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45ページ目 菫さんと怪しげなスカウト 後編




「悪いことは言わねえから…………あの事務所だけは絶対にやめとけ!」




 恭平が真剣な様子でそう忠告したので……千穂はただただ驚き呆れショックを受け、その場に固まってしまう。正直両親や優香子よりも、想い人である恭平から忠告される方がダメージが大きく、今までと違って言い返せず二の句が告げなくなる。




(……は?……どうして北山君まで反対するの?

 まさか……お母さん、北山君にまで入れ知恵してたってこと?いやでも……うちのお母さん北山君と面識ないし、そもそも知らないよね?)


「阪口……なぁ阪口!」


 思考停止になった頭の中を慌ててフル回転させ、あれこれ考えを巡らせる千穂に恭平は再び声を掛ける。すぐに千穂はハッと我に返った。


「ご、ごめん…………」


 まずは謝ってから、千穂は言葉を絞り出す。


「……ど、どうして……ダメなの?スカウトされることなんかそうそうないしチャンスなのに……」


 優香子や父と違って、きっと恭平は母とグルではない。とりあえずそう仮定したうえで、千穂はそう訊くのがやっとだった。悲しげな顔になる彼女と違い、恭平は表情を一切変えないまま、淡々と話を続ける。


「あのさ……」


 そう言いかけたところで、恭平は一旦キョロキョロ周りを見回す。平日昼下がりのダリーズコーヒーだが、夏休み中なのもあってかそこそこ賑わっている。


「……ちょっと聞かれたらまずそうだからこっちで話すな」


 恭平は声の音量を落として囁きながら、自分のスマホを取り出して指差す。


(……何がまずいの?スカウトしてくれた美嶋さんはまともそうな人なのに)


 今までの美嶋の態度は礼儀正しく腰も低かったので、何がまずいのか千穂には全く理解できない。千穂は不安でハラハラしながら頷き、自分もスマホを手に取った。こうして二人の秘密の会話が始まる。


“あのプロダクションCCって事務所…………本当は存在しねぇんだよ”


(…………へ?)


 まず恭平からそのように送られてきたが……どうしても千穂は腑に落ちない。再び動揺し、またも一瞬思考が止まってしまう。


“どういうこと?”


 そう訊くと、恭平はすぐにスマホで文字を打ち込み始めた。程なくして次のメッセージが届く。


“とりあえずプロダクションCCでネットで検索してみて そんな事務所ヒットしねぇはずだから”


 とりあえず、千穂は恭平に言われるがまま調べてみた。すると……確かに「プロダクションCC」という事務所は出てこない。その代わり一番最初にヒットしたサイトにはこのように書いてある。『モデルプロダクション  CCパワーズ』と。


(え?芸能事務所なのに今時公式サイトがないなんて……アリ?それにCC……パワーズ?確かに似てる名前だけど……)


 スカウトされたことに浮かれていた千穂は、名刺を貰っていたため全く疑わず、プロダクションCCについてネットで調べることはなかった。

 スマホを持って目を見張り動揺したまま、千穂は思わず恭平の顔を覗き込んだ。目が合った恭平は黙って頷き、更にメッセージを送る。


“CCパワーズってのが出てきたろ?

 あの事務所の本当の名前だよ”


 そのCCパワーズも一見普通の芸能プロダクションのように見えなくもないが……問題はその下に書かれた内容だ。


「…………はぁ!?」


 思わず大きな声が出てしまい、千穂は咄嗟に口を押さえた。他の一部の客は二人の席を不思議そうに眺めている。




(……な、何これ!!??


 ……アダルトモデル・女優さんって!!)


 

 

 そう、そこにはハッキリと『アダルトモデルさん・女優さん随時募集中!スカウトも随時実施中!』と記述があったのだ。しかも、恐る恐る千穂がアクセスしようとすると、『成人向けのコンテンツを含みますので、18歳未満の方は閲覧できません』と出てきた。



 それでも美嶋の今までの態度から、プロダクションCC=CCパワーズ説がイマイチ信じられず、千穂は再びLIMEを立ち上げて恭平にメッセージを送る。


“でも違うよね!?そもそも私まだ17歳だし!

 ただ会社名が似てるだけじゃないの?”


