43ページ目 菫さんと怪しげなスカウト 前編
散歩中の菫と遭遇した翌日の朝、優香子と千穂は電車に揺られている。二人とも制服姿でスクールバッグを持っているが、それに加えて優香子はフルートケースを持ち、千穂はギターケースを背負って。
今日は吹奏楽部も軽音部も午前中に部活があるので、一緒に学校に向かっている。電車はいつもほど混んでいないが座れるほどではなく、千穂はドアにもたれかかりながらあくびをする。
「ふぁあ……眠……」
「ちーちゃん、昨日も遅くまで起きてたの?」
「1時……」
「い、1時!?」
そんなに遅くまで起きていたのね……と優香子は驚く。通りで少し目が赤いと思っていたら。
「な、なんでそんな遅くまで起きてたのよ?」
「WeTube観てたらいつの間にか1時になってたの」
「……まぁ夏休みってどうしても生活リズム乱れるわよね。ついつい夜更かししちゃうし」
「あっ!そういえば……」
今まで眠そうにしていたが、千穂は何かを思い出したらしく、ぱっちり目を開けた。
「私が寝る前にインスタ更新してたな〜、福谷君。「友達皆(全員女)でナイトプールサイコー!」って」
「……相変わらず節操ないわね。というより夏休みになってから更に酷くなってるんじゃない?」
相変わらずの貴大に優香子が引いたところで、乗り換え駅に着いた。一旦電車を降りて改札口を通り越し、優香子と千穂は別の路線のホームへ歩を進める。次の電車が来るまではあと5分ほどで、それに乗る人達が列をなしている。
「…………!!」
階段を上り切ったところで……千穂は足を止めてその場に固まった。先程の目の充血はすっかり改善したが、その代わりに今度は顔が赤く熱くなっている。
優香子は千穂の異変にいち早く気付き、当然どうしたものかと思ったが……彼女の視線の先を見て納得したと同時にぷぷっと笑う。
(ま、まさか同じ電車なんて…………
…………き、北山君!!)
★
電車を待っている列の中には、学校指定のスラックスに水色の半袖シャツを着た生徒の姿もある。その彼は、例によってドラムのスティックをリュックに刺している。ただ暑いからか、長めの金髪を一つに纏めているのだけはいつもと違う。
千穂が目で追っているのは……誰がどう見ても彼女の想い人である恭平だ。
「ちーちゃん、せっかくだし挨拶してきたら?」
どうやらまだ恭平は千穂と優香子の存在に気付いていないらしい。普段は首にかけているヘッドフォンを頭につけており、手ではスマホをいじっている。音楽を聴いているか、動画を見ているのは間違いなさそうだ。
優香子がニヤリと笑みを浮かべながら勧めるも、千穂は早速緊張してガチガチになってしまう。
「えっ!?こ、心の準備が………………わっ!」
そんな千穂の背中を誰かが後ろからパーンと叩く。かなりビックリし思わず振り向くと、これまた同じ3組のクラスメイトが立っていた。
「おっはよーだべ!」
元気よく挨拶してきたのは……オリビアだ。部活ジャージ姿に、ソフト部らしくバットが刺さった大きなリュックを背負っている。
「おっ……おーりんちゃん!」
「おはよう。加藤さんもこれから部活?」
驚く千穂とは真逆に、優香子は落ち着いた態度で挨拶を返す。
「んだじゃ〜。これがら練習試合だべ。そったごどより……」
オリビアは優香子と同じようにニヤニヤ笑いながら、千穂の耳に口を近づける。ギクっとする千穂の耳元で、オリビアは囁いた。
「……きたろーがあっちにいるじゃ。……話しかげねの?」
「!!!」
千穂は顔どころか耳まで赤くなった。いつの間にかオリビアにまでも気付かれていたらしい。恭平への淡い想いに。
(嘘でしょ!?なんでおーりんちゃんまで知ってるの!?私ゆかちゃんに言ったのと、あの女子会以外で誰にも言ってないのに……まさか……誰か……)
「ちーちゃん……ガッツリ顔に出てるわよ」
「んだんだ〜!」
頭の中がパニックになり二の句が告げないでいた千穂だが……幼馴染の優香子に、何を考えているのか見事に見抜かれた。優香子が言った通りらしく、オリビアは得意げな顔でうんうんと頷く。
「グッチ、緊張してらんだね?それだば私さ任せで!」
「ええっ!?」
オリビアは自信ありげにドンと胸を叩くと、ズンズンと前へ進む。そして未だにスマホを見ていて、彼女ら三人がいることに気付かない恭平へ一気に距離を詰める。よく見ると、リズムを取るように軽く首を動かしている。
(北山君……よっぽど好きな曲聞いてるのかな?集中してて私達に全然気付かないし。それにしてもリズムの取り方が絶妙で……やっぱりドラマーね。
ところで……おーりんちゃん、こんなに近寄って何するんだろ?)
