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40ページ目 菫さんの暑く辛い一日


「だーかーらー、映画観に行くだけよ!」


 二度目の高校生活の、夏休み初日の午前9時過ぎ。菫はエアコンをガンガン効かせた自室にいる。ベッドの上でゴロゴロしながら、耳に当てているスマホに向かってつい大きな声で主張してしまう。


「どう見てもデートじゃんよ〜!しかも映画って王道中の王道じゃん!」


 しかし、電話口の向こうのめぐるからは、笑いながら一蹴される。菫はころんと寝返りしてうつ伏せになると、シーツの上にガックリと顔を突っ伏した。やはり今時の高校生にとっても映画デートは鉄板なのね……と思い知らされる。

 そんな菫の気持ちも知らずに、めぐるはさぞ楽しそうに話を続ける。


「それにしてもばったん、よく誘ったね〜。すー様みたいな高嶺の花相手に……」


「たっ……高嶺の花ぁ!?」


 まさかの一言に菫はスマホを耳に当てたまま、最早開いた口が塞がらなくなる。


「た、高嶺の花なら……齋藤さんとか杉浦さんのことじゃないの!?」


「すー様だってそうだよ!だって、ばったんがそう言ってたんだもん」


「………………」


 その割にはしょっちゅう話しかけてくるじゃない……と菫は内心思った。


 あの終業式の日、菫は早速めぐるから直と何があったのか尋問されていた。流石にいつも仲良くしているめぐるに嘘をつくことは出来ず……菫が正直に答えると、案の定めぐるは大興奮し食いついてきた。それでも時間の都合で全ては話せず、今こうして電話している。


「……で、どうすんだよ〜?……ばったんと付き合うの?」


「まさか!!」


 更にめぐるがそんなことを訊くものだから……菫は反射的にそう答える。思わず首を横に振りながら。


「じゃあ振っちゃうの〜?ばったんいい子なのに〜」


「ばったんが嫌いって訳じゃないけど…………そういう目で見れないっていうか」


 流石に10歳年下の未成年だから……なんてことはもちろん言えず、菫はそう言って誤魔化した。すると、意外にもめぐるは納得したようで、「あ〜」と呟く。


「まぁそれはわかる。ばったんいい子なんだけど友達以上にはなれんよな〜」


「でしょ?」


 めぐるもそう思っていることに菫はホッとするも……


「でも……2日、もしかしたら告られるかもよ?」


 またも思いもよらないことを言われて動揺し、思わず顔が熱くなる。


「えー!?それはないでしょ!まだ1回目だし……」


「わかんないよ〜?付き合いながらお互いをよく知るようになる人もいるんじゃね?ばったんがそうなのかはわかんないけど」


「うっ……(確かにそんな人もいるわよね……)」


 ぐうの音も出ず唸る菫のスマホから、「めめちゃんそろそろ始めよー」と呼んでいる声が微かに聞こえてきた。それに対し、めぐるは「今行くー!」と返す。


「ごめん、そろそろ部活始まるし切るね!またデート終わったら色々教えて!」


「わ、わかったわ……」


 菫がそう言った後、めぐるは電話を切った。



 めぐるとの電話が終わった後、菫はベッドの上にスマホを投げ捨て、ぐったりと横たわる。


(めめちゃんはああ言ったけど…………ただ映画観に行くだけなんだから……。とりあえず気楽に行かないとね!デートっていうよりも遊びに行くって感じで……)


 菫は腹を括って再びスマホを手に取る。色々思い悩んでいても、8月2日は嫌でもやってくるのだから。とりあえず当日どんな服を着て行こうかと思いながら、菫はスマホで「映画 服装 夏」で検索する。




 映画の服装も何となく決まり、観る映画についても下調べし、菫は暇つぶしにWeTubeの動画を観ている。夏休み初日の今日は学校がないというのに、ついいつもの時間に起きてしまい、菫は暇を持て余している。葵も今日は日勤で今は家にいないし、先程までめぐるからの電話こそあったものの、15分程で終わってしまった。

