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44ページ目 菫さんと怪しげなスカウト 中編


 テレビの画面の中で、2台のレーシングカーがデットヒートを繰り広げている。1台は赤い服と帽子、もう1台は緑の服と帽子のキャラクターが運転している。赤い服の方を瑠奈が操作しており、菫が操作しているのは緑の服の方だ。


「いっけーいけいけ!!」


「よっしゃ!でっかくなった!」


 若干菫の方が優勢だったものの……アイテムをゲットして体が大きくなった瑠奈にあっという間に抜かれてしまう。


「あ゛ッ!ちょっと待ってぇ!!」


 瞬時に追い抜かれたショックで菫は手元が狂い、あわやコースアウトしそうになる。そんな菫に瑠奈はほくそ笑み、追い討ちをかけるように菫のマシンに向かって石を投げて妨害した。


「もぉーーー!!」


 更に大きく水を開けられ、菫はイライラしながら歯を食いしばり、テレビの画面を睨みつける。ゲーム機を持つ手にも力が入り、必死に指を動かしてボタンを押す。一方、隣の瑠奈は余裕そうに鼻歌混じりで楽しんでいる。やはり日頃から様々なゲームを百戦錬磨している彼女は強く、菫では歯が立たないようだ。

 こんな大人二人の真剣勝負を、ドンキーは床に寝そべりながらぼーっと眺めている。


「やったーー!勝ったぁ!!」


「も〜〜、ちょっとは手加減してよ瑠奈ちゃん……私このゲーム初心者なんだから」


 ぶっちぎりの1位でゴールして高笑いする瑠奈を尻目に、菫は悔しそうにゲーム機をポイっと投げ捨てた。

 グループLIMEで千穂がスカウトされた話をした翌日の昼、菫はまた瑠奈のマンションに遊びに来ていた。午前中にドンキーの散歩を済ませた後、瑠奈がゲームをしようとしたので、菫も試しにチャレンジさせて貰っていたのだ。結果は先述の通りだったが。

 ちなみに今日は琴葉は部活に行っているので来ていない。


「菫ちゃんも『マルオカート』やればいいじゃん。面白いよ〜」


「いや〜、こういうのあんまり得意じゃないのよ。私、ゲームは『アニマルタウン』とか『フレンドコレクション』ぐらいしかやったことなくて……」


「ほのぼの系のゲームが好きなのね。まぁ菫ちゃんらしいけど。そういえば最近ゲーム実況よく見ててさ、」


 ゲーム実況と聞くと、菫の頭の中にはあるクラスメイトの顔が思い浮かぶ。瑠奈が挙げたチャンネル名はやはり……。


「『いまちゃんゲーム』ってチャンネルなんだけど、ゲームのルールとか攻略法とか逐一説明してくれてわかりやすいのよね〜。しかもあの声からして女の子っぽい……」


「瑠奈ちゃん、それたぶんうちのクラスの子よ……」


「そう…………ってマジで!?」


 いつも見ているゲーム実況者の正体がまさかの菫のクラスメイトの萌だと発覚し、瑠奈は大いに驚いたのだった。




「へぇえ〜〜〜!相変わらず菫ちゃんのクラスの皆って面白い子ばかりね。そりゃ学校楽しくなるのもわかる気がするわ」


「でしょ〜?」


「私が行ってた高校なんか不良しかいなくてロクなことなかったな〜。バカ高校だったもん」


 菫の楽しい高校生活と自分のそれを比較してため息をつく瑠奈に、菫はくくっと笑う。


「……そんな高校なのに2回もダブっちゃう瑠奈ちゃんも十分面白いわよ」


「………………」


 瑠奈は無言のままソファから立ち上がり、コーヒーのおかわりを淹れに行った。ゲームが一旦中断され、熱狂モードから少しクールダウンした菫の膝の上にドンキーが乗ってくる。「待ってました」と言わんばかりに。菫も綺麗な茶色の毛並みを撫でる。