 LIMEを見た恭平は表情を一切変えないまま、首にかけていたヘッドフォンを外したかと思うと……


「んっ?(えっ、何っ!?)」


 立ち上がって手を伸ばし、千穂の頭にそれを嵌めた。少しアジャスターを調整しながら。


(き……北山君のヘッドフォン……!!ちょっと暖かい……)


 先程までの話を一瞬だけ忘れ、千穂はつい好きな人の温もりを感じてしまう。だが、恭平はそれに構わず冷静に告げる。


「……まぁこれを聞いてみろよ」


 恭平がスマホをいじると、程なくして音声が千穂の耳に入ってくる。


(ん?何この音?なんか……騒がしくない?)


 まず耳に入ってきたのは、沢山の人が話していると思われるザワザワした雑音。時折「ありがとうございまーす」やら「カンパーイ!」やら大きな声も聞こえてくる。詳しい場所こそ千穂にはわからないものの、何となく夜の店のような雰囲気は感じ取れた。

 暫くすると、男女の会話が聞こえてくる。


『初めまして〜!ユニと申します。よろしくお願いします』


『よろしくぅ〜〜!』


(この声……!…………美嶋さん!?)


 男の声に聞き覚えがあり、千穂は目を丸くした。その声は……美嶋の声にそっくりだ。ただ、だいぶ酔っ払っているのか、いつもより声が大きいうえ若干不明瞭だが。


『だいぶできあがってますね〜、お客さん。お名前教えてもらえませんか〜?』


『おっ、俺は、美嶋でぇ〜す!』


『「美しい嶋」って書いて美嶋さんなんですね〜。プロダクションCCって……お勤め先ですか?』


 どうやら美嶋は千穂に渡したものと同じ名刺を、ユニという従業員に渡したようだ。すると、美嶋はハッキリこう言った。


『ハハハ、「プロダクションCC」は仮の姿だよぉ〜。真の姿は「CCパワーズ」だぜ!』


「…………!!!」


 千穂は耳を疑った。更にヘッドフォンから聞こえてくる美嶋の声は、次々と信じがたい衝撃的な事実を自ら漏らしていく。


『どうして仮の姿なんですか〜?』


『それはねぇ〜、ウチの事務所に怪しまれずに手っ取り早く入ってもらうためだよ〜。AV女優の事務所なんて先に言っちゃったら誰も来てくれないしさ〜。女優とか歌手になれるって言ったらホイホイ来てくれるしぃ(笑)』


「…………」


 その時点で千穂は血相を変え……微動だにせず引き続き聞いている。


『えーっ!それって女の子騙してるんじゃないですか〜?』


『……そうとも言う〜(笑)まぁ騙される方が悪いんだよ。こんな簡単にデビューできるなんて美味しい話がある訳ねーじゃねぇかぁ!まぁウチはデビューする前に一つミッションがあるんだけど〜』


『ミッションって何ですかぁ〜?』


『何って……接待だよ!ウチの社長と』


 「社長」というワードを耳にした千穂は、更に息を呑む。あの電話で、美嶋は確かに言っていた。今度は社長に会わせてくれると。

 これに対し、一緒に飲んでいると思われるユニは、更に突っ込んだ質問をする。


『それってどんな接待なんですかぁ〜?こんな風に一緒にお酒飲んだりとか?』


 すると、美嶋は吹き出したうえ……暫くの間ギャハハハハとバカ笑いしていた。


『ギャハハ……そんな甘っちょろいもんじゃね・え・よ!……特別にユニちゃんだけに教えてあげるねぇ……枕だよま・く・ら!』


 千穂の顔色が更に悪くなる中、美嶋は酔っ払った勢いで尚も立板に水の如くベラベラと話す。


『ええ〜!そんなことしてるんですかぁ〜?』


『ハハハ、世の中甘くないからねぇ〜。まぁこれも社長に会うまでに絶対言わないけどね。枕するなんて言ったら嫌がられるし。あ、そうだ。今度の10日も社長に会って枕営業してもらうのさ!』


『今度はどんな娘なんですか〜?』


『あぁ、歌手志望の高校生の娘でねぇ、その娘もチョロいんだよ〜。歌もギターも上手くて聴き惚れた!君なら絶対売れる!っつったら嬉しそうにしちゃってすぐ連絡先教えちゃうんだから〜』