 只今の時刻は10時前。まだまだ時間はあるのだが、いかんせん予定がない。電話をしてきためぐるをはじめ、琴葉を含む仲の良い友達は皆部活やバイトに行っている。


 やがて……菫は動画を観ているのにも飽きてきた。そのうえ、年齢的なものもあってか目が疲れてくる。これ以上観ていると視力が落ちそうなので、菫は動画を観るのをやめた。

 続けて菫は自室を出てリビングへ向かい、テレビの電源を入れたが……この時間はどのチャンネルもワイドショーばかりで、面白そうな番組がない。退屈過ぎてため息が出てしまうほどだ。


(あーあ……WeTubeもネット見てるのも飽きたし、テレビも面白そうなのないし……)


 悶々としている菫とは裏腹に……窓の外から見える空はカラッと晴れている。菫は窓辺へと向かい、この日本晴れをじーっと眺める。当然、この時期らしく太陽がジリジリと照っていて、窓辺にいるだけでも暑さを感じるが。


(これだけいい天気なら……ちょっとは出掛けないとなんか勿体ないわよね! よし、とりあえず出掛けましょ!)


 菫は部屋着からTシャツとジャンパースカートに着替えた後、財布や定期などを学校指定の鞄から小さいバッグに入れ替え、部屋を出た。






 何となく最寄り駅まで行って、菫は電車に乗った。そもそも定期の範囲内ならどの駅でも乗り降りできるので、それをいいことにちょっと遊びに行ってみることにしたのだ。そして何となく乗った電車で行き着いた先は……。


『船橋ー、船橋です。東武野田線はお乗り換えです。停車時間は……』


 特にこれといった用事はないのだが、菫はふと船橋駅まで行ってみることにした。最寄り駅と違って周りには百貨店や商業施設、商店街などがあるので、歩き回るだけでも時間が潰せそうだし、ウィンドウショッピングも楽しめそうだから。駅の改札口を出た菫は、とりあえず駅周辺を歩き回ってみることにする。

 

(…………あれっ?)


 駅の南口から出るべく歩いていたところで……菫の足が止まる。

 見覚えのある後ろ姿が、二つ見えるからだ。二人とも男子で、一人は緩いパーマの茶髪とTシャツに部活ジャージ姿だ。そのジャージにも菫は見覚えがあり、何部なのかもわかっている。もう一人は切り揃えられた漆黒の髪に、私服姿も暑いのに黒一色だ。よく見ると、いつものように両耳にピアスをつけている。


(もしや…………清宮君と生田目君!?

 まさかこんなところにいるなんて……!!)

 

 今日こんなところで二人を見掛けるとは、菫には全くの予想外であった。寛斗と凜が幼馴染であることは知っているし、せっかくの夏休みなのだから1回ぐらいは遊ぶのだろうとは思っていたが。

 菫は足を止めたまま、ついその後ろ姿を柱の陰からこっそり眺める。二人ともスマホを手に持っており、時折何か話している。


(……一体どこに行くのかしら?二人で……いや、他の誰かと待ち合わせしてるように見えなくもないわね。ここに二人で立ってるってことは……)


 彼らの行き先が気になってしまい、菫はついついじーっと二人の姿を目で追ってしまう。暫くの間、目が離せないでいると……


「!!」


 視線に気付いたのか、十数メートル先にいる寛斗がくるりと振り向く。菫はギョッとして反射的に柱の陰に隠れた。


(ちょっとジロジロ見過ぎちゃったかしら!?私がいることバレてるかも……)


 出るに出られず、菫は戦々恐々としながら柱に背中をもたれ掛けたまま、突っ立っている。すると、程なくして菫のスマホのバイブが鳴る。恐る恐るスマホを取り出して画面を見ると……案の定、「清宮寛斗」とあった。菫は観念して電話に出る。