 暫くすると、瑠奈はコーヒーカップを二つ乗せたお盆を持って、部屋に戻ってきた。


「でも今夏休みだしクラスの皆と毎日会えないっしょ?やっぱ寂しい?」


 再びソファに座るなり、瑠奈はそう訊いてきた。が、すぐに瑠奈はあることを思い出してニヤニヤする。


「あっ、でも前デートしたんだよね?」


「映画観に行っただけよ」


 直と二人で映画を観に行ったことは前に話したので、瑠奈も知っている。やはりか……と菫は苦笑いしてから、先程の質問に答えた。


「まぁでも、何やかんやで電話とかLINEはするからね〜。あとお盆に皆で別荘行くし……」


「えっ!別荘!?……もしかしてあの清宮財閥の子の?」


「そうよ。誘ってくれたの」


「流石太っ腹ねぇ〜」


「あっ、昨日もLINEしてて……なんかスカウトされたって言ってたわ」


「……ぇええ!?」


 千穂がスカウトされたことについて言及すると、瑠奈は更に仰天してつい大きな声を上げた。


「ど、どういうこと!?めっちゃ可愛くてスカウトされたとか……」


「その子、音楽やってるのよ。歌は凄く上手だし、私は聞いたことないけどギターも上手いみたいだし。なんか外で練習してた時に芸能事務所の人に声掛けられて、ぜひウチでデビューしませんか?ってなったらしいわよ」


「へぇ……よっぽど実力あるのね。スカウトされるぐらいなんだし……」


 遠い目をしながら、瑠奈はソファの前のローテーブルに置いたタバコの箱に手を伸ばす。そこから1本取って咥えたと同時に、菫はなおもドンキーを撫でながら気遣わしげな表情になる。


「でもねぇ……その芸能事務所、聞いたこともないようなところなのよ〜。確か……プロダクションCCってとこだったかしら……」


「…………!!!」


 菫が事務所名を何気なく口にした瞬間……瑠奈は血相を変えた。一服するべくベランダに向かおうと立ち上がったが、そのまま立ち止まって固まっている。真っ青な顔で、咥えていたはずのタバコまでポトッと落とした。

 そんなリアクションをされてしまっては……菫も面食らってしまう。心配するあまり思わず口にしてしまっただけが……却ってこんなことになるなんて、菫には全くの予想外だった。


「る、瑠奈ちゃん…………どうしたの?」


 おずおずと訊くと、瑠奈はタバコを拾ってから再び座り、青ざめた顔のまま真剣な目つきで菫にこう告げた。




「菫ちゃん、そこ…………危ないわ!!」





 ちょうどその頃、千穂はいつも通り最寄駅を降り、公ヶ谷高校へと向かっていた。ただ、今日は優香子は一緒ではなく一人で。二人とも部活はあるものの、千穂は昼から、優香子は午前中と時間がずれているからだ。

 学校に着くまであと数分……千穂は歩いている時もイライラが止まらない。スクールバッグとギターケースを持つ手につい力が入る。今日の午前中も、母の梢が懲りずに猛反対してきたからだ。






「千穂、お願い。これだけは聞いてちょうだい」


「…………」


 正直梢の顔も見たくない千穂は、部活が昼からなのをいいことに午前中は自室に引きこもっていた。だが、それでも梢はドア越しに声を掛けてくる。


「お母さん、千穂がプロの歌手になるのを反対してる訳じゃないのよ」


「………………」


「ただ、あのスカウトはやめときなさいって言ってるだけ」


「……………………」


 何回声を掛けようが、千穂は無視を決め込む。


「歌手になりたいんならスカウト以外でも方法はあるじゃない。オーディション受けたり音楽系の学校に進んだりね。それにお母さん、お父さんにも優香子ちゃんのお母さんにも相談したんだけどね、皆やっぱりそういうのは怪し……」


「うるさいっ!」


 ついカッとなった千穂は叫んだと同時に、机に置いていた消しゴムを勢いよくドアに投げつけた。勝手に第三者に相談されていたことが更に気に障って。怒りに任せて、千穂はドアの向こうにいる梢に言い返す。


「だからこんなチャンス滅多にないって言ったじゃん!じゃあお母さん責任取ってくれるの!?もしこのスカウト断って、オーディションとか受けてもダメで、歌手になれなかったら。それぐらい本気なんだから私!いいもん、お母さんが何回反対しても屈しないから!」


 そう捲し立て、千穂はドアに背を向けた。梢は暫くの間黙ってから、これだけ言って去っていった。


「……お母さん、これからレッスンしてくるわね。お昼ご飯作ってるからまた好きな時に食べなさい」






(……あー!思い出しただけでもイライラする!どうせお母さんにはわかんないんだから!うちは何代も続く教室だから、簡単にバイオリンの先生になったんだろうし……。スカウト以外で歌手になるのがどれだけ大変かなんて……)