 黙って耳を傾けたまま、千穂は俯く。これはきっと……自分の話をしているのだろうと悟った。


『え〜!AVに高校生出しちゃダメでしょ〜?』


『まぁ本当はダメなんだけどぉ〜……でも年齢なんか誤魔化して絶対バレないようにすればどぉにでもなるからね。だって16歳や17歳ってほぼ18歳と同じじゃないか〜。

 まぁ10日の娘はちょっとお直しも必要かな?今のままじゃそこまで可愛くないし、ちょっとデブってるからな〜』


 青ざめたまま俯いている千穂はいつの間にか両手で拳を作っており……その手をぎゅっと強く握っている。


『……もしかして整形させるってことですか?』


『あぁ、そうだよ。いくらホイホイついてきてくれて簡単に社長と寝てくれても、顔やスタイルがイマイチじゃ意味ないじゃないか〜。ファンを増やすには見た目だって重要だし、人前で裸になるんだから。

 あ、そうだ。前には女優になりたいって言ってたキャバ嬢の娘がいてね、その娘は社長と寝るのもお直しもあっさりやってくれたよー。今までで一番簡単だったね』


『へぇ〜。でもそう上手く行かないことだってあるでしょう?』


『まぁあるかな〜。そういえばもっと前にも歌手志望の高校生の娘捕まえたけど、社長と寝る寸前で逃げられちゃったよ〜。いや〜、逃した魚はデカかった。あの娘なら美人だしスタイルもなかなか良かったから、お直しする必要もなかったしね。10日に会う娘と違ってさぁ〜』

 

 まさかその本人の耳に入っているなんて夢にも思っていないであろう美嶋は、再びゲタゲタとバカ笑いするのだった。



 この録音された美嶋の声を全て聞いた千穂の頭の中に、母の梢と優香子の言葉が再びフラッシュバックする。




「だいたいスカウトなんて……怪しいじゃない。騙されてるんじゃないの?」


「もう……そうやってすぐ人を信じるんだから。その人は千穂にホイホイついてくるように甘い言葉をペラペラ喋ってるだけよ」


「……やっぱり会っていきなりスカウトするなんて怪しくない?私、あの時から正直違和感があったのよ。それに事務所の名前もイマイチ聞いたことないし……正直詐欺かなって思っちゃって……」




 今となっては……彼女達の忠告は全てドンピシャで当たっていた。千穂の心をズキズキ痛めつけ、多大なる精神的ショックを与えてしまうほどに。

 俯いたまま握った拳を震わせている千穂は……いつの間にか目に涙が溢れていた。やがてその涙はこぼれ、頬を伝っていく。


「ッ……わ、私……っ……本当に騙されて……いたんだね……」


 嫌でも流れてくる涙を手で拭いながら、千穂はうわ言のように呟く。恭平はそんな彼女の頭からヘッドフォンを取り、ポケットからミニタオルを出して渡す。


「……まぁそういうことだな」


「……っ、ありがと……。……お母さんの、……言った通りだね……。私……っ、すぐ人を信じるから……」


「…………」


 ミニタオルで涙を拭う千穂に、恭平は複雑な表情を浮かべ……


「でも今回はたまたま悪い奴に捕まっただけだろ。阪口なら……きっとプロデビューできるぜ。もしかしたら親御さんや杉浦から言われたかもしれねぇけど、デビューする方法なんかいくらでもあるんだし」


 そう気遣うと同時に、恭平は千穂に一つ言い聞かせる。


「俺……部活の中でも一番……阪口が上手いって思ってるから。歌もギターも。……これだけは信じてくれていいからな」


「…………!!」


 口調こそいつも通り淡々としたものだが、恭平のその言葉に温かみを感じ……顔を上げた千穂は再び涙が溢れてきた。ただ、これは先程とは違って嬉し涙だが。


「っ……ありがと……北山くっ……」


「……あのさ、さっきの録音の最後の方で美嶋?って奴言ってたろ?前に歌手志望の高校生捕まえたって」


 未だに流れてくる涙を拭く千穂に、恭平は別の話をし始めた。


「そっ、そういえば……そんなこと……」


「あれ……たぶん俺の先輩のことだぜ。前に駅で俺が聞いてた、「歌ってみた」動画あげてた人」


「…………ぇええ!?」


 まさか身近なところで自分以外にも「被害者」がいたとはつゆ知らず……千穂は呆気に取られた。そのおかげで涙が少しだけ乾いてくる。自分と同じ夢を追っている者を食い物にしたことに怒りを感じると同時に、恭平が自分に忠告してきた理由がなんとなくわかってきた。