「……もしもし」


「あっ、すー様?……今船橋駅いるよな?」



「なんで隠れたんだよ〜?」


「だってぇ……邪魔しちゃ悪いかなって思ったのよ」


 恥ずかしそうにもじもじしながら言う菫に、寛斗は吹き出す。


「邪魔って……デートじゃないんだから」


「デートって……明らかに違えだろ」


 面白そうにゲラゲラ笑う寛斗に、凜は睨みながらツッコミを入れる。ここで、菫はずっと気になっていることを二人に訊く。


「あの……清宮君と生田目君は今からどっか行くの?」


 おずおずと訊くと、寛斗はあっさりと答えてくれた。


「凜がこの近くの中華料理屋さんに行きたいって言うからさぁ。確か店の名前は……」


「「灼熱屋」、な」


 店の名前を思い出そうと腕を組む寛斗に、凜は間髪入れずに口を挟む。


「あら……なんかお店の名前からして辛そうね」


 思わず菫はそう呟いた。激辛好きな凜が選びそうな店だと思い、納得したが。


「ああ。すげぇ辛い麻婆豆腐があるらしいぜ。前、WeTubeで激辛好きな奴が食べてる動画観て気になってたんだよな」


「で、俺は今日部活昼からだし一緒に行こっかって」


「そうだったのね」


 いつも無表情な凜だが、普段と違ってくっくっと笑っているうえ口数も少しだけ多い。本当に辛いものが好きなのね……と菫は凜を見つめる。そんな菫を尻目に、寛斗は周りを確認するかのように周りをキョロキョロ見る。


「あとはこの辺に詳しい奴が来てくれるんだけど…………あっ!来た来た!」


 あともう一人と待ち合わせしているらしく、寛斗はその人物を見付けるなり大きく手を振った。それからすぐに、その彼も手を振りながらこちらへと向かっていく。菫達と違って唯一制服を着ており、学校指定のリュックにはいつも通りドラムのスティックが刺さっている。


「うーっす…………ってすー様なんで!?」


 やはり恭平も菫まで一緒にいることは予想外だったのか、驚いた様子で開口一番そう言った。


「偶然会ったんだよ、なぁすー様」


「ええ、そうなのよ。暇だからちょっと船橋まで行ってみようと思ったら……」


 寛斗と菫がその経緯を話している横で、凜はその三人を少し睨みながらイライラした様子で急かす。


「おい、さっさと行こうぜ。早くしねぇと混んで遅くなるし、部活遅れるぞ」


 そう言い放った凜はせっせと歩きだす。しかし、この辺をよく知っているという恭平は特に焦る様子はない。


「別に急がなくても大丈夫だろ。あの店駅からすぐだし」


 恭平がそれだけ言うと、凜の足はピタリと止まる。それを見た寛斗は面白そうに笑っている。


「だってさー、凜。まぁゆっくり行こうぜ」


「じゃ、じゃあ私はこれで……」


 菫が3人に別れを告げてその場を離れようとしたところ……寛斗と恭平はキョトンとする。少し前にいる凜も振り向いて不思議そうな顔をした。


「えっ、すー様行かないの?」


「いっ……行くってどこに?」


「どこって、「灼熱屋」だけと」


「……私も一緒に行っていいの?」


「いいよなぁ?凜も恭平も」


 まさか自分も誘ってもらえるとは思わず、今度は菫がキョトンとする番だった。寛斗が念の為二人に同意を求めたところ……「おう」「別にいいぜ」と、恭平も凜も二つ返事でOKしたのだった。



 平日の昼前であるにも関わらず、駅前の人通りは多い。夏休み真っ只中なこともあってか、スーツケースを持った観光客や家族連れの姿もチラホラある。子供達の明るい声も聞こえてくる中、菫達四人は凜お目当ての「灼熱屋」へと歩く。