 心の中で散々愚痴り、千穂はつい猫背になりながら歩いていく。その時、スマホのバイブが鳴ったので千穂はポケットから取り出すも……画面を見るなり顔を歪めた。「阪口和則」と書いてあったからだ。


「……もしもし」


「おう、千穂!久しぶりだなぁ」


 ピアニストである父の和則は世界を飛び回っており、普段は家にいない。確か今はアメリカにいるはずだ。

 渋々電話に出たものの……千穂は嫌な予感しかしない。


「あのさ、前スカウトされたんだろ?お母さんから聞いたぞ。でもなぁ……ああいうよくわからない事務所はちょっと……」


 千穂は何も言わずに電話を切った。やはり諦めさせようと説得するために電話をかけたのだろう。よくよく思い出すと、梢は和則にも相談したと言っていた。心の底からうんざりし、ため息をつく千穂だったが……


「……ん!?」


 手に持っていたスマホが再び鳴り出した。またか……と思いきや今度の発信者は和則ではなく、美嶋だ。千穂はすぐに表情を変えて電話に出る。


「も、もしもし!」


「お世話になっております。美嶋と申します。阪口さんのお電話でお間違いないですか?」


「は、はい!ありがとうございます。また連絡してくださって」


 前回美嶋に声を掛けられた時、千穂は自分の名前と連絡先を教えていた。前回美嶋にスカウトされた時、早速デビューに向けた打ち合わせをしたいと言われ、また追って連絡すると聞いていたからだ。


「いえいえ。で、本題なんですけど……8月10日の19時なんかいかがでしょう?」


「はい!大丈夫です」


 千穂は二つ返事で了承した。梢は絶対反対するだろうけれど、何とかして家を抜け出そう……と思いながら。


「ありがとうございます!あと、打ち合わせには社長も同席させて頂きたいんですけど……大丈夫ですか?」


「はいっ、大丈夫です!」


 それについても、千穂は迷わず首を縦に振った。これからお世話になる事務所の社長なのだから、むしろしっかり挨拶をしないと、とすら考えている。そればかりか社長まで自分のデビューについて真剣に考えてくれていると思い、千穂は嬉しくなった。


「それなら話が早いですね!阪口さんがウチの事務所に来てくれて光栄ですよ!あなたならきっと売れっ子間違いなしです」


「いえいえそんな……実は親からは反対されていて……」


 千穂はスカウトから歌手になることを親に反対されている旨を伝えると、美嶋は熱心に耳を傾けてくれていた。


「そうですか……それは大変ですね。でもあなたならきっとご両親を見返せると思います」


「そうですよね!絶対見返してやります」


 そう高らかに宣言し、打ち合わせの日程と場所を再度確認してから、千穂は電話を切った。先程と違って、かなり上機嫌になっている。



 ルンルンな気分で歩いているうちに、千穂はいつの間にか高校に着いていた。普段通り2-3の靴箱へ向かい、ローファーからスリッパへ履き替えようとしたところで……


「……ちーちゃん」


 お馴染みの声が聞こえたので、千穂はパッと振り向いた。目の前には案の定、いつもの制服姿でスクールバッグとフルートケースを持った優香子が立っている。恐らく吹奏楽部はつい先程部活が終わったのだろう。今日も優香子に会えると思っていなかった千穂は嬉しくなり、慌ててスリッパを履いて駆け寄る。


「おはよっ!ゆかちゃん」


 高めのテンションで挨拶した後、千穂は間髪入れずに例の件について話し始めた。


「あのね!美嶋さんからまた連絡あったの!10日にデビューについての打ち合わせしてくれるって」


「…………」


 嬉しそうに話す千穂とは裏腹に、優香子はなぜか怪訝な顔をしている。千穂は流石に「あれ?」と思わなくはなかったものの、そのまま話を続ける。


「で、その時に事務所の社長さんにも会わせてくれるんだって!これからお世話になるんだし何着て……」


「ちーちゃん」


 優香子はその顔のまま、重い口を開いた。


「……やめた方がいいんじゃない?」


「…………え?」


 千穂は耳を疑った。優香子はいつも自分のことを応援してくれていて、部活のライブの前には直接会うかLIMEでエールを送ってくれるほどだ。なので優香子もきっと、このスカウトからのデビューを後押ししてくれると、千穂は期待していた。そればかりか、まさか母と同じように反対するという不測の事態に……千穂はショックを受けざるを得ない。