「北山君……私がその先輩と同じ目に合わないように止めてくれたの?」


「まぁそれもある。その先輩は美嶋の奴が言った通り土壇場で逃げ出して無事だったけど。今はネットに動画あげて楽しくやってるみたいだぜ」


「そう……それはよかった……」


 その先輩の現状がわかり安堵する千穂に、恭平がもう一つ付け加える。


「あとは……皆心配してたからな。杉浦も寛斗もすー様も」


「……皆に心配かけちゃったわ。謝らなきゃ……うちのお父さんにもお母さんにも……」


 顔を曇らせる千穂に、恭平は大きく頷く。


「だな。まぁ素直に謝れば許してくれるだろ」


「それならいいんだけど……。ところで……」


 千穂にはどうしても一つ気になることがあり、ここで訊いてみることにした。


「あの録音したやつ……北山君、どうして持ってたの?」


「あぁ、あれは……すー様が送ってくれたんだよ」



「すー様って…………菫ちゃんがぁ!?」


 まさか菫がこんな内容の録音を撮っていたなんて到底思えず、千穂はまたしても呆気に取られてしまう。


「実はすー様の知り合いに夜の仕事してる人がいるらしくてな、その人に頼んで録音してもらったんだよ。で、それをすー様に送ってもらったって訳」


 恭平が経緯を説明してくれたので納得したのも束の間……千穂はあることを思い出して再び真っ青になる。


「……どうしよう!10日……」


「行かなきゃいいだろ。ドタキャンでいいんじゃね?」


 狼狽える千穂に、恭平はあっけらかんと助言する。


「で、でも……連絡先教えたしドタキャンしたらしたで……」


「ブロックすればい……あ、そうだ!」


 恭平は何か閃いたようで、くっくっとほくそ笑む。


「ちょっといい考えが思いついてな。……今まで散々人を食い物にしてきたんだろうし、ちょっとは痛い目に遭わせねぇとな……」



 ちょうどその頃、菫はまた瑠奈のマンションに来ていた。前に来た時と違って、瑠奈の好きそうなドーナツの詰め合わせを片手に。


「ありがとう瑠奈ちゃん!おかげさまで上手く行きそうだわ!」


「いえいえ。こちらこそ、コレありがと」


 瑠奈も礼を言いながらドーナツの箱を受け取ると同時に、菫にあるものを返した。それは……美嶋が店に来た時につけていた、大きなリボンのヘアアクセサリーだ。


「いいでしょコレ。……盗聴器仕込むのに」


 菫がニヤリと悪い笑みを浮かべると、瑠奈も同じようにニンマリと笑った。すぐ隣では例によってドンキーが嬉しそうに尻尾を振っている。


「本当それ!全然怪しまれなかったもん。まぁ立ち話もなんだから上がってって」


 そう、美嶋を接客したあの日、瑠奈は菫から借りたリボンに小型の盗聴器を隠していた。念の為髪をアップにした結果……完全に盗聴器は隠れ、酔っ払っていた美嶋はもちろん、他の誰にも気付かれなかった。

 そもそも、美嶋が瑠奈の店に来たこと自体……菫と瑠奈の計画通りだ。




「それにしても……心菜ちゃんをAVにスカウトしたのも同じ美嶋って人だったなんてね〜」


 前と同じようにソファに座り、膝の上に乗ってきたドンキーを撫でながら、菫は呟いた。隣に座る瑠奈は早速ドーナツの箱を開けている。


「菫ちゃんがプロダクション CCって言った時、もしや……って思ったのよ」


 瑠奈は早速ドーナツを一つ取り出して、美味しそうにかぶりつく。

 前に会って千穂のスカウトの話をした時、血相を変えて「危ないわ!!」と口走ったのはそのためだった。その後、瑠奈は心菜に改めて聞いてみると、スカウトした人物が千穂の時と同じく美嶋であると判明した。また瑠奈は心菜から美嶋の特徴も聞き出しており、彼のような人物が歩いていたら声を掛けるよう、客引きに頼んでいた。