やがてオリビアが至近距離に迫ってくる。が、恭平はそれでも全く気付く気配はない。
そんな恭平のヘッドフォンにオリビアは手を伸ばす。オリビアは3組女子の中では二番目の長身で、恭平との身長差は3センチ程だ。なので、背伸びせずともあっさりヘッドバンドを掴み……スッと引き抜いた。
「!!??」
案の定、恭平は目を丸くしてキョロキョロ首を動かした。漸くヘッドフォンを抜き取ったのがオリビアだと気付くと、迷惑そうに眉を顰めた。
「なんだよ加藤じゃん……今いいとこだったのに」
「私だげでねよー。グッチとゆか姉もいるじゃ」
「……!!」
そう言いながら、オリビアは親指で千穂と優香子の方を指差す。千穂はドキッとすると同時に恥ずかしそうにもじもじする。が、恭平はオリビアとは違い、二人には特に迷惑そうな表情は見せず、普段通りの態度で挨拶する。
「あっ、はよー」
「おはよう」
「お……おはよ……」
「わんつか待でー!私と態度がなんも違うんだげど!」
「勝手にヘッドホン取るからだろ!」
挨拶を返した優香子・千穂と違って不服そうにするオリビアだが、恭平はヘッドフォンを取り返して冷静にあしらう。そんなオリビアと恭平を優香子はにこやかに眺めながらも……今もなお固まったままの千穂の背中を小突いて囁く。
「せっかく加藤さんが協力してくれたんだから……」
「そ、そうだよね……」
背中を押された千穂は、その勢いで恭平へと接近する。
「き、北山君……」
名前を呼ぶと、恭平はすぐにくるっと振り向いてくれた。少し吊り目がちな目で見られてドキドキし、しどろもどろになりながらも、千穂は勇気を出して訊く。
「な、何……き、聴いてたの?」
なおもガチガチに緊張している千穂とは裏腹に、恭平は「あぁ、」と言ってからあっさり答える。
「中学時代の先輩がネットにあげた動画だぜ。「歌ってみた」ってやつ」
★
部活が終わった後、優香子と千穂は再び合流し地元の大きな公園に行っていた。場所こそ違えど、昨日と同じく個人で練習をするために。
ベンチに座った優香子はフルートに息を吹き込み、直近に控えたコンクールの課題曲を奏でている。隣に座る千穂は、うっとりした表情でその音色に耳を傾ける。
「……やっぱり最高だよ、ゆかちゃんのフルートは!すっごく癒される〜」
演奏が終わるや否や、千穂は真っ先に拍手をして褒めちぎる。しかも拍手をしたのは千穂だけではない。近くに居合わせた他の公園利用者までもが立ち止まって手を叩いている。それも散歩中の老人やジョギングしている人、遊びに来た親子連れや小学生ぐらいの子供まで、実に色んな人が聞き惚れていたようだ。
ここまでの反響に、優香子は流石に顔を赤らめてしまう。
「なんかちょっと照れくさくなるわね……これだけの人に聞いてもらってちゃ……」
「なーに言ってんの〜!ゆかちゃんならきっとコンクール優勝できるんだから!」
「ちょっ!恥ずかしいじゃない……」
まだ近くにギャラリーがいる中、千穂が大きな声で持ち上げてくるので、優香子は慌てて止めた。
「なんで〜?ゆかちゃんがいるだけで百人力なのに」
「いやー……うちの部活良くて銀賞しか取ったことないんだから」
「まだまだこれからじゃ〜ん!」
「さぁ、今度はちーちゃんの歌聞かせて?」
逆に優香子からリクエストされ、今度は千穂が赤面する番だった。今までのハイテンションはどこへやら、嘘のように縮こまってしまう。
「ちょっ、ちょっとゆかちゃん……これだけ人だかりがあったら……」
「なーに言ってんのよ!私の前で何回も歌ってるじゃない。それにこの間、お爺ちゃんお婆ちゃんの前でも歌って楽しかったんでしょ?」
「うっ……」
返す言葉が思いつかず、千穂は暫くの間黙り込んだ。暫くしてから、観念したようにおずおずと口を開く。
「ゆかちゃん……曲のリクエストある?」
