47ページ目 菫さんの伊豆の別荘旅 ②キラキラ輝く海とみんなの恋
知輝が離れていった後、菫達3組の面々はまず砂浜にパラソルとビニールシートを置いて休憩場所を作る。そして遂に泳ぐべく皆で海へ一直線……という訳にはいかず、早速パラソルの下にいる者が約二名。
「……ちょちょちょ、何やってんの!? ナバちゃんももえぽんも」
パラソルが立てられるや否や、凜と萌はその下に入り……当たり前のようにスマホをいじり出す。驚いて思わずツッコミを入れるめぐるに、二人は涼しい顔で答える。
「何って……読書だけど」
「私はゲーム!」
どうやらこの二人は目の前に海があろうと、自分のやりたいことをやるつもりらしい。ただ、この二人以外の皆は納得いかずにブーイングする。
「えー! 水着に着替えたのにそれはねーだろ!」
「せっかくの海なんだから泳ごーぜ!」
「読書もゲームもいつでもできるじゃんよ〜」
めぐるに続いて沙希、真二、彩矢音が文句を言う中、寛斗はジリジリと凜に近付き……
「……ちょっ!!」
凜の手からスマホをひったくった。
「とりあえず海に来たんだから泳ごーぜ! 読書なんかあ・と・で!! ほら、コインロッカーにスマホ入れてさ。水泳の時、凜普通に泳いでたろ〜」
「そうですよ〜。生田目君なら500メートルは泳げるでしょう!」
「いやそれは流石に無理だろ」
それだけにとどまらず、寛斗は凜の手首を掴んで半ば無理矢理引っ張り、すぐそばで直が発破をかける。凜は気が進まなさそうな顔でツッコミを入れるも、渋々立ち上がって他の男子達について行った。
「さ、もえぽんも……」
「ちょっと待って〜! キリのいいとこで終わらせるから!」
「早くしてよ〜」
一方、女子達も一人ゲームをしている萌をけしかける。めぐると彩矢音が声を掛けるも、どうしてもゲームはキリの良し悪しがあるのですぐには終われず、萌は必死で指を動かしている。暫くすると萌はキリがついたのか、スマホを預けにコインロッカーへと向かった。
「よーし! もえぽんもゲーム終わったしいっぱい泳ぐぞー!」
「おー!」
「海とか中学以来なんだけど〜!」
「満足するまで泳ごー!」
沙希、彩矢音、栞里、千穂が気合いを入れる中……めぐるは気が付いた。
「あっ……すー様……!」
「………………」
ここまで何も喋っていない菫が、ずっと浮き輪の空気の入れ口を咥え、一生懸命に空気を入れて膨らませていることに。この浮き輪は菫の自前のもので、今日のために新しく買ったものだ。浮き輪はだいぶ膨らんできたものの、完全ではなくまだ少しだけ緩い。今もなお息を吹き込み続けている菫は頬を膨らませ、そろそろキツくなってきたのか、その顔は赤くなっている。そんな菫を見ためぐるは、思わず吹き出してしまう。
「すー様!空気入れあるのに〜!」
めぐるがそう言い、他の女子達もどっと笑う。実は菫は空気入れの存在を知らない訳ではない。ただ、いかんせん菫の浮き輪以外にも、ビーチボールやイルカ型フロート、バナナ型のゴムボートなどを皆で持ち寄っていたため、そちらを優先していたからだ。
このサイズならあっちの空気を入れている間に自分で膨らませられる……と思っていたものの、なかなか難しい。とっくに他のビーチボールやフロートは空気入れが完了したが、菫の浮き輪だけまだだった。
(あーあ……肺活量落ちてきたかしら。昔はこんなのあっという間に空気入れてたのに〜)
菫は焦りながら鼻で大きく息を吸い、口から大きく息を吹きだして更に浮き輪を膨らませた。
★
無事に菫が浮き輪を膨らませた後、女子一同も待ちに待った海へと入っていく。8月半ばの海の水温はちょうど良く、真夏の日差しのせいで焼けるように暑かったのが一気に涼しくなる。菫も浮き輪をつけたまま徐々に体を海に浸していく。
(あー……気持ちいいわね!プールと違って潮の香りがするし、だだっ広くて芋の子洗いにならないし、景色も水も綺麗だし……やっぱ海って最高ね!いかにも高校生の夏休みって感じ!)