「……ゆ、ゆかちゃん?」


 目を白黒させる千穂に、優香子は静かに伝える。


「……やっぱり会っていきなりスカウトするなんて怪しくない?私、あの時から正直違和感があったのよ。それに事務所の名前もイマイチ聞いたことないし……正直詐欺かなって思っちゃって……」


「…………」


 千穂がスカウトされた時、優香子もその場に居合わせていたが……終始訝しがって困惑の表情を浮かべていた。有頂天になっていた千穂は、そんなことには気付かずにいた。


「私も知らないような事務所だし……きっと弱小よね?そういう事務所からデビューしてもいい仕事貰えるの?もっと大手のとこの方がいいんじゃない?」


「……だ、大丈夫だよそれは。あれだけ売れるって言われたんだから私が稼ぎ頭になれば……」


「そんなとこで稼ぎ頭になったって高が知れてると思うけど?うちのお母さんもちーちゃんのお母様もそう言ってるし……」


 優香子がそこまで言ったところで、千穂は俯いて悲しそうに苦笑いする。


「……ゆかちゃん、うちのお母さんに言われたから反対してるの?」


「ち、違う!確かに色々聞いたけど……」


「ゆかちゃんに入れ知恵してまで邪魔する気なんだ……」


「!!……ちーちゃん、違……」


 極端なことを言い出すので、優香子はすぐに否定しようとしたが……千穂は耳を傾けようともせずに歩き出した。引き止めようと手を伸ばした優香子に背を向けたまま、千穂はこれだけ言った。




「……お母さんの思い通りになんかさせない。絶対に今デビューしてやるんだから」




 つかつかと去って行く千穂の後ろ姿を、優香子は呆然と立ち尽くしながら眺めるしかなかった。











(……………………)


 昼過ぎに瑠奈のマンションを出た菫は、茫然と歩いていた。その顔は……スカウトの話を聞いた時の瑠奈同様、真っ青だ。


(…………ヤバすぎでしょプロダクションCC!!早く阪口さんに……)


 菫は震える手でスマホを取り出し、LINEを立ち上げて千穂のプロフィール画面を開ける。


(出てくれるかしら……もしかして部活かもしれない……いや、ていうかまだ間に合うの!?まさかもう……)


 どんどん憂いが募り、「音声通話」を押そうとしたところで……スマホの画面が切り替わった。着信画面になり、電話をかけてきたのは……。


(あら、清宮君……どうしたのかしら?)


 菫はとりあえず電話に出る。


「もしもし」


「あっ、すー様!今大丈夫?」


「大丈夫よ。どうしたの?」


 用件を訊くと……寛斗は一息置いてから、タイムリーな話を切り出した。


「あのさぁ……どう思う?昨日の阪口さんの話」


「……へ?」


「スカウトされたって言ってたやつだよ。事務所名教えてくれたから、俺調べてみたんだけど……なーんにも出てこなくてさ。今時芸能事務所なら普通公式サイトぐらいあるよな?だから怪しいと思って……」


(……!!)


 寛斗がそこまで言ったところで、菫は咄嗟に吐き出した。




「怪しいも何も…………真っ黒よ!!その事務所」


「…………は!?」




 電話口の向こうの寛斗は息を呑んだ。そしてまたも一息置いてから、寛斗は菫に訊く。


「……すー様、どういうこと?」


「話せば長くなるんだけど……」


「じゃあこれから会える?詳しい話聞かせてよ。杉浦さんも心配してるし……」



 菫はその足で電車に乗り、寛斗に言われたある場所へと向かった。ある場所とは、とある駅の近くのショッピングモールのフードコートだ。普段あまり行かない場所なので、菫は少々迷ったものの無事に辿り着いた。ちょうど入り口のあたりに寛斗が立っており、大きく手を振ってくれている。


「ごめん、待ったかしら?」


 少々道に迷ったこともあって菫はそう聞いたが、寛斗は全く気にしていないようだ。


「全然。ほら、杉浦さんも悩んでるみたいだし……」


「あら、杉浦さんも一緒なのね」


 寛斗が掌を差し出した先には……人差し指を顎に当てて悩んでいる様子の優香子がいる。寛斗によると、優香子とは部活終わりに偶然会ったらしく、その時に千穂の話になったそうだ。