(それにしても……この三人、なかなかレアな組み合わせね。清宮君と生田目君、清宮君と北山君ならともかく……)


 前を歩く男子達の後をついて行きながら、菫は思った。寛斗と恭平は日頃から行動を共にしているが、そこに凜が加わっているのは正直初めて見る。……というよりも、寛斗と凜に恭平が加わっているといった感じだろうか。

 

 菫達が歩いている間、日差しはより強くなってくる。菫は日焼け止めこそ塗っているものの、この日射だと露出している腕や首のあたりは多少日焼けしそうだ。それ以上に直射日光に晒されている頭頂部に触れてみると、かなり熱くてすぐに手を離す。まさかこの炎天下を歩くとは思わなかったので、菫は帽子も日傘も持ってきていない。そのことを後悔しながらふと前を見ると、凜や寛斗はもちろん、金髪の恭平ですら暑そうに頭頂部を押さえている。

 



「あ、アレだぜ。「灼熱屋」」


 汗がダラダラ流れる中暫く歩き、大通りに出たところで、一番前を歩く恭平はある店を指差す。その先を見て、菫は思わず口走った。


「えっ!ここ!?」


 菫はてっきり町中華のような店を想像していたのだが……思っていたものと違った。「灼熱屋」はまるでカフェかおしゃれな居酒屋といった雰囲気の店で、町中華らしいレトロ感は全くない。木の看板には筆記体で「Shakunetsu-ya」と書かれている。

 驚く菫とは裏腹に、この店を知っている凜は「あぁ、ここか」とだけ言う。寛斗も凜から聞いていたのか、菫ほどは驚いていない。


「確かに中華って感じじゃないよな〜、これだと」


「珍しいわね〜、中華でこんな雰囲気のとこって」


「そういえば、地元の友達がデートでここ行ったって言ってたな」


 店の前で寛斗、菫、恭平が話す中、言い出しっぺの凜は前のめりになって店の中を覗いている。もうすぐお昼時なので客はまぁまぁ多いものの、テーブル席が一つ空いており、四人は座れそうだ。


「おい、早く入ろうぜ。今なら四人行けるだろ」


 凜がドアを開けると同時にカランコロンとドアベルが鳴り、菫はこれもなんかおしゃれね……と思った。凜を先頭に、四人は「灼熱屋」の中に入っていく。




 「灼熱屋」のメニューは「はるなつ食堂」ほどではないものの豊富であり、ラーメン、炒飯、酢豚、餃子など中華料理の定番といえるものは全て揃っている。また、中華料理店らしくセットメニューや定食もある。

 ただ今回、菫は一切迷うことなく一瞬でメニューを決めた。これまでこの炎天下を歩いてきたので冷たいものが食べたくなり……そうなると冷やし中華一択になる。


 やがて店員がオーダーを伺いに、菫達のテーブルにやって来る。菫と恭平が冷やし中華、寛斗が回鍋肉定食をオーダーする。そして、凜がオーダーしたのは麻婆豆腐定食だ。麻婆豆腐をはじめ、担々麺やエビチリなど辛いメニューは辛さを客自身で選べ、1辛から10辛まである。10辛の上には更に「MAX辛」なるものがあるが、これは10辛を完食しないと注文できないという。


「辛さはいかがなさいますか?」


「10辛で」


「!?!?」


 いきなり10辛を選んだ凜に、他の三人はおろか店員までもが耳を疑う。


「じゅっ……10辛って相当辛いですよ?い、いきなり……大丈夫ですか?」


 どうやら初めての客がいきなり10辛を選ぶことは滅多にないのか、店員は狼狽した様子で聞き返す。しかし、凜は迷わず首を縦に振る。


「はい、大丈夫っす」


「……か、かしこまりました」

 