千穂と栞里が海水をパシャパシャかけ合う横で、彩矢音と萌はイルカ型フロートにしがみついてプカプカ浮いている。その横をめぐると沙希が泳ぎ、二人よりも泳ぐのが苦手な菫は浮き輪のおかげでなんとかついて行けている。少し離れたところでは寛斗・恭平・凜・直が海に浸かりながらビーチボールで遊んでいる。
そんな女子達のすぐ前に、見覚えのあるバナナボートが近づいて来る。
「イェーイ!」
「このボートいいだろ〜」
「三人も乗れるぜ〜」
ボートの上に乗っているのは、真二・龍星・和馬だ。三人ともいかにも上手く乗りこなしていると言いたげなドヤ顔だが……女子達にはただ落ちないように乗っかって、プカプカ浮いているだけにしか見えない。
「はいはい凄い凄い」
めぐるは呆れ顔で適当に拍手し、沙希と彩矢音は首を傾げる。
「それ三人乗りだっけ?」
「どうだっけ? ねぇきよみー、あれ何人乗り?」
「いや〜、一人乗りだろ」
このボートの持ち主である寛斗は、彩矢音に聞かれ即答した。よくよく思い出してみると、このボートのパッケージには、子供が一人で乗っている写真があった。だから寛斗は一人用だと思っていた。それに比べてほぼ大人に近い男三人が乗っているので、ボートは常にグラグラ揺れ三人とも時折体を傾けてバランスを取っている。
「あはははは! 絶対落ちるやつっしょコレ!」
「危ないわよ〜。こういうのは正しく遊ばなきゃ」
萌が笑って菫が釘を刺すが、真二は聞く耳持たずに言い返すだけだ。
「大丈夫だぜー! ここまで1回も落ちずに浮いてたんだから……ん?」
ちょうどその時、轟音と共に大波が徐々に近付いていき……
「うわぁぁあ〜〜〜!」
ザッパーンという音と共に大波が打ち寄せ、真二達の乗ったバナナボートは呆気なく転覆した。当然、萌の予言通り三人とも海に投げ出される。
「ほら〜! 言わんこっちゃない」
めぐる達はそう言いながら笑ったが……いかんせん大きな波だったので、女子や寛斗達ももれなくずぶ濡れになった。皆自分の手で濡れた顔を拭き、唯一浮き輪を使っている菫も例外ではない。そして千穂は濡れた髪をかきあげる恭平をこっそりと眺めていた。
(伊豆の海ってこんなに波が大きいのね〜。浮き輪があっても気をつけないと攫われちゃいそう……ん?)
菫がふと沖の方を見ると……寛斗達が先程まで遊んでいたビーチボールが流されている。
「あっ……結構沖までいっちゃったな」
「取りに行ってくるぜ」
「あっ、凜! 危ないって」
流石に境界ブイほど遠くはないものの、足が届くかわからないぐらいの沖まで流されている。心配する寛斗をよそに、凜はクロールでボールの元まで向かう。
(だ、大丈夫かしら……生田目君)
もちろん菫達も内心心配になり、沖へ向かって泳ぐ凜を皆で見守っている。が、間もなく凜はボールへと辿り着き、それを掴んでしがみついたまま踵を返し、寛斗達の方へ泳いで向かう。
「ほらよ、案外すぐ行けたぜ」
余裕綽々な様子でボールを渡す凜に、寛斗は安堵した様子で受け取る。
「も〜! 溺れないか心配したぞ」
「これぐらい平気だって」
尚も涼しい顔をする凜を、めぐると沙希は嬉々とした表情で褒め称える。
「さっすがナバちゃ〜ん」
「やるじゃ〜ん」
が、そんな凜を面白くなさそうな表情で眺めている者が約一名……。
「おい生田目……」
その人物は名前を呼びながらジリジリと距離を詰め、凜が振り向いた瞬間、高らかに宣戦布告した。
「俺と勝負しろ!!」
★
凜を悔しそうに睨みつけ、勝負を仕掛けてきたのは……龍星だ。バナナボートから落ちたせいで先程までずぶ濡れになっていたが、そのパーマのかかった黒髪は少し乾きつつある。