優香子は少し考えてから、ある曲名を挙げた。
「そうね……『マリーゴールド』とか弾ける?」
「オッケー!」
幼馴染のリクエストに二つ返事でOKし、千穂はギターを構えてイントロを奏で始めた。
♪むーぎわーらのー 帽子のきーみが 揺れた
マリーゴールドにみーえるー
千穂の歌がサビに差し掛かったところで、ギャラリー達はわっと盛り上がる。そのギャラリーの数も千穂が歌っている間、徐々に増え……優香子の時よりも大人数になっている。
(誰もが知ってる曲だしそりゃ盛り上がるわよね。私のは吹奏楽やってる人しか知らないだろうし。
それにしても……ちーちゃんだって腕上げてるじゃない!ギターも歌も。やっぱり老人ホームで歌ったのが……)
すぐ隣で聴いている優香子も舌を巻く中、千穂は歌い終わった。やはり隣はもちろん、周りからも拍手が沸き起こった。思っていたよりも大きな拍手だったので、千穂は思わず目を見張る。
(……人いっぱいいるじゃん!!いつの間に……。
これだけ拍手されるのって……あのカラオケ大会以来かな?どうしても最初だけ緊張するけど、やっぱり歌を聴いてもらうのって楽しい……!)
沢山の人に聴いてもらう喜びと楽しさに浸っている千穂に……
「いや〜、とってもお上手ですね!つい立ち止まって聞き入っちゃいました」
一人の初対面の男性が、拍手をしながら近付いてきた。
★
まさかの見知らぬ男性に、千穂と優香子は顔を見合わせてキョトンとする。当然「誰?」と思いながら。こんな暑い中でもスーツ姿で、七三分けに眼鏡とカッチりした見た目なので、営業先に行く途中のサラリーマンではないかとは思ったが。
そんな様子を察してか男性もハッとする。
「あっ、突然すみません。私、こういうものでして……」
男はそう言いながら、スーツの内側のポケットから名刺入れを取り出した。そこから名刺を1枚出すなり、千穂だけに渡した。名刺には「プロダクションCC」という会社名と、男性の名前と思われる「美嶋昌志」と名前が書いてある。名刺をまじまじと見る千穂に、美嶋は笑顔で話を続ける。
「実は僕、芸能事務所に勤めておりまして……」
「……え!?」
名刺を渡された千穂はもとより、一緒にいる優香子も目を白黒させる。
そんな二人をよそに……美嶋は千穂にこう告げた。
「あなたの歌声とギターの演奏には実に惚れ惚れしました……よかったらぜひウチでデビューしませんか!?」
「…………ぇええ!?」
「あなたのその天使のような歌声なら、きっと絶対に売れますよ!というよりぜひウチの事務所に来てください!他の事務所に取られたくないので!」
まさかのスカウトに……千穂はもちろん優香子も驚愕し、耳を疑った。が、千穂は散々褒められおだてられるうちに……どんどんその気になり、最後には前のめりになって美嶋の話を真剣に聞いていた。
話の最後の方で、美嶋が不敵な笑みを浮かべていたことには気付かずに。
一方、こうして美嶋に声をかけられている千穂と優香子を、木の陰からある人物が眺めていた。
(……えっ!?コレってまさか……スカウト!?
……千穂やるじゃ〜ん)
「う〜ん……」
その日の夜も、菫は机に向かっていた。ただ、昨日と違って時折頭を抱えて唸りながら。
(どうやって解くんだったっけ……この問題……)
机の上に開けているのは、数学の問題集。流石にそろそろやらないと……と、菫は今日から取り掛かっている。が、いかんせん数学が苦手な菫は序盤から躓き、何回も手が止まる。そしてまたも解き方を忘れた問題にぶつかってしまった。すぐ忘れちゃうのも年のせいかしら……と思いながら、菫は教科書を取ろうと机の横の本棚に手を伸ばす。
その時、スマホの着信音が鳴った。
「ん?」
何かしら?と思いながらスマホを手に取ると、4班のグループLIMEにメッセージが届いていた。
(あら、水谷さんからね。
…………え!?)