 引き攣った笑顔でそれだけ言うと、店員はオーダーを確認して足早に厨房へと戻って行った。オーダーを承った後も、恭平と菫はつい不安げな顔になってしまう。


「おいおい大丈夫かよ……」


「いきなり10辛って……体調悪くなるんじゃない?」


 一方、凜と昔から付き合いのある寛斗はやれやれとでも言いたげな表情でため息をつく。


「よくやるぜ……なぁ凜、あの動画見せてやれよ。ここの10辛麻婆豆腐食べてるやつ」


「あぁ」


 真向かいに座る寛斗に言われるがまま、凜はスマホを取り出して隣に座る恭平と、斜め前に座る菫にある動画を見せる。

 そこに写っているのは、今菫達が座っているのとほぼ同じ席に座る激辛マニアWeTuberだという男性。そこに、黒い土鍋に入った麻婆豆腐に、ご飯やザーサイの小鉢がついた定食がドンと置かれる。それと同時にWeTuberは『はい!コレが灼熱屋さんの麻婆豆腐定食、10辛でーす!』と明るく宣伝する。


「……え!?」


「……ちょっ!コレヤバくね!?」


 それを見た瞬間、菫と恭平は絶句した。問題の麻婆豆腐は真っ赤っかなうえ、まず目を引くのが表面に浮かんでいる丸のままの唐辛子だ。赤いものと青いものどちらもあり、二種類合わせて十本ほどは浮かんでいる。それだけでなく中央には刻んだネギと共に、粉末の赤唐辛子と山椒の粉末もたっぷりかけられている。


「見てるだけで舌がビリビリしそうね……」


「なぁ……」


 菫と恭平が呟く中、気になるリアクションはというと……口に運んだ瞬間こそ美味しそうにしていた。が、程なくして「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!辛えーーー!!!」と絶叫する。それでも彼は激辛マニアたるもの果敢に食べ進めていく。汗をダラダラと吹き出しながら。



 動画を見終わった後、菫はスマホから凜へと視線を移す。これだけ辛そうに悪戦苦闘しながら食べているにも関わらず、凜は表情一つ変えない。


「コレ……本当に食えるのか?ナバちゃん」


 恭平は神妙な顔で再び凜に念を押す。菫も全く同じ気持ちだ。

 それでも、凜は食べる気満々のようで首を縦に振り、余裕の表情すら見せている。


「あぁ。これぐらい行けるぜ、たぶん」


「こ、これぐらいって……」


 半ばドン引きする菫と恭平だが、唯一寛斗だけは苦笑いしている。


「凜はこういうの好きだからな〜。前も頑張って食べてたもんな。めっちゃ赤くて辛そうなカレー!」


「バリ辛地獄カレーな」


(あぁ、アレね……)


 その名前を聞いて、菫はふと思い出した。前に菫の過去の写真を消してくれた時に一瞬映った、あのカレーを。その「バリ辛地獄カレー」もこれから食べる10辛麻婆豆腐同様、真っ赤で丸のままの唐辛子がいくつも入っていた。

 カレーの話をしていた寛斗は何かを思い出したのか、今度は可笑しそうにぷぷっと笑い出す。


「確かアレ食べた時……腹壊したよな?凜」


 過去を掘り返された凜だったが……涼しい顔でこれだけ言う。


「…………そーだっけ?」


「そーだっけって……そうだよ!珍しく学校休んでたじゃん!」


「さぁ……記憶にねぇな」


「失礼しまーす!」


 凜が断固としてしらばっくれている間に、店員が料理を運んできた。先に菫と恭平の冷やし中華、寛斗の回鍋肉定食が来て、凜の麻婆豆腐定食は最後に運ばれてきた。


「うわっ!」


「えっ!?」


 問題の10辛麻婆豆腐は……先程の動画で見たものと全く同じだ。真っ赤っかな色もさることながら、やはり唐辛子がしっかり浮かんでいる。そのうえ、できたてで土鍋に入っていることもあってか、グツグツと煮えて湯気が立ち上っている。それ以上に唐辛子と山椒の匂いがきつく、恭平と菫が思わず声をあげるほど。