(もしかして……生田目君がいいとこ見せたのが気に入らないのかしら?金村君、今のところバナナボートから落ちただけだし……)
菫がそう推測している側から、当の凜は表情一つ変えず面倒くさそうに言い放つ。
「……なんで俺がお前と勝負しなきゃなんねーんだよ。どうせカッコいいとこ見せられなくてイライラしてるだけだろ。お前今のところボートから落ちた以外何もしてねーし」
「なっ……!」
菫と全く同じことをそっくりそのまま指摘され、龍星は更にイラッときたのかますます眉を釣り上げる。しかし、この状況を真二は面白がり……
「何だよカネリュウ〜! ナバちゃんに勝負とかいい度胸じゃねーか! 体力テストでぶっちぎりで負けてんのによ〜」
「はぁ!? たまたま負けただけだろーが! あの時はあの時、今日は今日だ!」
ヤジを飛ばして煽ってきたので、龍星は余計にヘソを曲げて言い返す。そればかりか凜がまだYESともNOとも言っていないにも関わらず、勝手に話を進めてくる。
「いいか、あのブイに先に着いた方が勝ちな!」
龍星が指を差したのは……境界ブイだ。どうやら遊泳区域ギリギリまで泳ぐつもりらしい。これにはその場にいるメンバーの殆どが唖然とする。
「……えっ! あんなとこまで!?」
「……カネリュウお前本気かよ?」
「いくら何でも遠すぎますよー!」
萌、恭平、直が口々に言う中、危険かつ遠すぎるゴール位置に寛斗とめぐるは猛反対する。
「……おいやめろ! いくら何でも危なすぎるって」
「そうだよ! 溺れたらどうすんの!?」
「別の勝負にした方がいいんじゃないかしら?ビーチフラッグとか……」
「それいいじゃないですか〜!宮西さん流石です」
二人に混じって菫が提案し、直が賛成するも……龍星はあくまでも水泳での勝負に固執し、意地を張っている。
「ダメだ! 海なんだから泳がなきゃ意味ねーじゃねーか! それに生田目なんかよりも俺の方が、泳げるカッコいい男なんだからな!」
「何だよそりゃ……」
遂には謎理論を言い出す龍星に、日頃から仲の良い和馬ですら呆れ返ってしまう。
しかし、勝負を挑まれた方の凜はというと、相変わらず涼しい顔のまま……。
「……別にいいけど。あれぐらいなら泳げなくもなさそうだし」
「!!!」
まさかのYESという反応に、言い出しっぺの龍星を含む皆が驚愕する。
そればかりか……
「面白そーじゃん! 私も入れてよ!」
「ええーーー!!?」
あろうことか……立候補者まで出た。当然、一同は先程よりもずっと酷く驚き、流石に龍星も困惑した。しかもよりによって手を挙げたのは……女子である沙希だったから。
「ちょっ、さっきー!本気なの!?」
「足届かないし危険だって!」
めぐると彩矢音が反対するも……沙希はノリノリで、興味深そうに目を輝かせながら話す。
「大丈夫だってー!私デカいから。いっぺんああいうブイまで泳いでみたかったんだよな〜。前に家族で海行った時は止められたし」
「そりゃそうでしょ……」
菫もそう言ったが……沙希は一歩も引かずに参戦を熱望する。確かに沙希の身長は173センチと3組女子の中では最も長身であるうえ、彼女はスポーツ万能で水泳ももちろん得意だ。ほぼ全員が心配する中、龍星は渋々受け入れた。
★
波が寄せては返す中、龍星・凜・沙希・寛斗は腰のあたりまで海に浸かった状態で並んで立っている。このあたりをスタートラインにし、ゴールは龍星の宣言通り境界ブイで、クロールで泳ぎ最初にタッチした者が勝者となる。寛斗はレースには参加しないが、スターターを任されたので三人と同じ位置にいる。残りのメンバーは砂浜に座って、勝負の行方を見守ることにした。