英玲奈からのメッセージを見た菫は……目を疑い、暫くの間ボーッとそれを眺めていた。
“ねぇ千穂!今日公園でスカウトされたんでしょ〜?私見たんだからね”
(……スカウト?もしかして……歌ってるの見られてされた感じかしら?阪口さん確かに歌上手いから……)
菫が色々と考えているうちに、龍星と寛斗が早速反応する。
“マジ!?”
“凄いじゃん!おめでとう!”
千穂本人の反応を待たずして、菫も慌てて返信する。
“えっ!阪口さん本当?”
当の千穂から返信が来たのは、菫がメッセージを送って程なくしてからだった。
“も〜!英玲奈ちゃんバラしちゃダメだって〜
デビューしたら皆にサプライズで報告するつもりだったのに〜”
(あらっ、本当だったのね……よかったじゃない!阪口さん何よりも歌うこととギターと、北山君が好きなんだから。プロになれるかもしれないなんて……夢のような話よね!)
菫は改めて驚くと共に、自分のことのように喜ばしくも思った。だが……
(でも……大丈夫なのかしら?モリプロとか現音とか大手の事務所なら間違いないんだろうけど。……心菜ちゃんのこともあったし……)
それと同時に……一抹の不安も覚えざるを得なかった。そんな菫の気も知らず、龍星、英玲奈は祝福したり応援したりと肯定的なLIMEを送っている。
“プロデビューかよ!スゲーな!”
“よかったじゃ〜ん CD出したら絶対買うからね〜”
“まさか3組から芸能人が出てくるなんてな〜
で、何て事務所からスカウト来たの?”
“ありがと〜!プロの歌手になるのずっと夢だったの!今すっごく嬉しくて嬉しくて!
「プロダクションCC」ってとこだよ〜”
寛斗がどこの事務所か聞いたところで、すぐに千穂からもLIMEが来た。文面からして天にも昇る気持ちであることが、菫には手に取るようにわかる。やがて貰ったであろう名刺の画像まで送られてくる。
(何これ、名刺?プロダクションCC……聞いたことないわね)
初めて聞く芸能事務所名に……菫は再び怪訝な顔になってしまう。すると、4班の班員で唯一今までノーリアクションだった聡太郎が、ここで反応する。
“全然知らないとこなんだけど 本当に大丈夫なのか?その事務所”
(淺間君……!遂に言ったわね……)
聡太郎が口火を切ったので、菫はこれ幸いとばかりに文字を打ち込んでいく。その途中で、寛斗からも新たに返信が来る。
“俺もその会社初耳だわ〜 確かにちょっと……”
そう言われると、寛斗も少しばかりは疑わしく思ったようだ。更に菫も送信ボタンを押す。
“淺間君の言うことにも一理あるわ もうちょっと考えた方がいいんじゃない?”
よしっ!と思い、菫は宿題を再開しようとしたところで……再び通知音が鳴る。もう一度スマホを手に取ると、送り主は千穂だった。
そのメッセージを見るなり……菫はやはり不安を覚えた。
“大丈夫だよ〜!スカウトしてくれた人真面目そうだし、低姿勢でいい人なの!すっごいベタ褒めしてくれて「君なら絶対売れる!」って断言してくれたんだから!”
★
ちょうどその頃、返信を送り終えた千穂は未だに舞い上がっている。
(も〜英玲奈ちゃんったら、皆に暴露しちゃうんだから〜。まぁいいや、まだゆかちゃんと4班の皆しか知らないし。他の皆には……デビューしたらサプライズで伝えちゃうんだから!
北山君も……ビックリするかな?)