「いやでも……こんなに上手くいくなんてね〜!あの男ったら飲ませりゃ何でもベラベラ話すし。まさかあそこまで暴露してくれるなんて」


「そうよね〜。……阪口さんが聞いたらショック受けるかもしれないけど」


「仕方ないよ。で、これからどうするの?せっかく面白い録音があるんだから週刊誌に売るとか……」


 瑠奈が再び悪い笑みを浮かべると、菫は暫く考え込んだ。


「どうしようかしら。あの美嶋って人が逆恨みするかもしれないし……」


 だが、そこまで言ったところで菫はふと思い出す。


(そういえばあの録音送った時に北山君言ってたわね。あの美嶋って人にお仕置きするみたいなこと……)



 来たる8月10日の19時前――


「はっはっは……楽しみだなぁ」


「そうですねぇ、社長」


 とある駅前にて、誰かを待っている様子のスーツ姿の男が二名。一人は七三分けに眼鏡の30代ぐらいで、「社長」らしいもう一人は40代半ばから後半ぐらいで明るい色の短髪に色黒、所謂「ちょいワル親父」と言った外見だろうか。二人とも何かを企んでいるかのような笑みを浮かべている。


「きっと今回の娘も気に入られますよ!何せ高校生ですし、デビューするためなら何でもしてくれそうですし……」

「高校生なのかー!いいじゃねぇか、俺の大好物だぜ」


 待ち人が高校生だと知るや否や、社長は更に嬉々としてある方向を眺めた。彼の視線の先にあるものは……煌びやかに輝くラブホテルだ。


「やっぱりお前は期待通りやってくれるなァ!流石美嶋だよ」


「いや〜、これぐらい朝飯前ですよ」


「やっぱお前みてぇな真面目そうな見た目の奴は得だな!どんな女も疑わずにホイホイついて行くし」


「それが狙いなんでこういう格好してるんですよ〜。……そろそろですよね」

 

 間もなく19時になるが……待ち人である千穂の姿はまだない。七三分けに眼鏡の方、もとい美嶋は首を傾げて腕時計を見る。そもそも初めて会った時も電話で話した時も終始ノリノリな千穂のことだから、もっと早めに到着していると思っていたのに。


「その辺にいねーか?」 


「いえ……」


 周りをキョロキョロ見回す社長の横で、美嶋は千穂に連絡を入れようと携帯を取り出す。


 ちょうどその時だった。どこからともなくドスドスドスと地響きが聞こえてくる。まるで相撲取りでも走っているかのような。その地響きはどんどんこちらへと近づいていき……美嶋と社長は思わず振り向くと同時に、目が点になる。




「お〜ま〜た〜せぇ〜!」




 かなりふくよかな巨漢が一人、そう言いながらドスドスと音を立てて走り、二人の前に立ち止まった。しかもこの男が着ているのは……女子制服だ。特注かと思われるほど馬鹿でかいサイズの白シャツに灰色スカート、極め付けにはリボンまでつけている。頭にはふんわりしたボブカットのカツラをつけ、背中にはギターケースを背負って。


「な……なんだコイツ?知り合いか?」


「し、知りませんよぉ……」


 美嶋と社長が待っているのは千穂で、もちろんこんな女装男とアポを取った覚えはない。だが、やってきた男は構わず挨拶をする。


「こんばんわぁ〜!私が千穂でぇ〜す!」


「…………」


「…………」


 ギャルピースをしながら自己紹介するも、美嶋と社長は絶句するだけだった。それでも女装男は尚も無視して話を続けながら、ギターケースからギターを取り出しストラップを肩にかける。


「今日は歌手デビューの話するんですよねぇ〜?せっかくなんでアタシの歌聞いてってくださ〜い!」


「ちょっ、ちょっとぉ!」


「アラ〜、遠慮しなくても大丈夫ですよぉ〜」


 慌てて止めに入る美嶋をよそに、女装男はジャカジャカとギターをかき鳴らし始めた。その腕前は本物の千穂と見劣りしないほどで、周りの通行人達は「上手いな〜」と言ったり、立ち止まって聞き入ったりしてしまう。