 優香子の視線の先にあるのは、「くりい夢」という店だ。この店では数多い種類のクレープとシュークリームにアイスクリームが売ってあるらしく、菫はなんとなく腑に落ちた。


(そういえば、杉浦さんって凄い甘党なんだっけ……ああ見えて)




 お昼時とおやつの時間はとっくに過ぎているが、夕食にもまだ少し早い時間帯なので、フードコートはそこまで混んでいない。せいぜい菫達と同じような学生らしき人がチラホラいる程度だ。迷った末に優香子はハチミツレモンクレープを買い、寛斗はコーヒーフロート、菫はクリームソーダを買って席についた。これから真剣な話をするというのに、なんで私達は甘いものを食べてるんだろう……と菫は頭の中でツッコまざるを得なかったが。


「ごめんね、私ストレスが溜まるとどうしても甘いものが食べたくなるから……」


 どうやら、優香子自身もそう思っていたらしく、クレープに齧り付きながらそう言った。


「全然いいわよ、確かに疲れてたりすると甘いもの食べたくなるわよね」


「で、すー様。どういうことだよ?真っ黒って……」


 寛斗はコーヒーの上に乗っかっているアイスをストローで1回回した後、早速本題に入る。菫はクリームソーダを一口飲んで一呼吸置いてから、口を開く。


「あのね、落ち着いて聞いて欲しいの。あの事務所……」




「………………」


「………………」


 菫の話を一通り聞いた寛斗と優香子は絶句する。特に優香子は眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにし、食べているクレープを握りしめ、そのせいで生クリームがほぼ溶けてしまっている。


「マジか……こんなこと本当にあるのかよ……」


「……早くちーちゃんに言わないと!」


 頭を抱える寛斗の横で、優香子は急いでスマホを取り出して電話するも……すぐにため息をついてスマホを耳から離す。


「ダメだ……繋がらない」


「まだ部活かしら?」


「いや、もう終わってるはず……もしかしたら出てくれないかも」


「え?」


 驚く菫と寛斗に、優香子は包み隠さず話した。今日千穂に会って二人と同様、あのスカウトを懐疑的に思っていると話したこと。が、その意見を突っぱねられたこと。及び、そのことで千穂が母と険悪になっていることも。


「阪口さん相当意固地になってるわね」


「杉浦さんの話まで聞かないなんてなー……」


「しかもちーちゃん……10日にあのスカウトした人とまた会うらしいのよ!しかも事務所の社長にも会うって」


「!!」


 優香子がそう告げると、寛斗はぎょっとしたが菫はむしろ安堵した。10日ならまだもう少し時間があるので、それまでに千穂にプロダクションCCの裏事情を話せば良い。そうしないと……きっと取り返しのつかないことになる。そう思いながら、菫はこれからのことについて話を切り出す。


「それなら……なるはやで阪口さんに伝えないといけないわね。プロダクションCCのヤバさを」


「でもどうやって……」


「杉浦さんでダメなら俺でもダメな気が……」


 弱気になる優香子と寛斗に、菫は一つ提案する。

 

「いや、一人だけいるわ……阪口さんが素直に話を聞いてくれそうな人が」






 部活が終わり、恭平は特に寄り道せずまっすぐ家に帰っていた。普段と変わらず、頭につけていたヘッドフォンを首まで下ろし、「ただいまー」と言って鍵を開けて玄関に入る。すると、玄関では弟の諒平が

ギターを持って待ち構えていた。


「兄ちゃんおかえりー!セッションしようぜー」


 家に着くや否やのお誘いに、恭平はうんざりした顔になる。ギターを弾くことに没頭している諒平は、度々兄の恭平とセッションしたがり、昨日も散々纏わりついてきた。セッションと言えども恭平はギターを奏でる諒平の横で練習パッドをスティックで叩くだけで、面白くも何ともないのだが。