「……ねぇ大丈夫なの〜?」
「誰も溺れなきゃいいんだけど……」
いかんせん危険な勝負であるため、隣同士に並んでいる栞里と千穂は未だに心配そうな顔をしている。こういう時は率先して声を出して応援するめぐるや真二も、黙って見守っているだけだ。
(三人とも……無事にこっちに帰れますように)
もちろん、菫もそう願っている。
一方、勝負する三人はもうスタンバイしており、いつレースが始まってもおかしくない状態だ。闘志を燃やす龍星と沙希、それでも無表情のままの凜の三人がスタートラインに立った状態で、始まる前に寛斗は三人に声を掛ける。
「皆……絶対に無理だけはするなよ?もう泳げないって思ったら引き返してくれ」
そう言ったものの三人全員その気はないらしく、しっかりとゴールのブイの方を眺めている。皆よくやるぜ……と半分呆れながらも寛斗はスターターの仕事に取り掛かる。
「じゃあ行くぞ。位置について…………
よーい…………」
スターターピストルを撃つ代わりに、寛斗は手をパンと一回叩く。
それと同時に三人は一斉に飛び出した。クロールでどんどん沖まで進んでいく。砂浜から見たところ出遅れた者はおらず、今のところ三人の勝負は互角だ。
(クソッ、生田目の奴ついてきやがる……。しかも……野村までピッタリついてきてるじゃねーか! アイツ本当に女かよ!?)
ライバル視している凜は先程ビーチボールまで泳いだばかり、自ら加わった沙希は唯一の女子と十分ハンデはある状態。なので龍星は自分が絶対に一着になると高を括っていた。
(絶対に……負けてたまるかぁ!)
焦ってスピードを上げる龍星を尻目に、凜はまだまだ余裕そうに泳いでいる。一方、沙希も男子に負けじとついて行っている。他の皆が息を呑んで見守る中、三人は未だに互角のまま少しずつブイへと距離を詰める。
そして……遂に決着が着いた。
「うっしやー!勝ったーー!!」
終盤で龍星が執念の追い上げを見せ、ほんの僅かな僅差でブイにタッチした。
「お前があまりにもガンギマッてるから負けたぜ」
「何最後の最後で本気出してんだよ〜! あ゛ー! もうちょっとだったのにっ!」
少し遅れてタッチした凜はやれやれという顔でぼやき、沙希は悔しそうに叫ぶ。そんな二人を尻目に、ドヤ顔になった龍星の高笑いが響き渡る。
「ハハハハ!やっぱ俺が一番だぜ!」
決着が着いたにも関わらず、龍星達は暫くブイのところにいるので、寛斗は痺れを切らして三人に呼びかける。
「おーい!そろそろ戻ってこいよーー!」
「おーう!」
呼びかけに応え、龍星達三人はUターンして今度は海岸へ向かって泳ぐ。龍星と凜は特に疲れた様子も見せずに進んでいくのに対し……
(流石にちょっと疲れたな〜。思ってたよりも遠かったし……)
泳ぐのは得意なものの、沙希はいくら何でも疲労感を感じざるを得なかった。スタート地点から境界ブイまでは約50メートルぐらいだろうか? 水泳の授業ではこれぐらい朝飯前なのだが、今はプールではなく海である。波があるうえ、ところどころ水が冷たいところもあり、プールで泳ぐ時よりもストレスを感じてしまい、疲れに繋がっていく。
(さ、早く帰ろ……ん?)
沙希も男子二人と同じく泳いで戻ろうとしたところ……違和感を感じた。ブイに向かって泳いでいた時と違って……身体がズシっと重い。
(……え!?ちょっ…………!!)
そのせいで……身体が海に沈んでしまう。女子一の長身であっても、ブイのすぐ近くだと足が届かない。沙希は海水が口に入らないよう上を向き、少しでも身体が浮くように両腕で必死に水を掻く。
★
(……ん?どうしたのかしら?)