♪わ〜たしカオルン 心は乙女〜

 大好きなのは〜 女装とゴリマッチョ〜


 しかも女装男、もとい養護教諭の中村は歌も千穂と張り合えるほど上手い。そのおかげで、いつの間にか馨達の周りには人だかりができていた。美嶋と社長があからさまに困惑するのを見ながら、中村はほくそ笑む。


(フフフ……計画通りね……)




 中村が美嶋ら悪質スカウトの話を聞かされたのは、数日前のこと。夏休み前と同じく保健室にいるとノックする音が聞こえ、出てくるとそこには恭平と千穂が立っていた。彼らから話を聞いた中村は驚き呆れるばかりでなく、怒りを露わにしたのは言うまでもない。もちろん美嶋達に罰を与えることにも即座に賛成した。

 幸い、中村の歌とギターは文化祭のステージに立って拍手喝采されるほどの腕前で、女装も趣味の一つだ。恭平はそれを知っており、今回の罰を思いついたのである。




 暫くして中村がワンフレーズ歌い終わると、集まってきたギャラリー達は一斉に拍手をした。


「ありがとうございましたぁ〜」


 まずは観客達に深々と頭を下げると、中村は待ってましたと言わんばかりにスーッと息を吸い……




「そういえばお兄さん達……事務所の名前がプロダクション CCとか言ってたけど正しくは CCパワーズっていう大人向けの事務所よねぇ〜?しかもこないだは高校生スカウトしてたって聞いたけどぉ〜」


「!!」


「!!!」




 美嶋と社長の方を見ながら、中村は大声でそう言った。当然、周りからはどよめきが起こる。「えっ!?」「どういうこと?」と言ったり、ヒソヒソ話をする者もいれば、白い目で見ている者もいる。

 これに対し……二人の顔はわかりやすく引き攣り、冷や汗をダラダラ流している。


「……いっ、行くぞ……」


「はっ、はいっ!!」


 社長が美嶋の肩を小突いたのを合図とし、二人はすたこらとその場から離れていった。



 こうしてプロダクション CCの裏事情を知り完全に目が覚めた千穂だったが、翌日以降も部活には休まず行っていた。少しでも歌ったりギターを弾いていれば美嶋達に騙されたことを忘れていられるし、何より想っている恭平がいるから。この間も恭平と一緒に保健室の中村の元で話を聞いてもらい、最終的には協力してもらえた。


 ただ……千穂の心は完全に晴れた訳ではない。やはり騙されていたショックは多大で、裏切られた気持ちは拭えない。あんなに私の歌もギターも褒めてくれていたのに嘘だったのね……と。

 それだけでなく、優香子や両親にもチャンスを不意にしたくないあまりに酷いことを言ってしまった。正直、千穂にとっては騙されたショックよりもこちらの方が胸が痛い。


 恭平に真実を教えてもらった当日、千穂は早速優香子と父の和則に電話で謝罪した。優香子には


「全然気にしてないから。それよりもちーちゃんのお母さんに謝って!」


 と気遣ってもらい、和則は


「やっぱりヤバい事務所だったのか〜。入らなくてよかったな〜」


 と安堵してくれた。


 一方、母の梢には……まだ謝れていない。あの日から梢はレッスンはもちろん、発表会やコンサートの打ち合わせ、外部イベントや演奏会への出演やらで度々家を空けており、千穂とはほぼすれ違いの生活になっている。家にいる時もあまり会うことはなかった。

 

 謝れず仕舞いのまま、美嶋と会う予定だった10日を過ぎて11日になっていた。この日、部活や他の予定が一切ない千穂が起きたのは午前10時だった。いい加減そろそろ謝ろうと思ったが、既にどこかに出かけているのか家のどの部屋にも梢の姿はない。兄の一誠も部活でとっくに家を出ているので、今家にいるのは千穂一人だけだ。


 とりあえず朝食でも食べようとダイニングへ向かったところ……千穂は気付いた。テーブルの上に封筒が置かれていることに。


(あれ?何だろう、コレ……


 …………!!)