「いや〜……動画で見るよりも凄くない?」


「ねぇ……動画じゃ匂いまではわかんないし……」


「……本当に食えるのかよコレ」


 寛斗、菫、恭平が自分の料理そっちのけで麻婆豆腐に注目する中、凜は例によって写真を撮っている。


「へぇ……動画で見るよりも美味そうじゃねーか」


 更にはこんなことまで言い出す始末で、恭平は再びドン引きした顔になる。それを見た凜は、なぜかニヤリと笑い……


「よかったら一口食ってみっか?サラのれんげ使うんならいいぜ」


 あろうことか、味見を勧めてきた。それに対し、恭平は真っ先に断る。


「いや、俺はいい! 辛過ぎて食えねーよ絶対!」


 その一方で……寛斗と菫は興味津々な様子で眺めている。


(確かにコレはすんごく辛そうだけど……いやでも、スープちょっとだけで、豆腐多めに食べたらまだいけるんじゃないかしら? 私甘いものの方が好きだけど、辛いものもまぁまぁいけるし……。正直どれだけ辛いのかちょっと興味はあるのよね……)


 そんなことを目論んだ菫は、れんげを一本手に取って凜に頼んだ。


「生田目君……一口貰っていいかしら?」


「えええ!?」


 凜が返事をするよりも先に、恭平がびっくり仰天する。そして菫だけでなく寛斗も……。


「凜、俺も貰っていい?」


 まさか菫も寛斗もお言葉に甘えるとは思わず、恭平は唖然とする。


「おいおい……二人とも正気か!?」


「だってぇ……どれだけ辛いのかちょっと気になるじゃない」


「俺も」


 そう言う菫と寛斗に凜はくっくっと笑い、未だにグツグツ鳴っている土鍋を二人がいる方へと差し出す。


「どーぞ。後悔しても知らねーからな」



 言われるがまま、菫と寛斗は半分ほどの大きさの豆腐とスープ少々をれんげで掬う。どうやら寛斗も同じ作戦らしい。


「じゃあいっせーので、で食べる?」


「……そうしましょ」


 凜と恭平が見守る中、隣同士に座る菫と寛斗は息を合わせ……


「「いっせーのーで!!」」


 二人同時に麻婆豆腐を口に運んだ。




(…………あれ?案外行けそうね。麻婆豆腐ならこれぐらいがちょうど…………


 ………………


 ……………………!!!!)


「@☆%*〒÷$€〜〜〜〜!!!!」




 口に含んでから数秒後……菫は思わず口を押さえ、声にならない声をあげた。それと同時に目にも止まらぬ速さで水の入ったコップに手を伸ばし、入っていた水を一気飲みする。

 ちょうど同じ頃、寛斗にも辛さが効いてきたようで……


「…………っ!!辛ぁぁ!!!」


 思わず叫んだ後、菫と同じように口を押さえ、菫がいる方向の逆を向いて俯き、苦しそうに咽せている。何回も咽せながら、やはり水を飲み込むがなかなか収まらず、ゲホゲホゲホと苦しそうな音だけが聞こえてくる。

 何とか水を飲めた菫も、未だに舌どころか口全体がビリビリと電流が走っているかのように痺れ、口を開けて舌をべーっと出している。異変が起きたのは口だけにとどまらず、菫の目には涙が溢れてくるばかりか一筋伝ってくる。