沙希の異変に、菫はいち早く気付いていた。普通に泳いでいる龍星や凜と違い、沙希だけは泳いでいると言うよりも、もがいているように見えなくもない。そして男子二人との決定的な違いは……距離だ。龍星と凜はどんどん進み、ブイと波打ち際の中間地点あたりまで到達したが、沙希はほとんど進んでいない。
やがて菫以外の皆も異変に気付き……
「あれっ!さっきー……」
「……ちょっと様子おかしくね?」
「……溺れてる!?」
どうも変だと思い、めぐる、真二、彩矢音は思わず声に出す。彼女らはもちろん、レースを観戦していた者全員が波打ち際まで駆けつける。
一方、同じく岸まで泳いでいる凜もそれに気付き……
「おい、金村」
「ん?」
一旦泳ぐのをやめ、凜はすぐ横で泳ぐ龍星を呼び止める。すぐに足を止めて振り向いた龍星に、凜は必死にもがいている沙希を指差す。
「っ!!……嘘だろっ!」
これには流石の龍星も真っ青になり、思わず再び踵を返し沖に向かって泳ごうとしたが……全く進めない。
「ちょっ! 離せよ!」
龍星が振り向いて見ると、凜が足首をガッチリ掴んでいる。
「落ち着け。お前が行っても一緒に溺れるだけだろ」
「っ! だからって……」
「もうわかってるだろ、向こうにいる奴らも」
凜は波打ち際にいる3組の面々を見ながら、龍星にそう言い聞かせた。
その波打ち際でも、既に緊迫モードになりほぼ全員がパニック状態になっている。
「ど……どうしましょう……」
「このままじゃ野村さんが……」
オロオロする直と栞里をよそに、めぐると寛斗は沖に向かって歩を進める。
「さっきー! 待ってて!」
「今行くから!」
この二人が今にも助けに向かおうとするところで……
「ダメよ!こういうのはプロに任せないと!」
それまで黙っていた……というよりもどこかに行っていた菫が後ろの砂浜から声を掛け、待ったをかける。皆が一斉に菫の方を見て、めぐる達が「えっ!?」「でも……」と戸惑う中、バシャッという音と共に水飛沫が上がった。
(ヤバっ……! 全然進まねぇ……泳ぐのってこんなにムズかったっけ!?)
沙希は沈まないように未だにもがき続けるも……かろうじて何とか浮いてはいるが、全くと言っていいほど先に進まない。そうしているうちに……体力はどんどん消耗していく。そもそもバレー部で体力は十分にあるはずだが、こんな状況ではいくらあっても足りない。こうして体力が落ちていくにつれて……身体も徐々に重くなり、少しずつ沈んでいく。
(……助けて! このままじゃ……私……)
どんどん身体が重くなるせいで、上を向いているにも関わらず、とうとう水面が口に到達し海水が口の中に入ってくる。それでも沙希は必死に息を吐き、水を飲み込まないようにする。
(…………ん?)
そんな絶体絶命の状況の中……沙希の耳にバシャバシャと飛沫の上がる音が入ってきた。思わず音のする方へ振り向くと、誰かが沙希の方に向かって凄いスピードで泳いでいる。その人物は見慣れない水泳帽をかぶっており、3組の誰かではないことは確かだ。
「おーい! 大丈夫かー!?」
その男性の声かけに対し、沙希はコクコクと頷いた。と、同時に……
(……えっ!?この人なかなかイケメンじゃん!)