 ふと拾って見ると……そこには「千穂へ」と書いてあった。この見慣れた筆跡は、母の梢のものだとすぐにわかった。千穂は目を見張り、慌てて封筒を開けて中に入っていた便箋を広げる。

 そこには、3枚に渡って千穂への気持ちが綴られていた。


“千穂へ

 お父さんから聞きました。やっぱり危ない事務所だったのね。お母さん、色々言いましたが千穂がそこからデビューしなくて安心しました。今回は残念な結果だったけれど、千穂はまだまだ若いんだから焦らなくていいのよ。前にチャンスを逃したら……みたいなことを言ってたけれど、諦めなければチャンスは何回だって来ます。千穂はそう簡単には諦めない子だから大丈夫よ。


 スカウトしたことを打ち明けてくれた時、心配でつい真っ向から反対してしまったけど……あれはお母さん、悪かったなと思います。優香子ちゃんのお母さんにも頭ごなしに反対したのはよくなかったんじゃ……と言われました。反対するにももう少し話を聞くべきだったね。

 でも千穂がまともに自分の夢について話してくれたのも、あの時が初めてだったような気がします。そして千穂の、本気で歌手になりたいという気持ちがとても伝わってきました。お母さんはこれからも応援しています。


 それから、いつも千穂をほったらかしにしてしまってごめんなさい。どうしても跡取りの一誠のレッスンに時間を取ってしまって、なかなか構ってやれなくて反省しています。千穂はしっかり者だし、お母さんの代わりに家事をやってくれることだってあるから、つい甘えていました。

 でもこれだけは信じてください。お母さんにとって千穂は大事な大事な娘です。一誠の方が可愛いなんて思っていません。二人とも、お母さんにとっては宝物です”


「…………」


 手紙を読み終わった頃には……千穂は目頭が熱くなっていた。


(お母さん……本気で私のことを心配して反対していたんだ……!それなのに私、邪魔してるとかお兄ちゃんより有名になるのが面白くないとか邪推しちゃって……そりゃビンタしたくもなるよね……)


 改めて梢の思いを受け止めたところで……ガチャッと玄関のドアが開く音が千穂の耳に入った。続いていつもの梢の声で「ただいまー」と聞こえてくる。


(お母さん……帰ってきた!!)


 千穂は手紙を持ったまま、母を迎えるのと謝罪をしに玄関へと急いだ。











 翌日、千穂はまた部活に行っていた。普段通り2-3の下駄箱に向かったところ、先客がいて一瞬ドキッとする。その彼は今日も金髪を一つに纏めて首にヘッドフォンをかけており、ちょうどスニーカーからスリッパに履き替えているところだった。

 千穂は深呼吸をしてから、彼に接近する。


「北山君、おはよ!」


 思い切って声を掛けると、恭平はすぐに振り向いてくれた。


「おう、おはよ」


 相変わらず淡々とした口調だが、それでも千穂は嬉しく思う。今まではどうしてもしどろもどろになっていたが、皮肉にもあの日から千穂は恭平と少しは緊張せずに話せるようになっていた。そう思うと、美嶋に少し感謝したくなるような不思議な気分になってしまう。


「あの……北山君。昨日やっとお母さんに謝れたの。そしたら許してくれて」


「そっか。よかったじゃん」


 恭平はそう言って口角を上げた。自分にだけ向けられた笑顔に改めて千穂はドキッとする。暫くの間その笑顔を眺めていると、恭平はまた別の話題を口にする。


「そういや……阪口は行くのか?寛斗が誘ってくれた別荘のやつ」


「……うん、行くよ!」


 前に寛斗から別荘への出欠確認がLIMEで届いていたが、恭平とダリーズで会った日がちょうどその締め切りだった。なので千穂は気晴らしも兼ねて、参加すると返信していたのだ。もちろん、恭平も参加するだろうとも思って。


「おっ、マジか。俺も行くからよろしく」


「こっ……こちらこそっ……」


 こうして千穂はルンルンな気分で、恭平と共に部室へと向かった。






 ちょうどその頃、菫は自室で荷造りをしていた。あと数日に迫った、寛斗の別荘へ行くための。鼻歌を歌い、何を着るかアレコレ悩みながら服などを旅行鞄に詰めていると……


(ん?)


 スマホに通知が一つ来ていた。それは電話でもLIMEでもなく、ニュースの通知である。それを見た菫は一瞬目を疑ったが、やっぱり……と納得する。


(あーあ……誰か暴露したのかしら?それともあの録音が……)


 そのニュースとは、「AVプロダクションのCCパワーズの社長逮捕 未成年のAV出演違法契約か スカウトで詐欺も」というものであった。


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