他のクラスメイトの反応はともかく、誰よりも想い人の反応が一番気になってしまう。千穂は机に向かったまま再び顔が熱くなっていた。
千穂の部屋の外からは、バイオリンの美しい音色が微かに聞こえてくる。演奏しているのは千穂の兄の一誠だ。今宵も防音対策バッチリのレッスン室にて、母の梢がつきっきりで教えているのだろう。
そもそも千穂の実家はバイオリン教室で、跡取り長男の一誠は将来を嘱望されているのだ。その一方で、バイオリンに全く興味のない千穂は放任されている。ただそれを逆手に取って、千穂は自由に歌とギターに没頭しているのだが。
(あっ、でも……流石にお母さんには言っといた方がいいかな。どうせお兄ちゃんばっかり可愛がってるお母さんのことだから、別に喜ぶこともなくそうなんだーで終わるだろうけど)
そう睨んでいた千穂だったが……。
「は?…………何言ってんのアンタ」
母の梢の反応は全く予想外なものであった。一誠のレッスンが終わった後、千穂は梢をダイニングルームに呼び出して、スカウトされたことを打ち明けた。が、梢は喜ぶどころか怪訝そうな表情で睨んでくる。
「何って……歌手デビューするの!せっかく声掛けてくれたんだし、私の歌とギター上手いって褒めてくれたんだから!チャンスなのよ!」
「か、歌手デビュー!?……アンタそんなことまで考えてたの?」
「そうだよ。お母さんは知らないだろうけど、歌手になって色んな人に私の歌聞いてもらいたいの!これを逃したら……もう歌手になれないかもしれないし!」
目を輝かせながら、千穂は自分の夢と、それを叶えるチャンスは今しかないと熱弁する。しかし……それを聞いている梢は頭を抱え、大きなため息をつく。
「アンタねぇ……そんな簡単にデビューできる訳ないでしょ!アンタよりもずっと熱心に練習してもダメな人もいるんだから。
だいたいスカウトなんて……怪しいじゃない。騙されてるんじゃないの?」
「えー!それはないよ。だってちゃんと名刺貰ったんだもん」
そう言いながら、千穂はバンと音を立てて例の名刺をテーブルの上に置いた。少しでも母を納得させるために。
だが……梢の表情は変わらないまま。
「……これ、本物なの?名刺なんかいくらでも擬装できるでしょ。それに何なのよ、「プロダクションCC」って……お母さん、見たことも聞いたこともないわ」
「で、でも!私をスカウトした人……美嶋さんって言うんだけど、いい人だよ。すごく腰低いし愛想もいいし、何より私の歌とギターをあれだけベタ褒めしてくれて、絶対売れるって言ってくれたんだから……」
千穂は負けずに反論するが……梢は再び大きなため息をつくばかりか、更に険しい表情で忠告する。
「もう……そうやってすぐ人を信じるんだから。その人は千穂にホイホイついてくるように甘い言葉をペラペラ喋ってるだけよ。ベタ褒めして貰ったって言ってるけど……本心かしら?いい加減目を覚ましなさい!」
ここまで猛反対されてしまい……千穂は正直イラっと来た。
「なんでそう決めつけるの!?お母さんが勝手にそう思ってるだけじゃん!」
「決めつけなんかじゃないの!そういう悪い大人だっていっぱいいるんだから」
「お母さんが疑い深いだけ……あ、そうだ!」
言い争っているうちに、千穂は何となくわかってきた。梢がなぜここまで大反対している理由が。
「お母さん……気に入らないんでしょ?私がお兄ちゃんより有名になるのが!!」
「……!!」
「いつもいつもお兄ちゃんばかり可愛……」
パンッ!!
鋭い音と共に、千穂の頬に痛みが走った。気が付くと、目の前にいる梢は椅子から立ち上がっていた。千穂が言い終わるのを待たずして。
何が起きたのか理解が追いつかず……母にぶたれたと千穂が認識したのは暫くしてからだった。当然、千穂は痛かったし悲しくなったが……それでも屈することはない。
「……フン。ビンタして言うこと聞かせようとしても無駄だから!いいもん!お母さんがわかってくれなくても私決めたの!また今度詳しい話聞かせてもらいに美嶋さんと会うんだから!」
「ちょっ!何勝手に決めて……待ちなさい、千穂!」
痛む頬をさすりながら捨て台詞を吐き、梢が引き止めるのを無視して千穂は立ち去った。
「おい、どうした……」
階段を上がったところの廊下で兄の一誠とすれ違ったが千穂は無視し、バンと大きな音を立てて自室のドアを閉めた。
千穂が怒って出て行った後、梢は再び椅子に座って頭を抱えていた。暫くしてからスマホを手に取り、電話をかけた。
「もしもし……美和ちゃん?こんな夜分遅くにごめんね」
「全然大丈夫よ〜。どうしたの?梢ちゃん」
電話の相手の美和は、梢にとって四十年来の付き合いである親友の声楽家で……優香子の母でもある。すっかり夜になったというのに、快く受け入れてくれた美和に梢は心から感謝する。それと同時に、梢は助けを求めた。
「ありがとう、美和ちゃん。実は千穂と喧嘩しちゃって…………あの子を助けて欲しいの!」