沙希は自分を助けに来てくれた人に心を奪われ、思わず頬を赤らめた。
暫くしてから、沙希は助けに向かったライフセーバーにおんぶされるような形で、何とか海岸まで辿り着いた。二人が海から上がると同時に、皆が一斉に駆け寄ってくる。
「さっきー!」
「大丈夫!?」
「もー!心配したんだぜ!」
皆が口々に声を掛ける中、沙希はだいぶ疲れている様子ではあるが、もう苦しくはないようで笑顔を見せている。
「もぅ大丈夫だよ……。あ、あの……ありがとうございます!」
沙希はとりあえず砂の上に座り込んで皆に大丈夫と言った後、改めてライフセーバーにお礼を言って深々と頭を下げる。
「いえいえとんでもない。無事でよかったよ!」
白い歯と爽やかな笑顔を見せてくるライフセーバーに、沙希は再びときめいて頬を赤くする。しかもこのライフセーバー、浅黒い肌に筋肉質と……沙希のタイプドンピシャである。年齢は20代後半ぐらいだろうか。いかにも恋する乙女といったキラキラした目で、その後も沙希はライフセーバーを眺めていた。
しかし……
「パパー! また溺れてる人助けたんだね。カッコよかったよ!」
5歳ぐらいの水着姿の男児が近づき、無邪気にこうして声を掛けてきた。当然、沙希は「えっ!?」と耳を疑う。だがまだ希望は捨てず、何かの間違いかもしれないと思っていたが……
「コラ、陸! お父さん仕事中だぞ! あっちで遊んでなさい」
「はーい」
「………………」
沙希は今までのときめきから急転直下し、ガックリと肩を落として俯いた。そんな沙希をよそに、ライフセーバーは砂浜にいる3組の面々に真面目な顔で訊く。
「それにしても……どうしてあのブイまで行ってたんだ? 遊泳区域ギリギリだし危ないのに……」
龍星と凜を除いた全員が、彼らへと冷たい視線を向ける。当然、龍星はギョッとし、凜はなんで俺まで?とでも言うかのように迷惑そうな顔をする。
この後、龍星と凜がライフセーバーからこっ酷く怒られたのは言うまでもないが、その時も沙希はすっかり意気消沈し項垂れていた。そんな先に女子達は駆け寄り……
「も〜!無理するんだから!すー様がライフセーバーさん呼んできてくれたんだよ」
「沙希ちゃん大丈夫?」
「顔色悪いよ? ちょっと身体温めた方がいいんじゃない?」
「よっぽどこたえてたのね。今日はもうゆっくりした方が……」
めぐる、千穂、彩矢音、菫が体調を気遣い、彩矢音が持ってきたタオルを肩に掛けてくれる中……皆の心配とは裏腹に、沙希は俯きながらこう嘆く。
「あのライフセーバーさん……タイプでいいなと思ったのにお子さんいるなんて〜〜〜!!」
「…………ぇえっ!? そっち!!??」
まさかの理由に、女子一同は驚きを隠せなかった。
★
一方、皆から離れていた知輝は海岸の近くの岩場にいた。岩場の陰に隠れ、知輝は鼻息を荒げながらじーっと熱い視線を注いでいる。
そんな知輝の肩をいきなり誰かがポンと叩く。当然知輝はビクッと震えた。
「……おいっ!」
「こんなとこで何やってんだよ、探したんだぞ」
肩を叩いたのは、和馬だ。その隣には龍星もいる。
少し前、それまで別荘で休憩していた鍵谷がスイカを持ってビーチに来てくれたので、皆でスイカ割りをすることになり、二人は知輝を連れ戻しに来たのだ。ちょうど他の3組の面々がいる場所から、岩場にいる知輝の姿が見えたので、皆はなぜこんなところに……と不思議そうに見ていた。ただ一人、寛斗だけは何か心当たりがあるのか、眉を顰めていたが。
「しーっ…………見ろよ、アレ」
知輝は振り向くとすぐに人差し指を口に当て、正面を指差す。知輝に言われるがまま見た瞬間、和馬と龍星は目を疑った。
「うおぉ……」
「うわぁ……」
そして和馬と龍星まで釘付けになってしまう。
彼らの視線の先では、水着姿のカップルが熱いキスを交わしている。しかも二人とも自分達より幼い雰囲気で……中学生ぐらいだろうか。確かにこの岩場は砂浜と違って閑散としており、このカップルと知輝達以外に人はいない。