「……お前ギターばっかり弾いてて大丈夫かよ。一応受験生だろ……」


 恭平が心配する通り、諒平は中学3年生だ。それでも諒平は意に介さず、ほくそ笑む。


「大丈夫だよ兄ちゃん、勉強は夜にするから。夜の方が頭に入りやすいって聞いたことあるし、それに夜はどうせ近所迷惑でギター弾けないし〜」


「知らねーぞ、志望校落ちても……」


 恭平が忠告しようとしたところで……彼のスマホが鳴り出した。


「あっ、悪い。電話だ」


「えー!マジかよ〜!」


「ちょっと待ってろ。終わったらすぐ行くからさ」


 ぶーたれる諒平を尻目に、恭平は急いで靴を脱いで上がり、足早に自室へと向かった。




「……もしもし」


「お疲れー。今大丈夫?」


「おう、どうしたんだよ?……寛斗」


 電話をかけてきたのは、寛斗だ。こんな夕方に珍しいな……と思いながら恭平は耳を傾ける。


「あのさ…………知ってる?阪口さんがスカウトされたって話」


「…………はぁ!?」


 単刀直入に寛斗が話を切り出すと、恭平は愕然としてつい大きな声を上げる。千穂とは今日も部活で会ったが、そんな話は一切しなかったから。


「いやいや全然知らねーし初耳なんだけど!阪口には今日も会ったけど……」


「恭平は聞いてなかったのか……」


「てかなんで寛斗が知ってんだよ?」


「実は……」



 夕食時の時間に差し掛かり、フードコートは再び賑わいを見せてくる。そんな雰囲気の中でも、菫と優香子は恭平と電話している寛斗を黙って見守っている。

 菫は先程、恭平にも協力してもらうことを提案していた。想い人からの忠告であれば、流石に素直に聞いてくれるのではないかと思ったからだ。

 菫の提案に優香子は賛成してくれたが、寛斗だけはなぜ恭平?と少し訝しげだった。流石に本当のことは言えず、同じ軽音部だからと誤魔化すと寛斗は納得し、こうして即座に電話までかけてくれている。


「うん、……わかった。あとすー様もいい考えがあるって言ってて……」


 寛斗がそう話すのを聞いて、菫はニヤリと笑う。千穂に目を覚まさせるための作戦が、もう一つあるからだ。その作戦を遂行させるためには瑠奈の協力が不可欠で、早ければ今日にも実行すると約束してくれている。


「……オッケー。じゃ、よろしく!」


 そう言って電話を切ると同時に、寛斗は笑みを浮かべ菫と優香子に向かって親指を立てた。優香子はつい食い気味に訊く。


「上手く行きそう?」


「あぁ、後はすー様の知り合いさん?が動いてくれ次第かな」


「わかったわ。「準備」できたら北山君に連絡したらいいかしら?」


「そうして!」


 こうして作戦会議は無事煮詰まった。菫が大きく頷いた後で、寛斗は苦笑いする。


「……なんか恭平も思うところがあるみたいだぜ。あのプロダクションCCとかいう悪徳事務所……」











 その日の夜、とある繁華街にて――


(これでオッケーっと……きっと社長も喜ぶぞ。それにしてもあの娘……チョロ過ぎるだろ。ちょっと褒めちぎったら舞い上がってノリノリ……バカだなァ)


 あまりにもトントン拍子で思惑通りになるものだから……美嶋は歩きながらついニヤニヤしてしまう。繁華街にいる理由も、この勢いで勝利の美酒を味わおうと考えているからだ。なお、ここまで上手く行きそうなのは初めてでなく……。


(あそこまで順調なのも……あの心菜って奴以来か。アイツもなかなかだったなァ。女優になれるって言ったらホイホイついてきて……)


「ちょっとそこのお兄さーん!」


 過去の栄光に浸りながら店を探す美嶋に、一人の男が声を掛けてきた。白いシャツに黒いスラックス姿の男は客引きらしく、ドレス姿のキャバクラ嬢数名の写真と店名、値段が載ったパネルのようなものを美嶋に見せてくる。


「お仕事帰りですよね〜?せっかくですし女の子達とパーっと飲みましょうよ!」


「えっ?」


 困惑する美嶋に、客引きの男は更に距離を詰める。


「お兄さん今日もお仕事忙しかったでしょ〜?こんな時はいっぱい飲みたくなりませんか?うちの店、今日飲み放題デーなんで何杯飲もうが定額ですよ!それにうちはクラブなんで、可愛い女の子いっぱいいますよ〜。皆他店の娘よりも可愛いですから!」


 店の魅力をこれでもかと宣伝され、美嶋は最初こそ困惑していたものの……徐々に鼻の下を伸ばす。


(飲み放題で、しかもクラブか……いいじゃん、今日はここで飲むとしよう!あわよくば次のカモを……)