 こんな二人のリアクションを目の当たりにし、恭平は呆然とする。一方、凜もやっぱりなとでも言うかのように涼しい顔で、その様子を眺めている。


「……まぁアンタらじゃそうなるよな。あ、そうだ」


 未だに苦しそうに咽せていてまともに話すことすらできない寛斗と、涙と口内の痺れが止まらない菫に、凜は思い出したように告げる。




「コレ……豆腐も辛いだろ? 赤くない唐辛子をこれでもかってぐらい練り込んでるらしいぜ」


「…………な、生田目君、………………それ先に言ってちょうだい!!」




 まさか豆腐まで辛いものを使っているとは……。菫も寛斗も豆腐で辛さが中和されると思い込んでおり、その期待はあっさり裏切られた。未だにリアクションを続けざるを得ない状態の二人を尻目に、凜もれんげを握って麻婆豆腐を掬う。もちろん、二人よりもたっぷりと。


「……ん!美味えな!」


 菫と寛斗が少量でも阿鼻叫喚したというのに……凜は一切表情を変えずに食べている。まるで普通の辛さの麻婆豆腐のように。




 菫と寛斗は何杯も水を飲み干し、辛さが治まるまでには暫く時間がかかった。ごく少量だというのに、あれほどの辛さだったとは……と、10辛の威力に圧倒されながら、辛さから解放された菫は冷やし中華の美味しさに舌鼓を打つ。冷たいスープのおかげで口内の痺れ具合もどんどん和らいでくる。

 寛斗と恭平も美味しそうに食べており、凜も今もなお表情を変えずに食べ進めている。


(……生田目君よくリアクションせずに食べれるわね。あんなに辛くて舌がビリビリ痺れるし、涙まで出てくるのに……)


 食べ終わった菫はノーリアクションで食べている凜を、最早呆れを通り越して冷ややかな目で眺めている。

 

 しかし、そんな凜にも徐々に異変が起こり始め……。


「り、凜……大丈夫か?」


 同じく食べ終わった寛斗は思わず訊く。恭平も完食し、まだ麻婆豆腐を啜っているのは凛だけだ。そんな凜はというと……表情こそ変わらないものの、あのWeTuberと同じようにいつの間にか汗をダラダラ垂らしている。それだけでなく……顔は少し赤くなり、珍しく涙目になっている。


(な、生田目君……!?)


 こんな凜を見るのはもちろん初めてで、菫はつい見入ってしまう。汗だくになっている凜は体力テストで見たものの。


「……大丈夫だぜ。もうちょいだしぃ……」


 凜の言う通り、土鍋に残っているのは豆腐一つとスープが少々で、ご飯とザーサイはもうない。だが、強がっている割には微妙に呂律が回っておらず……相当キツそうに見えなくもない。見かねた他の三人が心配そうに見守る中、凜は最後の豆腐とスープを掬って口に運んだ。


「すげぇ! 全部食いやがった……」


「凜、お疲れ様! とりあえず水飲めよ」


「……サンキュぅ」


 恭平に褒められ、寛斗に労われながら水をコップに入れてもらった凜は、おしぼりで口を拭きながら礼を言う。そして溢れそうな涙が流れないように数秒ほど目を閉じ、再び目を開けてから凜は改めて感想を言う。


「……なかなか手応えあったな」


「絶対また腹壊すやつだろコレ」


「よかったな〜、今夏休みで」


「……うっせぇな」


 笑う寛斗と恭平を、凜は軽く睨む。


(いや〜、こんな生田目君はなかなかレアね……。生田目君のファンが見たらどうなるかしら?)


 菫もそんなことを考えながらニヤニヤと笑みを浮かべている。が、スマホ越しの菫の視線に気付いた凜は、先程とは違って鋭い視線で菫を睨む。


「……おい何撮ってんだよ宮西!」


「ご、ごめん!」


 ギョッとした菫は、思わずスマホの録画ボタンを押して、撮影をやめた。実は凜が汗をダラダラ流し始めたところで、菫はスマホを取り出して撮影を始めていたのだ。それを見た寛斗もニヤニヤし、菫に耳打ちする。


「すー様、せっかくだし3組のグループLIMEにあげようぜ。皆びっくりするぞ……」


「や・め・ろ!!」


 どうやら聞こえていたらしく、凜は断固反対した。


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