「お、おい……あいつら中坊だよな?」
「……だろ?……ったくマセガキがぁ」
「俺らよりガキのくせにやることやっちゃって〜、ヒュ〜」
和馬・知輝・龍星がヒソヒソ話しながら食い入るように見つめていると、一旦口と口を離していたカップルは再び口づけする。そればかりか二人とも唇をうっすら開き、舌を絡め始めた。
「うっわ、ディープキスまでしてやがるぜ」
「なんちゅーことしてんだよ中坊で……」
「……俺なんかキスすらしたことねぇのに何だよこの差は!」
悔しがる知輝をよそに、カップルはいつの間にか息を荒げ……更に先へと進もうとしている。カップルの男の子の方が女の子に何か囁き、女の子は顔を赤らめながらコクンと頷く。すると、男の子は興奮した様子で女の子のワンピース水着の肩紐を掴み、下ろそうとする。
「おおっ!」
知輝達も興奮し、これから起こるであろうことを期待して大注目している時だった。
「おーい!早く戻れよ!皆待ってるぞ」
聞き覚えのある声が響き渡り、知輝達はもちろんカップルもビクッと震える。三人が振り向くと、すぐ後ろには寛斗と凜がうんざりした様子で立っている。
「あ……あはは……わりい……」
龍星はつい笑いながら謝った。しかし知輝だけはすぐにカップルに視線を戻す。すると邪魔が入ったからか、カップルの男の子は女の子の水着の肩紐を元に戻し、彼女の手を取ってどこかへ去ってしまった。
「あ゛ーーー!もうちょいで見れるとこだったのにぃ!!」
相変わらず小声で嘆く知輝に、寛斗はなぜかニヤリと笑う。
「……ここでイチャついてるカップルでも見てたんだろ?この辺人気ないから、たまに盛ってるのがいるんだよな〜」
「…………」
全くの図星で、知輝は黙り込んだ。
「さ、鍵谷さんがスイカ持って来てくれたから、皆で食べよーぜ」
それでも何事もなかったかのように寛斗は声を掛けてくれたので、知輝は小声で「おう……」と呟いた。寛斗の横にいる凜は冷たい視線でこう呟く。
「……こんなフナムシがうじゃうじゃいそうなとこでよくイチャつけるな」
こうして漸く全員揃い、浜辺でのスイカ割りは始まった。やっぱり今時の子達でもスイカ割りってするのね、と菫が思っていると……
「はい、すー様次ね!」
「ええっ!?」
トップバッターを務めためぐるが外してしまった。当然スイカは割れなかったので他の誰かにお鉢が回ってくるのだが、めぐるはあろうことか菫を指名して目隠しと棒を渡す。
「えっ、なんで私!?」
「すー様ならやってくれるかなって」
「頑張ってくださーい! 宮西さんならできますよ」
根拠もないのになぜ!?と思わざるを得ない菫をよそに、直をはじめとした他の皆も囃し立てる。この状況では菫も断れず、渋々目隠しと棒を受け取った。ただ、プチ失恋した沙希と濡れ場を見損ねた知輝だけは未だに少ししょげていたが。
「もうちょい右ー!」
「もっと前に行った方がいいかもー」
視界が真っ暗な中、菫は耳に入ってくる指示通りに動く。
(こういう本格的なスイカ割りなんて……初めてかも!それにしてもなかなか面白いじゃない。どこにスイカがあるのかしら……)
そんなことを考えながら、位置を調整していると……
「すー様!この辺でいいかも!」
寛斗の声が聞こえてきたため、菫はそこで止まる。そして両手で握った棒を頭上まで上げてから、力を込めて思いっきり真下へと振り下ろした。
が……
「え?」
棒はしっかりとスイカに当たったものの……ポンと当たるだけで割れなかった。周りからは、「あ〜」「惜しい〜」と残念がる声が響く。もちろん菫は力一杯振り下ろしたはずだったのだが……まだ足りなかったようだ。思わず菫はこう呟いた。
「……え!? ……スイカってこんなに硬かったの?」
★
こうして1日目のメインである海水浴は色々あったものの、スイカを皆で食べたこともあり、ほぼ全員心ゆくまで楽しんだのだった。結局スイカ割りは菫の次に直、恭平、千穂、萌と続いたが結局割れず、その次に挑戦した真二が見事に割ってくれた。