 客引きの男に半ば強引に押されるがまま、美嶋は最終的について行くことにした。あわよくば……と考えながら。




 美嶋が店に着くとすぐにボーイが指名を聞いて来たが、初めての店なのでとりあえずフリーにする。それを聞いたボーイはバックルームに向かい、そこで待機していた瑠奈に耳打ちする。


「ユニさん……来ましたよ」


 来たか……と思いながらユニこと瑠奈はニヤリと笑う。しかし、まだ美嶋の元に行く気はないようで……。


「もうちょい後でいい?……今ちょっと指名されたから」


「わかりましたー」


「帰られるまでには必ず呼んでね」


「はい」


 ボーイは二つ返事で了承したが……どうも一ついつもと違って気になることがあり、思わず瑠奈に訊いた。


「珍しいっすね……ユニさんだいたい髪の毛下ろしてるのに今日はアップにしてて。それにこんなデカいリボン持ってたんすね」


「まぁちょっと……気分転換ね」


 それだけ言って、瑠奈は指名客の元へと向かった。



 翌日の昼頃、千穂は自室でまたギターを弾きながら歌っていた。10日に迫った打ち合わせの日に備え、少しでも良い演奏ができるよう、時間の許す限り練習に勤しんでいる。幸い、今日は部活もレッスンもバイトもない日である。相変わらず母の梢は千穂のデビューを諦めさせるべく説得してきたが、無視を決め込んでいるのは言うまでもない。


(いよいよもうちょっとね……美嶋さんにも社長さんにも会えるんだから良い演奏を聞かせてもっと魅了させないと……!絶対売れるって言ってくれたんだし、絶対に事務所の稼ぎ頭になって……有名になってやるんだから!)


 そう意気込みながら歌っていたところ……千穂のスマホが鳴り出した。またお父さんか……とうんざりしながら、スマホが置いてある机に向かったところ……千穂は目を疑い息を呑んだ。


「…………!!」


 電話をかけてきたのが、恭平だったからだ。











 それから1時間程経った後、千穂はダリーズコーヒーの席に座って待っていた。このダリーズコーヒーは前に女子会をしたところとは別店舗で、千穂の最寄駅の近くにある。まさかこんなところまで会いに来てくれるなんて……と緊張しソワソワしながら、彼を待っている。


(どうしたんだろう……北山君。こんな急に「今日会える?」ってLINEしてくるなんて……あ〜、ちゃんと話せるかな!?この間はおーりんちゃんもゆかちゃんも一緒だったけど、今は一人だし……)


 時間が刻一刻と過ぎるにつれて、千穂の心臓は早鐘を打つ。遂に約束の時間の数分前に迫ったところで、待ち人が店の中へと入ってきた。




「悪いな、急に呼び出して」

「う、ううん……大丈夫。どうしたの?」


 アイスバニララテを片手に席にやって来た恭平は、昨日と同じように長めの金髪を一つに纏めている。私服姿の恭平に会うのも久しぶりで、黒いバンドTシャツに黒いジーンズと彼に似合うロックなコーディネートだ。首にかけているヘッドフォンはいつもと変わらないが。

 千穂が見惚れているうちに、恭平はいつの間にか向かいに座り、単刀直入に本題を切り出した。




「阪口……スカウトされたんだってな?」




 千穂は呆気に取られ、黙り込んだ。その話は4班の班員達と優香子しか知らないはずだし、彼女らにも内緒にするように言ったはずだ。どうして同じ班でもない恭平がこのことを知っているのだろうか?


「……そ、そうだけど……どうしてそれを知ってるの?」


「あぁ、ちょっと小耳に挟んだんだよ」


 恭平は噂の出所はハッキリ言わず、それだけ言った。千穂は更に混乱し、一体どこから?誰かが勝手に口外したのか?と頭の中がぐるぐる回ってしまう。一旦落ち着こうと、千穂がアイスミルクティーを一口飲んだところで、恭平は更に突っ込んだ質問をする。


「で、スカウトされたとこってプロダクションCCってとこなんだよな?」


「…………そんなことまで知ってるの!?」


 まさかの事務所名まで漏れていることもわかり、千穂はひどく驚いた。落ち着くどころか更なる混乱状態に陥る千穂に……恭平は真剣な表情で、静かにこう告げた。




「悪いことは言わねえから…………あの事務所だけは絶対にやめとけ!」



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