙な味が口いっぱいに広がっていく。菫が思わず口角を上げる中、他の皆も「美味しい〜」「最高ー!」と満足しているようだ。甘いものが苦手らしい凜も嫌な顔一つせずに食べている。
バーベキューの後ということもあり、彩矢音が用意してくれたスモアは大好評で、早くも二つ目のマシュマロを焼き始める者もチラホラいる。龍星もその中の一人だ。
(なかなかうめぇなスモアってやつ…………でも悔しい!! 俺この別荘来てから全然目立ててねーじゃん! 他の奴はガッツリ目立ってるし、ばったんの奴までちゃっかりいいとこ見せてやがるし。
一応生田目との対決には勝てたけど野村が溺れちまうし、ライフセーバーには怒られるし……。俺も何かデザート持ってきたら……)
そんなことを考えながらマシュマロを焼いていると……
「ちょっ! 金村君!」
「ん…………うわぁぁあ!!!」
真ん前に座る栞里がいきなり血相を変える。それに続き、他の皆も「うわっ!」と驚いたりゲラゲラ笑い出す。龍星もふと自分の持つ串の先を見て……呆気に取られ絶叫した。
「マシュマロ燃えてるじゃん!!」
めぐるが笑いながら指摘した通り……龍星のマシュマロは派手に炎上し、黒焦げになっている。まさかの事態に慌てふためく龍星に、寛斗はため息をついてある方向を指差す。
「早く火消してこいよ……あっちに水道があるから」
龍星は未だに燃えている串を持って、一目散に水道の方へ走って行った。
こうしてスモアもあっという間に食べ終わり……お腹いっぱいになった3組の面々は大いに満足していた。バーベキューが始まった頃には空はまだ明るかったが、今となってはすっかり夜空になり星がいくつも輝いている。地元よりも空気が澄んでいるためか、いつもよりも星は綺麗に見えなくもない。
(これだけ綺麗なら……確かにこの星空の下で告白したくもなるわよね〜。いかにも少女漫画とかドラマでありそうなシチュエーションだし……)
そう思いながら、菫はチラリと千穂を見た時だった。
「ねーねーグッチ、何か歌ってよ〜」
「ぇえっ!!」
いきなり沙希に無茶振りされ、千穂は目をぱちくりさせる。それとは裏腹に、真二・めぐる・彩矢音も沙希に加勢する。
「いいじゃん減るもんじゃねーだろ〜」
「私もグッチの歌聞きたいな〜!」
「グッチの好きな歌でいいからー」
告白すると決めた後かつ、その相手の恭平もいる状況なうえ、相棒のギターも今日は持ってきていない。だからか、千穂は緊張した様子でモジモジして歌うのを渋っている。普段は人前で堂々と歌えるのにも関わらず。
その様子を見た龍星は……これはチャンスと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がった。
「おいおい阪口〜、歌いたくねぇのか〜? じゃあ代わりに俺の天使の歌声を聞かせてやるぞー!!」
「はぁ!?」
本人以外が困惑する中、龍星は大きく息を吸い込み……自慢の喉を使って勝手に歌い出す。
♪はぁつゆ〜き〜にぃ〜 ざわめ〜くまぁち〜でぇ〜
見覚ぉえの〜あ〜る〜 スカイ〜ブルーのマぁフラー
「…………」
皆冷ややかな表情で誰も手拍子すらしない状態だが、龍星はそれでも意に介さずに歌い続ける。しかし、一番を歌い終わったところで痺れを切らしためぐるが手をパンパン叩き、強制終了させた。
「はい! ここまで!」
「え、まだ一番……」
「アンタの歌もういいから!」
当然のように二番以降も歌うつもりの龍星だったが、止められて呆然と立ち尽くしている。そればかりか、文句を言っているのはめぐるだけではない。
「そうだよ! 頼んでないし!」
「私達はグッチの歌が聞きたいの!」
「てかなんで『Lovers Again』なんだよ! 今夏なのに」
彩矢音、萌、沙希が龍星に非難を浴びせる中、寛斗と恭平もそれに加わる。
「もういいじゃんカネリュウ、さっき泳ぎで凜に勝ったろ」
「それにお前よりも阪口の方が断然歌上手いしよー」
「……!!」
恭平のその台詞は、もちろん千穂にもハッキリ聞こえ……千穂は更に顔を赤らめる。一方、凜はそう言った寛斗を睨んでいたが。
そして皆から非難を浴びた龍星は流石にこたえたらしく……しょんぼりと席に座り込んだ。隣に座っている直に慰められながら。
(あーあ……金村君も堀君並みに碌なことないわね……)
菫が少しだけ龍星に同情していると……千穂は漸く立ち上がり、高らかに宣言した。
「あ……ありがとう! 私……歌うわ!」
どうやら千穂は恭平のおかげで緊張が少しばかり解け、やる気が出てきたようだ。龍星の時とは打って変わって皆が歓迎し拍手する中、千穂はどんな曲を歌おうか頭をフル回転させて考えていた。どうせなら恭平の好きそうな曲がいいなと思いながら……。