「あー……海で泳いだ後の温泉って最高ね……」
海から出た菫達はシャワーついでにお風呂に入っている。別荘のお風呂は二つあるので男女分かれて入れるうえ、湯船が結構大きいので女子七人が余裕で一緒に浸かれるほどだ。しかも、温泉地らしく湯船の蛇口から出てくるのはお湯ではなく、温泉である。
思わずそう口走った菫に、隣に浸かっているめぐるは吹き出す。
「なーにおばんくさいこと言ってんのすー様〜」
「っ!!」
ギョッとする菫だったが……ツッコんだめぐるを含む他の女子達も内心そう思っているのか、湯船の中でリラックスしている。ただ唯一、沙希だけは未だに俯いているが。そんな沙希を見かねた彩矢音は慰めようとする。
「も〜元気だしなってさっきー! あの人仕事で助けに行っただけなんだから」
「だ……だってぇ……正直タイプだったんだもん。あの浅黒い肌に鍛え上げられた身体……」
再び思い出して少し悲しげだがうっとりした顔になる沙希に、萌は何か思いついたようで……
「色黒でマッチョな人がいいってこと〜?それならうちのクラスにいるじゃん!」
「……まっちょん!? アイツはないわ! 虫嫌いで潔癖症じゃん」
「ちょっ、まっちょん可哀想だって〜」
彩矢音が成一に同情してしまうほど、沙希はハッキリと拒否した。菫達他の女子も笑う中、めぐるも何か思い出したように菫に言う。
「あっ、そうだ! すー様……ばったんの奴やっぱたまにチラチラ見てたよ。……すー様の水着姿」
「確かに! すー様に矢印飛ばしてたよね!」
「あれは……わかりやすいよね!」
「……あ〜、やっぱり……」
実は菫もそれには気付いていたので、全く驚かなかった。海で泳いでいる時はもちろん、着替え終わって皆で砂浜に集まった時、知輝がヘソを曲げて皆から離れた時、果ては沙希が溺れそうになった時ですら……時折直からの視線が刺さっていたのだ。本人に気付かれるどころか、めぐるはおろか彩矢音や栞里にまでバレてしまっている。
というより……この反応からすると、直の菫への想いは皆にバレバレのようだ。雅哉の花恋への想いと同じように。
「……やっぱ告ってくるんじゃね? この旅行で!」
「わ〜! いいじゃん! この海岸で告白なんかさ」
「ロマンチックね〜。私もされてみた〜い」
「さぁ……」
めぐるがそんなことを言うものだから、やっと立ち直った沙希と、栞里は目を輝かせて羨ましがる。当の菫は明後日の方向を向いているが。
こうして女子達が盛り上がる中……唯一黙っている千穂は下を向いて顔を赤らめている。それに気付いためぐるは案の定、ニヤニヤしながら千穂にもあの話を振り……
「ん? グッチ、さては何かありましたな?
……きたろーと」
「……! な、何もないよ!! 付き合ってないし……っ」
顔を赤らめて首を横に振る千穂だったが……
「えー! そんな訳ないじゃん! 今日きたろーとちょいちょい喋ってたっしょ?」
「そーそー! サービスエリアでちょっとだけ一緒にいたじゃん!」
「あと一緒に鼻歌歌ってたよね?」
沙希・萌・栞里に一斉に指摘され……顔どころか耳まで赤くして黙り込んだ。彼女らの言う通り、今日の千穂は今までと比べると積極的だ。恭平達と一緒にトランプしていただけにとどまらず、サービスエリアでは自販機前で迷っている恭平に接近し話しかけていた。また鼻歌を歌いながらビニールシートを敷いていた恭平に合わせて、千穂も一緒に敷きながら同じ曲で鼻歌を歌っていた。
この言動からして、菫はあのスカウト騒動のおかげで少しばかり距離が縮まったのかと睨んでいた。
「で、告白しないの〜?きたろーまだ彼女いないのに〜」
今もなおニヤニヤしながら話を続けるめぐるに、千穂は恥ずかしそうに俯いたままおずおずと重い口を開いた。
「実は……明日あたりしようかなって……」




